ザーザーと雨の降る音が響く。
道行く人々は傘を差し、街灯が薄暗い住宅路地を照らす。
私はあの場所から逃げ出すためだけに、あてもなく走っていた。
足がもつれそうになっても、どれだけ息が苦しくても。
私は死に物狂いで走り続けた。
(私……どうして……っ)
水溜まりに足を取られ、バランスを崩す。
アスファルトの舗装されていない穴に足が引っ掛かり、私の身体は勢いよく地面に倒れ込んだ。
生暖かいものが口内に広がっていく。
すぐ傍に立った電柱から、灯りが静かに私を照らした。
道行く人々が何事かと私を一瞥しては、また何事もなかったかのように通り過ぎていく。
彼らは赤紫色に腫れ上がった醜い顔の私と目が合っては、慌てて視線を逸らした。
まるで化け物でも見てしまったかのような、そんな顔つきで。
――クスクス。
――クスクス。
どこからか、彼女の声が聞こえた。
それは、私を嘲笑う冷えきった声。
『だから言ったじゃない』
『あなたはこの力から逃れられない、と』
――あなたが殺したのよ。
耳元で囁かれた気がして、ゾクリと悪寒が這い上った。
あの時、私は確かに見た。
男が力を失い、地面に倒れる姿を。
あの時、私は確かに見た。
満咲が恐怖に顔を歪め、その場から動けなくなる瞬間を。
瞳孔は開かれ、叫び声は枯れ、力なく蹲る他ない親友の姿を。
目と鼻の先。
突然、それまで生きていた人間が白目を剥き崩れ落ちる怪奇現象を前に、怯える他ない親友の姿を。
――私は、見てしまったのだ。
(こんな力、使わないって決めたのに……!)
土砂降りの雨の中、街灯の光が静かに私を照らす。
私は地面に這いつくばったまま、声を上げて泣いた。
視界が酷く澱んで、周りがよく見えなかった。
幾つもの粒が地面に打ち付けられては細かい飛沫を上げているのを、私はただ虚ろに眺めていた。
(私はまた、人を……)
圧し掛かる重圧はとても支え切れるものではなかった。
今もなお、男が事切れた瞬間の表情が脳裏を掠めては、吐き気が込み上げる。
「まったくしょうがないな、君は。いい加減泣くの止めなよ」
頭上から死神の声が降り注いだ。
「君はあの子を守ったんだろ? 何で泣く必要があるんだよ」
それからミタは、得意げに「俺だったら今頃、全力で勝利を噛み締めているところだな!」と言葉を続けた。
虚ろな眼差しで、声のする方を見上げる。小さな死神の肩の上で、幾つもの雨粒が細かい飛沫を上げていた。
「まるで英雄だな、未玖。君は大切な友人を守ったんだ」
そう言って、彼は私に手を差し伸べた。
私は彼の手は取らず、痛みを堪えながら自力で立ち上がった。
顔についた泥を拭い、虚ろな表情で私は呟いた。
「英雄なんかじゃ、ない……私は、ただの」
ヒトゴロシ。
――言葉を続けようとした瞬間、唇が強張って声が出せなかった。
「それにしても、クスクス。君、酷い顔だよ? 目元なんてまるでピエ……。ッハハ、○-1グランプリに出たら優勝出来るかもね」
「…………」
「ごめんごめん、冗談だって。まったく、君はもっと早く力を使えばよかったんだ」
「な…………」
「なあ。折角の可愛い顔が台無しだろ?」
雨空の下、小さな人形は乾いた声で笑った。
陰になった彼の表情はよく見えなかったが、彼が心から笑っている訳でないことくらい、私にも想像できた。
立ち上がった足が震え出す。
命を奪った二人の死に際の表情が過ぎっては、どこからともなく怨嗟の声が纏わりついてくるような気がして私は、
情けなく震えた吐息を漏らした。
「心のどこかで、私が死なせた二人が言ってくる気がするの。『何で殺したんだ』って」
一週間前のあのときとは違う。
私は、あの人が死んでしまうことを分かっていて、右目を瞑った。
人を殺すことを、自分で選択したんだ。
不安が募り、また涙が溢れてくる。
瞼から溢れた温い雫が、大粒の雨にとけて消えていく。
「死んだ方が良かったのかな」
通り過ぎていく人々が私を一瞥しては、見てはいけないものを見てしまったかのように慌てて目を逸らしていく。
まるで
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白井銀歌
未玖ちゃん、よく頑張ったね;; 人の命を奪う重みは理解しているつもりではありますが、それでももし私が彼女の立場だったら、やっぱり力を使ってしまうだろうなぁと思いました。
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白井銀歌
2021年1月2日 18時42分
優月 朔風
2021年1月2日 20時05分
白銀さん、今夜もありがとうございます……! のべらポイントまで。゚(゚´ω`゚)゚。いつも、この温かいお言葉が大変励みになっています。 ええ、自分も迷わずに行使する気がします。あのDV男は怖過ぎです。。 これからも頑張る主人公を見守ってやってくださると嬉しいです✧٩(ˊωˋ*)و✧
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優月 朔風
2021年1月2日 20時05分
藤しゃわ
ドキドキしながらここまでの展開一気読みしてしまいました。 満咲ちゃんのために恐怖と葛藤する姿...( ´^`° )とても読み応えがありました...!
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藤しゃわ
2021年9月20日 21時48分
優月 朔風
2021年9月21日 23時41分
藤しゃわさん、一気読みいただき大変感謝です……! 素敵なコメントもとても励みになります(泣) 悩み葛藤しながらもその時々の最適解を目指して進む主人公達。これであらすじ回収もあと少し、今後彼らがどうなってしまうのか、宜しければまたお見守りいただけたら幸いです。
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優月 朔風
2021年9月21日 23時41分
希乃
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希乃
2021年1月6日 0時01分
優月 朔風
2021年1月6日 1時02分
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優月 朔風
2021年1月6日 1時02分
徒人
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徒人
2021年1月3日 12時53分
優月 朔風
2021年1月3日 18時10分
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優月 朔風
2021年1月3日 18時10分
藍ねず
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藍ねず
2021年1月4日 22時16分
優月 朔風
2021年1月4日 23時15分
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優月 朔風
2021年1月4日 23時15分
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