wink killer もし、ウィンクで人を殺せたら――。

読了目安時間:7分

エピソード:71 / 92

第六十七話 心願、救世主。

 警察署にて。  事情聴取を終えた後、帰宅する重要参考人の背中を見送りながら、一人の若い刑事は誰にも聞こえない小さな声で言葉を漏らした。  「蒲田未玖。あなたの事情聴取は今日で最後になる」  ある時を境に、原因不明の「不審死」は頻度を増して立て続けに起こるようになった。  実に奇妙で不可解な事件であった。被害者は年齢、性別ともにバラバラで、死亡場所も路地裏から屋上、人混みの中までと共通点がない。それまで「事故」として処理していた警察の方針も、連続する「不審死」の発生に最早限界を迎え、事は既に手に負えない段階まで来ていた。  それでもたった一人だけ、最後まで諦めない刑事がいた。  薄暗い廊下に響く革靴の音。若い刑事――宮田はスーツの上に黒いコートを羽織り、重たい呼吸を繰り返した。  拳を強く握りしめる。  外は激しい雨が老朽化した建物を吹き曝し、今にも割れそうな窓ガラスが音を立てていた。  地下へと続く階段を下りていく。天井では黄ばんだ蛍光灯が点いては消えてを繰り返していた。  パスワードを入力し、地下倉庫の扉を開ける。  無人の倉庫には幾つもの段ボールが棚に収納されていた。棚の一番奥にある段ボールから目的の資料――「XX(ダブルエックス)」を取り出し、周囲に誰もいないことを確認してから鞄に詰め込む。それから彼は、自身の携帯端末を取り出し、連絡先一覧から「門田永美」の名前を削除した。  「門田さん。()()()()()()は十分役に立ってくれました」  倉庫内に彼の独り言を聞く者は誰一人としていなかった。  二十年前にも発生した「不審死」と、今回頻発するようになった「不審死」。詳細な資料はないが、どちらも事件性がないことから「事故」として処理されたという点で共通している。  それでもたった一人だけ、最後まで諦めない刑事がいた。  宮田は彼を尊敬していた。その真っ直ぐな正義感に憧れていた。  ――けれど、今日で何もかもが終わりになる。  目的の資料を取り出した彼は立ち上がり、倉庫の扉に手を掛けた。  倉庫を出た彼の背後でキィ、と重苦しい音が鳴る。地上へ上がる階段にコツ、コツと革靴の音が響く。薄暗い階段を踏み締める一歩一歩が、いつも以上に重たく感じられた。  掌に滲む汗。早鐘を打つ心臓。  彼は携帯端末を握り締め、自らに言い聞かせるように言葉を吐いた。  「僕は『正義』を果たす。僕達を救ってくれた、あなたの力になるために」 ―――――――――――――――― 第六十七話 心願、救世主。 ――――――――――――――――  繁華街の一角にある細い路地に、傘を差した二人の男が向かい合っていた。  表通りでは看板や提灯が煌々と輝き、地面に溜まった雨水に白や橙色の光が反射している。シャッターの閉まった深夜の商店街は閑散としており、男達の会話を耳にする者は他にいなかった。  「どうしてだ、宮田」  茶色のコートを羽織った男は声を震わせ、苦悶にその表情を歪めた。  「お前だけは、絶対に、犯人を捕まえるって、お前、だけ、はおれに……」  視界がぐらついて上手く呂律が回らなかった。先程まで共に酒を飲み、同じ志を確かめ合ったはずだった。けれど、部下の右手に握られたそれを見て火照った頭が冷えていく。先刻注いでもらった日本酒を全て胃の中から吐き出しそうになった。  白髪交じりの男はアスファルトに膝をつき、荒い呼吸を繰り返した。酷い眩暈がして吐き気が収まらなかった。  氷混じりの雨が背中に降り注いでいる。地面に放り出した傘の裏側で雨粒が音を立てているのを、朦朧とした意識の片隅で聞いていた。  地面に膝をついた男の背中を見下ろし、宮田は言葉を紡いだ。  「そうです。僕は最後まで門田さんの荒唐無稽な捜査についていきました」  右手に握った拳銃に人差し指を掛ける。  「初めから、決めていたんです」  深くゆっくりと息を吐けば、徐々に指の震えが抑まっていった。丸まった上司の背中を見下ろしながら、宮田は奥歯を強く噛み締める。  目的を果たすためなら、彼にとっては自分の身すらどうでもよかった。  