鷹の眼は見逃さない

中編

 僕、富士田一雄の日は一杯のブレンドコーヒーとスマートフォン向けニュースサイトの巡回から始まる。  巡回と言ってもブックマークしているサイトのいくつかにざっと目を通すだけのことなので何分も掛からない。  前日に起こった大きな事件がおおよそ把握できればそれで十分だ。  現在この街の近辺では指定暴力団どうしの抗争が激化しており、違法武器の使用を含めた暴力事件が多発している。  最近もとある組員の男が日中の町中で射殺されるという非常にショッキングな事件が起きたばかりだ。  使用されたのは軍用の狙撃銃だと言われている。  犯人は未だ捕まっていないし今後捕まることもないと思う。  撃ったのが実は暴力団とは無関係の女子高生だとは誰も考えもしないだろうから。  僕だって普通は考えない。  鷹見翔子のことを知った今でもこういう事件と彼女のことを結びつけて考えるのは容易なことではなかった。  最近は気がつけば鷹見翔子のことばかり考えている。  僕が見ていないとき、彼女はどう過ごしているのだろうか。  どこかで次の獲物に狙いを定めているのだろうか。  彼女の殺意がどのようにして生まれるのか。  僕はそれを知りたいと思う。  その日、家を出てすぐに声をかけられた。 「や、いま時間ある?」  見たことのある女だった。  歳はたぶん僕とそう変わらないが髪を染めて化粧もしている。まともに学校に通っているようには見えない。 「あいつが会いたいって」 「あいつ?」 「蓮」  蓮、相葉蓮。蓮とは中学まで一緒だった。  卒業してからは会っていない。  僕はいつも始業の一時間前には学校に着くようにしている。  少し寄り道するくらいなら問題無い。 「蓮が僕に? なんで?」 「会ってから話すって。来るの?」 「……いいよ」  別に無視したってよかったのだ。  実際のところ少し前の僕ならそうしたかもしれない。しかし今の僕がそうしない理由はやはり鷹見翔子にある。  彼女の存在が僕を日常から引き剥がそうとしていた。  それを今、強く感じている。  薄暗い路地だった。いかにも日陰者が好みそうな場所だ。  蓮は、瓦礫の上に無造作に座って僕を迎えた。  中学のときとは違って髪が金色になっていたし、似合いもしないアクセサリーをジャラジャラと付けていたが印象はあまり変わらなかった。  少しだけ背が伸びた。変わったのはそのくらいだ。  蓮の傍にはいかにも屈強そうな体躯を持つ男が控えていた。  僕を連れてきた女は僕の背後で壁にもたれかかっている。  蓮は、僕を下から睨めあげるように見ながら言った。 「久しぶりだなぁ、一雄」  蓮の芝居がかった口調に僕はうっかり笑いそうになってしまう。 「ずいぶんイメチェンしたな。似合ってないけど」  僕の言葉で蓮がわずかに表情を歪める。 「お前ほどじゃない」  蓮が唸るように言った。  その顔からはおそらく今の僕に対する嫌悪感が見てとれる。 「僕が?」  どういう意味かと問う前に蓮が答えた。 「羊のふりをするな。お前はこっち側だ」  そう言われて僕の頭に浮かんだのは鷹見翔子のことだった。  もちろん蓮が彼女のことを知っているはずはないが。 「バスケ、辞めたんだって?」  僕がバスケ部を辞めたのは半年前のことだ。  理由は、なんだったかな。覚えてないくらいの大したことない理由だ。先輩の指示が気に入らなかったとかたぶんそんな感じのことだった。  元々なんとなくやっていただけで特に思い入れがあったわけじゃない。 「なら暇だろ?」 「暇じゃあないよ」  僕の話を無視して蓮はこう続けた。 「俺の仕事を手伝わないか?」 「仕事?」  風の噂で、蓮がヤバイ所に出入りしているという話は聞いていた。  聞いてみれば蓮が持ちかけてきたのは案の定とても褒められたものではない内容だったので僕は丁重に断った。 「やっぱりお前は俺のところに来る気がするよ」  別れ際に蓮の言った台詞が少しのあいだ心に引っかかっていた。  それからしばらくは平和な日々が続いた。  鷹見翔子は相変わらず僕の横でバカスカ人を撃ち殺していたが死ぬとことが見れるわけでもないのでなんだか少しだけマンネリな感じになってしまう。  しかし考えてみればこれは異様なことだ。  見えなくても人が死んでいるのは確かだというのに。  僕は自分のことを正常だとも異常だとも思ってはいない。  そもそも人間の正常な状態とはどういう状態のことを言うのか。そんなものが本当にあるのだろうか。  人間は他の生き物と違って本能を抑えて生きている。それはその時点ですでに異常な状態と言えるのではないか。 「なんか悩み事?」  鷹見翔子が狙撃銃を構えたまま横目で僕を見て言った。 「まあ、人間にあり方について、とか」 「なにそれ」  まったくだ。なにそれと僕も思う。 「実は私もちょっと悩んでることあるんだけど」 「へえ、なにかな?」  それはかなり興味がある。  僕が見ていた限り鷹見翔子が人を撃つことを躊躇するような素振りを見せたことは一度もない。そんな彼女が一体どんな悩みを持つのか。 「相葉蓮。知ってるよね」  彼女の口からその名前が出た瞬間、僕は心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。 「中学のときの同級生だ」 「最近会ったでしょ?」  まさか、見られていたのか。 「友達なの?」 「いや、友達ってわけじゃ」 「いなくなったら悲しい?」  彼女が言わんとしていることを察して僕は言葉を詰まらせた。  それは安易に答えられる問いではない。 「やっぱりそうだよねえ。でもさあ、最近あいつ仲間いっぱい集めて悪いこと企んでるんだよなあ。あ、富士田くんが違うのは知ってるからそれは大丈夫」  相葉蓮を撃つのか。あいつが死ぬ?  僕は今更、自分の身内や知り合いが鷹見翔子の獲物になる可能性をまったく考えていなかったことに気付き、己の愚かさに愕然としていた。 「例えば僕がやめて欲しいって言ったらやめてくれるの?」 「それは無理」  鷹見翔子はあっさりとそう答えた。 「ていうか今までずっとなんにも言わなかったのにさ。友達だからダメってそういうのはなんか、ダメじゃない?」

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