転生憲兵は悪食属性~140センチは燃費が悪い~

第三節 虫食いキリク

「この虫は、テイオウシロアリの一齢幼虫ね。まだ生まれたてだから、とても小さいし、柔らかくて栄養満点よ。ひょっとするとこの洞窟も、テイオウシロアリの仕業かも知れないわね」  洞窟を作るシロアリなど聞いたこともないが、シロアリに潰された家屋というのは多いと聞く。  なるほど、廻坐(かいざ)乱主(らんす)の悪意渦巻くこの世界ならば、そういうこともあるのだろう。  だが、それとこれとは話が別だ。  シロアリの幼虫が這い回る肉でさえない充填剤を食べるなど、正気の沙汰ではない。  断固拒否である。 「おややぁー? キリクは食べ物の好き嫌い程度で使命を諦めるのですかぁー? 廻坐乱主を誅戮するという志は、そんなにも安いものだとぉー? これはちゃんちゃらあはは──」 「食べる」 「無理をしなくてもいいのですよ、キリク? ただただ無様に、キリクの旅は、ここで終わってしまった! するだけなので」 「食べると言っているだろうが、この性悪女!」  煽りおる、煽りおるわ、こやつ……!  チクショウが、これ見よがしに敬語など使いおって!  ああ、ああ、解っている、解っているとも!  最優先は、生き延び廻坐を斃すことだ……!  おのれぇ……絶対に殺してやるからなぁ、廻坐乱主ぅ……。 「それで、どうすればいい」 「まずは、適当な大きさに充填剤を切り取ってちょうだい。ああ、シロアリはそのままね」  複雑な気分で、腰の収納(ダンプポーチ)からナイフを取り出し、生体充填剤の壁に刃先を入れる。  ぶるっと、肉壁が震えた。  巨大な生物が、身をよじるようなさまに、恐怖と嫌悪感が噴き出してくるが、今更やめるわけにも行かない。  ぐるりとナイフを一周させれば、一抱えほどのブロックを切り出すことに成功する。  ……そういえば、随分と英語が達者になったものだ。  英語だけではない。  量子コンピューターだの、拡張現実だの、電子マネーだの、タピオカだの。  生前は聞いたこともない言葉を、いまの私は知っている。  異界の言語、なのだろうか、これらは?  ヴィーチェに言わせればインプットのおかげらしいが、見知らぬ言語が体感を伴って滑り出してくるというのは、愉快なことではない。  なんとも気味の悪い感覚である。 「はい、ぶつくさ言わないの。単なる歴史の積み重ねよ。で、どう? 充填剤の様子は」  どうというのなら、肉が手の中にあるというのが正しいだろう。  もしも私が文筆家だったのなら、十分な形容を持ってこの肉を描写しただろうが、残念ながら有木(ありき)希戮(きりく)は軍人だった。  それは、霜降りの肉に見えた。  赤身に適度な脂の浮いた、西洋列強の人間が好んで食べそうな肉に見えた。  だが、実体としてその脂とは()()()()()()()なのである。  見た目だけがうまそうなのであって、うねっている肉には邪悪さすら感じる。  ……食欲は、減退する一方だ。 「活きがいいわね」 「その言い方はひどく(いや)だ」 「じゃあ、さっそく焼いていきましょう」  焼く、といってもパイプズマイの串焼きのようには行かないだろう。  なにせ箸の一膳、鍋のひとつもないのだ。 「そこはそれ。蛇の道は蛇よ。キリク、少し功子を使わせて」 「なにに使うつもりだ。腹が減るだけ、というのなら勘弁だぞ」 「フライパンを作るのよ」  フライ、パン? 「論より証拠。百聞は一見にしかずってね! 功子がどんなものか、この機会に学ぶといいわ」  言うが速いか、彼女はパンと柏手を打ち鳴らし。  両手を、金属製の床面へと押しつけた。 「功子──変成」  パリリ、パリリ……と、彼女の掌を基点にして、放射線状に紫電が走る。  途端、金属の一部が積み木のように変化。  それぞれのブロックが、カチカチと組み変わっていって──  次の刹那、ヴィーチェの手の中には、黒いフライパンが握られていた。  瞠目した私を見て、気をよくしたらしい物理女は。  指を振りながら、さかしげに説明を始める。 「功子とは万象に作用する粒子よ。簡単に言えば、創世の力そのもの。認知の範囲内なら、可能性すらゆがめるわ。渦動因果録侵食粒子(かどういんがろくしんしょくりゅうし)という呼び方もあるけど……いえ、これは別の機会にね。で、あたしはセントラルドグマ直結型概念継承知生体。いまのあなたより功子を巧みに扱うことができるわけ」 「いまの仕儀は、私には出来ないということか」 「()()()、いまのところ赤備えの内側にしか影響が及ばないというだけよ。いずれは、廻坐乱主に並ぶ真似ができるようになる」  それは。  それは、どういう意味だろうかと、私は訊ねたかった。  けれど、彼女の決然とした眼差しが、決意と祈りに染まったその瞳が。私の言葉を、封じ込めた。 「さあ、四の五の言っていても仕方がないわ。料理の続きをしましょう! えっと、フライパンはこれでいいとして、あとは油だけど──そうね、少し工夫をしましょうか?」 「ヴィーチェ」 「ふー! ()()をいれれば、ザッツかんぺきぃ!」  私は、あまりの嫌な予感に。  数秒前に思い浮かべたすべてが、ぽろぽろと頭のなかからこぼれ落ちていくのを感じていた。

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