異能風姿花伝

読了目安時間:8分

エピソード:13 / 26

12

 山姥を見つけようと街道を外れ山に入ってから一週間。  山に住むのであれば住居や生活の痕跡が見つかるかもしれないと、あてもなく山中を歩き回るが痕跡どころか足跡もみつからない。それどころか熊だって出てこない。  山の中に長く隠れ住んでいたナミもリンも残りやすい痕跡については熟知しているがそれでも見つからないのだから慎重なのか、それともこの地にはいないのか。 「あんた案外体力あるんだな。私たちに着いてこられるなんてさ。しかも山の中をさ」  山に入った当初は三人とも山姥の痕跡を探すことに必死だったものの、草を踏んだ跡すら見つからないものだから最近ではそれもおざなりになってきておりました。  そんな時に女三人も集まればおしゃべりに花が咲くのは道理でございましょう。 「お二人様の匂いを嗅ぎたい離れたくないの一心で、それがあればこそ後ろを着いてこれました」 「え?なになに、もしかして私たちそんなに匂う?全然気が付かなかったんだけど」  リンはわざとらしく自分の体をあちこち嗅いでみるが、匂いがわからない、そんな顔をする。 「私にははっきりと匂います。もちろん嫌な匂いではなく、芳しいものでございます。熟れた果実のように、ねっとりとむせるような甘みのある匂いでございます」 「えぇ、体の匂いが芳しいとかやっぱり気持ち悪いな、お前」 「そうだな、もうちょっと行水した方がいいかな」  リンもナミもその顔に嫌悪を隠さない。 「そうだよそうだよ。ゆっくり寝たいしさ、たまには宿に行こうよ」  眉郷(ビクニ)を焼け出されてからというもの野宿が当たり前のナミとリンでございますが、いくら修練を積もうが布団の魅力には敵うものではございません。  敵討ちの旅が始まってからは事あるごとにリンは宿に泊まりたがる。それを聞く度、ナミはいい顔をしない。 「いえ、匂いはわずかでございます。しかし匂いというものは正直なものでございます。顔では感情を隠し通せても匂いまでは隠せないものでございます。諜報をしていましたので、どうしても些細なことに敏感になるものでございます」 「それって感情が匂いに現れるってこと?」 「そうでございます。興奮している時、安心している時、そして嘘をついている時、匂いが変わります。リン殿が拷問について話されている時の匂いからも拷問を愛していることがわかります」 「じゃあ、お前には嘘をついても見抜かれるってことか」 「そういえばお屋形様も言ってたよね、眉郷を付けると感覚が鋭くなるって。ナミは感覚が鋭くなった感触ってある?私全然ないんだけど」 「私もないな、からっきしだ」 「フフフ、それにはまず覚醒が必要なのでございます」 「またそれか」  蛇のような三白眼はどうせ抱かせろというに決まっているとナミは話題を変える。 「それよりリンはなんで拷問が好きなんだ?私は拷問なんてしたことないのに、なんでリンはそんなにやりたがるんだよ」 「リクが教えてくれたんだよ、拷問のやり方。それで面白くなってさ」 「リクが?」 「そう。お屋形様とリクと三人の命があったんだけど、その時にね。リクの拷問はさ、痛めつけたあとに治療するの」 「治療?あいつそんなことも出来るのか」 「よくわからないけど結構上手く治すんだよ。治してあげて翌日また同じところを痛めつけるの。それを繰り返すと喋ってくれるようになるんだって」 「治療出来る範囲で痛めつけるのか。生かさず殺さず、死ぬに死ねず辛そうだな」 「なるほど、拷問とは痛みと治療の両輪で行うものなのですね。拷問をなさるリン殿はさぞ芳しい匂いになるでしょうね」  三白眼を細めフフフと笑っていた。 「ところで、お二人様は敵討ちを叶えた後はどうするつもりでございますか?」 「敵討ちの後?そんなこと考えてもいなかったな」 「元の眉郷はなくなってしまわれたら戻る場所もない。その後は何をされて生きていくのでございましょうか?」  いつもなら先にナミが答えそうなものだが、その質問には少し間が開いてからリンが答えた。 「何をして生きるなんて考えたことないよね、今まで一度も。お屋形様の命に従っていただけでさ。ナミは考えたことってあった?」 「生きて何をするかなんて考えたことないな、一度も。普段からそんなこと考えたら死ぬに死ねなくなりそうだ。とりあえず次はお屋形様を探しに行くか」 「そこまでに生きることへの執着が乏しいのでございますね。それは敵のリク殿も同じなのでございましょうか?」 「どうだろうな」  ムイにはリクとリンが実の親子であることを話していなかった。ムイが知ればその話題が多くなるだろうというナミの判断だ。  親と子は似るものだとすらリンは知らないだろう、リンがリクを斬るには今のまま親子の情から遠ざけたい、そんな風に考えていたからナミは話題を変えることにした。 