木の母と木霊の父とわたしたち

読了目安時間:3分

花探し

 港町の外れ、小さな宿場町の一画に、「夕餉(ゆうげ)屋 花摘(はなづま)」はあった。他の宿や食堂とは違い、二階建ての屋敷が大きな生垣に囲まれ、玄関は奥まっている。一階からは、酒に酔った客達の笑い声、三味線と鳴り物の音が漏れている。  黒い帷子の青年は、生垣の前で立ち止まっていた。夏の西日が、青年の半身を熱しながら弱っていく。宿場を探し歩く商人達は、不思議そうに彼を見やる。 「あら、お客さんですか」  立ち止まったままの青年に声をかけたのは、「花摘」の玄関から顔を出した娼だった。青年よりもひとまわりほど歳上の彼は、紅白の花模様をした着物を着て、唇と目元に赤い化粧をしている。 「どうぞいらっしゃい。うちは初めてで?」 「あの」  青年はそう言ったままで、その場から動こうとしない。はて、と娼が首を傾げた。結った長髪に差し込んだ、梅の花の縮緬細工が揺れる。 「『花』を探しているんです。ここにはありますか?」 「花? うちは確かに花摘って名前でやってますがねえ……ここにあるのは旨い飯に肴に酒、それからおまけの()だけですよ」  青年の問いに、娼はおどけた調子で答えた。屋敷の奥では、海の向こうの土地を夢見る歌が歌われている。  青年は少しだけ目を伏せて、唇を真一文字に引いた。娼は困った様子で、小さく溜息をつく。 「……あれを探してるときたか。うちの裏に回りなさいな、洋物の帽子屋がいるから」 「分かりました。ありがとうございます」  お辞儀をして立ち去る青年を見送りながら、娼は再び溜息をついた。 「まだ若いってのに、痛ましいもんだ」  「花摘」の裏道では、露天商達が店を畳んでいる最中だった。ある商人は小さな瀬戸物の数々を、またある商人は色とりどりの髪飾りを一つ一つ紙に包み、風呂敷にしまい込んでいる。老いた占い師は、易占(えきせん)用の竹の棒を数えながら木筒にまとめている。  黒帷子の青年は、畳まれていく露店の中に帽子屋を見つけた。コール天の鳥打帽を被った中年の商人が、売り物の帽子たちの埃をはたきながら、トランクにしまおうとしている。 「すみません、帽子屋さん」  青年が声をかけると、帽子屋は眩しがるような目つきで彼のことを見た。 「ええ、お若い方。何の用かね」 「『花』は……花柄の帽子はありますか」 「そうさねえ、花柄ってわけじゃあないが……これなんかどうだい」  帽子屋はトランクを開き、重ねている帽子の中からひとつの鳥打帽を取り出した。艶のある綾織で、淡い緑の地に朱色の松毬模様を浮かび上がらせている。 「良い柄ですね。赤榕(あこう)の新芽に似てる」  青年が屈み込み、鳥打帽を眺める。帽子屋は眩しそうな目つきのまま、青年の双眸を見据えている。 「お客さんはこの島の人だな。ここの母木様は、赤榕の木のお姿だと聞いたよ」 「はい」 「私の郷の母木様も似たようなものでね。大きな大きな犬琵琶(いぬびわ)の木のお姿で、元気な弟達を産んで下さった。……今はもう、白く腐れてしまったが」  青年は顔を上げ、強い眼差しで帽子屋の顔を見た。帽子屋は一段と目を細め、微笑みとも哀しみともつかない顔をした。 「(きび)の砂糖で栄えた、良い町だったんだがねえ。みぃんな、白母木(しらもぎ)の毒にやられてしまった。私は命ばかりは助かったけれども、ちいとばかり目を傷めたようで。世間のあらゆるものの中で、人の顔だけが歪んで見えるんだよ」  帽子屋の言葉に、青年は沈黙していた。辺りの露天商達が店じまいを終え、裏道のひと気は一気に減っていく。 「お客さんは、白母木の匂いってのを知ってるかい?」  青年は首を横に振る。その背後に、笠を被った小柄な人物――子供のようでも、老人のようでもある――が佇んでいた。 「お若い方。探している『花』は後ろにある、どうか嗅いで行ってくれ。……この帽子は礼にやろう」

2020-04-01 11:46 シナリオに矛盾する一文を見つけたので修正しました。

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