死なずのジャック

リーリエ

「誰かが私を見ている気がするのです」  ガブ理恵ならぬガブリエルが切り出してきた。  これからまた作業に出かけようかとしていた矢先のことだ。 「空から降りてきていきなりなんだ」 「誰かが私を見ている気がするのです」 「そりゃ最近あちこち飛び回ってるんだから目立つだろ。リアル天使は珍しいし」 「誰かが私を見ている気がするのです」  おい、AI壊れてないか。AIってエンジェル・インテリジェンスのことな。 「お前、天使なんだから超感覚で視線の主がわかったりしないの?」 「私の索敵能力は宿敵である悪魔にのみ特化した優れモードです。悪魔以外の対象についてはあなたたち人の子とさして変わりません」  超能力者なのにスプーンしか曲げられない人みたいな中途半端みを感じる。 「あー、そうだそうだ。お前あてに質問が来てるぞ。『どうしてガブ理恵は得意の治癒術をエグエグやメフィス子に使わないの?なかなか話が進まないじゃない』だと」 「お答えしましょう」  キリキリキリ、キュイ  ガブリエルの顔があらぬ方向に向けられる。  な、なんか歯車っぽい音がしなかった? 「まず訂正です。私はガブリエル。ガブ理恵は一時的に課せられていた仮面(ペルソナ) です」  誰もいない方向に向かって話すガブリエルを、気味悪そうに通行人が避けていく。 「回答にうつります。私の治癒力は神々の御慈悲です。ガブ理恵が大盤振る舞いしていたようですがそれは反則です。本来はエントリーシートに治癒動機や自己PRを記載することから始めます。その後、一次面接、二次面接、そして神々(やくいん)面接を通過してようやく執行されるものなのです」 「シューカツかよ。そんな悠長に手続きしてたら、執行前に死んでしまうわ」 「このプロセスはわずか05秒で行われます」 「ギャ〇ンの蒸着かよ!」 「神々の仕事はそれくらい早いのですよ。しかし、ガブ理恵はその手順を踏まずに自分で役員決裁のハンコを押していたようなもの。これは神文書偽造の罪に問われます」 「なぜか例えが会社から離れないな。でもさ、それガブ理恵がやってたこと=ガブリエル(おまえ)のやってたことだろ。やばいんじゃないの」 「ええ、天界(ほんしゃ)にバレてたらどうしよう、です。だから、こわくてなかなか帰社できません。今は巡礼者たちを悪の手から守る奉仕活動で殊勝な態度をアピールしている我慢の時です」  金髪清楚な天使がだんだん俗っぽく見えてきて、ちょっと同情した。 「回答を続けます。あのメフィス子という悪魔娘に対しては明快です。私の治癒術は『善にして神聖』の力。悪魔娘の『邪悪にして渾沌』ともっとも相性が悪いのです。私の治癒術は彼女にとってはダメ―ジにしかならないのです」  たしかに、神殿や聖域に入るだけで体力消耗するメフィス子にとって神の慈悲による治癒術は逆効果だ。  メフィス子は今は安静第一。休眠状態の中で自力で少しずつ魔力を溜めている状態だ。これがある程度溜まれば目を覚ます。  まあ、充電ののろいスマホだと思ってくれれば。 「決してメインヒロインの座を奪おうと画策して、わざと治さないのではないことをご理解ください。いえ、もともと私がメインヒロインです」  そこまで質問になかったけど、つい口滑っちゃったか。 「以上でこの世界を見ている(どくしゃ)の方への回答を終わります」  キリキリキリ、キュイキュイ  こっちに向き直ったが、この擬音からしてやっぱ生身じゃねえ気がする……。 「悪魔娘がいない以上は私が頑張らないと。本題に戻ります。誰かが私を見ている気がするのです」 「心当たりはないのか。天使を崇拝している熱狂的な信者とか、ポンコツ天使が好きっていうマニアとか」 「最後のところひっかかりますが。今は視線の主を見つけだすことに協力してほしいのです。見つけてさえくれればあとは神罰処理(BAN)します」 「ガブリエル、恐ろしい()!」 「今日は殲滅対象をおびき出すために警邏はお休みします」  ガブリエルは自分の腕を俺の腕に絡めてきた。 「デートという行為です。よしなに」  少し顔をあからめているところがカワイイじゃねえか。 「か、勘違いしないでほしいのはこれは視線の主(ストーカー)をおびき出すためですから。……今のところは」  瓦礫ひっくり返してる日常に飽きてきたところだ。  仕事を欠勤してデートする、現場監督にとってまさに悪党の所業。 