wink killer もし、ウィンクで人を殺せたら――。

読了目安時間:6分

エピソード:39 / 92

第三十六話 一人目。

 嘘だ。  「ねえちゃん、ねえちゃん」  「どこにいるんだ」  〈あはひゃはひゃひゃはひゃ!! おっ、俺はぁっ、生きているっ。いき、生きているぞぉお!!!〉  これは、嘘だ。  「大丈夫、大丈夫だよ。拓也」  〈は、話が違うじゃないか、お前! 客殺すなんて聞いてなっ……〉  〈嫌あぁ! お願いもうやめてえぇ!〉  こんなの、嘘に決まっている。  「怖いよ、何も見えない」  「私はここにいるよ。ここにいるから、もう……」  様々な声が頭のどこか遠くで響いている。  錯乱した男によって無作為に銃弾が放たれる店内は、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図となった。  (私のせいだ。私がもっと、もっと……)  弟はひたすら「痛い」と「怖い」を繰り返した。天に伸ばした腕は彷徨い、暗闇の中で必死に私を探していた。  私は咄嗟に弟の手を握った。涙が溢れて溢れて止まらなかった。何度も「ここにいるよ」を繰り返したけれど、弟は虚ろに瞳を泳がせたまま「ねえちゃん、どこ」を繰り返した。  握った手の温もりが、私の中で少しずつ失われていく。何度も弟の名前を呼んだのに、弟には届かなかった。銃で撃たれた弟の腹部から血液が溢れ出す。滔々と零れ落ちていく命の欠片がこれ以上失われぬよう必死になって押さえてみたけれど、流血が止まることはなく、掌は虚しくも温かい血液に濡れるだけだった。  姉の威厳など捨て、年端のゆかぬ子どものように泣きじゃくりながら、嫌だ、死なないで、と繰り返した。視界が熱で歪む。透明な雫が溢れ、ぽたり、ぽたりと弟の頬にこぼれ落ちた。  ――その瞬間、弟の震えが止まった。  「ねえ……ちゃん……」  虚ろに泳いでいた瞳が動きを止める。  その黒の中に私の姿は映っていなかったけれど、弟はようやく私の存在に気がついたのか、安堵に頬を緩めた。  「泣か、な……で」  弱々しく持ち上げられた弟の手が左頬に触れる。  いつの間に大きくなった手。私が知っている頃のものよりもずっと大きな掌が、私の頬を優しく包み込んだ。  「やっと……守れ……」  私の傍らで、  拓也は満ち足りたように微笑みながら、  ――最期の言葉を告げた。  静かに瞼を閉じる。  静かに呼吸が止まる。  私の頬を包み込んでいた手が、だらりと床に崩れ落ちる。  動かなくなった弟を抱き締める。  現実を受け入れられないまま、私は呆然と弟の亡骸に縋りつき、赤子のように泣きじゃくった。 ――――――――――――― 第三十六話 一人目。 ―――――――――――――  〈あひゃひゃっ! 生きているぅっ! ひゃっはぁっはひゃひゃひゃ!!!〉  銃を乱射する男の、狂気に満ちた叫び声が響く。  〈神様……どうかお助けください……〉  〈うわあああん!! ママー! マ……〉  〈どうしてこんな! 誰か、誰か〉  無作為に放たれる銃弾に怯える人々の、悲痛な声が響く。  脅すために利用するはずだった拳銃を()()してしまったことで錯乱した男は、狂ったように見境なく銃口を向けた。  数名が命を落とした。その中には、犯行仲間や、先程まで元気に注文していた小さな子どもの姿もあった。  ファミレス内は恐怖と狂気に包まれ、人々は泣きながら身を寄せ合い、この絶望的な状況が終わることを祈るしかなかった。  いつ死ぬかも分からない状況の中、人質にとられた人々の心理状態は既に極限にまで達していた。  このまま状況が停滞するかと思われたその時――最悪な状況を打開する変化が訪れた。  現場に警察が駆け付けたのだ。  〈お、おい、何でサツが! 見張りの奴らはどうしたんだよ!!〉  〈サツが来てるってことは捕まっちまったってことだろーが、畜生!〉  〈落ち着け、お前ら。今はとにかく、俺達があの野郎に殺されることはなくて済んだってことだろ〉  拳銃を所持していない犯行集団の一味は、冷静な判断を見失った彼に殺されないようにと、テーブルの下に隠れ密かに話し合っていた。  