三度目の創世〜樹木生誕〜

読了目安時間:18分

失態と出会い

 ドイツからやってきて早十年になるという上司の口汚い、激励のような罵詈雑言のような言葉。自分よりも二十以上は年下だが、それでも彼は確かに自分よりも階級は上で……確かに上司ではある。だからこそ、コローニアはそれを黙殺した。それは決して自分らしい手ではない事は互いに承知の上だ。  通信を切ると、改めてフロントガラスに視線を移す。正面はもう雑木林だ。この先は車で侵入出来ないというのは既に情報として得ている。 「ふむ、成程なあ。わざとか」 「何がです」  助手席に座る付添い人は、何も分かっていないようだった。元々彼が車を運転していたが、長旅は疲れるだろうというコローニアの配慮から運転を変わっていた。 「いやな、この雑木林のド真ん中にあの鉱山を置いたのはきっとわざと選んだんだろうと。ある種鉱山なんてのは篭城のようなものだから、戦車なぞを防ぐ壁にしたんだろうよ!」 「ああ……言われてみれば確かに、ですね」 「しかし戦車なぞ無くとも、毒を流す隙間さえあれば中から崩す事は出来るさ!」  エンジンを切った。そして、こみ上げてくる笑い。 「交渉とはよく言ったものよ。ただの弾圧ではないか、これでは!」 「しかし確かにヒラリは脅してでも抑えたい物件ではあります。文字通り、宝の山だ。そして何より、他所の戦力増強の抑止にも通じます」 「『卍』か。キョウスケは果たして、今も無事に生きているのかのぅ!」  最後に会ったのは十年程も前になる。確かに行き倒れている彼を拾ったのは自分で、逃がしたのも……というより、逃げられた事を黙認したのも自分だ。彼はスパイになるにはまだ若過ぎた。だからこそ、敢えて生かした。こういった賭博精神が自身の最大の欠点であるとはしっかり理解しているものの、彼がどうなっているのかは実に興味深い。 「今回キョウスケはいるんだろう?」 「はい。キョウスケ・リンコは今回デニス氏の交渉補佐としてヒラリに潜伏しているはずです。それと今回はもう一人、護衛の……少年ですね。山下総吾郎もいます」 「ああ、田中孤児院のか。しかし物騒な世になったものだ、確か二十歳にも満たぬというではないか! そんなガキにまで兵士の真似事をさせるとは、余程戦力が無いと見える!」 「だからこそ、ヒラリを制圧して一気に畳む……ということでしょう」  確かに、合点はいく。『neo-J』の真の理想の為に、邪魔者はひたすら潰さねばならない。真に美しい花を咲かせる為、ただの雑草にも養分をやる隙など作るわけにはいかない。  通信の音。彼ではない。その事に少し安堵し、応答する。 『よぉ、フェロンドゥ支部長』  軽快な声。若く張りのある、しかしどこか老獪さを漂わせた色。 「おやおや、須藻々殿! いかがされました」 『いやな、ちょっと確認だ。今からヒラリ鉱山に行くんだろう、ギルから何て聞いてる』  ……何となく、予感はしていた。先程あの上司は、いつも以上の張り切りを見せていた。恐らく。 「カイザー殿には殲滅指示を受けておりますぞ。一先ず交渉に入り、どうせ九割の確立で抵抗を受けるであろうから皆殺しにしてでも所有権を奪取せよ! と! とくに『卍』関係者は確実に殺れ、うちの仕業と気取られないように! と!」  何一つ、嘘はついていない。強いて言うなら、『失敗すれば貴様らを見せしめとして殺す』と言われた事を隠しているだけだ。  電話先は、一つ拍を置いた。しかしすぐに、いつもの調子の声が発せられる。 『オッケー分かった。じゃあ訂正かけていいか』 「と、言いますと?」 『……「卍」関係者、今回来てる二人は絶対に殺すな。しかしヒラリは確実に制圧だ』 「承知!」  