死なずのジャック

先に言っておくと本作は「死なずのジャック」です。ページ間違えたわけじゃないですよ。

アンデッドウォー(緒戦)

 馬を飛ばしてモット・チョイマエの村に到着。ヤギヒゲの馬車はすでに村を通過して街道の先へ進んだと聞く。  何も知らないヤギヒゲ達は進路のどこかで確実にアンデッド一個大隊と遭遇する。  これまでいくつかの村がアンデッド大隊に襲われ、被害者が加害者と同じアンデッドとなって軍勢に数と勢いをつけている。  あいつらもそこに加わるのか、またはアンデッドどもの永久に満たされない食欲の犠牲になり、道端の血の染みになるのか。  急がなくては。  ただ一人の戦力はカトリオナだがその格闘術はアンデッドと最も相性が悪い。  ちょっと噛まれたらアウトな相手に、拳や蹴りを出すのは餌を与えているようなものだ。ましてやアンデッドは痛みを感じず、多少のダメージに臆せず襲撃を続けるクリーチャーだ。  運よく数体斃せたとしても、その後ろから際限なく出てくる増援に囲まれたら為す術はない。 「このまま馬車を追う。クラリッサと美香エルは一緒に来てくれ」  美香エルには個体ではさほど強くないアンデッドの最大の武器である人海戦術を打ち破る衝撃波があり、クラリッサはアンデッドの噛みつきが通じず、乱戦になっても冷静に事態を把握してくれる。 「エロ悪党、悪くないチョイスだ」  美香エルは素直に馬上でうなづいた。  残りのメンバーにもそれぞれ指示を出す。アンデッド大隊が攻めて来るまでまだ時間がある。村人も動員して備えれば支えきれないことはない。 「ヨーシ、軍事行動も大事だが、俺はあれを守るための戦いだとも思っている」  馬上から見渡せる青々と実った麦畑を指し示した。育てるのに数か月、踏み潰すのは一瞬だ。  俺は悪党だ。しかし、戦争は好きじゃない。  戦争とはものを、ひとを育てることを絶ち切る行為の繰り返しだ。そのあとには何もない。  俺らはものを盗む。ひとをさらう。それを正当化するつもりはないが、戦争は悪事と比べものにならないスケールで根こそぎ奪ってしまう。  この村に思い入れはないが、できれば誰かの腹を満たす実りは残したい。世界から何もなくなるよりその方がいいと思う。  青臭い悪党だと笑いたきゃどうぞ。そういう奴の喉を掻き切ることには抵抗がないよ。  ヨーシは俺が言いたいことを瞬時に汲み取ったようだ。  かっこつけで抜けてるが()()()()()()()は察しがいい。 「家畜はすぐ裏山に退避させよう。アンデッドの歯形のついたゾンビ肉なんて誰も食べたくないからね。アンデッドはおそらく街道からやってくる。ここに来る途中で君から聞いた策を私が実行しよう。あの畑や果樹園に汚い足を踏み入れさせはしない」 「司令官の祝福を受けた者(ブレスド)が街道を避けてあの林からアンデッドを引き入れることも想定しとけよ?」   「了解だ。民も兵も損耗は最小限に。人は宝だよ、ジャック君」  さすが賢者マズググローの子というべきか。 「後から来る土木部隊をうまく指揮してくれ。では行く」  馬首を街道の奥のアンデッド侵攻エリアへ向け、馬腹を蹴る。  人は宝か。今の俺にとって部下というか仲間が()()だな。  だから『返しの風』が怖いのだ。宝を傷つける風が。  俺と美香エルは黙々と馬を走らせる。クラリッサは俺の後ろに乗っているが誰にも見えない。  何事も冒険せず、定番をいくヤギヒゲのことだ。最もわかりやすい街道ルートをたどって馬車を走らせたのは間違いない。  街道をこちらに向かうアンデッド大隊の先頭集団とどこで出くわすか。または、もう食われちまったか。  今出くわしたようだ。間に合ったか。  その証拠に  キエエエーーーーッ  と少なくともひとりは生きているあの叫びが聞こえてきた。  ここが生者と死者の戦いの最前線(フロントライン)。  緩やかなカーブを曲がると、横倒しになった馬車の上にたつ人の姿が見えた。カトリオナのハイキックがアンデッドのひとりの頸椎をへし折った。  ジョナが馬車の羽目板を振り回して、歩く亡者どもを寄せつけないよう歯を食いしばっている。さすが元傭兵夫婦の娘。  ヤギヒゲは馬の鞭を構えているが全く当たらずけん制にもなっていない。  でもよかった。まだみんな無事だ! 「クラリッサ。俺がひきつける間にこちらに誘導してくれ」 「承知しました」  帰路に必要な馬から降りて、馬車までは自分の足で走る。    義勇軍と宰相軍の戦争、俺とプレスティの喧嘩の火ぶたが切られるわけだ。戦争は嫌いだがプレスティをぶっ倒すために退くことはない。  