死なずのジャック

 初稿では、白くて食感の軽いバタークリームケーキとイチゴジャム入りの紅茶を堪能する俺とカーシャのほのぼのシーン900字が書かれてたが、「(本筋を忘れて)止まるんじゃねえぞ」という謎のオルガ声によりカット。  ディレクターズカット版で見られるといいな。ただ、絶対に出ない。

もうひとりいる

  「あー、おいしかったあ!」 「あごにクリームついてんぞ」  ぷにっとしたカーシャのあごに指をやり、すくい取ったクリームを高そうなソファの背に丁寧になすりつけた。 「じいさん、王都の賢者だったんだってな」 「じいさんとは無礼な。サーチ・マズググロー卿と呼べ。若造」 「俺を『死なずのジャック様』と呼んだら考えてやってもいい。ただ、俺は長い名前は覚えないから、じいさんを鼻饅頭と呼ぶことにしたい」  楕円形した栗饅頭によく似た鼻がいけないんだ。たまーにすっげー食いたくなるんだ、あれ。 「ふん。死なずのジャックか。まさか本当にいたとはな」  じいさんは足を組んでソファにふんぞり返る俺をじろじろ観察する。その標本見るような目つきキライ。 「生きている伝説を目の前で拝んだ感想はどうだ、じいさん? おっと、先に言っとくが色紙とペンを持ってきても無駄だぜ。悪党のサインってのは背中にナイフで刻むものだって決まってるんだ」  ただし、美少女は除く。もう数年したら確実にその一人になるカーシャが目と口を大きくした。 「あー、あたし知ってるよー。お母さんがだんろの前でおはなししてくれたもん。かみさまにもあくまにもきらわれたジャックはいくところがなくなって、ランタンもってえんえん泣きながらお外をうろうろするんだって」 「泣いたりしねーしっ」  カーシャの母親は事実とかけ離れたおはなしをしてしまったらしい。それに俺は悪魔にも天使にもモテモテだ。たぶん。 「いいんだよ、かなしいときは泣きなさいってお母さんいってた。泣いたあとはすこしニッコリできるよ」  カーシャは隣に座る俺を見上げてニッコリと笑った。笑顔のお手本だってか。 「悪党が笑うときは餌食を見つけたときと、むかつく奴をボコボコにした時だ」 「子どもの言うことにいちいち反論しておとなげないのう。死なずのジャック、伝承よりはるかにガキでわしガッカリ」  おおげさに肩を落としてため息をつく賢者の姿に、カーシャがキャッキャと笑う。 「けっ。ほざいてろ。ところでじいさん、賢者ってからには物知りなんだよな」 「フホホ。このサーチ・マズググロー、この世の全てを知悉しているとまでは言わなんだが、答えられぬ問いは少ないと評されとる」  自慢げに目を細めた。こいつの饅頭鼻に『祝』って焼印したろうか。 「単刀直入に。俺の『死なず』の呪いを解くすべ、地獄をクビになった悪魔娘に恩赦を出せる上級悪魔の召喚方法。どっちかでも知ってるか?」  じいさんの目に力がこもる。賢者として聞かれたことには本気で知識を引き出そうとしているのはわかる。  問題は知ってて教えない場合、知らないこと自体を教えない場合があること。 「どうなんだ?」 「上級悪魔の召喚は魔法使いの専門よ。方法は知ってても実践はできんな。知り合いの大魔法使いならできるだろうて」  ただ知っていることとそれを実現することは別物だってことな。このじいさん、よくいる頭でっかちとは違う。 「そして、『死なず』を解く方法。それはわしにもわからぬ」  じいさん、本物の賢者かもしれない。知らないことをあっさり認める器量。なかなかできることではない。 「ただし、これから知ることはできる。奥の診察台で三日三晩徹底的に解剖させてくれ。それで見えてくるものがあるかもしれん」  じいさん、本物のマッドサイエンティストかもしれない。『死なず』をSR(エスレア)素材としか見てねえ気がする。  本気の証拠に、じいさんが指さした応接間の向こうには白いタイルで覆われた小部屋があり、診察台と「拷問器具?」と誤解しかねないえげつない器材がたくさん壁にかけられていた。 「じょ、冗談じゃねえや。俺は死なないけど痛みはしっかり感じるんだ。チートだとしても根本的に欠陥抱えているの。こんな設定にした奴、爽快感が大事ってことを考えなかったのかね。あー、そんなことよりあんたのその目が信用ならねえ」 「麻酔くらいかけてやるわい。しかし、痛みの度合いも調べないと『死なず』の詳細なデータはとれん。麻酔は最初だけにするべきだ。そう、考えつくあらゆるアプローチを講じてこその病理解明! 細かく腑分けしながらちゃんと解説講義してやろう。わしの講義をマンツーマンで聞く機会はそうないぞ。今なら授業料はタダ! さあ、ぐたぐだ言わんと知識のために思い切って解剖されろ!」 「おじいちゃん。こ、こわいよ」  少し青ざめたカーシャがその小さな両手を口元にもっていく。この娘から笑顔が消えたのは俺が知ってるうちで初めてのことだ。  賢者やら学者ってのは探求のためには少女に対するデリカシーを忘れてもいいと思ってるクソったれな奴ららしい。  自他ともに認める悪党、死なずのジャック様でも将来のレディの前では気を遣うぜ。未来のヒロイン枠かもしれねえしな。 「子ども怖がらせといて何が知識だ。賢者とかおだてられて、大人の模範も忘れたか。じじい」 「神や悪魔に匙を投げられるほどの悪党、死なずのジャックが道徳をとくか。これはこれは。……ふむ、わしも少しは反省せねばなるまい」  じいさんの目が、カーシャのよく知ってる穏やかなそれに戻る。 「こわがらせてすまなかったの、カーシャ。そうじゃな、今晩はもう遅い。そろそろ帰らないと父親に叱られてしまうな」 「カーシャ、少し眠くなってきたよ」 「ジャックがうちまで送ってくれる。おい、若造。今日はここまでじゃ。カーシャを頼んだぞ」  ソファから腰を上げる。 「王都の賢者に聞いても空振りだったか。『死なず』は呪いだから、あんたよりもあんたの知り合いの大魔法使いの方が対処方法を知ってそうだな。おい、魔法使いへの紹介状は明日の晩に取りに来るから、格安で、できたら無料で協力するよう書いといてくれ」  カーシャがバスケットを取りに行って席を外した。じいさんと人きりだ。 「『死なず』のからくりを解明することをあきらめたわけではないぞ。わしにはそれが絶対に必要なのである」  単なる学者としての探求心とは違う心情が声にこもっていた。 「なんでえ、じいさん。『死なず』になりてえの? やめとけやめとけ。永遠の命なんてけっしていいもんじゃないぞ。現にこの世でただ一人こんな目にあった俺が、早く呪いを解いて楽に死にたがってる事実で察しろ」  サーチ・マズググローは断固として同意しなかった。目を閉じて首を力強く振る。 「違う。わしが知りたいこと、知識をもって成し遂げたいのは『死なず』を殺す手段の確立。つまりお前の望みと同じなのだ」  じいさんの全身から傲岸さは消え、視線は何かを恐れるように宙を泳ぐ。  今、目の前にいるのは理知の賢者ではない。  過去に体験した恐怖に今も追い回され、全力で逃げ出して引きこもっている年相応の老人に過ぎない。 「『死なず』を殺すだと? お前、俺と会う前から俺を殺すこと考えてたのか? お前自身に俺を殺さなきゃいけない理由はないだろう」  昔どこかで悪さした時の被害者かな。いちいち覚えてねー。 「いや、俺をマトにかけようってんじゃないな。でもそうすると……まさかな」  ふっと浮かんだ想像を笑い飛ばして、カーシャの背中を軽く押しつつ退去しようとした肩をつかむ手。抑えきれない震えに踊る手。 「まさか、なのさ」  じいさんは嘘を言おうとしているわけではなかった。頬の汗を舐めなくてもわかる。 「『死なず』はもうひとりいる」  