「お前はどうするんだよ。私たちと同じでお前だって尼寺を焼かれて戻るところなんてないだろ」 「私は鬼のことを調べながら修行をしたいと考えております」 「修行?修行って強くなりたいとか、そういう修行?」 「リン殿、私とてこれでも一介の僧侶。仏門の修行でございます」 「案外ちゃんとしてるんだな、欲望にまみれているってのに」 「でも考えてもいなかったね、敵討ちの後のことなんて」 「それでは私と旅を続けますか?尼僧も悪くありませんよ」 「頭を丸めるのはさすがにちょっとな」  そう言うとナミは山中の生活でゴワついてきた赤毛を労るように撫でた。 「ねえ、そろそろ山姥は諦めて先に行こうよ。ずっと野宿なんだよ。匂うって言われたし宿に泊まろうよ」  リンも髪をあらい 「待っていても向こうから出てくることもないだろうしな。このくらいで一区切りしないといけないのかもな」 「そうでございますね。山姥殿には是非お会いしとうございましたが、いつまでもここで待つというわけにもいきませんし」 「それで尼さんは陸奥(みちのく)の鬼に心当たりあるの?どこへ行けば会えるとか」 「ございません」 「そっか、やっぱりそうだよね。そんな気がしてたけど、この先もずっとだよね。いるのかいないのかわからない山姥とか鬼とか探すってことだよね」 「ただ、陸奥には古い鬼の面が奉納された神社があると聞いたことがございます」 「鬼の面か。それは能で使う面とは別のものなのか?能にはあるだろ、鬼の面が」 「おっしゃる通りでございます。能には鬼の面もございますが、それとは鬼の種類が違うと聞いております。なんでも四種類あるそうでございます。ただ、鬼の種類がいかなるものか私にはわかりかねますが」  能を大成させたのはご存知のように世阿弥でありますが、この世阿弥が残した能に関する伝書は現在確認されているものが21ございます。中でも有名なのは風姿花伝でありましょう。  風姿花伝が広く世に知れ渡るのは意外なことに20世紀に入ってから。  「初心忘るべからず」とは世阿弥が残した言葉でございますが、これが世間に広まってからまだ100年足らず。  600年以上前に世阿弥が記した言葉でございますが、これだけ世間に広まり知られるのは真に核心をついているからでございましょう。  そんな核心を突く言葉がなぜ知られていなかったのか、それは世阿弥の伝書は秘伝とされ一部にのみ伝えられたものだから。いわゆる一子相伝に近い状態でございます。  しかしながら例外的に風姿花伝を手にした者もございました。その一人が徳川家康でございます。  徳川家康は大変に能を好んだそうで、世阿弥の血筋である越智観世家(おちかんぜか)から献上されたといわれます。  徳川家康は能好きが高じて鑑賞するだけでなく自ら舞うこともあったそうでございますからいかに好きなのかが想像されます。  能の愛好は家康だけでなく歴代将軍もそれを引き継ぎ、特に五代将軍徳川綱吉は特に能を好み、家康と同じ様に自ら舞ったそうでございます。  綱吉の能への執着はその程度ではすみません。  能との関係は徳川綱吉の業績の一つとして挙げらるほどですが、廃絶された古曲を多く復活させたのでございます。  能は非常に歴史が長いため、江戸の頃には既に途絶えた演目が多数ございました。  現在でも伝わるものは210番ほどといわれますが、その中には綱吉が復活させ現代でも人気のある蝉丸などもございます。  それでも書物のなかに曲名だけが残る途絶えた古曲は多いようで、300番以上は途絶えていると目されております。 「じゃあ、その鬼の面がビキニと関係しているってことか」 「実際のところはわかりませんが、私はそのように予想しております。それに四種類の鬼という点に興味がございます。もっとも、私が知る手がかりというのはそのくらいしかございませんので、贔屓目で期待しているのかもしれません。今は手がかりに山姥が増えましたが」 「でもさ、感情の違いを嗅ぎ分けるとかそんなに鼻が効くなら山姥の匂いはわからないの?」  ムイはわざとらしく鼻をひくひくと動かすと、ニッと口角を上げる。 「そうでございますね。先ほどからお二人様方とは別の匂いを感じております」 「早く言ってよ!」 「向こうだって鼻が効くかもしれないがその鼻の向き、風下で助かったな」  三人は足を止めた。しかし次の一手をどう打つか決めかねている。  今は風下に立っているが後をつけるなら風上に立つことになる。ムイから匂うと言われた直後だ、風上に立つことは避けたい。 「話が通じる奴なのか一度確かめてみるか」 「それが駄目でも拷問すればいいしさ」  フフフと静かに笑うとムイは言った。 「拷問にはちょうどいいかもしれませんが、これは山姥の匂いではないかと存じます」

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