あの日既に、彼の心は一度死んでいたから。  「全ては、僕を、()()を救ってくれた救世主を見つけ出すために」   ♪♪  両親のような立派な人間になりたかった。  正義の味方になりたくて警察官になった。  そんな僕を隣でずっと応援してくれていたのは、唯一の妹だった。  夢だった刑事課に配属が決まった時は天にも昇る気持ちだった。  門田さんはズボラでいい加減なところもあるけれど、真っ直ぐな正義を掲げる理想の上司だった。そんな門田さんに憧れて、僕もずっとついていこうと思っていた。  ある日、妹が自殺したと耳にするまでは。  有り得る筈がなかった。  何故なら、妹のことは僕が一番よく知っているのだから。たった一人の兄だからと、悩みがあれば必ず僕に相談してくれていたのだから。  「嘘だ」優しくて。「嘘だ、嘘だ」気遣いが出来て。「嘘に決まってるじゃないか」挫けそうになった僕をずっと支えてくれたのだから。「有り得ない」妹のおかげで僕は夢に辿り着くことが出来たのだから。「ありえない、ありえない」だから、だから、だから、だからッ……!  「兄ちゃんが今、お前の無念を晴らしてやるからな」  原因を突き止めるため、僕はあらゆる手を尽くした。  ようやく復元した妹のチャット履歴を目にした僕は、言葉を失った。  『今度はどこへ行こうか』  他愛の無い会話。  他愛の無い会話。  『私、もう疲れちゃって』『大丈夫。僕は何でも話を聞くから』『ありがとう。優しいんだね』  他愛の無い会話。  『大好きだよ』『僕もだよ』『早く会いたいな』  他愛の無い会話。  他愛の無い会話。  『早く病院から出られるといいね』『うん、治るといいな』『僕ももう、疲れたんだ』  他愛の無い会話。  『ねえ、君に大事な相談がある』  沈黙。  『僕はもうじき、死んでしまう』『最期に病院を抜け出して、僕は君に会いにいく。でもきっと、僕は……』『寂しい。君を置いて逝ってしまうなんて』  長い沈黙。  長い沈黙。  長い沈黙。  『ねえ、君。君は僕の為に死ねる?』  長い沈黙。  『うん、いいよ』  ――天国に行こう。  ――この腐った檻から抜け出して、二人だけの幸せな世界へ。  そこには、僕の知らない妹がいた。  そこには、僕の知らなかった事実があった。  妹はこの男と心中したらしい。  だが調べてみると、驚愕の事実が判明した。  この男はまだ生きていた。  妹は騙されたのだ。  心神耗弱。立証不十分。  僕達の力であの男を裁くには、これが限界だった。  あの男は妹を殺したのに、どうして正しく裁かれないのだろう。  どうして妹は死んでいて、あの男は生きているのだろう。  僕は妹に、何もしてやれなかった。  自分の無力さを知ったその日から、僕は死んだも同然だった。  「両親のような立派な人間になりたかった。」  何が、立派な人間だ。  「正義の味方になりたくて警察官になった。」  何が、正義の味方だ。  「妹は僕の隣でずっと応援してくれていた。」  僕は、妹一人守れなかったじゃないか。  「夢だった刑事課に配属が決まった時は天にも昇る気持ちだった。」  僕は一体、何を目指していたのだろう。  僕達は一体、これから何処を目指せばいいのだろう?  その男が正しく裁かれること。それだけが、僕と妹の願いだった。  それだけが、僕達のような被害者遺族にとっての救いだった。  その為なら、口先だけで理論立てた正義なんて要らないと思った。  けれど、  あの日、神様は僕達の心からの願いを叶えてくれた。  真っ黒に染まっていた道に光が差し込んだ気がした。鼓動が高鳴った。胸の奥底から止めどなく熱い何かが溢れ出していった。  終わったと思っていたはずの人生で、再び歩き出す意味が与えられたような気がしたから。  僕は、訳の分からない声を上げてみっともなく泣いた。何故涙が溢れてくるのか分からなかったけれど、子供のように泣きじゃくった。  再び生きる意味を思い出したその時、僕は唐突に理解したのだ。  僕の信じていた正義は、間違っていたのだ、と。  本当の「正義」は、ここにあったのだ、と。  その日から僕は信じていた。  その男を――堀口優という人間を裁いた彼女こそが、僕の。僕達の、救世主だと。

