アルソウムの双剣 The Swords of Arthoum

読了目安時間:6分

エピソード:56 / 126

星雲

 イェビ=ジェミは左手で足元に落ちていた薪を拾い上げ、焚き火に投げ込んだ。パッと火の粉が舞った。もう一本、今度は力いっぱい薪を投げつける。ゴツっという鈍い音。焚き火が明るさを増す。  これで良かったのだろうか。  だが、他にやりようは無かったように思う。話し合いでどうにかなるような相手ではない。放っておけば遙拝所は略奪され、巡礼者たちは奴隷として売り飛ばされていた。やられる前にやった。力と力がぶつかりあって強い方が勝ち、明日まで生命を繋いだ。それだけだ。  狼に襲われて消えたブリンコラの村。アタルテアの遙拝所を襲った盗賊たち。旅の終わりに辿り着いた西の果ての山は、あまりにも荒々しい場所だった。ここでは、人の生命がまるで賭け事の札のように簡単に流れ去ってしまう。平和でのどかなチェレク城が懐かしかった。一刻も早く、どこかに帰りたかった。  でも、どこへ帰れば良いのだろう。  やはりチェレク連隊なのか。それとも、マンガルメ半島の先にある故郷の村なのか。 「ガイ」  イェビ=ジェミは声の方を見た。ブレイが立っていた。ブレイはまっすぐにイェビ=ジェミの目を見ている。 「怪我は無い?」 「なにも。なにも無いよ」 「良かった」 「最後まで生きていた」 「うん」 「生かしたままで連れ帰ってもらえるかな」  ブレイは無言のままゆっくりと近づいてきて、右手でイェビ=ジェミの頬にそっと触れた。その途端、イェビ=ジェミの中に広がっていた黒い渦が消えた。双剣の刀身の不思議な青い光も消える。イェビ=ジェミの左手から短槍が地面に落ちて、がさりと音を立てた。 「ガイ。辛い目に遭わせたね。ごめん」  イェビ=ジェミは右手に抜き身の剣を持ったまま、立ち尽くしている。左手は空いていたが、殺戮の限りを尽くした手でブレイの体に触れる気にはなれなかった。  ブレイの右手がイェビ=ジェミの頬から肩へ、そして左手の先までゆっくりと下りてゆく。イェビ=ジェミは目を閉じた。手甲の表面を通過したブレイの右手が一瞬イェビ=ジェミの体から離れる。次の瞬間、それはイェビ=ジェミの左の手のひらの中に入ってきた。イェビ=ジェミは目を閉じたまま、ブレイの右手を握った。最初は弱く。次はしっかりと。  ゆっくりと八つ数えてから、目を開く。  思っていたより遥かに近いところにブレイの顔があった。 「おやすみ、ガイリオル」  ブレイがぎこちない笑顔を見せた。その瞬間。  イェビ=ジェミは、自分の帰りたい場所がどこにあるかを知った。  遙拝所の洞窟の中に閉じ込められていたのは、五人だった。  三人はブレイが見たとおり「山の兄弟」であった。昨日、ブリンコラの集落から遙拝所に向かおうとしたところで、いきなり盗賊団に捕まったのだという。残りの二人はまだ若い母親と一〇歳にも満たないような少年で、やはり昨日捕まったとのことである。こちらはブリンコラの住民で、狼の群れが現れた時は家の中に居たので難を逃れ、その後は村を離れるのを拒んで今まで何とかここで暮らしてきたのだと語った。幸い、季節は春から夏だったから、食べるものはいくらでもあった。他の村人が遺していったものも探し出して食べた。  狼は怖くなかったかとイェビ=ジェミが尋ねると、母親は奇妙な話をした。狼の群れが村を襲って一〇日ほど経ち、村人が全て逃げてしまった後、ベルティン峠の方から全身を不気味な革の鎧のようなもので覆った一団が現れて、残っていた狼たちを全て殺してしまったというのである。この一団はその後、アレバ山のあちこちをうろうろしていたが、五日ほど経つと、またベルティン峠の方に帰って行った。 「なんだろう、それ。気味が悪い」  ブレイが呟いた。  焚き火が盛大に燃えている。一〇月のアレバ山は既に晩秋だ。夜は寒い。  イェビ=ジェミは転がっていた軍用銃を拾い上げて、焚き火にかざした。銃身の根元の部分に見慣れない刻印がある。イェビ=ジェミには読めない文字だ。ふと思いついて、昨日、眼帯の男の持ち物から回収した金貨を取り出してみた。同じ文字が入っていた。 「ガイ、何かわかった?」 「この銃はアルソウムで作られたものじゃないね」 「じゃあ、どこ?」 