転生憲兵は悪食属性~140センチは燃費が悪い~

第三節 功子皮膜と引斥力の盾

 無数のフリルと刺繍に彩られた、黒きドレスの胸元を、ヴァイオレットの西洋鎧が覆う。  体格はヴィーチェに匹敵し、筋肉とは無縁の手足が、酷く長い。  肌の色は褐色で、枯れた紫陽花色の髪の毛を、無理矢理頭の後ろでくくっている。  背中には巨大な鏡のようなものを背負っており、黒い炎が細く、細く、糸のように放射されていた。  糸は四肢にて依り合わさり、炎の爪を紡ぎ出す。  一目でわかった。  この珪素騎士が、村を焼いたのだと。  倫理などとはほど遠い存在だと、私は痛感していた。 「喜べ! この村は収穫対象に選ばれた。ゆえに貴君らは、貴重な資源として、ひとり残らず燃料に変わる栄誉を得た! 例えば、このように」  バッと珪素騎士が右手を振り抜くと、縫い止められていたクローディン青年の身体が、たやすく引き裂かれる。  そして、悲鳴を上げるまもなく、泥となって融け落ちた。  あとには永遠に燃え続ける血色の泥が、 「ど……り……」  鬼哭啾々(きこくしゅうしゅう)の声を上げるだけ。  これを見て。  誰もが絶句し。  誰もが跪いた。 「お、お許しを!」 「神様、おれたちはなにも悪いことは……!」 「恐ろしい……恐ろしい……ひぃぃぃ」 「珪素騎士、神の鞭だ! 神罰だ! い──いやだ! 死にたくない!」  みな珪素騎士を恐怖し、嫌悪し。  そしてひとりが、暴発した。 「ふざけやがって!! 蟲たちを、家族をかえせよぉおおおおおおおお!!」  男衆のひとりが、突撃しながら熟練の手つきで砲を放つ。  巨蟲すら一撃で屠る砲火の直撃を受けて。 「おやぁ?」  しかし、珪素騎士は無傷であった。  燃えさかる糸が、縦と横に編み上げられ、彼奴を守る炎の壁を形成していたのだ。 「はぁー、これはひょっとして、ひょっとすると我らが神、カイザーに対する叛逆では? 叛逆には鉄槌が許可されていたと、小官の記憶違いでなければ、法典に記されている。うーん、つまり正当な報復行為が必要だ。よろしい、相手をしてやろう、憐れな子羊たち!」  珪素騎士が、翼のように両手を広げた。指先できらめくは、炎の糸。  私は。  反射的に飛び出していた。 「キィェエアアアアアアアアァアアア!!」 「──む?」  猿叫をあげながら、サーベルを抜き放ち、吶喊。  男衆が入り乱れるなかでレイヴンを使用するのは、誤射の危険性が高すぎる。  であるなら、近接戦闘に持ち込むしかない。わずかでもやつが怯めばめっけもの。  そんな目算の突撃だったが。  けれど、敵は万全の迎撃をやってみせた。  パキィィィン!  振り抜かれた珪素騎士の爪。  その爪先から伸びた糸が、いともたやすくサーベルをへし折る。  ニタァと、人を食ったような表情で、彼奴が笑った。 「おおっと、失礼。蛮族一流の歓迎には、なれておりませんので、お美しい叛逆者? ああ、本当に愛らしい、偶像のような容姿をしておられる」 「抜かせ、邪悪が」  折れたサーベルの放棄を即断。  逆の拳を握り込む。 『──キリク!』 「やれ、ヴィーチェ!」  視界の中に現れた妖精は、こちらのたりない言葉を見事に補完し、私の左手に功子を収束させた。  ステンドグラスのようなブロックノイズが、左手を覆い尽くし──反転!  積層構造の手甲が、珪素騎士の心臓へと叩き込まれる……! 「なっ!?」 「完全に入った! と思ったかね叛逆者? 残念ながら貴君が一度に操作しうる程度の功子容量では」  打鞭のように翻った珪素騎士の膝が、私の顎を打ち抜く。 「がッ!?」 「この通り。小官には、毛ほどのダメージも与えることができないと、知ってほしいものだな」  な、にが、起きた……? 「種明かしがお望みかね?」  地面に無様に転がる私を。  冷たく見下ろしながら、珪素騎士は語る。 「小官はとある理由から、功子用量が莫大なのでね。体表に常時、防御性の功子皮膜を展開している。世界への作用とは、膨大量の功子によってのみ成立する。貴君の瞬間的な功子容量では、その薄い皮膜すらぶち抜けないというわけだ」  メドラウド卿にも通じなかったのではないかね?  と、彼奴は嫌らしく笑った。 「おのれ……」 「もっとも、皮膜の厚さは小官とメドラウド卿では比ではないが。はて、学徒からやり直すかね? 悠長にそれもいいだろうが……」 「かふっ」  振り抜かれる長い足。  私は、男衆たちのただ中へ、蹴り戻されてしまう。  ダメだ、このままで巻き込む。  這いずって移動しようとするが、肉体が一時的な機能不全を起こし、起き上がれない……!?  そんな好機を、逃すような敵ではなかった。  珪素騎士が、両手を大きく掲げた。  すると炎の糸が、毛玉のように収束、炎熱の球体を形作る。  空間が歪む、大気が燃焼する。  光の生じない暗黒の疑似太陽が、生み出される。 「どれ、メドラウド卿の弔いに、花火でも上げるとしよう」  振り下ろされる両手。  直撃すればこの一帯が、私だけでなく、恐怖に顔を引きつらせる男衆までもが瞬時に灰化してもおかしくない熱量の一撃。  それが、彼奴から放たれて── 「拡張刃衣戦術、第四式──害炎転退(カイパーベルト)恒星防壁(こうせいぼうへき)!」  寸前、私たちの前に滑り込む、長身の影があった。  蒼銀の長髪を振り乱したヴィーチェが、両手を眼前に突き出す。  すると、背面の機械翼より吐き出された無数の刃が、いにしえのスパルタ兵たちのように整然と隊列を組み、強固でぶ厚い盾を形成。  暗黒の太陽が、盾へと直撃する。 「拡張刃衣は引斥力を帯びた刃! それ即ち重力の具現! たとえ眼前のこれが、太陽そのものでもぉオオオオオオ!」 「……確かに、万全であれば魔女殿は、裏切りの君は小官に迫ることもできたかも知れないが。引き寄せ突き放すとは、厄介な渇望ではあるが……しかし、かりそめの端末では、役者不足に出力不足。レジストに足らず」 「うそ!?」  珪素騎士の嘲笑とともに、自信に満ちていたヴィーチェの顔色が変わる。  同時に、刃の盾が赤熱し、ついには溶融。  形を保つことができず、融け落ちる! 「ヴィーチェ!」 『それしか、ないわねッ』  盾の背後には、腰を抜かし動けない男衆達。  もはや、一刻の猶予もない。  だから、私は。  ──戦鬼となった。 『アクティブコードは!』 「功子転換──戦鬼転生!」

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