 カーシャを書きすぎると話が足踏みするので、最後の一言を一気にたぐり寄せました。どんどんダーク色が濃くなります。メタも。

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  • 女子高生

    ゆうきたけまる

    ♡200pt 〇10pt 2019年9月5日 19時41分

    他意はないんですが、グーグル検索って便利ですよね(笑)ほのぼのシーン収録のディレクターズカット版も見たかった(*´・ω・)最後に出てきた『もうひとり』の存在。これは続きが気になりますね。あと、子供に優しいジャックが好きです(*´∀`*)

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    ゆうきたけまる

    2019年9月5日 19時41分

    女子高生
  • 探偵

    毒島伊豆守

    2019年9月5日 22時08分

    ほのぼのシーン消しちゃったんですよね。もったいねーとかおもいながら。もうひとりはそのうち!ゆうきさんいつもありがとうございます。ゆうきをもらってますよ!

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    毒島伊豆守

    2019年9月5日 22時08分

    探偵
  • 男盗賊

    津嶋朋靖

    ♡100pt 〇10pt 2019年9月9日 12時10分

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    これは興味深い

    津嶋朋靖

    2019年9月9日 12時10分

    男盗賊
  • 探偵

    毒島伊豆守

    2019年9月9日 12時37分

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    ありがとうございます!

    毒島伊豆守

    2019年9月9日 12時37分

    探偵
  • 男戦士

    凸助♪

    ♡600pt 2019年6月21日 20時52分

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    良いものを見せてもらった

    凸助♪

    2019年6月21日 20時52分

    男戦士
  • 探偵

    毒島伊豆守

    2019年6月22日 0時12分

    もっと良いものを見せたいと思います。 ありがとうございました!

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    毒島伊豆守

    2019年6月22日 0時12分

    探偵
  • 女子高生

    Lance

    ♡500pt 2019年6月21日 21時10分

    賢者の名前、よく読んだら面白かったです。さすがは賢者。

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    Lance

    2019年6月21日 21時10分

    女子高生
  • 探偵

    毒島伊豆守

    2019年6月22日 0時15分

    誰か気づいてと思ってました。報われました。ありがとうございます。

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    毒島伊豆守

    2019年6月22日 0時15分

    探偵
  • 男盗賊

    アイセル

    ♡500pt 2019年6月22日 22時11分

    メタく、馬鹿騒ぎのやり取りで熱くなったところ、「死なず」がもう一人いるという、頭を冷やす様な展開が面白いです。

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    アイセル

    2019年6月22日 22時11分

    男盗賊
  • 探偵

    毒島伊豆守

    2019年6月23日 1時39分

    アイセルさん、コメントありがとうございます。 突然冷水ぶっかけるの結構好きなんです。

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    毒島伊豆守

    2019年6月23日 1時39分

    探偵