表情が、自分でも晴れるのを感じた。それは恐らく、上司の言葉を覆された事による安堵だ。完全なる縦社会である『neo-J』では、命令は絶対だ。権力に自らの生命を跪かせるのは趣味ではないが、そうせざるを得ない事実。 『また定時に連絡を頼むぜ。但しギルは介すな、とりあえず本部へ回してくれればいい。それと声もう少し落とせよ』 「はっは、承知致しました! しかし後者は無理でしょう!!」  きっと命令では無いことだと信じているからこその返答に、電話先から噴出す気配。通信が切れ、改めて背伸びをする。 「ふむ、積んできた武器すべてこれで無駄になったというわけだ! 愉快だ愉快!」 「いやー愉快ではないでしょう……完全にガソリンの無駄ですよこれ……」 「なぁに、また『新』アメリカからせびれば良い! さて、俺は行ってくる!」  付添い人は頷くと、充電済の通信機をコローニアに手渡した。扉を勢いよく開き出て行く彼の背を見送りながら、改めて思案する。  ……ギルベルト・カイザー。彼のせいで、コローニアは自分達のいる支部へと回されてしまった。彼は本来ならとっくに本部で上り詰めているはずの有能者だというのに。  コローニアの放つ善人の様は、自らの所属する支部をとにかく明るく照らしてくれている。彼が再び本部に戻るのは確かに惜しいが、しかし彼にこそ上に立って欲しいとも思う。  一先ずは……あの男を、いかに始末するかだ。 「コローニア・フェロンドゥ氏が到着されました」  秘書からの報告を聞き、マオの表情があからさまに曇った。総吾郎はそんなマオの肩を叩き、強く頷く。 「大丈夫、俺頑張るから」 「総吾郎……」  先程まで冷や汗をかいていたような顔には、見えなかった。恐らく、土壇場になれば肝が据わるたちなのだろう。それが恐らく……総吾郎の強さだ。マオもまた頷くと、秘書の方へと向き直った。 「今から行く。お前は先立って、俺も同席すると伝えてくれ」 「それなのですが、一応私が先にお伝えしたところ……不要だと」 「え?」  秘書もまた怪訝そうに眉をひそめながら、続けた。 「『フェアではない』、と。どうしてもご子息殿も話をしたければ一対一でとのことです」 「んー、まあそう言う奴やわなあのおっさん……」 「っじゃあ、俺が先に話してくる!」 「いや、マオは後の方がいいやろ。最終決定者が先に出て万が一失敗したらそれこそ打つ手無くなるで。第一」  未だに女装を解いていないとはいえ、厳しく鋭い目をして杏介は小声でマオに耳打った。総吾郎に、聞こえないように。 「……正直一人での交渉、自信無いんやろ。だから敢えて田中くんが交渉役になる流れを止めへんかった。ちゃうか?」  ぎり、と唇を噛む音。血の味が滲むが、図星だった。  ぽん、と背中を叩かれる。 「安心し。何が何でもヒラリは渡さんようにする。それが今回の依頼や」  総吾郎もまた、頷いていた。胸の奥と目の奥が焼けるように熱を持つが、マオもまた頷く。  常に交渉内容が杏介とマオに伝わるよう通信機器を設定し、服の中に隠す。秘書に連れられ、コローニアの居る応接室へと向かう。  扉の前に立つと、秘書が「すみません、頼みます」と耳打ちしてきた。その声の悲痛さから、恐らく……気持ちは、マオと同じなのだろう。扉を、そっと開いた。 「失礼します」  大柄の男が座っていた。顔立ちは非常に濃く、筋肉もしっかりと付いている。恐らく一対一の肉弾戦では一瞬で終わるだろう。彼はにこやかに笑いながら、立ち上がった。 「おお! 君が田中総吾郎か!!」 「!?」  まさかだ。少なくともこちらからは、『neo-J』側に対し顧問弁護士役が総吾郎だということは一切伝えていない。恐らく彼らの情報収集が一枚も二枚も上回っているのだろう。  ……出鼻から、くじかれた。  コローニアは一瞬で察したのか、笑みにほんの少し意地悪さを滲ませた。 「やはり若いな、少しポーカーフェイスを学ぶべきだ。これがもしただのカマかけだったら一巻の終わりだぞ」 「っ……」 「まあ今回は事前にしっかりと調査しているから意味はないがな! ははははっ!」  びりびりと、鼓膜が割れるような大声。一瞬で、気圧された。  コローニアは再び、ソファにどっかりと腰を下ろした。そして、総吾郎にも椅子をすすめてくる。大人しく座ると、彼の視線がじっとりと自らを撫で回す。それがどこか気味悪く、眉をよせてしまった。そんな総吾郎を見、ニヤリと笑う。 「……右脇、服の内側。仕込んでるだろ。出せ。出さなきゃ今ここで君をひん剥いてやろう」  何の事かは、さすがに察した。大人しく小型通信機器をテーブルに置く。完全にこれではあちらのペースだが、切り返す手が今は思いつかない。 「何で分かったんですか」 「ふふ、俺ももうなかなか歳だ。こういう場は嫌という程座っている。君も運さえよけりゃ、真面目に仕事するだけで見抜けるようになるさ! なあキョウスケ!」  駄目だ、何もかもバレてしまっている。恐らくあちらは、作戦までしっかり練っているに違いない。 「さて、田中くん。交渉に入ろうか」  先程までの大声と違い、聞きやすいトーンだ。だからこそ、一瞬で冷静に戻った。  ここまで先制攻撃を食らってしまった。恐らく、勝つのは難しいだろう。その上で、未だ『交渉』の余地を作ってくれる……その真意が見えない。恐らく、油断しているのか。それならば、隙はあるのかもしれない。  気付かれないよう、深呼吸する。そして、コローニアの目を見据えた。彼の深い緑の目の中に自分が写りこんでいるのを確認し、「はい」と応える。  コローニアはにやりと笑うと、脇にある鞄をまさぐった。そのまま、続けてくる。 「キョウスケは元気か」 「はい。……いや、たまに死に掛けていますけど。多忙で」 「ふむ。まあ生きているのならいいことだ!」  再び耳元が狂いそうになる程の大声。鼓膜の痺れに耐えながら、逆に質問した。 「あの、杏介さんの事どこまで把握されてるんですか」 「そうだな。とある神事家系から『卍』に売りに出され、ホームレスの振りをして俺に拾われるよう仕向けていたところからなら概ね知っているぞ! まあ知ったのは、あいつを拾ってからの調査からであるがな!」  ぞっとした。自分ですら知らない、杏介の過去をそこまで知っているとは。それも、スパイと知った上で『neo-J』で彼を囲っていたのか。  コローニアは鞄からいくつかの封筒を抜き出し、テーブルに置いた。目で指示され、封筒を手に取る。紐を解き中身を見ると、細かい字がびっしりと並べられた書類が数枚。 「これは?」 「国家認定の権利譲渡書類だ。即ち、ここにデニス・ヒラリの拇印さえ押されればこの鉱山の所有権はただちに我が『neo-J』に移る。まあ他にも細かい交わし事はあるが、それが一番決定打になりうるものだ」  拇印。即ち、本人の親指。だとしたら。 「あの、フェロンドゥさん」 「なんだね?」 「……これ、印鑑じゃ駄目なんですよね」  きょとん、とした顔。しかしすぐに、頷かれる。 「うむ。小ざかしくはあるが、代理人による申請も今回は認められない」 「つまり、デニス氏本人がこの席に来ないとって事……ですよね? ちなみに、跡取りの人間の拇印は適用されるんですか」  ここで初めて、コローニアの眉根が寄った。 「マオ・ヒラリ氏の事だな。まだ法的な相続権を得ていないなら、不可だ。そしてこちらの調査では、その手続きは成されていない」  マオは言っていた。