私は旅人(改訂版)

読了目安時間:4分

お菓子の家で出会った老婆

 私は旅人。  世界を歩くただの旅人。  旅をした先で、であった人、見たもの、色んな事をメモしていく、ただの旅人。  そしてたまにメモを開いて思い出すのだ。ああ、こんなことがあったなと。  今日開くページに挟まれたのは、お菓子の香りが微かにする栞。  あれは、私が森の中に迷い込んだ時の話です。 ◇  今日私が立ち寄ったのは、甘いお菓子の香り漂う素敵な。だけどそれ以外の雰囲気は陰険な森の中です。  なぜこんな暗い森に立ち寄ったか?私が甘いお菓子が大好きだからです。こんなに甘い香りが漂っているのですから、美味しいお菓子があるに違いないです。  森に入る前に立ち寄った村で聞いた話では、この森は昔、子供が口減らしで捨てられていたといういわくつきの森らしいですが、お菓子が私を呼んでいるので気にしません。  だが、香りだけを頼りに歩いていたら、どうやら迷子になってしまったようで。  右を見ても森、左を見ても森。そして下を見れば、パンくずがころがっていました。  どうやら、このパンくずは森の奥まで続いていますね。  まあ、何の目印もないし、これをたどっていましょう。そうしましょう。  そう思ってパンくずをたどって歩いていたら、だんだんと、強くなっていくお菓子の香り。  どうやら、私は当たりを引いたようです。なんと、お菓子の家があるではないですか。  屋根はチョコレートの瓦、壁はビスケットのブロックで出来ているようです。  そして、その家の前には、飴細工のようなものでできた椅子に座った老人がいます。しゅっと背が伸びていて、遠目では一瞬、老人と決めていいのかどうか迷いました。その手元には、甘い香りのする飲み物が。 「あらあら珍しい。子供以外がこの家に来るなんて」  優しく、甘い声色のおばあさん。彼女が気付いたようなので、私は挨拶をしました。 「初めまして。私は旅人です。あなたは?」 「旅人さん、初めまして。私は魔女。このお菓子の家で子供を待っている魔女です」 「ほう、魔女さんですか。お菓子の甘い香りが漂う、良い家ですね」  そう家をほめると、魔女のおばあさんは嬉しそうにはにかみます。その様子だけ見れば、少女のようですね。 「ふふ、そうでしょう? 魔法できちんと処理してあるから、壊れたり、溶けたりしないの。まあ、あなたも座って、お菓子でもどう? 」 「いただきます」  魔女さんは非常にいい人だった。何もない所から、甘いお菓子を出してみせてくれて、ほろ苦いココアと共に、甘いバター菓子を食べさせてもらいました。  とてもおいしい。そのお菓子の御礼に、私はメモ帳から、色々とお話をさせていただきました。 「へぇ、森の外は色んな事が起こっているのですね。私も、一回でいいから旅をしてみたいわぁ」 「なら、すればいいじゃないですか」  もぐもぐとドーナッツを齧りながら、少しお行儀悪く聞きますが、魔女さんは少し悲しそうな表情をします。 「ふふ、そうもいかないの。私は、お菓子の家の魔女だから」  ごくんと、ドーナッツをココアで流し込み、私も真剣な表情を作ります。 「もし、差し支えなければ、その理由を聞かせていただいても?」 「そうねぇ。初めて、人に話すわね」  魔女さんは、少し目を伏せ、ぽつり、ぽつりと話し始めました。 ◇  昔々、この森に、口減らしのために捨てられた一人の少女がいました。  少女はお腹が空いて、空いて、たまりませんでした。  一度でいいから、死ぬ前にお菓子をおなか一杯食べたい!  そう強く願ったとき、一人の悪魔が現れました。  その悪魔は言いました。    お菓子をお腹いっぱい食べたいかい?  なら……お菓子の家を用意してあげよう。  ただし。そこに来たお前以外の子供の魂を、俺に渡すこと。それが条件だ。いいね?  そう問われたら、その少女の答えは一つしかありませんでした。  はい。   ◇ 「そうして、私は悪魔と契約して、魔女になったの。子供をお菓子に変えて悪魔に捧げる、魔女に」  私は胸が辛くなった。お腹が空いてたまらないのは、とても辛いと知っていますから。  私の表情が暗くなったのを見て、魔女さんはふっと笑い。 「でも、私は後悔していないわ。私は死にたくなかったし、この森に捨てられた子供に、最後に甘い夢を見せられるのですもの…本当は、餓死しなければならない子供に」 「なら、私も悪魔に?」  ふと思ったことを聞いてみる。私もお菓子に変えられてしまうのだろうか。 「いえ、あなたの魂は悪魔には渡さないわ。だって、あなたは子供じゃないでしょ?」 「はは、そうでした。」  そして、しばらく私と魔女さんは語り合いました。  別れ際、魔女さんは、久々に人と長く話せたと、上機嫌で私に籠一杯の、たくさんのバター菓子と一緒に、このお菓子の香りのする栞をくれました。  そして、森を後にするときに、兄妹を連れた夫婦に出会ったのですが、特に気にはしませんでしたね。 ◇  さてさて、休憩はこれくらいにしましょうか。  お菓子の栞を、元の位置に戻して私はビスケットの切り株から腰を上げます。  私は旅人、次に出会う人は、どんな人だろうか……

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