死なずのジャック

タピオカいうてイモのデンプンじゃろ?

酒場にチャンスは転がっている

「ボス、夕飯の時間ですよ。あ、もう起きてらしたんですかい」  階段を無造作に上がってくる足音で目を覚まさない悪党は長生きできない。すでにベッドに腰かけてブーツを履いていたところだった。  まあ、『死なずの』俺が長生きとか気にするのも変な話である。  ゆったりとしたシャツに着替え、髪の毛を無造作にかきあげながら窓際へ。  ヤギヒゲを待たせて当然的なボスの態度で、ひんやりとした夜気に顔をさらす。急速にクリアになる意識。俺は本来夜型だ。  星明りの下で景色が見渡せる先まで目視する。  村の中央に位置する神殿、市場はひっそりと静まり返り、各住戸の木窓の隙間からはうっすら灯りが漏れている。  時折聞こえる馬の鼻息、宿屋の裏を流れる小川の水の音。この村で一番うるさい階下の酔客たち声。  典型的な辺境の村の夜。クリーチャーも盗賊も今夜はこの村を訪れることはないだろう。 「どうかしたんですかい? ギーザたちはすでに王都へ向かったそうですし、この村は安心して逗留できますぜ」 「騎士団のお触れでエグエグが手配されてたら面倒だと思ってな」」  俺の指示を拒否し、村はずれで野宿待機させているあいつをかわいそうだとは思わない。  基本、悪党の集団はボスの意向がすべてだ。騎士の矜持なんていう個人の事情を理由に命令違反した者は不要。不要な首は斬り落とす。足を引っ張るリスクや敵に回るかもしれない可能性はすべて剣の錆にする。  拾った騎士たちがジョバン村はじめこの先各地で手配されていたら、俺は奴らの首を落とすか、見捨てるかの選択をしなけりゃならない。  今はその面倒がなさそうでとりあえずよかった。 「今この村に殺気は感じられねえ」  腑に落ちたという表情でヤギヒゲはポンと手を打ち。 「安心して逗留できる、ってのはそのことも含めてです。ちょっと聞き込みにまわったんで。時間が時間だったもんで、神殿の衛兵と市場から帰る商人くらいしか話を聞けませんでしたがね。ギーザは休憩と補給もそこそこに急いで王都に向かって出発したそうで、特にエグエグさんたちが不利益をこうむるようなことにゃなってないと思いやす」  ほう。度胸はないが目端は利く。情報収集もできて手先も器用だ。鍛えれば盗賊(シーフ)になれるかも。 「それなら鎧のままでこっちに泊まっても大丈夫か」 「ボスがそうおっしゃるんじゃないかと思ってお弁当と酒はまだ持ってってません。飯を食ったらひとっ走りして呼んできやしょうか。あったかい食事とベッドはエグエグさんにも必要でしょう」  家令や執事にも向いてるか? あー、でも顔が貧相すぎるわ。頭も洗わねえし。今のなしなし。 「あいつに野宿命令を出したのは俺だ。だから俺が行って連れてくる。お前らこそ今晩はたっぷり休め」 「ねー、ジャックまだー? もうおなかペコペコー。先食べちゃうよー」 「行こう。ガブ理恵に俺たちの分まで食われちまう」  酒場兼食堂はほぼ満席で外の静けさとは真逆の喧噪に包まれていた。  客のなりを見るに、ジョバン村の農夫や職人たちが仕事帰りの日課に寄って酒と馬鹿話、賭け事を楽しんでいるのだろう。  よそものは俺たちだけのようだった。店の中央にある人用の卓の上せましと料理が並んでいる。  メフィス子とガブ理恵の間の椅子に座ると、カウンターで酒を汲むごま塩頭のオヤジにホットミルクと茶を注文した。 「おでれえたっ。あんたら全員歳児かい。ダーハッハハハ」  かなりできあがってる初老の農夫が俺を茶化すと、ほかの客もドッと笑った。 「こいつらの農場燃やしてくる」  と立ち上がろうとしたメフィス子の両肩に手を当てて押しとどめる。 「まあ、今日ぐらいトラブルはやめようぜ。みんな疲れてるんだ」 「そんなひよってたら死なずのジャックの名が泣くってのよ。まあいいわ。お酒もってきて」 「お・ま・え・が・あ・ば・れ・る・か・ら・ノ・ン・ア・ル・な・の・わ・か・る・か・な」 「ぎゃー、肩の痛いツボグリグリするのやめてー。わかったからわかったからー」 「いっただきまーす」  ガブ理恵は焼き立てのパンにバターをたっぷり塗ってかぶりつく。  新鮮な野菜サラダ、川魚のオイル煮。ベーコンとジャガイモとレンズマメの炒め物。熱々のチーズをたらしたチキンソテー。香料のきいたトマトベースのスープ。卵をたっぷり使ったふわとろオムレツ。 「おいしー。天にものぼる幸せっててこういうことなのかな、ジャック」  天にいつものぼってたのはお前だろ天使。   