木の母と木霊の父とわたしたち

読了目安時間:2分

港町

 夏の港町が、遅い夕方を迎えようとしていた。  鮮魚店や寄合所が並ぶ大通りから外れて、黒い帷子(かたびら)を着た青年が一人、裏道を歩いていた。まだ潮風に錆び付いていない、設置されたばかりの電灯が並ぶ大通りの様子とは違って、裏道は古く雑多なままの姿をしている。解体しかけの廃船、魚網の被さった蛸壺、枠の歪んだ干物網など、様々な漁具が小屋の中や道の端に積まれている。 「なあ、あそこに居るのって……」 「ホントだ。なんでここに?」  青年を小屋の影から見ているのは、ドンザを着た若い漁師達だった。黒帷子の青年と彼らとで、大して歳は変わらない。 「お遣いでも頼まれたのか?」 「いや、『料理屋』に行くのかも……」 「んなわけねえよ! そりゃ昨日のお前だろ。抜け駆けしやがって」 「なっ、なんで知ってんだよ!」  若い漁師達はひそひそ声で笑い、小突き合う。黒帷子の青年は足を止め、辺りを見渡している。漁師達に気付く様子はない。 「お遣いにしては迷ってるな」 「あいつ、本当に『料理屋』に行くんじゃねえか?」 「()()()なんて言ってたら怒られるようになるぞ。そろそろそんな時期だ」 「おい、あの方はまだお元気だろ。お前こそ罰当たりなこと言うなよな」  若い漁師の一人が、隣の仲間の頭をぺちりと叩いた。痛え、という声が上がったところで、黒帷子の青年が漁師達に気がついた。 「あ、久しぶり」  先に声をかけたのは黒帷子の青年だった。若い漁師達は目をぱちくりとさせて、ばらばらに「久しぶり」と返した。 「よ、よお。あんたがこの辺に来るなんて珍しいな、頼まれ事か?」 「いいや、ただの散歩」 「散歩? ふうん……」  問いかけた漁師は腕を組み、俯いてふんふんと唸っていたが、おもむろに顔を上げてにんまりと笑った。 「さてはあんた、『料理屋』に行くつもりだな?」 「料理屋?」  しばらくの間をおいて、青年が答える。 「……ああ、『料理屋』ね。どの辺にあるの?」  若い漁師達がどよめき、笑った。 「おい、ホントに行くのかよ! でもよ、あんた、そのご身分で……」 「どの辺にあるの?」  青年の声が漁師の言葉を遮り、どよめきが止んだ。青年は、赤茶の瞳に僅かな怒りの色を浮かべていた。  若い漁師は苦笑いをして、裏道の先の丁字路を指さす。 「そ……そこの坂を上ったところだよ、見たら分かるような店だ」

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  • ラピスの再生論

    変わりゆく社会を生きる人々のSF風群像劇

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    2021年5月14日更新

    ――何かを忘れたように淡々と陽が昇り、月が出る。 七つの都市と七万の人口を抱える街、新都ラピスは今日も平穏だった。そこは、共同体を保つために人間が「生産」され「役割」の名の下に歯車として働く、人と社会の使役関係が逆転した世界。ラピスの最高権力機関・統一機関に所属するリュンヌは、読書家で人との関わりを苦手とするところ以外、ごく一般的な研修生として暮らしていた。19歳の秋、幹部候補生に抜擢される研修生が発表される日の朝に、異言語を話す少年ティアがやってきたときから、彼女の日常は、そしてラピスという世界は、徐々に変化していく。 形を変えゆく世界のなかで、自身を変革してゆく人々の群像劇。 ------ リュンヌ・バレンシア(ルナ)…… 本作の主人公。統一機関の研修生。事なかれ主義で厭世的、消極的でごく少数の人間としか関わりを持とうとしないが物語の中で次第に変化していく。本を読むのが好きで、抜群の記憶力がある。長い三つ編みと月を象ったイヤリングが特徴。 ソレイユ・バレンシア(ソル)…… 統一機関の研修生。ルナの相方で幼馴染。ルナとは対照的に非常に社交的で、人間関係を大切にする。利他的で、時折、身の危険を顧みない行動を取る。明るいオレンジの髪と太陽を象ったイヤリングが特徴。 ------ 全十章。 「小説家になろう」「NOVELDAYS」にも投稿しています。 他2サイトに投稿したものは完結済です。そちらを改稿し、順次投稿していく予定です。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:21時間42分

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  • 蒼空世界のメカ娘~レミエと神とあの空の話

    生意気最強メカ娘と往く空中都市の冒険譚

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    2021年5月9日更新

    機械の四肢で空を駆けるメカ娘『奉姫』が人を支える空中世界『カエルム』 空の底、野盗に捕えられた奉姫商社の一人娘『アリエム・レイラプス』を助けたのは奇妙なAIと奉姫のコンビだった。 『奉姫の神』を名乗るタブレット、カミ。 『第一世代』と呼ばれた戦艦級パワーの奉姫、レミエ。 陰謀により肉体を失ったというカミに『今』を案内する契約から、アリエムの冒険が始まる。 カエルムと奉姫のルーツ、第一世代の奉姫とは? 欲する心が世界の秘密を露わにする、蒼空世界の冒険譚。 ・強いて言えばSFですが、頭にハードはつきません。むしろSF(スカイファンタジー) ・メカ娘を率いて進む冒険バトル、合間に日常もの。味方はチート、敵も大概チート。基本は相性、機転の勝負。 ・基本まったり進行ですが、味方の犠牲も出る時は出ます ・手足武装はよく飛びますが、大体メカ娘だ。メカバレで問題ない。 ※2020.3.14 たのの様(https://twitter.com/tanonosan)に表紙およびキャラクターデザインを依頼・作成いただきました。この場を借りて感謝申し上げます ※2020.8.19 takaegusanta様(https://twitter.com/tkegsanta)にメカニックデザイン(小型飛空艇)を依頼・作成いただきました。この場を借りて感謝申し上げます

    • 暴力描写あり

    読了目安時間:19時間44分

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