初心者にもわかりやすい異世界哲学〜世界最強の職業保持者は相互理解不能です〜

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エピソード:2 / 20

魔熊は、村の中だけで無く、周辺の村も巻き込む大騒ぎとなった。 その理由として、教授本人がその魔熊の素材はともかく肉に関心を示さなかったことにあるだろう。 肉は村の中で均等に分けられ、彼の住む村では宴会が開かれていた。 「いやー凄かったね、私達の職業なんか誰も関心を持って無いよ。」 「俺、格闘家だったのによ。親父にも興味持たれなかったぜ?」 これは無理の無い相談だ、誰だって息子が良い職業だったことよりも、息子が無事に帰って来てくれたことの方が嬉しいのだから。 魔熊の肉が食えるということもあるかも知れないが。 そんな立役者は、イム達と一緒に、宴会の端で食事をとっていた。 「もう食えん。」 「え!本当にちょっとしか食って無いよ?」 赤ちゃんだってもっと食うだろうという程のミニマムサイズしか食べない教授にいつもながらイムは呆れていた。 「はっはー!教授は小食だな、これは俺が食うぞ!」 そう言うと、格闘家の少年は教授から皿を奪い食べ始める。 「ちょっと、ガル。そんな聞きもしないで!」 「好きにしろ、脂っこいものは好かん。」 「よっしゃあ!今のうち食いだめしとかないとな!」 教授の許可が出た途端にその肉を食い始めるガルにも、イムは呆れていた。 「ところで2人とも、この後は空いてるか?」 「ええ、後は帰って寝るだけだけど?」 「俺もだな。」 そう言うと、教授はフッと顎に手を当て、格好つけて言い放った。 「すまない、食い過ぎで気持ち悪い。家まで運んでくれ。」 食い過ぎとは一体? ◇◇◇◇ 「よし、ついたぞ〜!」 「ありがとう、ガル。ついて来てもらっちゃって。」 「あ?それは別に良いわ、ったく、教授は相変わらず体が弱いな。」 「面目無い」 教授の家の玄関に、イムはそっと教授を置く。 教授の家は学者の家だ、この村は出張所のようなもので、家のあちこちに研究のための怪しい設備が整っている。 その家はガラクタも多く、村の子供たちにとっては宝の山だ。 以前この家に友達と忍び込み、教授に見つかって怒られた記憶がある。 苦い思い出だ、隣を見るとガルも同じことを思い出したようだ、渋い顔をしている。 「で、お前は何者だ?」 「え?」 「は?」 「は?」 気づけば、教授達の家の中に、1人の少年が侵入していた。 浅黒い肌、黒い髪、首についた大きな首輪。盗賊のような格好の少年は、その両手に大量の資材を持っていた。 「それは両親の大事な研究材料だ、簡単に渡すわけには行けないな。」 「う、うるせぇ!この家が村で一番裕福そうだから入ったのに、金目のものがなんもねぇじゃねぇか!代わりにあるのはガラクタばかりとか、なんなんだよこの家!」 「お前にとってはゴミだとしても、父や母にとっては命よりも大事なものだ。返してもらうぞ。」 そう言って、教授は盗賊の少年に向けて手を振る。 「な、なんだよ、これ!」 少年がガラクタを置いて構えた錆びたナイフが、溶けて消えた。 「オイラのナイフが、なんで!?」 「ナイフとはなんだ?」 「あ?オイラがさっきまで持っていたものに決まっているだろう!返せ!」 教授が盗ったと思ったのか、盗賊の少年は威勢よく教授に言い返す。 「ナイフとは、刃が付いているものか?それとも人を斬ることができるものか?」 「人を斬ることができるのがナイフだろーが!」 「ならば聞くが、僕の手はナイフか?」 「は?どういうことだよ、お前バカなのか?」 「その意味で言えば僕の手の爪は、人の肌を斬ることができる、そういう意味では俺の手はナイフだ。」 「意味がわかんねぇよ!」 