「あっち。多分だけど」  イェビ=ジェミは西を指さした。 「西?」 「ブレニ王国」 「そうか……」  国境の向こうで何が起こっているのかは、よくわからない。だが、逆茂木の向こうの旅籠で聞いた話が本当ならば、ブレニ王国の中で対立しあう勢力があるのだろう。その片方がアタルテアの遙拝所に奉納された財宝の話を聞きつけ、狂犬病にかかった狼を使ってブリンコラの村人を追い払った上で、アレバ山を探しまわった。カリュベスの蜂亭に巣食う煙草の密輸組織がこの勢力と同一だと考えれば、全てが繋がる。  ラツモはどこかの「中庭」でアレバ山の財宝の話を聞き、ブレニ人の密輸組織に加わることを決意した。どうせならクレフェの紙市の買い付けの資金も奪ってから、ということだったのだろう。ラツモはダスティ峠を越え、ラウテルで他の「中庭の連中」と合流して西を目指した。急いでいたのは、早くしないと遙拝所に雪が降ってしまうからだ。  一方、ブレニ人の密輸組織は自力で遙拝所を見つけることは断念したが、財宝そのものは諦めていなかったのだ。そこで必要になるのは、アルソウムの言葉を自在に話せる人間、つまりアルソウム人の仲間だ。これは「山の兄弟」を捕まえて遙拝所まで案内させるためである。だが、「山の兄弟」にもアレバ山にブレニ人が出没しているという噂は回っていたから、なかなか上手い具合にはいかず、ようやく昨日、遙拝所へと入り込むことが出来た。  間一髪でアタルテアの財宝は守られたわけだ。  それにしても、何故、「山の兄弟」はアレバ山に財宝を運び続けてきたのだろうか? 決して余裕がある生活ではないはずなのだが。  ブレイの説明は簡潔なものだ。 「それは、サイナブオール様との約束の時のため」 「サイナブオール……アタルテア様のお兄さんの?」 「そう。いつかサイナブオール様の子孫から使いが来た時、「山の兄弟」は山を下りて力を貸す約束だ。その時に使うために、一三年に一度、全ての「山の兄弟」は、ほんの少しで良いから宝石か金貨か銀貨をアレバ山に運んでおきなさい。これが、アタルテア様の言葉」 「そうか……」  イェビ=ジェミは夜空を見上げた。アレバ山の上に巨大な星雲がかかっているのが見えた。「山の兄弟」が語り継いできたアタルテアの伝説も、アレバ山も、その上に見える星雲も、あまりにも壮大だった。自分の傍らにある剣や銃の小ささが嫌になった。歴史も山も星々も遥か彼方にある。手を伸ばしても永遠に届かないところに。では、明日からの自分は、この手をどこに向かって伸ばせば良いのか。殺す以外のやり方で、この手を伸ばすべき先は。  長い長い一日だった。イェビ=ジェミは横になって目を閉じた。ブレイが髪を撫でた気がしたが、それを確かめることは出来なかった。イェビ=ジェミは深い眠りへと落ちていった。

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  • 男戦士

    ムルコラカ

    ♡1,000pt 2022年7月23日 16時36分

    ひとまずは一件落着、しかし他にも不穏な火種は残っているようですね。狼を退治した謎の革鎧集団は何者だったのか……。

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

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    ムルコラカ

    2022年7月23日 16時36分

    男戦士
  • 男盗賊

    akiwoK

    2022年7月23日 20時38分

    こちらは外伝「辻斬り」まで伏線としては浮上しませんが、上記外伝では戦闘で服を汚してしまってブレイに怒られるのが怖いイェビジェミが見れます

    ※ 注意!この返信には
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    akiwoK

    2022年7月23日 20時38分

    男盗賊

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