彼らは最早自分達にとっても凶器となった彼をどうすることもできず、大人しく身を隠していることしかできなかったのだ。  武装した警官たちは次々と店内に入り込んでいき、拳銃を所持していない犯行仲間はもとより、銃を乱射していた犯人でさえもあっさりと取り押さえた。  それは実に迅速で、死を覚悟し絶望していた人々にとっては救世主到来の如く感じられた。  「可哀想に……」  駆けつけた捜査員の一人が、とある少年と少女の姿を見つめながら零した。  血の海の上で眠る少年。物言わぬ少年に縋りつく少女。  警官は少女に声を掛けたが、少女は何も応えなかった。  まるで、その空間だけが切り取られ、時間が停止しているかのようだった。  生気を失った青白い亡骸を抱き締めながら、虚ろな瞳でうわ言を反芻する少女。  元々は白かったのであろうワンピースは赤に染まり、生者である少女の啜り泣く声だけが、その場に虚しく木霊していた。   ☆★☆  あれ、私、何してたんだろう。  〈大丈夫、もう大丈夫ですから!〉  〈ええぇっと、どどどうしよどうしよ〉  〈とにかく、えっと、自分についてきてください!!〉  今私に声を掛けているのは、誰……?  私、どうしてこんなところにいるんだろう。  「た、くや……?」  そうだ。拓也がまだあの中にいるんだ。  早く、たすけてあげなきゃ。  「たくやは……どこですか……」  〈ええぇっと?! どどどこでしょう〉  〈何してるんだ、下谷君。早く彼女を連れていきなさい〉  〈あああハイ分かりました! そっそれじゃあ、早く、自分と一緒に行きましょう、ね?〉  早く、たすけてあげなきゃ。  きっと今も私を待っているから。だから早く、早く。  「たすけてあげないと……」  “弟は死んだ。”  女性警官(目の前の人)はそう告げた。  〈モタモタするな、さっさと歩け〉  弟を撃った男が、私の目の前を通り過ぎた。  男が私の前を通り過ぎる瞬間。  その男はチラリと私の方を見やり――恐らく私以外の誰にも気づかれない程短い時間――男が、私に視線を向けながら浮かべた表情に、私は思わず息を呑んだ。  それはほんの一瞬に満たぬ出来事であったにも関わらず、私に底冷えのするような感覚を植え付けるには十分だった。  まるで私の心の奥底まで全てを見透かしているかのような、血も凍る程の冷ややかな嘲笑。  私はその表情を、()()()()()。  「あ……ああ……」  忘れることはない。  あの時、拓也がイスを振り上げた瞬間。  男は震えながら、  錯乱したような演技をしていながら、  同じ表情を浮かべていたのだ。  ――まずは()()()と、嗤いながら。  人を見下すような冷笑。何かを嘲笑うかのような口元。   それはとても錯乱していた人間の浮かべる表情とは思えない程に、冷静で、残酷な表情だった。  おそらくこの人間の心中には、()()などなかったのだ。  仲間を含めた、複数の人間を無差別に殺害する行為。  この人間に、殺害に伴った()()も、()()()も、()()()()も、存在するはずがなかったのだ。  何故なら、この人間は――  他人の大切なものを奪うことに、()()を感じていたのだから。  全身の血液が凍りついていくような感覚がして、  その時確かに、「私」はこう思った。  ――こんな奴、死んじゃえばいいのに、と。  ―――――――――――――――  次回予告。  第三十六話 一人目。の挿絵1

次回は来週、6月6日(日)投稿予定です。

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  • くのいち

    希乃

    ♡3,000pt 2021年5月31日 0時11分

    ああああ、ついに拓也くんが……!この男、最悪な奴だったなってこの回を読んで改めて思い出しました…!余韻というか気持ちが溢れすぎてうまく言語化できずに申し訳ないのですが、とにかくすごいです、wink killer…! 来週が待ち切れないです…!楽しみにしてます!

