死なずのジャック

欲のままに我儘に俺はお前たちを傷つけない

 王都グレイルミンスターへ近づくにつれ、当然義勇軍と宰相軍の会戦は増える。  しかし、俺たちは出番なく後方から吶喊の雄たけびや大砲の砲撃音を聞いているばかり。 「拙者も前線に出とうござる」  義勇軍にそのひとありと言われつつあるエグエグだったが、後方待機では活躍のしようがない。  大剣をふるいたくて、鎧に包まれた巨が体がウズウズしてるのがよくわかる。 「ちょっと先では人間の血がたくさん流れてその匂いがここまで漂ってくる。悪魔の攻撃衝動が抑えきれないかも」  いいじゃないですかお姉さま。馬車の中で愛し合いましょうよー、と飛びついた天使が蹴り飛ばされる。 「ジャック君、義勇軍は君たちを安くない賃金で雇っているのに、こんな矢も砲弾も飛んでこない安全地帯で死蔵しておく将軍閣下の意図がわからないね」  ヨシヨシ―――いやここはヨーシで統一しよう―――ヨーシはエグエグ同様に武勲をたてることができない境遇に不満がたまっているようだ。  お前に何かあったら困るからだよ、次期国王陛下さん。  重大な秘密を打ち明けられても黙っていなくてはならない。  ヨーシの正体が露見したら、宰相プレスティは死んでるか生きてるかわからない国王ヨイヨイ世の勅命を発布する。「不敬にも王位継承権を要求する簒奪者ヨーシ・マズググローを討て」と。  結果、ブレスドや賞金稼ぎ達の集中攻撃にさらされ、ヨーシを守り切れる確率は極端に低くなる。  そこそこ気高く、そこそこ小物で、そこそこ垂れ目な坊っちゃん将校の扱いに困った軍部が問題児部隊に押し付けた形が最もいい。 「いいじゃねえか。『返しの風』で死ぬことがないんだから」 「賢者のおじちゃんたちはまだ解明できないの?」 「だな」  ポンとガブ理恵の頭に手を置いた。返しの風食らったら一発でおしまいなのはお前なんだからな。ここは逸っちゃいけない。 「まあ、『死なず』も痛いんだ。使わないに越したことはない」  半分嘘だ。『死なず』の呪いを活用せずに城壁に囲まれた王都の奥深くにいるプレスティを斃すことはできないだろう。  半分真実。『返しの風』の呪いは、「無限コンティニューの命なんて使い捨てても勝てばよかろうなのだー」だった俺に、「ひとつしかない命を弄ぶことへの嫌悪感」を植え付けた。  ソシャゲで言えば、使いきれないくらい課金して何度でもガチャ回せるか奴が、月回しか10連ガチャ回せない奴の『SSR来い』の祈りの重さを理解・共感できるようになった、だろうか。  ん、ソシャゲって何だ。   「私ね、ジャックって賢者や魔法使いより頭いいと思うんだよ」 「知識や教養ではなく、閃きや回転の速さという意味ですね」 「クラリッサの言うそれ。頭だけで考える人たちより体も使って考えてるジャックの方が答えに近づいてることはないのかなって」 「悪党というと凶悪、野卑なイメージが先行します。でも私たちはそれだけではない悪党を知っています。秩序を破り、策を弄し、しっかり生き延びることが一流の悪党の条件だとすれば、頭がよくないとなれませんね」  悪党もまた知の玄人だってか。  それなら頭でっかちに頼らずに俺なりに考えてみるか。その結果、自分の愚かさに頭を掻きむしっても笑い話で済むしな。  主力部隊の勝利の声が聞こえてきた。  王都に近づくにつれ、宰相軍との戦闘時間が日増しに短くなってる。  プレスティの支配力は尽きかけているということだ。  王都グレイルミンスターまで順調に進めばあと日。  散漫な宰相軍の抵抗はあるものの、都度撃退に成功。誰もが勝つことに慣れていた。  できすぎた戦果は義勇軍に悪い病気を流行らせる。『慢心』って名前のやっかいなやつ。  夜の野営地では酒の匂いが過剰に漂い、宰相軍が残していった武器や防具を傭兵たちが奪い合う。  正規軍出身者と傭兵たちの反目もちらほら。どちらも連勝の手柄は自分たちにあると譲らない。  どこかで女の悲鳴が聞こえれば、美夏エルが怒って天幕を飛び出していく。褐色ピンク髪のこういう正義感は誰にも言えないが好感。  女は好きだが慰み者にするのは好きじゃねえ。え、悪党らしくないだと? 俺はハートフルな悪党なんだ。わかれ。  こんな感じで義勇軍の規律も緩み始めていた。何かが起きないわけないよな。 「ジャック殿。こうでござるか」  大剣を下段に構えたエグエグ。その剣の腹は、通常天地に向かって垂直なところ、今は水平になっている。 「じゃ、ちょっとやってみるぞ」  メートルほど距離をあけて正対した位置からエグエグに向かって走る。重心を低く、体も低く。イメージは四足の肉食獣。  加速の勢いで軽く跳び、エグエグが両手で支える大剣の腹に両足で着地。 「でぇぇぇぇりゃあっ!」  重騎士の怪力は大剣に俺を乗せたまま頭上に振り上げ、さらに巨体を反らせて剣先がエグエグ自身の背後に届くまで振り抜く。  そこまでいく直前のタイミングで剣の足場から跳躍する。  髪を頬を空気がピュオっと走りぬけ、高い杉林を見下ろす位置に俺の体はあった。月が近くにある気分。  放物線を描いて下降が始まる。目についた木の枝を掴んで回転。勢いを殺してするすると着地。  エグエグのほか、その場にいたガブ理恵とヨーシも寄ってくる。 