記憶探偵と忘却のマリア

無名の依頼人

少女の一糸まとわぬ姿に戸惑う。 陽光をやさしく包みこむ銀色の髪の毛に、純真さを感じさせるかがやくピンクの瞳。 顔の造形は整っていて、将来的には街で振り向かないものはいないくらいに成長するだろうという展望を感じさせる。 美しい、と思った。 同時に彼女の邪気を感じさせない風貌を見て、彼女は無害だろうとも判断できる。 「……あれ、おねーさんは?」 「…………」 俺は何か言おうとするも、声にならない。 なぜなら、子供という存在と向き合って話すのは、すくなくとも自分の記憶の中では初めてだからだ。 「そこのおにーさん。おねーさんはどこ行ったか、知ってる?」  年端もいかないあどけない少女は、恥じらうこともなく俺に問いかける。 俺は声をひねり出そうとしながらも、何を話していいのか皆目検討もつかない。 冷静さを取り戻そうとポケットのなかに入れていた右手に力を込めると、痛みでようやくうまく喋れるようになる。 「あいつなら、お茶とケーキを用意してる。とりあえず風邪引かないように服を着ろ」 「はーい」 少女は右手をあげて、俺の意見に同意した。 あまりに幼いので、年齢は十歳もいってないくらいだろうと推測するが、しかし重度の記憶喪失によって精神年齢も衰えている、という線も否めなかった。 こんな状況でそういう『探偵』的な見方が出てくるのは、なんだか職業病っぽいな、なんて思う。 がさごそ、と衣擦れの音をさせながら、少女は風呂に入るまで来ていただろう衣服を着る。 ほどなくしてケーキとお茶の乗ったお盆を持ったアリアが現れた。 ナユは素肌の上に、赤い幾何学模様の入った白地のローブを纏うという奇態な格好だったが、さすがに全裸よりはましだろう。 アリアがその服をあえてチョイスしたのなら犯罪的だが、あまり見ないタイプの服なので少女がはじめから着ていた服だと推測できる。 アリアは先ほどのトラブルを見ていなかったのか、のんびりとした口調で話しかけてきた。 「お待たせ〜。……どう? ちいさな子だったでしょ?」 「ああ。怖ろしいくらいにな」 「うふふ。だったら、今回の依頼にも乗り気になってくれたかしら?」 「いや、なんでそういう理屈になるのか、さっぱりなんだけど。そもそも、まだ事情すらわかってないだろ。相手が子供というのもあって、すこし決めかねてる」 「そうね〜。事情もちゃんと伝えられたらよかったのだけど。この子を見つけたのはあたしじゃなくて、知りあいの紹介なのよね?」 「知りあい?」 「ええ……うふふ。たまたま、独自の情報網に引っかかったのよね〜。シキ君も知ってるでしょ、あたしが情報屋と取引してるのを」 「電諜(でんちょう)か」 「うん、悪い噂は絶えないけど、情報屋としては優秀よね〜」 電諜トノカと名乗る情報屋のことを、この界隈で知らない者はいない。 その例に漏れず、俺もよく知っていた。というより、俺も一度だけ電話越しに情報を買ったことがある。 声はボイスチェンジャーを使っていたから、性別も素性もわからないが、記憶と情報がもっとも貴重な二〇二三年の東京では、『探偵協会』と並んで新興勢力のひとつと目されており、嘘か誠かわからないような噂まで飛びかっているようだ。 たとえば、『電諜』は個人の名前を標榜しているが、数百人単位で情報収集をしている組織だとか、あるいはネットワーク上に突如バグのように発生してしまった思念体だとか、甲賀忍者の末裔だとかそんな感じだ。 それほどまでに多彩な情報網を用いて、有益なものから取るに足らないものまで情報をランク付けして売買している。 最高級のSランク級の情報は国家が揺らぐほどの機密情報とも言われているが、その売価も相応のものだ。 そういった眉唾な販売形態からも余計にうさんくさい『電諜トノカ』の正体が議論されているようだ。 ちなみに、俺が以前買ったのはCランクの情報。 記憶を失った個人の断片的な情報なので、懐はさほど痛まなかったものの、むしろどこで収拾していたのか気になるくらいだった。 「とりあえず、立ち話もなんだから座りましょうか〜」 アリアが促したので、俺と少女はソファに勢いよく腰掛けた。ソファのクッションが俺たちを受け入れるようにゆるやかに反発したころには、対面にアリアが着座している。 「それで、電諜さんとは仕事で何度か一緒したことがあるのかしらね〜?」 紅茶をカップに注ぎながら、アリアは問いかける。ほのかな湯気と異国を思わせる香りが俺の鼻腔を刺激した。 「ああ。前に情報を買ったことがあってな」 それを聞いて、アリアはにこやかに返す。 「それなら話が早いわね〜? 電諜さんに経緯を聞いてくるといいかもしれないわ。対面したことは、あったかしらね〜?」 「……いや、電話越しだけど。あの電諜に直に会うなんてできるのか?」 電諜は東京で一番の情報屋だが、それゆえに多忙とも聞いている。 俺のような末端の人間が、直接会って話すだなんてそんなことができるのだろうか。不安になってアリアに確認する。 アリアはふふ、と笑って「わけもないわね〜?」と返し、続けた。 「あたしの紹介なら、きっと取り合ってくれるわ。それに……電諜さんはあなたのこと、気に入ってるみたいだからね〜?」 「だけど……どうして俺を?」 「シキ君、二ヶ月前の事件のときに、鷺宮(さぎみや)ヒバリの『記憶さがし』をしたわよね?」 「そうだったかな……覚えてない」 「うふふ。依頼人の名前を忘れるのもどうなのかしら〜? ……ま、それはいいとして。電諜がそのときに無茶苦茶な依頼をされた——って面白がってたみたいね。今回シキ君を呼び出したのは、きみに興味を持った電諜が、善良な記憶喪失者を見つけて連絡してくれたからなのよね〜。幸い、あたしはあなたのスケジュールを把握している唯一の人間なわけだし」 アリアは微笑んで、味覚を研ぎ澄ませるようにに目を閉じて紅茶を飲んだ。 そして言った。 「で。その電諜さんが総力を挙げてこの子の情報を調べてみたらしいのだけれど。どのデータベースにも載ってなかったらしいのよ」 ――まるで、名前が初めからなかったみたいに。 アリアはそう言って、微笑を浮かべた。

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