大丈夫、私たちも意味がわからないから。 そう言いたい気持ちを飲み込んで、ガルとイムは、武器を失った盗賊の少年を捕まえ、縄で縛り付けた。 「クソ、ついてねぇぜ。なりたてで捕まるなんてな。もうどうでも良いや、牢屋でもどこにでもぶち込んでくれよ。」 縄で縛られて、ようやく少年の瞳は揺れなかった。 「なりたてだぁ?お前歳いくつだよ。」 「13だ、これが初めての仕事だったんだ。11になって、適合職が盗賊だったんだ。それまでは普通に商家で働いていたよ。」 盗賊の少年、名をジャックと言った。 孤児であり天涯孤独の彼は、商家の下働きとしてささやかに暮らしていた。 彼の不幸は、彼の適合職が『盗人』であったことだろう。 適合職が盗人でも、ジャックは商人であろうとしたし、商家の人たちもそれを応援してくれていた。 だが、世間はそれを許さなかった。 ある日、商家で盗みがあった。そんな時、真っ先に疑われたのがジャックだった。 「適合職が盗人な奴は、何かを盗まなきゃやってられねぇんだよ。」 そんなレッテルを貼られた彼は、商家を追われた。 「オイラは盗んでねぇ、そう何度も言ったが駄目だった。この世界は職業で全てが決まっちまう、なし崩しで盗賊になったが、これもこのザマだ。もうオイラに生きる目的なんてねぇ!いっそ殺してくれよ。」 それは、少年の心からの叫びだった。 まだこの世に生まれて13年しか経ってない少年は、確かに世界を呪っていたのだ。 そんな彼を前に、教授はそれでも冷静だった。 「ジャック君、1ついいかな?」 「なんだよ、もうオイラに話すことはねぇよ。」 「先ほど君は生きる目的は無い、と言ったが、そもそも人に生きる目的なんてあるのか?」 「はぁ?」 教授は、ジャックの方を見て語り始めた。 「なぜ人は生きているのだろう?どうして私たちはここにいるんだろう?生きる意味って何?科学も、宗教も、この答えには至っていない。故に哲学もこれが答えがどうかはわからん。だが僕はこの答えこそが最も美しいと思う。人に、生きる意味など存在しない。」 抑揚の無い、あくまで冷静な声で、教授は僕たちの、先人達の歩みを否定していた。 平和のために戦う戦士、領土を守るため戦う貴族。食物を作るために毎日汗水垂らして働く農民。その全てを教授は真っ向から否定していたのだ。 無論、ガルやイム、ジャックもその深い意味までを理解できたとは言い難い。だが、これから進む人生に意味が無いと言われて喜ぶ人間などいるはずも無い。 だが、そんな雰囲気を無視して教授は話を進める。その声は一変も揺らぐことなく、ずっと棒読みだ。 「そもそも意味とはなんだ?目的とはなんだ?そんなものは人間が作った曖昧なものでしか無い。その人間すら、この世界の流れにおいて曖昧なものだ。我々の寿命はこの世界では多くても70年ほどしか無い、そんな曖昧な存在である我々が作ったものが曖昧で無い筈が無い。」 「今一度君に言おう、人に生きる意味など無い。君が今感じている喪失感は、人に裏切られたことから発生するものであり、人生に対する絶望だ。」 「・・・・」 「とは言え、これは一哲学者としての見解であり、人生にどんな意味を見出すのかを思うのは個人の自由だ。君がこれから商人を目指すかどうかは君次第だよ。」 「ッッ!!!それでも、あんた達はここでお終いだよ。盗賊になったって言ってるだろ、オイラは斥候の役目も担ってるんだよ。祭りを開いてるから、その間に盗んじまおうってな。今この瞬間にも20を超える奴らが集まって来てるぜ。」 その情報は、教授を除く2名に恐怖を与えるには十分だった。 村の警備をする人間は、たかが数十名だし、しかも今日は祭りだ。そのほとんどに酒が入っているだろう。戦力にはならない、それに戦闘に向いている者達は大抵街などの都会で雇われている。 