アルカディア戦記〜白銀の王スターツ〜

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勢力図を更新しました!話の最後に挿入しましたのでご覧ください。

序章2 第一節 遺臣現臣敵対臣

第42話 メッセニア条約

 重量のある甲冑を脱ぎ捨てて身軽でありたいという欲求を、誰もが心から願っていた。  心安らぐ緑色が広がる草原を、暗雲と雨が闇が上書きするメッセニア地方。スターツ率いるアーカディア軍の心情が、まるで空に反映されているような風景で表現されていた。兵士の足取りは重く、表情は将軍を含めて一様に(しか)めていた。  スターツが撤退路として選択したタイゲトス山脈の麓は、スパルタとメッセニアを繋ぐ道とは別の側道だ。主要道からは外れるため碌な整備はされておらず、所々穴が開いて水たまりが出来上がっている。加えてそこに多くの人間が通過することによって、(くるぶし)まで埋まるほどぬかるんでしまった。  規則正しい軍靴の音はが雨にかき消され、金属から発せられる重厚音を吸収する。兵士たちはぬかるみに足をとられる中、歩きやすそうな場所を探しながら進んだ。視線を動かし、暗闇で視界が制限されてもなお、これ以上体力を損耗させないためにも、疲労困憊(こんぱい)の身を奮い立たせる。  今のところ、戦死者以外で脱落した兵士は出ていない。兵士たちは、スターツや将軍のように、いつまでも眉間に(しわ)を寄せているわけではなかった。いくらか表情が緩んでおり、戦場にいる軍人にしては緊張感が薄れている。張りつめていた空気も霧散し、終始和やかな雰囲気を漂わせていた。  馬上のまま軍の先頭に立つスターツは、王都に撤退するまでの流れを思い出させた。  ◇◇◇◇◇◇◇  ――――アーカディア王国第二代国王リュカイオン・ジ・アーカディア及び、第一王子ニュクティモス・トゥ・アーカディア。スパルタ王国の王都スパルタの地にて戦死す。  スパルタ本国に侵攻した軍からの報せは、スターツを含め軍内に大きく波紋を広げた。戦争当初は士気が高く意気揚々と侵攻した兵士たちが、皆一様に愕然(がくぜん)とする。  一つの小さな都市(ポリス)から半島最大の勢力を築き上げたアーカディア王国。建国史上領土の急拡大に成功した王は己の野心に従い、狂戦士が集う脳筋国家との戦いで散っていった。  決闘の途中で報告を聞いたスターツはすぐに中断し、武器を手放しテレクロスに向き合う。もう少しで決着が付いたと思うと非常に悔しいと感じつつも、(こら)えるように感情に蓋をする。今にも爆発しそうなスターツとは違い、テレクロスは澄ましたように視線を向けたままだ。 「…テレクロス王。神聖な決闘の途中ですまないが、ここらで休戦しないか?」 「突然だな王子よ。休戦も何も、我々の国はお前たちによって滅ぼされたんだぞ。休戦も何も、国家がなければ約束などできん」 「確かにそれが真理だ。国がなければ条約や講和などの約束事を結べない。しかし、もし()()()()()()()()()()()()()()()というならどうだ?」 「ッ……正気かスターツ王子? その言葉が意味することを、お前は理解しているのか!」 「もちろん。今はスパルタを占領し続ける余裕などないからな。一刻も早く本国に戻らなくてはならない。だが…」  提案された休戦の条件が破格過ぎて飲みたくなるが、スパルタ王国が滅亡した今テレクロスは王ではなく、アーカディア王国の一市民に過ぎない。元王族という身分のため、侵略戦争の戦利品として処断し見せしめにすることも珍しくない。スパルタという文化を破壊してこの世から消滅することだってあり得る。  それに占領した土地をあっけなく手放すどころか独立を認めるなど、テレクロスにとっては虫が良すぎる話。理解が追いつかずスターツを問い詰めるも、彼は「父王が死んで次の王を決めることに集中したいので返すね」と、明らかにスターツ側には損しかない条件を平気で告げた。 「侵略した土地を自国の都合ですぐに返還するのは、侵略戦争を否定しているように感じてしまう」  だがここでリュカイオンによる拡大政策がスターツの最善策を遮る。  スターツがスパルタ王国の独立を認めると、アーカディア王国による侵攻の正当性がなくなってしまう。王が自ら侵攻した土地をタダで手放すことは王に背くことに繋がり、下手したら王位継承から遠ざかってしまう。  けれどもスターツの脳裏にスパルタの文化を淘汰する選択肢はなかった。 (精強無比なスパルタ戦士を組み込めば、今後の侵略戦争で優位に立てる。国の発展に大きく貢献してくれる。何より、兵士たちにとって目指すべき人物像が見えて誰もが目指そうとする)  戦争を通じて、スパルタという国の源泉と思想、人間性を目にしたことで、今後の侵略には欠かせない人材だと認識したからだ。それも長期間戦場にいても疲労が溜まりにくい、身体能力が桁外れ、武術や体術などの武勇に優れている者がたくさんいる。  スターツとしてはリュカイオンが侵攻した土地を手放さずに占領を続けたい。