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    希乃

    2021年5月31日 0時11分

    くのいち
  • キューコ(デンドロ)

    優月 朔風

    2021年5月31日 20時58分

    まれさん、今週も嬉し過ぎるコメントをありがとうございます! 拓也の最期を知った上の二周目、お楽しみいただけましたら幸いです。 週に一回の鈍足投稿ですが、感情移入していただけて感謝の極みです!続きを頑張る気力がぐっと湧きました💪✨ またのお越しを心よりお待ちしております✩.*˚

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    優月 朔風

    2021年5月31日 20時58分

    キューコ(デンドロ)
  • タイムトラベラー

    藍ねず

    ♡1,000pt 2021年6月6日 0時44分

    怖さと痛みを感じる文に視界が滲みました。拓也さんの最期を読んで、片梨さんとの「また、月曜日」の約束が果たされることはないのだと、胸にくるものがあります。未玖さんの心も、決意も、この先どんな方向へ向かっていくのか……この大きな喪失の先で、彼女がどうなっていくのか、見守っていきます。

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    藍ねず

    2021年6月6日 0時44分

    タイムトラベラー
  • キューコ(デンドロ)

    優月 朔風

    2021年6月6日 19時35分

    藍ちゃんさん、温かいお言葉とても嬉しいです。「また、月曜日」の約束、覚えていてくださりありがとうございます。 人殺しの力である以上それ相応の代償があるものですが、それでも再び前を向いて進む主人公達の物語をお届け出来ればと思います。またのお越しを心よりお待ちしておりますᴗ͈ˬᴗ͈

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    優月 朔風

    2021年6月6日 19時35分

    キューコ(デンドロ)
  • ウルスラ

    白井銀歌

    ♡1,000pt 2021年5月30日 18時54分

    ショックで何と言っていいのか……更新されてすぐ読んだのに動揺しすぎてコメント書くのにずいぶん時間かかってしまいました。 読んでいて血の気が引くようなそんな感じでした。 辛い展開だけど、ハッピーエンド保証を信じて続きお待ちしてます……!

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    白井銀歌

    2021年5月30日 18時54分

    ウルスラ
  • キューコ(デンドロ)

    優月 朔風

    2021年5月30日 22時18分

    この展開は本作の中でも随一の衝撃らしいです。動揺いただけたこと、作者としては冥利に尽きます。衝撃的な紆余曲折はありますが、本編ラストにはスッキリするハッピーエンド保証を付けています。絶望の先にある希望の世界へ、宜しければ引続き御付き合いくださいませ。

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    優月 朔風

    2021年5月30日 22時18分

    キューコ(デンドロ)
  • チンチラちゃん

    砂乃路傍

    ♡500pt 2021年6月29日 12時50分

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    鳥肌立った・・・

    砂乃路傍

    2021年6月29日 12時50分

    チンチラちゃん
  • キューコ(デンドロ)

    優月 朔風

    2021年6月29日 18時22分

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    御礼申し上げます

    優月 朔風

    2021年6月29日 18時22分

    キューコ(デンドロ)
  • ひよこ剣士

    みぎわ

    ♡500pt 2021年5月30日 22時58分

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    怖ーーーい!!

    みぎわ

    2021年5月30日 22時58分

    ひよこ剣士
  • キューコ(デンドロ)

    優月 朔風

    2021年5月31日 20時49分

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    いつも応援ありがとうございます

    優月 朔風

    2021年5月31日 20時49分

    キューコ(デンドロ)

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