酔ってなくても、20名を超える武装集団を防げるかどうかは不明だ。 だが、それでもジャックはその情報を漏らした。 少なくとも、教授の言葉は、ジャックの心に響いていた。 それに、英雄と言うにはあまりに貧弱な男は応える。 「講義の時間にしては遅いが、哲学の講義を始めよう。」 ◇◇◇◇ 魔物もめったに出ない平和な村、その1つに、ある盗賊団が入り込もうとしていた。 森の中に身を潜め、仕事を行う。 「男は殺せ、女は犯せ。子供は奴隷だ、拐え。」 彼らの合言葉はこれだけだった。 「リーダー、まだですかい?く〜俺達も早く酒にありつきたいでさぁ。」 「少し待て、もうすぐ新入りが斥候として戻って来る。」 「え?あの盗人の職業の奴ですかい?」 最近盗賊団に入った新入りの顔をリーダーとその部下は思い出す。 「あぁ、あいつには天賦の才がある。利用価値は高い。」 「へへっ俺達はぐれ者の中でもアイツは特殊ですからねぇ!せいぜい利用しやしょうぜ。」 そう言い合ってた折である。 「戻りました。」 「おう、戻ったかジャック。どうだ、何か見つかったか?」 ジャックが戻って来た、しかしその手には何も持っていない。盗賊団の面々が不思議に思っていると、ジャックはまさかの世迷言を吐き始めた。 「リーダー、あの村には何もねぇよ。一番豪華そうな家ですらガラクタしか無かったんだ。もうけは少なそうだ、引揚げようぜ。」 「なーに馬鹿なこと言ってやがる、それでも多少の蓄えぐらいはあんだろ。それが無くても奴らは奴隷にもなる、女は俺達のエサだ。引き揚げる理由はねぇ!行くぞ!」 「でもよ」 「でもじゃねぇ!浮浪者同然のてめぇを拾って食わせたのは誰だと思ってるんだ!!さっさと働け!」 盗賊団のリーダーの拳が、ジャックの右頬を捉えた。ジャックは木まで吹っ飛ぶ。 「俺の職業は盗賊だ、盗人のお前の上位互換だ。お前の境遇を理解してやれるのは俺だけなんだ!良いからとっとと村に行け!それとも首輪の効果を忘れたかぁ!?」 自らの苛立ちを抑えきれないかのように、リーダーはそう叫んだ。 『隷属の首輪』 奴隷などが付けられるその首輪が、ジャックにはつけられていた。命令はただ一つ、主人の命令に逆らえば、死。 盗賊としては天賦の才を持つジャックを逃すまいとしてリーダーの非道な策略である。 『生きるために食べよ、食べるために生きるな。』 「ソクラテスの言葉だ、ま、君たちに言っても無駄かね?」 気づけば目の前に1人、ジャックの隣にもう2人子供がいた。 青髪に、学者然とした服を着た、彼らにとっての悪魔が。 「な、なにもんだてめぇ!!」 そんなありきたりなリーダーの疑問に対して教授は応える。 「彼の新しい主人兼哲学者だ、さて、講義を始めよう。」 そう言いながら、教授は先ほどジャックと交わした話を思い出していた。 『君の人生が無価値と言うならば、僕に力を貸して欲しい。』 「な、なんでだよ。オイラなんかよりも役に立つ奴なんて幾らでもいるはずだ!」 こんな、盗人なんて職業の俺よりも。 そう言いかけたジャックの言葉を、教授ははっきりと否定する。 「それは違う、君にしかできないことを君に頼む。なにも不都合なことはあるまい?僕は4年後、15歳になったら王都へ行く。付いて来て欲しい、君の力が必要だ。」 「...」 返事は無かった、だが教授の話を黙って聞いていたジャックの目からは、答えが出ているような気がした。 少なくとも教授は、そう判断した。 後に残るは掃除だけだ。 「位置とはなんだ?人と人との間にある距離とはなんだ?人というものが曖昧だと言ったことがあるが、そんな曖昧な人と人にある距離は本当に確かなものだと思うか?」 「なんだてめぇ!いつの間にそこに!?」 「アッアニキィィ!それは俺っすよ!」 「てめぇ、こっちにくるんじゃねぇ!」 