「こうしてこの作品をラブコメジャンルと誤認させれば、視線の主も動きを見せるはずです」 「大胆策士ですね。ガブリエルさん。ではまずは和菓子でも食べに行きますか」 「ダメです。和菓子が絡むと何か人組の亜人が出てきそうな予感、いや悪寒がしますわ」  そうだ、レギュラー化を狙ってるあいつらの思惑にはまるもんか。 「じゃあ、カトリオナの店に行くか」 「ダメです。あの店を切り盛りしている母親の方は安全牌ですが、看板娘のジョナは危険です。それなりに可愛いです。神々しさでは私の圧勝ですが」 「ジョナまで敵視するな。あ、神々しさだけじゃなくポンコツ度もお前の圧勝だ。よかったな」  ガブリエルはああ言ったが、カトリオナも世の男には十分に魅力がある(ストライク)。  まあ、パオロの愛妻に手を出す気はさらさらないがね。 「あー、この先の屋台でタコヤキでも食うか。個に個の割合でカラシ爆弾が入っててスリル満点。俺は一度も当たったことがないんだ」 「あなた、私に恨みでもあるのですか」  お、少し怒ったか。感情が出るとやはりいい女だと思う。 「業界初の歯に青ノリをつけたヒロインに期待しているところだ。これは何かのターニングポイントになるかもしれない」 「業界の意味が分かりかねますが、天使の歯は常に純白です。そういう決まりなのです」 「試してみようじゃねえか」 「嫌です。私のイメージをこれ以上(・・・・)落とさないでください」  これ以上と言ってしまうところ、自覚はしているらしい。不憫な子。  少し可哀想になったので、 「んじゃ、ちょっとレモン水でも買ってくらあ」  道端で、瓶入りのレモン水を売っていたのだ。 「ひとりでいかないでください」  組んだ腕を離すまいとギュッて力を入れてくるガブリエル。  お、おい。む、胸が当たってます。お、大きいですっ。やわらかいです……です……です……。 「お、お、おやじ。レモン水をふ、ふたつくれや」  俺の全神経はガブリエルの胸と接触している左腕に集中していた。このラッキーアームが!  おやじからレモン水の瓶本を受け取る。  ヒュゴッ  目の前を強烈な力が通りぬけて瓶が粉々になった。  ガラスの小さな欠片が俺の顔に飛んでくる。  ガブリエルをかばうのに精一杯。俺は『死なず』だからいいけども、やっぱり痛い。  俺と同じくらい瓶に顔が近かったレモン水売りのおやじは腰を抜かしているだけでケガはないようだ。  つまり今の瓶のさく裂させたのは俺だけを狙った指向性の衝撃波だ。  また賞金稼ぎ? 違うな。奴らはわざわざ威嚇射撃をせず、初弾で殺しにくる。  これはガブリエルをどこかから監視しているやつのしわざだ。  掌で欠片をはたきおとして、血を拭う。 「今の力はあっちから来たな」  俺たちの背後をつけてきたことになる。ただし、地上ではない。空だ。 「ガブリエル、あれを説明できるか?」  指をさす俺の先、青い空を背景にしている存在。  枚の翼を悠然と開いた状態でホバリングしているのは、赤い長衣(トーガ)をまとった少女。いや、天使。  ガブリエルが清流のような金色のオーラに包まれているのに対し、この天使は燃えるような紅のオーラが渦巻いている。  紅の天使は怒りに染まったギラギラする目でガブリエルを見下ろす。おろした拳がブルブルと震えている。 「視線の主の正体があっさりわかってしまいました。あなたはとても優れた釣り餌でしたわ、人の子(ジャック)」  餌がよくても、魚を釣り上げられるかどうかはガブリエルの腕次第だから。  どう考えても厄介ごとでしかない。「それじゃ僕はここで」とするべきか。  いや、俺も巻き添えを食った。 「あのピンク髪はなにもんだ?」 「彼女は私と同じ大天使。名はミカエル。ステルスモードで私をずっと見張っていたのです」  ステルスしてても怒りの視線だけは隠せなかったと。  ガブリエルはミカエルが叩きつける激しい視線から、めんどうくさそうに顔をそむけた。  善と均衡の象徴の天使にも生々しい天使関係がありそうだね。  今の超越者モードのガブリエルをげんなりさせるのだから、相当根深い何かがあるよこれは。 「ミカエル、ストーカーがあなただということにもっと早く気付くべきでした」  そのミカエルは開口一番、 「ボクという彼女いながら、ガブリエルの浮気者ーっ!」  と叫んだ。 「ふぁ?」  俺の下あごがカクンと落ちる。  道ばたに百合の花が咲いていた。  おい、この小説のタグにガールズラブって入れとく?