次回、第五章完結。 第六十八話「主犯者、共犯者。」 来週、1月9日(日)投稿予定です。

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


  • タイムトラベラー

    藍ねず

    〇100pt 2022年1月12日 15時25分

    ゾクッとしました。怖いというより、口角が自然と上がってしまう感じのゾクッって感じです。宮田さんの動向は気になっていましたが、ここで繋がったことが性癖に刺さって……あぁぁ(感嘆) 「光り輝く救世主」ではなく、「その人だけの救世主」に弱いもので。素敵です。

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    藍ねず

    2022年1月12日 15時25分

    タイムトラベラー
  • キューコ(デンドロ)

    優月 朔風

    2022年1月13日 23時43分

    あああ……!!(歓喜) まさか、ゾクっとしていただけるなんて。今後も色々な伏線を回収していきますが、気に入っていただけるものがあると嬉しいです。 誰かにとっての「人殺し」は、別の誰かにとっての「救世主」でもある。裏を返せば「救世主」は皆にとって救世主とは限らない。皮肉なものです。

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    優月 朔風

    2022年1月13日 23時43分

    キューコ(デンドロ)
  • ウルスラ

    白井銀歌

    ♡1,000pt 2022年2月7日 22時01分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    想像の上をいってます!

    白井銀歌

    2022年2月7日 22時01分

    ウルスラ
  • キューコ(デンドロ)

    優月 朔風

    2022年2月8日 0時08分

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    励みになります…!

    優月 朔風

    2022年2月8日 0時08分

    キューコ(デンドロ)
  • タイムトラベラー

    藍ねず

    ビビッと ♡1,000pt 2022年1月12日 15時21分

    《その男を――堀口優という人間を裁いた彼女こそが、僕の。僕達の、救世主だと。》にビビッとしました!

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    藍ねず

    2022年1月12日 15時21分

    タイムトラベラー
  • キューコ(デンドロ)

    優月 朔風

    2022年1月13日 23時32分

    堀口を殺したことで、最愛の人を失った永美は傷つき苦しみました。一方、堀口を殺したことで、被害者遺族である宮田は救われました。

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    優月 朔風

    2022年1月13日 23時32分

    キューコ(デンドロ)
  • ひよこ剣士

    アカポッポ

    ♡1,000pt 2022年1月8日 8時29分

    驚きました。宮田の握る拳銃はミクに向ける物では無く、門田を撃った物だったんですね。 にしても、堀口がドクズ過ぎて笑えないですね、、、 ここまで話の核に絡んで来ると言う事は、彼も何かを持っているのでしょうか? 少し気になります。

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    アカポッポ

    2022年1月8日 8時29分

    ひよこ剣士
  • キューコ(デンドロ)

    優月 朔風

    2022年1月8日 21時09分

    コメント、すごく嬉しいです! 堀口は女性の――否、人類の敵です。仰る通り、彼については裏設定があったりします。第四十七話と第五十五話が少しだけヒントになるかもしれませんので、宜しければ覗いてみてくださいね。 第五章最終話も頑張って書いていきます! おー!

