鷹の眼は見逃さない

後編

 僕の後方から飛来した弾丸は針の穴を通す正確さで目の前にいた男の眉間を貫いた。  当然だが僕は飛んで来た弾を目視出来たわけではない。起こった結果からそう推測したまでのことだ。  男は頭蓋骨の中身を撒き散らしながら倒れる前に果てていた。  人が死ぬのを見たのは初めてだった。  鷹見翔子から警告を受けて数日、僕は蓮の周辺を調べて回った。  彼女はまだ蓮を獲物にすると決めたわけではないらしく、もしかしたらどうにか止められるかもしれないという思いがあったからだ。  これは友情だろうか。  わからないが知り合いが死んで気分が良くないのだけは間違いない。  蓮が仲間と徒党を組んでやっていたことは、平たく言えば暴力団の資金源となっている違法薬物の売買だった。  だが鷹見翔子の琴線に触れたのはそれではないようだ。 「お薬はまあ、用法容量を守って使えばいいんじゃない?」  そんなことを言っていた。  最初のうちは慎重に動いていたのだが、調べを進めていくうちに僕は蓮と繋がりのある組織の人間に目を付けられることになってしまう。  それが今、僕の前に転がっている男だ。  悪いことをしたと思う。まあ向こうが先に危害を加えようとしたからこうなったのだが実質僕が殺したようなものだ。  これは確信を持って言えるが今の僕を殺すなんてことは誰にも出来ない。  鷹の眼は届く範囲にいる限り無敵状態である。  とは言え出来得る限り死人が出る事態は避けたかった。  いくら悪人でも目の前で撃ち殺されるのを見続けるのはさすがに堪える。  偽善のようだが正直な気持ちだ。  今夜、蓮は仲間たちを集めてなにかしようとしている。  そういう話を聞きつけた僕は蓮の元へと向かっていた。  行ってどうするかは考えていない。  この僕が、なんのプランも持たず夕暮れの街をただ走っているという状況がなんだか不思議に思えた。  実は僕には蓮のやろうとしていることがだいたい察しがついている。  僕も以前、似たようなことを考えたことがあるからだ。  おそらく蓮が扇動しているのはそういう考えに取り憑かれてしまっている人間たちなのだろうと思う。  あの女も、あの大男もそうなのだろうか。  そこはいつか鷹見翔子も使っていたことのある廃ビルだった。  だから入れる場所はわかっている。エレベーターは動いていないので僕は階段を一気に駆け上がった。  息を切らせた僕が屋上に辿り着くとそこには数十人の群衆が集まっていて、その中心に相葉蓮は立っていた。 「来たな」  蓮は、僕が来るのが当然のように言った。  集まっていた大半は若者たちだったが中には年配の人や老人の姿もあった。この前にときもいた女と巨漢が蓮の脇を固めている。  一見、どういう集まりだかわからない。 「どうするつもりだ?」  僕は訊いた。訊いてはみたが実のところなにを訊きたかったのか僕にもよくわかっていなかった。それでも蓮は訝しげもなく答える。 「ここからみんなで行くんだよ!」  勢いよく空を指差す。 「どこに?」 「ここじゃない別のどこか」 「ねえよ、そんなもん!」  この会話は成立してるのか。  わらないが僕たちにはお互いが言っていることが理解出来ていた。 「一緒に来てくれないのか?」  少しだけ悲しそうな顔で蓮が言う。 「僕は行かないしお前も行かせない」  僕が蓮に近づこうと足を踏み出すと同時に巨漢が僕の前に立ち塞がった。目の前で見ると山のような男だ。  力任せに突き出した僕の拳が空を切った。  思わず避けた巨漢はキョトンとしているし蓮は呆れたような表情で僕を見ていた。  そんな顔をするなよ。これでも一応パンチのつもりなんだ。パンチを舐めるなよ。練習してないと案外出来ないぞ。  僕は目一杯の気合いを込めてもう一度拳を振り上げた。  今度のはどうにか当たりはした。  相手の肩あたりでポスっと微妙な音をたてる。  たぶん、ダメージはない。 「大人しくさせろ」  蓮が冷たく言い放った。  次の瞬間、僕の体は呆気なく吹き飛んでいた。  どこをどう打たれたのかもよくわからない。こっちは初心者なんだから少しは手加減してくれよとも思ったが、どうも手加減はされていたらしい。  打たれたのはどうやら拳ではなく掌だった。掌底である。  それでも物凄い衝撃だった。  どうにかこうにか立ち上がった僕の背中に冷たいものが突き刺さる。  おいおい、よしてくれよ。まだ僕が頑張ってる途中じゃないか。  鷹見翔子の視線を僕はそのときはっきりと感じた。  ここで僕が倒れたら鷹見翔子はすぐにでも全てを終わらせてしまうだろう。そう確信させるだけの殺気が込められた視線だ。  いや、感じたのは僕だけではないようだった。  僕に追撃を加えようと近づいてきていた巨漢が足を止める。  明かに困惑した表情をしていた。得体の知れない気配に気圧されてどうしても足が前にでないという感じである。  勘がいいなこいつ。  喧嘩のど素人である僕に測れることでもないが、たぶん相当に強いんだろう。  僕が鷹見翔子の視線を感じ取ることができるのは経験則だ。それなしでいきなり察知したこいつは大したものなのだろうと思う。  だが今は、それによって生まれた隙を突かせてもらう。  僕は巨漢の顔面に全身全霊を込めた一撃を叩きつけた。  巨漢が倒れていた。蓮と蓮の隣にいる女は呆然とそれを見つめている。  僕のパンチが効いたのか効いてないのかは正直わからない。ただびっくりしてー倒れているだけかもしれない。だがもうそんなことはどうでもいい。  僕は蓮に歩み寄り、そのままの勢いで殴り倒した。そして高らかに宣言する。 「解散だ」  僕の言うことを聞いてそうなったわけではないが、その日は本当に解散となった。  蓮がそう決定したからだ。  蓮とは、今度はなにも言葉を交わさずに分かれた。  だから本当のことはなにもわからない。  僕がなにかを変えられたのかどうかもなにも。  その後、僕はどこへ向かうでもなくふらふらと街を彷徨い歩き、ふと目に留まったビルの屋上へと上がった。  そこには当然のように鷹見翔子がいて、いつもと同じように狙撃銃のスコープ越しに街を見下ろしている。  ふと腕時計を見るともうすぐ日が変わる時間だ。  僕が隣に腰を下ろすと鷹見翔子は僕の顔を横目で見ていった。 「顔、腫れてるね」  言われて初めて僕は自分の顔が熱を帯びていることに気がついた。たぶん掌底で打たれたところだ。  今のところ痛みはあまりない。 「こんな時間までやってたの?」 「ううん、夜は苦手なんだぁ」  じゃあなんでいるんだよとは言わなかった。 「相葉蓮はしばらく大人しくしてると思うよ。あいつが関わってた悪い大人はみんな始末しておいたからね」  鷹見翔子の言葉を咀嚼するのに数秒かかった。 「え、それはいつの話?」 「日が暮れる前に」  僕がぐだぐだやっている間に鷹見翔子は元凶を壊滅させてしまっていたのだ。 「友達、助けられてよかったね」  

