「えっニコラス様が討論ですかぁ!?どうぞ!」
そう良い放つノベラの顔は嬉しさで歓喜極まっている。
「別に僕は構いませんが、授業時間などは良いのですか?」
教授が、心配そうにそう言う。だがノベラは全く気にして無いように首を横に振っていた。
「だいじょーぶ大丈夫!先生の授業は基本適当だから!」
「雇用者の目の前で言うかのぅ、それ!?」
ノベラのぶっちゃけに、苦々しいような顔でニコラスが答えた。
確かに、管理職として、教師が学習計画をきちんと建ててないというのは問題だろう。評価にも影響することだ。
まぁ、ノベラは全く気にしなさそうではあるのだが。
「そうだそうだ、やってくれよ教授!」
「アラン」
そう言って発破をかけるのはアランだ、テレサもその隣で小さな声で「教授なら大丈夫です!」と言っているように見える。
口がモゴモゴしていたが、教授には、そう聞こえた。
「さて、期待させてしまったし、やるかの?」
「題は、どうされますか?」
「ん〜」
ニコラスは、顎に手を当ててトントンと悩む。
教え子との討論、余計なものはいらない。
こういうのはシンプルであればあるだけ良いのだ。
「そうじゃな、『炎弾について』なんてどうじゃろうか?」
「では、そのように。」
炎弾
魔法使いが操る火魔法の中でも初歩中の初歩の魔法、魔物との戦闘、日常生活の中では灯りにも使われるそれは、最も身近な魔法と言っても差し支えが無い。
そんな議題を、ニコラスは教授との討論に使用する。
「それでは、始めて下さい!」
そんなノベラの声と共に、2人の闘いは始まった。
「さて、ではまず始まりについてでも語ろうかの。」
「もし良ければ僕が。」
「おお、ありがとうよ。任せるぞ。」
先手を譲るように、ニコラスは手で教授が喋るのを促した。逆らわずに教授は喋り出す。
「炎弾についてですと少し話しが大きくなりすぎるので、炎弾の可能性について話そうと思います。」
「炎弾の戦略的な効果については、戦場では敵が隠れ潜む森を焼き払うことによって潜伏場所を炙ったり、城攻めなどでも使用することができ、その戦略的価値は非常に高いです。」
「ふむ、ふむ。そうじゃのう。」
「実生活では、永久機関として炎魔法以外の魔法が使われている為需要は減っていますが、それでも料理などでも炎弾は使われています。」
「デメリットとして、延焼の可能性があるので自国領で使うと被害が大きくなるリスクがあること、敵兵士を殺すことに特化してはいるが捕らえることに向いてないことなどが当てはまりますね。」
「ううむ、その通りじゃ、最近の事柄まで良く抑えておるの。では、ソロモン坊にも考える時間を与えねばなるまい、次は私が言おう。」
教授が説明を続けようとした瞬間、それをニコラスはそう言って手で止めた。
「炎とは、簡単に言えば火種のことじゃ。火は使いこなせばとても便利じゃ、火こそ我々、知的生命体の最初の発明と言われるほどにな。」
火は、常に我々と共にある。
原始より人々は、火と共に暮らし、火に守られる。
命の炎を燃やせなどという臭いセリフがあるが、そのような隠語が生まれるほどに人と火は繋がっていると言えよう。
「火は何かを消費しなければ燃え続けることはできん、研究はしているが、その何かはわかってはおらん。必要なのは燃えるもの、木や炭、それ以外にもう一種類何かが必要じゃと儂は思うておる。」
ニコラスが求めている者、それは酸素だ。
この世界に酸素や、窒素などの気体の概念は存在しない。だが、物が燃える為に可燃物ともう1種類何かが必要だということをこの老人は見抜いた。
改めて教授は、この老人の恐ろしさを垣間見た気がした。
「とと、少し話しが脱線してしもうたな。つまりここで言いたいことは、火にはまだ他にも使い道があるということじゃ。可能性、それを追い求めること。研究者冥利に尽きるじゃろう?」
まぁ、儂が提案できることはし尽くしたがな。そう言ってニコラスはこちらを向いた。
「さて、炎弾の可能性についてじゃったな、ソロモン坊。さぁ、儂にその可能性を見せて見よ!」
「勿論です、副校長。哲学の講義を始めよう。」
◇◇◇◇
「それではまず、教科書108ページに書いてある炎弾についてを全員開いて欲しい。
そう教授が言った途端、教室中に風が吹き、全員の生徒の教科書のページが108までめくられる。
炎弾のページについての記述はこうだ。
火の玉を発生させて敵にぶつける攻撃魔法などの総称。炎系攻撃呪文の中で最も単純なもので、火炎弾を発する。
派生技も少なく、応用自体は聞き辛いが、戦闘以外にも使用用途があることをニコラス・セヴレイブが正式に戦術として組み込んだ。
これだけしか無い。
単純かつ強力、それは魔導において非常に優秀な魔法である所以であり、長く使用され続けている理由である。
「だが、浅い。戦術自体はこれからも広げようがあるだろう、威力も魔力の使い方を覚えれば使いこなせるだろう。だが単純な構造しかしていないが故に、炎弾はその起源に踏み込もうとする探求者を失っている。」
次に、また風が吹き、教科書のページが勝手にめくられる。
表記されたのは目次、基本的な五大元素を象徴する魔法に教授は注目する。
