八大地獄の除霊鬼

読了目安時間:4分

私には当たりません

「これに着替えてぇ」  矢茉吹(やまぶき)さんと二人になった部屋で、彼女から手渡されたのは薄手の道着(どうぎ)だった。  私が着替えたことを確認した彼女に連れられて、次に案内されたのは柔道場だった。  真ん中には、既に道着に着替えて座っている燐火(りんか)さん。メガネをかけていないところを見ると、コンタクトレンズに付け替えたのか、そもそも視力矯正用のメガネではないのか……。  道場内には燐火さんの他に、架純がいた。壁際にもたれかかって、表情に出さないように我慢しているのだろうが、不安そうな雰囲気はなんとなくわかる。  多分、心配してくれているのだろう。  ……そういえば架純は、燐火さんについて何も教えてくれなかった。  彼は、燐火さんが蓮夏さんの婚約者であることを、当然知っていたのだろう。それを知っていて、(かたく)なに教えてくれなかったということは、つまり……。  自分の心情(しんじょう)を見透かされていたことをなんとなく察してしまい、恥ずかしくなってしまう。  クソ、いつから気づいていたのだろうか。 「お前ぇ、何か武道(ぶどう)やってるぅ?」  気持ちが揺れているところに、矢茉吹さんから声をかけられて現実に戻る。  いかん、今は目の前のことに集中だ。……架純は後日、問い()めてやる。 「……剣道をしています」 「そう。声は大きくないけどぉ、常に背筋が伸びていてかっこいいわぁ」  矢茉吹さんはそう言って、道場の端にある「用具庫」と書かれたドアを開けて、部屋の中から竹刀を取り出してきた。 「(はかま)じゃないけどぉ、勘弁してねぇ」  矢茉吹さんは竹刀を手渡しながら、申し訳なさそうにいう。 「いえ——、これからどうすればいいんですか?」 「美姫さん。私と手合わせしましょう」  柔道場の真ん中で座っていた燐火さんは、立ち上がる。 「え——、でも燐火さんは」  彼女のそばには、何もない。  私は竹刀を持たせてもらったが、燐火さんは丸腰だった。 「ああ、大丈夫ですよ」  狼狽(うろた)える私を見て、燐火さんはにこやかに腕を回して、準備運動をしている。 「どういう……、ことですか?」 「貴女の竹刀は、私には当たりませんから」  燐火さんはしごく当たり前のように、言う。 「は?」 「だから、あなたがどれだけ竹刀を振おうと、私には当たりません。それこそ、殺す気で来ない限りは」  燐火さんは平然と、体のストレッチと続ける。架純や矢茉吹さんも、特に驚いた様子はない。  この状況を異様だと思っているのは、私だけのようだ。  目の前の彼女が何者か知らないけど、そんな言われ方をすれば腹が立つ。 「私に竹刀を当てたり、床に背をつけさせることができれば、百点満点。まあ、そこまでできなくても、何か光るものがあれば合格点をあげます。——本格的な指導に移る前の、いわば試験だと思ってください」  最後に手首を片方ずつ回す燐火さんは、やっぱりニコニコしている。  その表情が、私の静かな怒りの炎に油を注ぐ。 「……殺す気でいっても、いいってことですよね?」 「そのくらいの覚悟がないのなら、今すぐ帰っていただいて構いませんよ?」    ※ 「美姫さん。貴女は強いです」  衆合家内の柔道場で、私は膝をついて目の前に立っている人を見上げている。道場の(すみ)には、架純と矢茉吹さん。  二人は「やっぱりこうなったか」と言わんばかりの表情で、不安そうに私を見つめる。  そして、膝をついた私の襟首(えりくび)を掴んで見下げてくる燐火さん。黒い口紅と瞳、髪から漂ってくるタバコの匂いが、彼女の印象をより不透明にさせる。 「初めて対面した時、私を見たあなたは一度だけ気が緩みましたね。しかし、すぐに緊張感を持ち直した。そして今——、その緊張感をうまく昇華して、私に対して竹刀を振るった」 「……」 「敵の外的情報だけで()めてかかってくるような人だったら、既にあなたは病院送りでしたよ」  そんな心持ちの人に、守る価値なんてこれっぽっちもありませんから——。  燐火さんは乱暴に、私の道着から手を離す。  畳に両手をついて相手を見上げる今の私は、ひどく無様な姿をしているのだろう。 「ある日突然、理解の範疇(はんちゅう)を超えた異形の怪物たちに理不尽に命を狙われて、普通の生活が送れなくなったことには同情します。ただ、そんな貴女を守るのために、たくさんの命が奪われる可能性がある」  そんなこと、燐火さんに言われなくても分かっている。 「貴女が死ねば、八大除霊師はヨミとの戦いと通常怪異の管理にのみ、専念できます。元神獣の邪神になんて、手間をかける必要はないのです。邪神の狙いは、貴女だけですもの」  桃太郎の生まれ変わりである、私だけが標的。  それも、既に知っている。燐火さんに言われる筋合いはない。 「邪神は目的を達した後は、誰にも危害を加えることなく静かに暮らしてくれるかもしれない。貴女が死んだ後も三匹が猛威(もうい)を振るうようならば、その時に処遇(しょぐう)を考えればいいだけの話ですから」  もういい、全部知っている。知っているから、黙ってほしい——。  私は立ち上がり、燐火さんに弾き飛ばされた竹刀を拾い上げる。 「それでも貴女が生きていたいと思う覚悟、それを見せてください。美姫さん——、貴女が一緒に戦える人間なのか」  命を預けることのできる人間なのか。 「その竹刀に、全てを込めなさい」  燐火さん。あなたに、私の何がわかるというのか。

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  • くのいち

    爪毛

    ♡300pt 2021年2月13日 13時22分

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    いいぞ、もっとやれ!

    爪毛

    2021年2月13日 13時22分

    くのいち
  • ひよこ剣士

    藍明

    2021年2月13日 18時18分

    素京「スタンプ、ありがとうね。芭翔も大概やばいんだよだよ。まず、矢茉吹姉ちゃんと燐火ちゃんのスリッパを床に瞬間接着剤でくっつけたことがあるの。姉ちゃんだけにしておけばいいのに、燐火ちゃんにもやったから……、助けに入ることなんてできなかったんだよだよ。喧嘩売る相手は選ばないとね!」

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    藍明

    2021年2月13日 18時18分

    ひよこ剣士

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