跡取りとは言われているがただの内定のようなもので、法的に威力を発揮するのは『実際権利を譲渡されてから』だと。そして、もしマオに権利が移っていた場合……今までデニス本人にかけていた圧力が水の泡になるようなものの為『neo-J』が仕掛けてくるのは必ずその前だ、と。  ……生まれた。 「デニス氏、行方不明なんです。何日か前から」 「……何!?」  初めて、交渉内容の事で声が荒げられた。その顔は、芝居には見えない。 「正直、俺……僕達は、『neo-J』が攫ったと予想してました」 「そんな訳はない! そうであれば、本人を拷問し指を千切ってでも押させるとも!」  それもそうだ。そもそも、『neo-J』がデニスを拉致するとすればそちらが一番手っ取り早いだろう。わざわざ人質として使うなど、まどろっこしいやり方を採る必要など本来は無いはずだ。  これは、いけるかもしれない。 「じゃあ、この書類にどちらにせよ同意は出来ないですよね?」 「……そう、だな。しかし……それであれば、あの情報は……」 「情報?」  畳み掛けられるかも、とは思ったが、コローニアはすぐに表情を持ち直した。 「いや、恐らくこちらが踊らされたんだろう。デニス氏は昨夜、この敷地内で目撃情報があると上司から聞いていた」 「え?」 「……しかし、どうやらそれは……まあいい、奴よりは君の方が信用出来そうだ」 「な、なんで」  コローニアはふと真面目な顔つきになり、総吾郎を見据えた。一瞬びくついてしまったが、そんな総吾郎を見て彼は改めて笑う。 「そういうところだ! しかしそれならば、まあ……うむ! 出直そう!」 「え!?」 「本人が居ないのであればどうしようもない。ここはあくまでヒラリ一族のものではあるが、『新』フランスという国単位から戴いたものだ。うちで大虐殺でもして無理に乗っ取ろうとでもすれば、信用問題になりかねん!」  光精もだが、『neo-J』の人間はあっさりと物騒な言葉を口にする。それでもここで引いてもらえるのであれば、僥倖ではある。  しかし不意に、彼は再び笑みに嫌なものを滲ませた。 「しかし君、言葉や情報を差し出す時はもう少し考えた方がいい。まあそれも、次第に分かるようになるだろう」 「……というと?」 「デニス氏の不在だ。これを明かすという事は、つまり。我々が先に行方不明のデニス氏を捕まえれば、先程の通り……無理やり押させるという手にも出られる」  そこまで聞いて、初めて気付いた。そうだ。確かに、そうとも取られる。一切考えていなかった。 「『デニス氏は今重篤で面会謝絶』、『デニス氏は現在部外者禁制の採掘場に引き篭り中』だとか。色々言い訳は作れたはずだ。人生の、こういう交渉の先輩として忠告はせめて残してあげよう」  完全なる失態だ。心臓の動機がやかましいくらいにうるさい。そんな総吾郎に生易しい目線を向け、立ち上がった。 「なぁに、深く考えるな。実を言うとな、俺もこういった机上での会議というものは苦手でね。むしろ体を動かす勝負の方が好きだ」  『neo-J』の制服の上からでも分かる、隆々とした筋肉。それをひきつらせながら、コローニアは総吾郎を見下ろす。そこには、晴れやかな笑顔があった。 「競争だ! どちらがデニス氏を早く見付けるか。再び見える時は俺の手土産が彼の親指で無ければいいな! では、失礼する!」  コローニアは哄笑しながら、部屋を出て行った。その背を眺めながら、唇を噛む。  ……完全に、やってしまった。しかし仕方が無いので、立ち上がる。重い足取りで部屋を出た。  マオ達のいる応接室の扉は開いていた。彼らは総吾郎に気付くと、ハッとして顔で立ち上がる。マオの姿を見ると、何故だか涙腺が痛みだした。 