しかし彼が死んだことで王位が空白になると、もう一人の王子が野心を露にする可能性が高く備える必要がある。スターツが掌握している軍事力は、メッセニア戦争に従軍した五千と王都にいる数千のみ。もう一人の王子エラトスは不明だが、おそらく損耗したスターツよりは多いと仮定すると何とも心持たない。  スパルタの占領を続けたまま少ない戦力でエラトスと戦うか、スパルタを独立させて万全な戦力でエラトスと戦うか。このどちらかを今決断しなければならないのが、周囲を取り囲む群衆から一人の少女が前に出た。 「私に考えがあります。スターツは王位継承戦に集中できて先王の威光に背かない、テレクロス王は立場を失われない。そんな欲張りセットな案があります」 「リーフィルか。興味深いことを唱えるが、一度に全員が納得できる考えなどあるのか?」 「勿論です。そうでなければ態々二人の前に出てまで説明しませんよ♪」  会談する二人を挟むように現れたリーフィルは、自信満々な笑みでスターツに提案しようとした。すると横から「ちょっと待った」の声が響いてくる。近くで会話を聞いていたテレクロスがリーフィルの姿を見て、「誰だ?」とばかりに首を傾げる。 「王子よ、その娘は何者だ? 先の皇女みたいな立場の者か?」 「違う。こいつはリーフィル。俺の幼馴染で軍の作戦立案を担当している。何か閃いたのか?」 「その通りよ。初めましてテレクロス王。私はリーフィル・ディーテと言います。さっそくですが二人に提案があります」 「提案?」  彼女から発している言葉に疑問を抱きつつも、細く鋭い眼差しをリーフィルに向けるテレクロス。戦士の王から放出される緊迫した雰囲気に怯みそうになるが、スターツの姿を見て平常心を保った。 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のはどうでしょう?」 「…ほう。独立ではなく自治領か」 「…ん? 娘よ、自治領とは何だ? 独立とは何が違うのだ?」  幼馴染の説明を聞いたスターツは関心を示し、テレクロスは頭に?が浮かんだ。 「ではお聞きしますが、王は侵略した土地の住民を政治に参加させていますか?」 「論外だな。全員奴隷身分(ヘイロタイ)に落として農業に従事させている。勝者たる我々スパルタ戦士が政治を司るのは当然のこと。敗者は大人しく我々が決めたことをすればいい。幸い農業の人手は多いに越したことはないさ」 「当然そのような考え方になりますよね。このように、侵略先の住民が政治に参加する権利を与えられていない地域を総称して植民地と言います。簡潔に言うと、獲得した土地は全て植民地というわけです」 「なるほど。己の実力で奪い取った土地を植民地と言うわけか」  肥沃な土地を求めて領土を拡張し続けたスパルタは、侵略するたびに自国に組み込んでいた。抵抗する気が沸かないように武器を没収し、団結しないように辺境に離散させる。そこに地元民の意向が反映されるわけがなく、ただ支配者の都合によって振り回される地域だ。 「けど占領した土地を維持するには、反乱防止のため一定数の兵士を駐屯させる必要があります。国の軍事力の一部をその地域に割かないと反乱が勃発して、数の力で勢いが増してしまいます。しかしなぜ彼らは反乱を起こしたか、分かりますか?」 「知らんな。弱者は強者によって淘汰されて当たり前だ。大人しく我々の決定に従っていれば悪い扱いにしなくて済むものの」 「強者が一方的に政策を決めること自体は悪いことではありません。しかし問題は、占領した地域に合う政策を常に実行できるかという点です」  農林水産を例に挙げてみよう。ギリシア世界では収穫物の一部を各国の王に献上する決まりになっている。この方法自体は悪いことではない。しかし徴収する量が多ければ民衆に残る量は少なくなり、「どうせまた搾取される」という諦観の念が広がることで、次第に農林水産への意欲が低下するだろう。  しかも農林水産は自然と深く密接な関係で、その年の天候次第で収穫量がかなり増減する、非常にデリケートな業種である。一定の収穫量を毎年維持できれば理想だが、ばらつきがあるのは当然だ。収穫物の一定数を徴収するか、増加した量に比例して徴収量を増やすか。それぞれの土地に見合った徴収方法でなければ住民は不満を抱きやすく、瞬く間に反乱という火種がスパルタ全土に蒔かれるだろう。 「そこで自治領という方法の出番です。神の沙汰は神官が知る。その土地に詳しい人を役人に任命して私たちに代わって治めさせるのよ」 「本国から役人を派遣しないで地元民から決めるのか? それこそありえない。奴らが勝手に独立するかもしれないんだぞ」 「ごもっともです。侵略しておきながら『じゃあこの土地を俺たちに代わって治めてね。それと税の取り立てもやっといて。年一回回収に来るから』と丸投げされても言うことを聞かないのがオチです。ではどうするか。彼等の待遇をよくするのが先決ですよ」  征服した住民への対応方法として、リーフィルはある文の内容に従うように心がけている。 