リーリエは百合のドイツ語。ガブ理恵にかけてみました。

この作品をシェア

Twitterでシェア Facebookでシェア このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


  • 女魔法使い

    秀文

    〇100pt 2019年7月25日 19時52分

    ガブリエルがメインヒロインに?……いや、噛ませの匂いしかしないな。(´- `*)

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    秀文

    2019年7月25日 19時52分

    女魔法使い
  • 探偵

    毒島伊豆守

    2019年7月25日 20時22分

    ガブリエルさん、自分で言って信じ込んでるだけなので。 スリープモードのあのひとが聞いたらただじゃ済まさないでしょう。 ノベラPありがとうございます。よく噛んでいただきます。

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    毒島伊豆守

    2019年7月25日 20時22分

    探偵
  • 殻ひよこ

    大鳳葵生

    〇100pt 2019年9月20日 7時55分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    キマシタワーッ

    大鳳葵生

    2019年9月20日 7時55分

    殻ひよこ
  • 探偵

    毒島伊豆守

    2019年9月20日 8時04分

    大鳳さん、多大な応援をありがとうございますっ

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    毒島伊豆守

    2019年9月20日 8時04分

    探偵
  • ラティナ(うちの娘)

    橘 ミコト

    ♡300pt 〇10pt 2019年8月8日 21時13分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    キマシタワーッ

    橘 ミコト

    2019年8月8日 21時13分

    ラティナ(うちの娘)
  • 探偵

    毒島伊豆守

    2019年8月8日 21時24分

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    うれしぬ

    毒島伊豆守

    2019年8月8日 21時24分

    探偵
  • ひよこ剣士

    甘味亭 太丸

    ♡500pt 2019年7月25日 20時32分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    応援しています

    甘味亭 太丸

    2019年7月25日 20時32分

    ひよこ剣士
  • 探偵

    毒島伊豆守

    2019年7月25日 20時44分

    甘味亭さん、応援どうもありがとうございます! 嬉しいー

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    毒島伊豆守

    2019年7月25日 20時44分

    探偵
  • ファイ(えんどろ~!)

    えん@雑記

    ♡500pt 2019年7月26日 3時25分

    その内質問箱が設置されそうな小説だ! 天使♀が好きな天使♀ですか、そうですか、そうですよね。(意味深

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    えん@雑記

    2019年7月26日 3時25分

    ファイ(えんどろ~!)
  • 探偵

    毒島伊豆守

    2019年7月26日 8時45分

    応援いただきありがとうございます。 質問箱意識したファンタジーがこちらです。 天使さんも多様性の時代に突入したのかもしれません

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    毒島伊豆守

    2019年7月26日 8時45分

    探偵