僕の青。薔薇の青。きみの青。

Le bleu est la couleur du ciel. Le bleu est la couleur de la mer. Le bleu est la couleur de mon esprit. Et votre bleu est mon bleu. 青は空の色 青は海の色 青はわたしの心の色 深い青も輝く青も 悲しい青も喜びの青も 色とりどりの青を さまざまなわたしの心に撒き散らす あなたの青はわたしの青

第二章 色の命題 あるいは青の定義

きみの青とぼくの青

「でもね。青バラは本当は青くなんかないのよ」思いっきり矛盾している。青くない青。赤くない赤。青空は青くない。いや、それは違うだろう。青いから青空なんじゃないか。さっぱり意味が分からない。  早希(さき)はよくこんな言い方をして僕を惑わせる。そして僕は、彼女が待ち構える惑いの海で、哀れにも溺れてしまうのだ。  大学の食堂に併設されたカフェスペースで、隣のテーブルでおしゃべりしていた女の子の二人連れが出て行くと、僕と早希の二人だけになった。南に大きく取られた窓から暖かな日差しが降り注いでいる。その光が彼女の顔に陰影を与えていた。  艶のあるしなやかな黒い髪が光の輪を抱き、少し伏せたまぶたの先で長い睫毛が光っている。急にその目が僕を見て微笑んだ。大きな瞳は横からの光を受け、虹彩が一瞬だけ金色に輝いた。僕の心臓がトクンと小さく跳ねる。  彼女の名は星野早希。大学構内の小さな花壇に一輪だけ残ったバラの香りを嗅いでいた彼女に出会ったあの日。それまで自分から誰かに話しかけたことなど一度もなかったというのに、なぜか僕はその背中に向かって、ごく自然な気持ちで声をかけた。そして振り向いた黒い瞳に呪縛された。  僕の心は早希の深い瞳の奥に永遠に囚われたのだ。  心地よい無力感に浸りながらも、僕は彼女からの青くない青バラの命題に取り組むことにした。 「早希。お願いだからもっと分かりやすく、僕にも理解できるように言ってくれないか」「そう?それじゃあ・・綺麗な青い花が咲くバラは、少なくともバラ園には存在しない。この前、わたしと行ったバラ園に青いバラなんてなかったはずよ」「確かにそうだ。名前にブルーとついていても、実際には紫や青みがかったピンク色だったね」  でも、どこかで真っ青なバラの花を見た記憶がある。テレビニュースかもしれない。テレビ番組は滅多に見ないけれど、青い映像がかすかに脳裏に残っていた。  彼女の言ったことの何かが引っかかっていた。言葉に仕組まれた罠。早希のいたずら。無意識に泳がせていた視線を下ろすと、潤んだ大きな瞳に捕まってしまう。  でも、そう。あれは確か・・・。 「きみは“少なくとも”と言った。そうだ。思い出したよ。どこかの大手企業が遺伝子操作で青いバラを作り出したとニュースで聞いたことがある」「ええ。そのとおり」「青いバラは存在する。ゆえに青バラは青い。きみの命題は否定された」  濡れたように光る瞳がフッと笑った。開いている窓から入り込んだ風が長い髪をかすかに揺らす。窓の外に目をやると、空がさっきより青みを増していた。 「青い空は本当に青いのかな」「それ、さっき僕が考えたことだよ」「そうなんだ。わたしたち気が合うね」  空の高みを覗いている早希を見ていたら、急に馬鹿げた考えが浮かんだ。それは不安となって僕の胸にわだかまった。  自分が見ている空の青と早希が見ている青は、本当に同じ色なのだろうか。はたして彼女は僕のこの疑問に何と答えるだろう。 「意味がわからない。どういうこと?」早希は頬杖をついて僕の目を覗き込んだ。心臓が再びトクンと鳴る。 「つまり僕が見て感じている深い青は、色も鮮やかさもきみが見ているのと同じなのかな。うまく言えないんだけどさ」「それは、わたしの青と(とも)くんの青が同一の色彩かという命題ね」「そうそれだ。きみは僕よりはるかに頭がいい」「ありがとう。でもそれを確かめる方法はない」「それは・・そうだよね」  彼女のキッパリした答えを聞いて、さっきより不安が増した。こんなに綺麗な青なのに、もしも早希が見ている青と違っていたら、僕はどうしたらいいんだ。 「おかしなことを考えるのね。自分以外の人間が見てる色を理解したいなんて哲学者が考えるような難題よ」早希は、そんな僕の手にそっと自分の手を添えて優しく笑う。その手のひらは確かな温かさで僕を包んだ。 「でもね。わたしの青と智くんの青が同じだったらいいなと思う。そうじゃないと寂しいから。わたしの青がわたしだけしか見えない、ひとりぼっちの青なんて寂しすぎる」彼女のその言葉に、僕の不安は次第に遠のいて、空の彼方に消えて行った。 「うん。きみの青は僕の青だ。そう信じよう」「わたしの青はきみの青。だからそばにいてね。わたしの青をひとりにしないで」

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