噛まれなきゃいいわけで腕には通りすがりの兵隊からぶんどった上腕を覆うナックルガードが装着済みだ。 「死なずのジャック様が一番槍をつとめてやらあっ」  視線の虚ろなアンデッドに向かって拳を―――。  紅の衝撃波がふた筋、街道を埋め尽くすアンデッドを文字通りえぐりぬいて通過する。一挙に十数体がバラバラの肉塊になった。 「いちばんやりを、だな……」  馬上で両掌を突き出した美夏エルが得意げに俺を見下ろしている。 「一番槍は美夏エルちゃんでしたー。エロ悪党ザマァ」 「ふ、ふん。子どもか! 最初だから偉いとかないもんねー」  ぢぐじょう。酒場の自慢話がひとつ減った。  オアアアアアアア  ホオハアアア  ゲッゲゲゲゲッ  きったねえ雑音だらけの雄たけびをあげてアンデッドどもが前進してきた。  一部のアンデッドは馬車をひいていた二頭の馬に群がり、かぶりつく。  馬の悲鳴はすぐに聞こえなくなった。  奴らの生肉に対する欲望は瞬時にその命も、叫びもかき消すのだ。  グッチャ グッチャ ガフ クチャ バグゥッ ズルルルルルー  あー、想像したくねえ。  比較的身ぎれいで体の欠損もない女のアンデッドが俺に狙いを定めてきた。  きっとこの付近の村で数時間前まで人並みの暮らしを営んでいたに違いない。今は本能のままに温かい血と肉だけを求めて歯をガチガチと鳴らす()()()()()()()になっちまった。  キシャァァァッ  まだ血の染みひとつついてないエプロンに丁寧な刺繍が施されている。  命を無理矢理剥がされて、こんなことをさせられて。  永遠に死者の行進(デッドマンズウォーク) するだけの暗黒の未来。  永遠に死なないのはこっちも同じだが、俺はまだ()()()。自分ではそう信じている。  アンデッド(こいつら)はそうじゃない。人間の尊厳も強制的に捨てさせられ、同胞を同じ境遇に引きずり込む。  悪意すらない。ただ()()()()()()になってしまったのだ。 「一個しかない命、こんなにされて辛かったろ、悔しかったろ。でもそのエプロンが必要な暮らしに戻してやれねえわ」  右フックを叩きこんで横を向かせ、追い打ちの左ストレートが頭蓋の薄いところを叩き潰す。  糸の切れた操り人形のようにその場に崩れるアンデッドの女。魂はどこかにたどり着けるのだろうか。そうあってほしい。  さっきまで一番槍とか言ってた自分はもういなかった。  この不幸なバケモノたちを動かなくすることに専念しようと思った。  何発も撃たれる衝撃波。飛散する四肢。  動く壁のように街道を塞ぎ、ズルズルと歩いてくるアンデッドたちに隙間ができる。その隙間は後ろから材料が補充されるかのようにすぐ埋まる。  壁の最前線のメンツは次々とかわるが、壁そのものは決して止まらない。  馬の残骸も馬車も動く壁によって見えなくなっていく。  俺がどれだけ殴ろうが、美夏エルが何発衝撃波を撃とうが壁は止まらない。  気がつけば、最初の女アンデッドを斃した場所から20メートルはさがっていた。  あの女の死骸は仲間の足ですりつぶされてしまったろう。 「人を馬に乗せました」  クラリッサの声で潮時を知る。 「美夏エル、もう無駄だ。さがるぞ」 「ハァ、ハァッ。まだ撃てる」 「先何キロ続いてるかわかんねえぞ」 「大天使が地上の薄汚い亡者相手に背中を見せろって? バッカじゃな―――」 「()()()()()()()()()」  遠くで貧相な男の声。「ボスの言うこと聞いて。美夏エルさんっ」  壁にのまれたらダメだ。『返しの風』が吹く。  この場かどこかにいる誰かが風に斬られる。  血と肉片にまみれ、ガタガタになったナックルガードを捨てた。 「馬は二頭しかない。状況をヨーシたちに伝えろ」 「あんたはどうすんの!?」  美夏エルの声からキャハみが消えている。 「俺のことは気にするな。『死なず』だぜ。走って辿り着く。弱いもんから行けっての」  普段であればカチンとくるところだろうが、美夏エルは従った。 「行くよ、ヒゲが本体」 「ボス、絶対戻ってきてくださいよっ」  本の脚がたてる音が遠ざかる。  自分以外に言葉がわかる者がいなくなったところで、俺は 「ひとをアンデッドにして命を弄ぶのは悪いこと。じゃあ、『死なず』の呪いを利用した戦いをしてきた俺も悪いことしてんのか」  と胸にわだかまっていた思いをつぶやいた。

次回は戦争だ。冒頭で何かが起こる。

この作品をシェア

Twitterでシェア Facebookでシェア このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