当然ながら、それは魔法のほぼ全てに言えることだった。
基本とは、応用に至るまでの踏み台にしか過ぎない。
故に、研究され尽くしていると思われがちだ。
そこに、魔導師たちの穴がある。
「仕方のないことだが、人々は新しい魔法や複合魔法に目が行きがちだ、これから我々がしなければばならないことは、小さいシャベルで砂漠から黄金を探す作業では無い。多くの人々がスコップを持ち寄り、より深い遺跡を探す冒険だ。」
それは、至極当然の理論だった。
誰だって、人が通った道をもう一度通りたいとは思わないだろう。むしろそう思ってしまうことは研究者として不健全だ。
過去先人たちが行った実験は全てデータ化され、現在に生きる研究者に受け継がれる。そうやって科学は発展して来たのだ、魔導の研究とてそうで無くては困る。
火、その魔法の可能性は、『構造の根本的理解』だ。
「魔導の根源に至るには、それをただひたすらに理解するしか無い。火が熱いということを知らずに火の魔法を使うものがいるだろうか。剣士が剣の特性を正しく理解せねばならないように、魔法使いはもっと魔法のことを正しく知らねばならんのだ。」
そう良い放つ教授を、実に不思議そうにニコラスは見ていた。
「まぁ予想できたことじゃ、あの両親の息子じゃからの。それにしてもじゃソロモン坊、お主は、既に魔法学校のレベルを超越している。何故ここに学びに来たのじゃ?」
少し意地の悪い質問だった。
が、それは教育者としてはあまりに悲痛な叫びだった。この論争とは全く関係無いところで、ニコラスは白旗を上げていた。
教授という人間は、既に1研究者としては完成尽くされている。
研究者として、そこに収まらない異端者、破壊者。もし彼がそのまま魔導研究の道に邁進するとしたら、後に彼はこう呼ばれるだろう。
それほどのポテンシャルを彼はニコラスに、そしてクラスメイトに見せつけていた。
「それを親に望まれたからだ、期待に応えるという行為は、子供にとって当然の行為でしょう?人間にとってもそうな筈だ。」
そんな悲痛な叫びを、教授はなんでも無いように答える。
「君は、まるで自分が人間で無いように話すのじゃなぁ。」
「哲学的観点から見て、僕は僕がまともな人間では無いということについては重々承知しています。そもそもまともな人間とは一体なんでしょう?まともな人間という定義が無い以上それこそまともな人間であると己を律さない限りその範疇に入ることは無い、僕はそう思いますよ。」
世の中にまともな人間はいない、その理由としてそもそもまともな人間などいないということが挙げられる。
哲学者としてイデア論の通り、現実世界に存在する物体や概念はすべて影であるも本当に信じている教授は、まともな人間などこの世界に1人もいないと本気で信じていた。
『賢者は、話すべきことがあるから口を開く。愚者は、話さずにはいられないから口を開く。』
「プラトンの言葉です、失礼。少しだけ余計なことを喋り過ぎてしまいました。」
そう言って教授は、不敵にニコラスに笑いかけていた。
「ふふふ、ハハハハハ!そうか、喋り過ぎてしまったか!」
「ええ。」
「よろしい、ならばこれ以上喋らす訳にもいかんのう!どうかね諸君!我らが主席の語る、炎弾の可能性は。儂からその可能性を喋ることは叶わなかったが、そいつは許して欲しい、機会があれば教えよう。」
そう言って、ニコラスは教授との討論を締めた。
次の授業を見てくる、そう言い残してニコラスは教室を立ち去る。
その後のクラスメイト達の討論は、あまり振るわなかった。
◇◇◇◇
「で、どうじゃったかのぅ?うちの主席は。」
「ずるいぞじぃ、あんな奴がいるなら私に報告してくれれば良いものを。」
「ホホホ、実際に見なければわからないこともあるということじゃよ。」
教室の外に出たニコラスは、1人の男と会っていた。
男は教室の面々にバレないように気配を消していたが、そんなことはニコラスには関係無い。
彼は、王子。ケイアポリス王国の第3王子にして、Sランクの生徒だ。
Sランク、そう定義された授業すら免除され、テストを受ける義務すら無い問題児の集まり。
その1人こそが彼だった。
「じぃ」
「なんでしょう?」
親しい友人に話しかけるように、王子はニコラスを呼ぶ。この2人は王子が産まれた時からの師弟関係だ。
「アイツ、欲しいな。父や兄に目をつけられる前に欲しい。」
「ならば、早めに声をかけなされ。」
「わかっている、全く。今日は見に来ただけだと言うのに、欲しくなってしまうのは私の悪い癖だな・・・・」
王子は、軽快な足取りでこの場を去っていく。
本来、ニコラスは王子が生徒を見るための護衛だった。
教室に入ってしまったのはたまたまに過ぎない、その際に主席が討論をしていたので思わず中に入ってしまった。
今回の顛末はそんなところだ。
だが、彼は王子に変に気に入られてしまった。
(これから大変じゃな、お主。)
そう言いながらも、前途ある若者の未来を思い、ニコラスは笑っていた。
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