教授が手を振ると、盗賊達の身体が揺らめき、場所が入れ替わり立ち代り変化する。 剣を振ろうとすればその先に味方がおり、倒れこもうとする先にイムやガルがいて敵を倒す。 「てめぇ!一体なんの魔法を使いやがった!!」 盗賊のリーダーがたまらず叫ぶ、こんな魔法、一度として彼は見たことが無かった。 「僕はただ問うているだけだ、この問いに答えられれば君たちの目の前にあるまやかしにも似た何かはすぐに消え去るとも。」 「なにぃ!?」 彼の手は止まらない、指揮者の指揮棒の如く振るわれるそれは、盗賊達を混乱させるには十分なものであり、やがて盗賊たちは相打ちによって、イムやガルによってその数を減らしていく。 最後にはリーダー1人だけとなった。 「この化け物め!殺してやるぞ!」 「殺意とはなんだ?殺意を向ける僕とはなんだ?僕という存在は本当にここにいるのか?僕は君に問う、問い続ける。」 この問題に解答者はいない、解答者であるはずのリーダーの目には殺意しか宿っていなかった。 だからこそ、教授の独壇場は続く。 場所が変わり、地面が消え、仲間がいなくなる。 それは、長年盗賊団を率いた男にとってあり得ないことであり、いつしか教授に向けられていた殺意は、恐怖へと変わっていった。 だが、逃げるという行為すらこの男は許さない。ついにリーダーは致命的なミスを犯してしまう。 「貰ったぁ!」 「し、しまった!ジャック、返しやがれ!」 ジャックは、リーダーの隙をついて、自らについた隷属の首輪の鍵を盗み取った。 リーダーの命令が届く前にジャックは素早く己の首輪を外して、草むらに放り投げる。 「これで、オイラは自由だ!!」 「て、てめぇぇぇぇぇぇ!ジャック!!!!」 いつしか、リーダーは剣を抜き、ジャックへと走っていた。 仮の話だが、もし彼がここで逃走を選択していたのなら、逃げ切る可能性はあったのかも知れない。 教授は悪事を自ら進んで働くことはしない、逃げる者をわざわざ追いかけて殺すことは好まないし、そもそも追いかける体力が無い。 だが、リーダーはそれを犯してしまった。 教授に殺す理由を与えてしまった。 だから、リーダーの身体が切り裂かれるのは、ある意味当然のことだったのだ。 リーダーの身体は倒れ、もう動くことは無かった。 「終わったね。」 「しっかし、本当すげぇ力だな。今日手に入れたてでここまで力ってのは使いこなせるもんなのかね?」 イムとガルも終わったのか、こちらに歩いて来る。 「よし、帰るぞ。疲れた。」 そう言って帰ろうとする教授の前に、ジャックが、最大級の礼と共に隷属の首輪を差し出していた。 「アンタはオイラを自由にしてくれた、アンタになら、この首輪を付けられたって後悔はねぇ。」 それは、一種の覚悟だった、非常に短い時間の出会い、短い時間の共闘。本来ならばここから逃げ出しても良い彼は、それでも教授を信じていた。 しかし教授は、そんな隷属の首輪を、貰った途端にぶち壊した。 「な、何故!?」 隷属の首輪が無い、それはノーリスクで盗人を放し飼いにして、なおかつ自分で雇うことを意味している。 そんな阿呆なことをする人間は飛び切りの偽善者か、リスクマネジメントのできない奴だけである。 戸惑うジャックに、教授は、にこりともせずこう言った。 『人を物や金で動かすのは簡単だが、情で動かすのはカエサルだって難しい。』 「それも、テツガクって奴ですか?」 「いや、僕の言葉さ。」

ナイフが斬れるものと定義されるのなら手もまたナイフと言えるのでは無いか。 個人的に凄く好きなテーマなので気に入った方は調べて下さい。 それでなんでナイフが溶けるか?これもうわかんねぇな。

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