コメント

コメント投稿

スタンプ投稿


このエピソードには、
まだコメントがありません。

読者のおすすめ作品

もっと見る

  • チートなし。少年よ、絶望に染まれ。

    ♡889,300

    〇35,000

    異世界ファンタジー・連載中・74話 朝食ダンゴ

    2020年5月29日更新

    第二回ノベプラ大賞応募作品。 日常に飽き飽きし、異世界に憧れる高校生カイトは、不幸にもトラックに轢かれ異世界へ転移を果たす。 転移の際、女神に言い渡されたのはチートなしの宣告。 意気揚々と異世界に乗り込むカイトであったが、たどり着いたのは血と死臭に満ちた戦場のど真ん中であった。 大気にあまねくマナはカイトにとって猛毒。 容赦なく襲い来る魔族と、カイトを敵視する人間たち。 絶望の中で、カイトは亡き妹との約束を思い出す……。 異世界チート無双へのアンチテーゼ。 異世界に甘えるな。 自己を変革せよ。 チートなし。テンプレなし。 異世界転移の常識を覆す問題作が、ノベルアップ+に登場。 ――この世界で生きる意味を、手に入れることができるか。

  • 第二回ノベプラ大賞一次通過しました!

    ♡355,550

    〇1,080

    異世界ファンタジー・連載中・222話 駿河防人

    2020年5月24日更新

    「ちょっと運命的かもとか無駄にときめいたこのあたしの感動は見事に粉砕よッ」 琥珀の瞳に涙を浮かべて言い放つ少女の声が、彼の鼓膜を打つ。 彼は剣士であり傭兵だ。名はダーンという。 アテネ王国の傭兵隊に所属し、現在は、国王陛下の勅命を受けて任務中だった。その任務の一つ、『消息を絶った同盟国要人の発見保護』を、ここで達成しようとしているのだが……。 ここに至るまで紆余曲折あって、出発時にいた仲間達と別れてダーンの単独行動となった矢先に、それは起こった。 魔物に襲われているところを咄嗟に助けたと思った対象がまさか、探していた人物とは……というよりも、女とは思わなかった。 後悔と右頬に残るヒリヒリした痛みよりも、重厚な存在感として左手に残るあり得ない程の柔らな感覚。 目の前には、視線を向けるだけでも気恥ずかしくなる程の美しさ。 ――というか凄く柔らかかった。 女性の機微は全く通じず、いつもどこか冷めているような男、アテネ一の朴念仁と謳われた剣士、ダーン。 世界最大の王国の至宝と謳われるが、その可憐さとは裏腹にどこか素直になれない少女ステフ。 理力文明の最盛期、二人が出会ったその日から、彼らの世界は大きく変化し、あらゆる世界の思惑と絡んで時代の濁流に呑み込まれていく。 時折、ちょっとエッチな恋愛ファンタジー。

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る