「マオくん……」 「総吾郎、大丈夫か」  駆け寄ってくるマオに頷き、「ごめん」と呟く。彼は、首を振った。 「仕方ねぇよ、むしろ追い返せただけでも十分奇跡だ。あいつら、言ってみりゃ人を殺しても隠蔽出来るような奴らだし……正直、皆殺しにされる可能性も……前にちらつかされてたんだ。それでも、今日は皆無事だった」 「それでも、デニス氏の事が……相手は国の機関だし、もし先に見付けられちまったら」 「それやけどな」  黙っていた杏介が、初めて口を開いた。すでに女装は解いていた。  その手には一つの鶏卵大の鉱石が握られており、総吾郎に手渡してきた。真っ黒な石だ。全体的につるりとした感触だが、一部だけ何故かざらついている。 「田中くんが交渉してくれてる間に、色々探し物しててん。デニス氏の手がかりを」 「杏介さん……あの、内容は」 「全部聞いとったわ。なんか、うん……ちょっとあのおっさんほんま……って感じやな」  どこか疲れ気味の顔だが、気にするなと言わんばかりの口切りだった。鉱石を眺めていると、ざらついている部分に何かが刻まれている事に気付く。マオの指が、その部分に沿い始めた。 「フランス語だ、全部。あの人は生まれも育ちも一応日本にはなるんだが、母国語としてフランス語が出来る。一応ヒラリの人間は皆嗜むようにはしてんだ」 「なんて彫られてるんだ?」 「『土地神を沈める準備が出来た。近いうち必ず戻る』」 「土地神?」  杏介の疑問の声。しかし、総吾郎には何となく分かっていた。そして恐らく、マオも。  マオは一つ息を吐き、総吾郎を見た。 「……総吾郎、分かってるだろ」 「あれ、だね」  マオは頷いた。杏介のみ何も分かっていないのだろうが、黙って聞いてくれている。 「全部話す。座ってくれ」  二人は頷き、椅子を引いた。対面にマオが着席する。 「お前ら、気付いてただろ。このヒラリ鉱山で、ヒラリ一族が二人……しかも俺しか居ないって違和感」  頷いた。それは、マオとの会話でずっと感じていた事だ。  マオはポットに入った紅茶を注ぎながら、続ける。 「……ここ二ヶ月の事だ。全員、死んだ」 「全員?」  杏介の驚きに満ちた声に、頷く。そのまま淡々と、事実だけ紡ぐようにマオの口は動く。 「最初の頃に話したろ、俺には婚約者が居た。そいつが一番初めだ。原因不明で、体には異常が一切無い。まるで魂だけ抜かれたかのような感じで、死んでた。その後から週に一人か二人、同じように死んでいった」  総勢、三十二人。アキラから得た情報には、ヒラリ一族の人数も入っていた。しかし、こんなにもの人数が急死しているというのは一切聞いていない。つまり、マオが……もしくはデニスが意図的に隠していた事になる。 「そして残ったのは、俺と親分。正直、毎日ビビッてたんだ。いつ俺は死ぬのかって。そんな中、親分がいなくなった。死んだってわけじゃねぇけど、ただ……やっぱり、怖かった。でもこれを見付けて、やっと合点がいった」  鉱石に目を移す。その目には、ぼんやりとした……しかし確実な憎しみの色。 「あいつのせいだ。土地神……ご本尊様の」 「ごほんぞんさま?」  マオは立ち上がると、上に着ていたシャツを脱いだ。几帳面に畳んでテーブルに置くと、背中を向けてくる。その背を見て、息を呑んだ。  右の肩甲骨から、背中を一周ぐるりと円を描く影。色素の薄い皮膚真下に、『それ』はあった。総吾郎と杏介を狙い撃ちし、墓地の中で蠢いていた……剣の鎖。こんなにも明るい所でしっかり視認したのは初めてだった。 「こいつが背中に潜ってから、皆が死んだ。こいつは皆の死体から、『何か』を啜ってんだ。夜になると墓地へ俺を連れていく。ハリガネムシって居るだろ、カマキリに寄生して操るやつ。