「これだけの食材を使って料理が作れる。やはりこの村は豊かだな」  さぞかし貯めこんでるだろうなぁ。 「ボス、今すげえわるいこと考えたりしやせんでした?」 「俺の顔を見るなぁぁ」 「ぐへっ。あっしはニワトリじゃありゃせん。絞めないでくだせえ~っ」 「このチキンソテーもさっきまでは生きてたんだねえ。あたしがエサをあげたあのふくよかなオンドリだったのかもね」  そこの悪魔、『ファンタジーでなぜかあまり触れないこと』ぼそっと言わないように。 「ごはんは神々のお恵みなの。感謝していただくことがジャスティスなの」  肉食天使。ある意味お前は正しい。だからって勝手にローストビーフを追加するな。  ガツガツガツガツ、モグモグモグモグ。  黙々と料理を平らげているパンイチブラザーズ。モブはそれでいい。目立つな。  そのとき、厨房から赤いフード付きの上着をまとった10歳くらいの女の子が出てきたのが見えた。慣れたようすで酔客たちの間を縫って歩き、ごま塩頭の主人からバスケットを受け取った。はしっこからワインの瓶が突き出ている。 「お父さん、行ってくるね」 「慣れてる道とはいっても気を付けていくんだぞ」  ここの宿屋の娘か。父親に似なくてよかったねと言いたくなる愛らしさだ。ふっくらした桃色の頬はつい指でつついてみたくなる。 「お、カーシャ。今晩もお使いか」  でっぷりと肥えた男がが少女に笑いかける。 「うん、丘のお館のおじいちゃんにお弁当を届けるんだよ」  肥えた男の博打の相手をしていた初老の猫背のの男が苦々しい顔をする。 「かーっ。あの偏屈じいさん、おらは好かないね。都のえらい学者さまだったかなんだかしらねえが、おらたちの農場見下ろす丘にでーんと建てたお館に引きこもってよう」  猫背の男はマグのエールを一口すする。    肥えた男も似たり寄ったりの言葉を継いだ。 「だよなあ。おれはたまにあの館の近くを通るんだが、窓から顔出してるじいさんと目が合ったんでよ。挨拶したら思いっきり鎧戸しめられたぜ。あの館、聞いたこともねえ音がしたり、変な色の光が見えたりしてさ、中で何してんだって怖くなるよ」 「そうかなあ。カーシャにはとっても優しいんだよ。頭なでてくれたり、ほっぺがおちそうになる甘いお菓子くれるのよ」 「カーシャ。何が入ってるかわからん菓子なんてもらうな。父ちゃんお前にもしものことがあったら」 「かみさん亡くしたおやっさんにはカーシャがすべてだもんな」 「でもよ、そんなに心配ならおやっさんが弁当運べばいいんだよ」  常連たち指摘はもっともだ。小さい女の子に夜道歩かせるのは危ない。   平和そうな村だがどこにでも野獣は現れる。悪党だっている。ここにもひとり。小さな女の子を襲う趣味はない悪党だが。 「館のじいさん、サーチ・マズググローさんは王都グレイルミンスターにそのひとありと言われた大学者だけあって金払いがいいんだ」  む。エグエグの話にあったこの村に隠遁してる王都の賢者のことだ。  明日情報収集しようと思ってたが、狭い村だけあって向こうから跳び込んできやがった。  主人は肥えた男にお代わりのエールを注ぐ。 「だども、人と接するのが嫌いなじいさんは、召使いも雇いたくないとかで、食事はすべてうちが用意して運ぶ契約だ。大人は詮索好きだからこどもに運ばせろ、っちゅう契約の条件。そこでカーシャががんばってくれてるんだ」  なるほど。人嫌いか。こりゃ、俺たちが館を訪ねても会ってくれそうにないね。 「じゃあいってきまーす」  カーシャが店の扉をパタンと閉めて出ていくと、俺は大きなあくびをした。 「んー、ボスの重責で無性につかれた。先寝るわ」 「え、もう? 私はまだまだ食べるよぅ」 「あんま食うと空飛べなくなるぞ」  俺が何をしようとしているかわからなかったガブ理恵とだけ言葉を交わす。  主人や村人の手前、扉をあけてついていくわけにもいかない。  タタン、と軽やかに階の自室へ上がる。  星明りがあっても夜には照明が必要だ。地獄の石炭があかあかと燃えるランタンを片手に、大窓から宿屋前の路面に飛び降りた。  数十メートル先のゆるい坂道をあがっていくカーシャの後を追う。職業柄足音はたてない。  館に引きこもって誰とも会わないなら、ただひとりの例外に着いていくしかないよな。  小さな少女の向こう側、高台にそびえたつ館の黒々とした影が見えてくる。 「賢者さん、今夜は死なずのジャックがワインのお相手してやるからな」  あ、エグエグ迎えに行くの忘れてた。  一晩くらい野宿させといてもいいや。死にゃしねえだろ。