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    優月 朔風

    2022年1月8日 21時09分

    キューコ(デンドロ)
  • 女魔法使い

    seokunchi

    ♡1,000pt 2022年1月7日 14時10分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    ブラボー!!

    seokunchi

    2022年1月7日 14時10分

    女魔法使い
  • キューコ(デンドロ)

    優月 朔風

    2022年1月7日 19時22分

    seokunchiさん、最新話まで読了くださりありがとうございます!! いつも応援いただき、本当に励みになります。 第五章はあと一話です。ここから先はちりばめてきた謎や伏線が次々回収されていきますので、答え合わせまで、どうかお楽しみいただけましたら幸いです。

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    優月 朔風

    2022年1月7日 19時22分

    キューコ(デンドロ)

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • 鵺の鳴く夜が明けるまで

    ミステリーを愛する全ての人たちへ

    389,200

    1,510


    2022年7月6日更新

    名探偵・鵺夜来人とミステリー研究会の美少女4人が難事件の数々に立ち向かいます。 <作品の略歴> 2013年3月~2015年2月頃まで『小説家になろう』に掲載。 2015年4月~2021年12月まで『comico novel』にて公式作品として連載。2016年1月に双葉文庫より書籍化。 DLsite様にて、同人ゲーム版を発売中です(※現在の所は『鵺の鳴く夜が明けるまで』、『ニーチェ殺し』をゲーム化済み。今後、他のエピソードもゲーム化予定です)。

    読了目安時間:26時間40分

    この作品を読む

  • 死神の連鎖

    少女に救いはあるか

    100

    0


    2022年7月6日更新

    「みんな、私が殺したの……」 怒りの底に潜む、小さな殺意。 その感情が引き起こす、人外の力。 次第に歪み始める、弥生の日常。 ――これは、一人の少女を巡る 定めと救いの物語である。

    • 残酷描写あり

    読了目安時間:28分

    この作品を読む

読者のおすすめ作品

もっと見る

  • 虹魔の調停者

    凄腕魔法士たちが暗躍する本格ファンタジー

    276,130

    665


    2022年7月1日更新

    国を離れた精鋭たちの集う独立ギルド『ガレーネ』。 彼らは世界各地で起きる様々な問題を秘密裏に解決する役割を担う。 ある時、村育ちの兄妹であるジオとネルマは王都の観光をきっかけに彼らから勧誘を受けることに。 ギルドに加わった二人はメンバーたちと任務や休日の時間を共にしながら、少しずつ互いのことを知っていく。 しかし重要な任務の最中、別行動をしていたジオに不穏な影が忍び寄る———— 『厄災編』『竜人編』ともに、表紙イラストは菊月様に描いていただきました。 【無断使用・無断転載等は厳禁】 また、第一弾のイラスト公開記念として第0話を合わせて公開中です。 『厄災編』最終話で鮮明に描かれなかった主人公ジオの過去に遡ります。 *上のイラストは『竜人編』の表紙になります。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:9時間48分

    この作品を読む

  • 罪人は英雄の夢を見る

    現実に抗う物語。超絶バトルものです。

    200,350

    1,278


    2022年7月4日更新

    魔神が白き英雄によって討たれてから二千年が過ぎた世界。 白き英雄を崇める白炎教会によって超常の力は弾圧され、あらゆる魔性の存在は悪とされていた。 社会を脅かす魔性の存在と、それらから人々を守る白炎教会。 長きにわたる善と悪の戦いだと、世間は信じて疑わない。 所詮は他人事。自分たちが血を流すことにならなければ、世界は平和だと信じていられる。 盲信することを選び、思考を放棄した人々は気がつかない。 悪と決めつけられ、生存権を奪われた魔女や魔術師、異形の者たちの叫びに。 生きるための戦いを余儀なくされた者たちは爪を研ぎ、抗い続ける。 世界から排斥された者たちの行きつく先とは——。 紛い物の英雄譚、ここに開幕! ※月/金更新予定です。→仕事が忙しくなってきたのでしばらくの間、月曜更新とさせて頂きます。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:4時間4分

    この作品を読む