「ジャック殿! ブラボーの応援スタンプを押したくなる技の冴えでしたぞ」 「ジャックがフライパンの上で宙返りするパンケーキみたいだったよ!」 「ふむ。タイタニック号の砲撃を思い出したよ。そういえばいつ返してくれるのだろう、私の船……」  感想は人それぞれだ。  手ごたえバッチリ。エグエグの怪力、俺のスピードと跳躍力が噛み合えばいけるな。  何がいけるか教えてあげよう。王都グレイルミンスターの城壁攻略だ。  グレイルミンスター城塞都市の常として水をたたえた堀と攻城側を寄せ付けない高く厚い壁に守られている。  閉ざされた大きな城門は物理的・魔法的な防御でガチガチに固められているに決まってる。これはメフィス子や美夏エルでも破れるかわからん。  上空からの侵入を防ぐ結界が張ってあるのも確実だ。  城壁の上には弓兵か砲兵が手ぐすねひいて待っている。ハシゴをかけてよじ登る前にどちらかの餌食になっちまう。  城壁上からの攻撃をするなら、そこだけは結界はないだろう。そこを衝く。    想像しづらい方法で飛び込んで大暴れして活路を開きゃいい。火薬樽を小脇に抱えて跳べばなおよし。  多勢に無勢? 俺を殺すことはできない。  もちろん『返しの風』で誰かが犠牲になるのは避けたいが、勝機を逸するくらいなら()()。 「あー、あとは『返しの風』をどうにかできればもう第一部完! まで直行ルートじゃないかこれ」  俺はエグエグの手にバシッとタッチ。  この練習を遠巻きに見ていた傭兵たちが近づいてきた。汗くせえな。革の鎧が血だらけじゃねえか。 「おもしれー遊びしてんな、あんた」 「サーカスの曲芸師っすかぁ?」 「いい鎧だ。ねえ、いくらしたの」 「……女連れいいなあ」  なれなれしく声をかけてきた人の面構えに共通してるもの。殺意。  こいつらはなんだ。ヨーシが狙い? いや、あのことを知ってるわけがない。  軍規のゆるみに乗じた傭兵が牙を剥きだしたのか。 「お前らさあ、戦闘直後でもないのに血の臭いさせすぎなんだよ」 「その真新しい血は返り血であるな? 味方殺しは死罪であるぞ」 「はー、ジャック君。頼むから致命傷うけないでくれたまえ。私はもうあれは嫌だからね」 「ヨーシ、お前は下がってガブ理恵を守れ」  大義名分はつくつてやったぞ。 「正気かい。相手は人もいて人殺しにためらいのないならず者。私の剣は必要と思うがね。しかし、レディを守るのも高貴な者の義務。私は遠くから見守っていよう。ささ、ガブ理恵君」  退がるの早っ。  人目が斬りかかってきた―――と見せかけて、人目と人目が両脇から迫る。人目は身軽に跳んで上からだ。え、え、全員俺狙い? 「ふんすっ、でござる」  阿吽の呼吸。俺は地に伏せ、その上をエグエグがまたぐ。  エグエグの鎧に幾何学的な線が浮かび、人の刃をすべて受けた。キズひとつなし。すごいよエグエグ(の鎧)! 「宰相に雇われた暗殺者でござるか」 「宰相? 知らんなー」  リーダーっぽい人目が返す。 「まあ、誰の手先でも構わん。拙者の鎧は貫けぬわ。そして貴様らはここで果てるのだ」  聖剣ヤッチマイナーが人を吹き飛ばす。かっこいいよエグエグ(の剣)!  もう出番ないかな。任せちゃお。  服についた汚れをパンパンと払っていた時である。  グルウゥゥッ ガアハッ  常人には察知できないスピードで横合いから咆哮が迫り、俺の肩口が熱くなった。肉がこそげ取られている。  秒後、咆哮の主は俺の体を通り越して逆側に着地。すぐに切って返してくる。 「(ツウ)ッ 」  とっさに首を守ったが今度は右腕の肉を噛みちぎられた。  今度は視界にとらえた。ブレスドじゃない。こいつ、獣人(ビーストマン)だ。俺の話、あまり亜人(デミヒューマン)出ねえなと思ってたらこれだ。  『死なず』発動。ふよふよふよふよ  人の刺客に圧倒的な強さを見せたエグエグ。その鎧の継ぎ目から大量の血が滴り落ちる。  やられた……!  またも『返しの風』によって部下が重傷を負った。  プレートの下の肉は物理的にはあり得ない噛み傷でえぐりとられてるのだ。  そしてエグエグにふよふよふよふよはない。ガブ理恵を―――。  いかん。また獣人と傭兵に傷つけられたら今度は彼女が……。  ガシャンとエグエグが両膝をついた。  傭兵たちは笑いながら拍手する。 「さあ、ヤッチマイナーのデカブツは片付いたぜ。次は何もできないチンピラジャックの番だ。知ってるんだよな? 『返しの風』」  こいつらやっぱりプレ公の手先か。 「次はあの金髪のお嬢ちゃんがこうなっちゃうかもしれないぞう。デュフフフ」    獣人が次のチャンスを狙って周りを徘徊する。傭兵たちは四方を囲む。  キンッ  絶体絶命のピンチなのに、部下が死にかけてるのに。  例の空気が凍りついたかのような幻聴。  冷えてきた。『凍結した世界の思考』に没入した。皆忘れてると思うけど俺の最大の武器はたぶんこれ。  チートにあらずギフトにあらずスキルにあらず。  経験と観察と意地が編み出す思考の究極。  呪いのメカニズムすら看破する『人間の知恵』と向き合う刹那の世界。  今、俺はとても冷えていた。迷いも焦りもなし。  『返しの風』を見切っちゃった。たぶん。