ノベルアッププラス、プレオープンおめでとう。西海岸で読む、いつものブクマ。僕にとって新鮮みがないことが、成功の証だと思う。

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  • 女子高生

    ゆうきたけまる

    ♡200pt 〇10pt 2019年8月31日 3時47分

    ヤギヒゲさん優秀ですね(*´∀`*)それはそうと酷い飯テロ回ですよ、これは!なんで僕はこんな時間に読んでしまったのか!オムレツ食べたい!(*´・ω・)オナカヘッター

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    ゆうきたけまる

    2019年8月31日 3時47分

    女子高生
  • 探偵

    毒島伊豆守

    2019年8月31日 11時57分

    ゆうきさんありがとうございますっ 今度はもっと濃密な飯テロを書きたいです

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    毒島伊豆守

    2019年8月31日 11時57分

    探偵
  • ひよこ(重)

    八雲、

    ♡500pt 2019年6月30日 0時35分

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    頑張ってくださいね

    八雲、

    2019年6月30日 0時35分

    ひよこ(重)
  • 探偵

    毒島伊豆守

    2019年6月30日 0時53分

    八雲、さん夜中の応援ありがとうございます。 もう一日経つと七月で本格オープンまで18日。早くなあと

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    毒島伊豆守

    2019年6月30日 0時53分

    探偵
  • 女神官

    ユキ

    ♡500pt 2019年8月14日 9時57分

    エグエグーーッ!? 安定のと言うか案の定でしたね^^*

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    ユキ

    2019年8月14日 9時57分

    女神官
  • 探偵

    毒島伊豆守

    2019年8月14日 10時19分

    エグエグが存在感を確立して行くのが裏テーマかもしれません! 応援いただきありがとうございますっ

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    毒島伊豆守

    2019年8月14日 10時19分

    探偵
  • ファイ(えんどろ~!)

    彼岸明

    ♡500pt 2019年6月20日 20時33分

    組織のリスク管理もできて自分で出した指令の撤回には自ら赴く… ジャックさんめっちゃいい上司やん!! って思ったけど、デスよねーというオチに笑いましたw

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    彼岸明

    2019年6月20日 20時33分

    ファイ(えんどろ~!)
  • 探偵

    毒島伊豆守

    2019年6月20日 21時10分

    いつもありがとうございます。 このまま彼のことを忘れて次の目的地に向かう可能性が高いです。

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    毒島伊豆守

    2019年6月20日 21時10分

    探偵
  • 男戦士

    凸助♪

    ♡410pt 2019年6月19日 19時57分

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    にゃかにゃか良い

    凸助♪

    2019年6月19日 19時57分

    男戦士
  • 探偵

    毒島伊豆守

    2019年6月19日 20時40分

    いつもありがとうございますっ。

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    毒島伊豆守

    2019年6月19日 20時40分

    探偵