あんな感じで、俺はあの時うまく自分をコントロール出来ない」 「……なんやそれ」  さすがの杏介も、顔が蒼い。マオもまた暗い顔で、呻いた。 「心当たりは正直あるし、親分もそれを知ってる……だから、色々調べてくれた。分かったのは、土地神の由来は鉱山じゃなくてこの日本の、この雑木林の中って事だ。それをあの髑髏人形の中に納め、封印していた」 「つまり、デニス氏が今回ここを出たのは」 「ああ。多分、もう一度土地神を封印する手立てを見つけた。そして、その為に今は消えているって事だろう」  そこまで言うと、マオは膝を付いた。嗚咽交じりの、声。 「俺のせいだ。俺があんな事したから……俺が」 「マオくん」  そっと、背に触れる。皮膚の上からでも分かる、鎖の硬さ。こんなものを、ずっと彼は飼っていたのか。  総吾郎はそっと、彼を抱きしめた。熱い涙が、総吾郎の胸を濡らす。 「大丈夫、どうにかしよう。俺達も、手伝うから。ですよね、杏介さん」 「おー。まあ、何もせんと残りここ居る事もないしな。さすがにデニス氏待つだけってのもアテにしすぎたらあかんやろし……こっちから居場所掴めん以上、デニス氏を探すのは実質不可能やわな。『neo-J』に捕まる事なく戻るのを待つしかない」  マオは顔を上げると、涙に濡れた顔のまま「ありがとう」と呟いた。そんな彼の頭を撫で、改めて椅子へと座らせる。涙も拭いてやり、改めて向かいへと着席した。  杏介は彼が落ち着いたのを見計らってから、口を開く。 「そもそも、その背中のやつ何なん? あれやんな、最初俺達を刺そうとしたのもそれやんな」 「あの時は……前も言ったけど、お前らの事『neo-J』だと思って。どうにかして殺さないとって思ってたら、勝手に射出されてたんだ。そんで勝手に背中に戻った」 「成程な。その時も、ある意味そいつに操られてたって事やろうな。で、何で背中におんのそれ」  その問いに、マオは言葉を詰まらせた。気まずそうにしているが、漸く口を開く。 「……元々、これはあの髑髏人形に鎖として掛けられてたんだ。俺と、婚約者だった女……エメってんだが……二人で、あの髑髏人形の周りの照明を掃除していた。手を抜くとすぐに土ぼこりやら虫の糞やらで駄目になっちまうから。その時にエメの掃除布がこれに引っ掛かって、俺が外してやったんだ。すると、これも髑髏人形から外れちまって」  体が、震えている。 「一瞬だった。こいつはすぐに蛇みてぇに動いて、俺の背中を食い破って潜りやがった。エメはその時にはもう意識が無くて……たまたま俺達が戻らないって心配して見に来た親分達に助けられたけど、エメはそこからずっと目を覚まさなかった」 「成程な。要はその鎖が、土地神を封じる役割を果たしてたって事やな」  頬の傷に貼られた絆創膏を指で掻きながら、杏介は呟いた。そういえば、あれから二日経つ。未だ傷は癒えないのだろうか。  杏介は一つ大きく頷くと、立ち上がった。 「それ、戻そか」 「え?」  杏介を見上げると、彼はどこか確信しているかのような面持ちで続けた。 「何、ほんまに土地神とやらがこの鎖取られて怒ってる言うんならこいつ戻せば何か変化あるやろ」 「そ、そういうものですか」 「マオ、それ出せるか?」 「ああ……多分。やった事無いけど、自分で引き抜くってのは」 「じゃああの人形のとこ行こ。念の為に『種』とアレ用意してくるわ。5時になったら始めよか」  マオを見る。泣き腫らした顔ではあるが、そこに先程までの恐怖の色は無くなっていた。力強く頷く彼を見、ひとつ深呼吸をする。  やるしか、なかった。

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