この作品をシェア

Twitterでシェア Facebookでシェア このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


  • 女魔法使い

    秀文

    ♡100pt 〇50pt 2019年8月23日 23時29分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    主人公がカッコいい!!

    秀文

    2019年8月23日 23時29分

    女魔法使い
  • 探偵

    毒島伊豆守

    2019年8月24日 1時18分

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    ありがとうございます!

    毒島伊豆守

    2019年8月24日 1時18分

    探偵
  • 探偵

    サイトウアユム

    〇50pt 2019年8月23日 23時47分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    見事なお点前で

    サイトウアユム

    2019年8月23日 23時47分

    探偵
  • 探偵

    毒島伊豆守

    2019年8月24日 1時18分

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    ありがてえありがてえ

    毒島伊豆守

    2019年8月24日 1時18分

    探偵
  • 殻ひよこ

    双子烏丸

    〇10pt 2019年8月23日 22時50分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    ほほう やるではないか

    双子烏丸

    2019年8月23日 22時50分

    殻ひよこ
  • 探偵

    毒島伊豆守

    2019年8月24日 1時18分

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    いつも応援ありがとうございます

    毒島伊豆守

    2019年8月24日 1時18分

    探偵
  • 男盗賊

    加持響也

    ♡5,000pt 2019年8月24日 13時20分

    カッコいい! その一言に尽きますね。

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    加持響也

    2019年8月24日 13時20分

    男盗賊
  • 探偵

    毒島伊豆守

    2019年8月24日 18時38分

    加持さん、桁数が。。。ありがとうございます。 こんなにPいただいたことないので驚きました。 カッコいいと作中で言われない主人公ですが、そう思っていただける方が第四の壁を通して見てるんだと知ると彼らも奮起できることでしょう。感謝です

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    毒島伊豆守

    2019年8月24日 18時38分

    探偵
  • 男戦士

    凸助♪

    ♡1,000pt 2019年8月26日 5時39分

    いやー、忙しくて読めないでいたら、進んどる、進んどる。 力の江口洋介、技の団次郎、そしてでた! 「お前の技は、既に見切っている。」 クライマーックス ジャンプ!

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    凸助♪

    2019年8月26日 5時39分

    男戦士
  • 探偵

    毒島伊豆守

    2019年8月26日 8時39分

    御国帰りのところすみません! そろそろ今の話終盤なのでスパートかけました

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    毒島伊豆守

    2019年8月26日 8時39分

    探偵