ペルソナ アナグラム2

読了目安時間:4分

エピソード:15 / 15

謎・上

 本日の演奏は、ヴィヴァルディの「二つのヴァイオリンとチェロのための協奏曲ニ短調」になった。ドレスを用意していなかった高畠だったが、この船には楽器と共に衣装も何点か用意してあるという。明るく華やかな藤色のドレスの凛良と、濃い緑のシックなドレスの高畠。遠野と一村はタキシード姿だ。篠原も、頼子が用意してくれたスーツに着替えた。  紫苑からの連絡で牧村の遺体が見つかった事を知らされているが、篠原はそれを誰にも言わなかった。次の停泊駅で宮城たちが来ると知っていたので、櫻子に言われた様に凛良を護る事に専念した。  演奏会には、乗客全てが揃っていた。勿論、櫻子と紫苑の姿はない。彼女たちは現場保存を行っている。  篠原に音楽の事は深く分からないが、凛良の奏でる音楽はとても耳に心地よかった。時折音が外れるのは、高畠だろう。それでも、それを補うほど凛良の弾くヴァイオリンは高らかに、華やかに歌っていた。演奏をしている時の彼女は、普段より大人びて見える。それは、ひたむきに音楽と向き合っているからだろうと篠原には思えた。  初日の演奏会は、無事に終わった。安堵の表情を浮かべる高畠と、美しく微笑む凛良。礼儀正しく礼をする一村。そして遠野が各席に向き直り頭を下げると、乗客たちは盛大な拍手をした。 「いやぁ、また高畠さんがヴァイオリンを弾くとはね。他にヴァイオリンの人乗ってなかったっけ?」  隣で男二人が話しているのが、篠原の耳に聞こえてきた。篠原はそちらに顔を向ける。カメラマンの田中克己とフリージャーナリストの松崎類だ。 「すみません、高畠さんは凛良さんのアシスタントですよね? 昔音楽をされていたんですか?」  篠原がそう声をかけると、田中はゆっくり頷いた。 「遠野先生の門下生で、楽団でヴァイオリンを弾いてましたよ。音大も出てたはずです――まあ、あんなスキャンダルがあったんでねぇ……また弾くとは思いませんでしたよ」 「スキャンダル?」  不思議そうな篠原に、松崎は声を潜めた。 「遠野先生の門下生になってから、愛人も兼ねてたそうで。しかし遠野先生の興味が凛良さんに向くと、泥沼の修羅場になったそうです。遠野先生は、純粋に凛良さんの音楽を指導したかったそうですが、彼女は納得できなかったんじゃないですか? ある日、引退を発表して何故か凛良さんのアシスタントになりました。マスコミを避ける為か、遠野先生は半年ほどアメリカに行かれましたねぇ」  意外な話だった。しかし演奏を終えた高畠の顔は高揚したように赤くなり、楽器に触れた事に喜んでいるように思えた。まだ、音楽に未練があるのかもしれない。 「大雅君、どうだった?」  舞台から降りてきた凛良は、片手にヴァイオリンを持ったまま篠原に歩み寄ってきた。その姿を見ると、田中と松崎は口を噤んだ。篠原も話してはいけない事と理解して、彼女に笑い返した。 「とても素敵でしたよ! 音楽に疎いけれど、そんな俺でもすごくいい演奏だったって思いました!」  ドレス姿のまま、凛良は嬉しそうに微笑んだ。 「でも、それなら――私のヴァイオリンで演奏したら、もっと大雅君に喜んでもらえたのに残念だわ」 「え?」  その言葉を横で聞いていた田中がふと声をかけてきた。 「演奏で使った――そのヴァイオリンは凛良さんが所有するストラディバリウスではないのですか?」  ひどく驚いた顔だ。凛良はそんな田中に、にっこりと笑った。 「ええ。私のヴァイオリンではないの。私のヴァイオリンとこの子、何故かすり替えられていたわ――どこにいったのかしら?」  数十億の楽器がなくなったというのに、凛良は涼しい顔だ。篠原を始め、田中と松崎も唖然とした顔になった。 「凛良お嬢様、着替えに行きましょう」  そこに、高畠が凛良を迎えに来た。遠野は一村や沖田たちと談笑している。「はぁい」と返事をして、凛良は立ち上がった。そこに、姿がなかった丹羽も駆け寄ってきた。 「大雅君――櫻子さんに、話しておいてくれないかしら? 迷子の私の子、探してって」  まだ驚いたままの顔の篠原だったが、その言葉に力強く頷いた。 「私は、高畠さんとクルーズの人達と一緒にいるから。今から、着替えで時間がかかるから終わったら連絡するね」 「分かりました、少し行ってきます。必ず連絡してくださいね」  篠原の言葉に頷くと、凛良は高畠と丹羽を連れてホールを出て行った。その後ろ姿を見送ってから、篠原も立ち上がった。 「田中さん、松崎さん。少し教えて欲しい事があるので、後で少しお時間いただけますか?」  二人は不思議そうに顔を見合わせたが、篠原に頷いた。 「ああ。俺達で分かる事なら――でも、あなたは凛良さんの友人なんでしょ? 彼女に直接聞いたほうがいいんじゃ?」 「いえ、本人から聞きにくい事があるかもしれないので、出来たら教えて欲しいです」 「分かった、じゃあ連絡してくれ」  田中と松崎は、名刺を取り出すと篠原に渡した。篠原はそれを礼儀正しく受け取ると、ホールを出て行った。

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