『衣食足りて礼節を知り、秩序満ちて安定に暮らし、集団入りて安心に満ち、実力付けて承認を得て、全て感じて理想を求める』  生活が豊かになれば心に余裕が生まれ礼儀や節度を知ることができるようになる意味で、リーフィルは以下の五つに分解した。  衣食足りて礼節を知る。収穫する度に大量に徴収されてしまえば生きていくのもやっとだ。満足な食事にありつけない人々の心は荒んでいき、気性が荒くなってしまう。特に不毛な土地の場合は無税にする方が安上がりだ。  秩序満ちて安定に暮らす。誰もが危険な場所で生活したいとは思わない。城壁や崖を築き、その中を居住地にすれば夜行性の動物に襲われず熟睡することができる。また軍事面でも一カ所に防備を固めれば効率が良くなるのも利点だ。  集団入りて安心に満ちる。人は孤独や不安を感じやすく誰かと一緒にいたい生き物だ。家族や地元などの集団に所属して安心したいと願う者。就労先を斡旋(あっせん)して働き口に困らなければ自然と受け入れて信頼されやすくなる。  実力付けて承認を得る。組織に所属する人は誰かに認められたいと思う者。能力を身につけ実力を示して結果を出すことで周囲から認められやすくなる。実力のある者を将軍や執政官、貴族として取り立てることで認めてくれると感じ、自ら率先して成長することに繋がる。  全て感じて理想を求める。自分にしかできない事を成し遂げたい、自分らしい振る舞いをして生きていきたいと思う者。しかし一歩間違えれば野心に繋がり反乱を勃発させやすくなるので要注意だ。  以降これは『人類が秘める五箇条の欲求段階』として、世界各地の王族が学習する帝王学に採用されることになるがそれは内緒だ。 「ならば奴隷身分(ヘイロタイ)の待遇もよくさせろというのか? そんなことでもしたらラケダイモン人や半自由市民(ペリオイコイ)が黙っていないぞ」 「そこまでしなくていいです。あくまで衣食住さえ足りていれば労働力が持続しますので、その三つに気を付けてさえいれば問題ありません」 「そ、そうか…なら安心した。てっきりスパルタ全土の住民の待遇を一気に引き上げるのかと思ったからな」 「最低限生活が保障できれば失う余裕ができて無謀なことに手は出しにくいでしょう。それと役人を起用するとしたら、地元で顔が利いている豪族などの有力者がおすすめよ。住民への影響度が高く融通が利きやすいから」  自分より二回り以上低い年齢の少女から領土経営の基礎を教わるテレクロス。武勇しか頭になかった彼は敵は皆殺し、奪える者はとことん奪うという典型的な軍人だったために経営という専門的な知識が欠けていた。  リーフィルの説明を受ける当初は「なぜ俺がこんな小娘から学ばなければならないんだ」と腹立たしそうに思っていたが、彼女の素人でも分かりやすい説明と親身になって教わる姿勢、不機嫌な自分と接しているのに嫌な顔せず対応してくれることに心が温かくなるのを感じた。またどうでもいいプライドを掲げていた、精神的に未熟な自分を秘かに恥じた。 「武勇と違って手順が複雑なんだな…。今更だが聞きたいことがある」 「何か分からないことでもありました?」 「どうしてスパルタの土地を自治領にすることにしたんだ。王子はいち早く本国に戻りたいと言っていたが…」 「理由は単純ですよ。スパルタを統治するもの、つまり総督に()()()()()()()()()()()()()ですもの」 「……は?」  何を言っているんだこの娘は? と言わんばかりの疑念を抱くテレクロス。 「…リーフィルそれマジで言ってる?」  スターツもテレクロスの総督就任は初耳だったようで思わず疑ってしまう。 「マジです。テレクロス王を始めとするスパルタ軍を組み込むことで、アーカディア軍の大半を王都に帰還させることが可能です。しかも侵略してあのスパルタを占領したことになりますので、先王の偉業が水泡とならなくてもいいのは大きいです!」  もし自治領として定めれば最低限の兵力をスパルタに駐屯させ、残りを王都に帰還させて王位継承の内乱に備えることができる。しかもリュカイオンが成し得たスパルタの征服を無かったことにしなくて済み、スターツは貴族からの支持を得やすくなる。テレクロスもただの一市民としてではなく、アーカディア王国の初総督として再びスパルタを治める。  有能な人材を失わずに配置するという、スターツとリーフィルの理想に大きく近づいたのだ。 「どうだろうテレクロス王。互いのために、ここは一度納得してくれないだろうか…」 「俺たちは死力を尽くして戦い抜き、ようやく決着が付いた。ラケダイモン人の意地を示すことができただけでも、良しとするか…」 「二人とも決まりましたね。では新たにこの場で条約を結びましょうか!」  こうしてスパルタ、ピュロス、後に参戦したアーカディアの戦争は終結した。ピュロス軍はスパルタ軍とアーカディア軍によって壊滅的な被害を出して領土を大幅に後退した。スパルタ軍も乱入したアーカディア軍との一進一退の攻防を繰り広げたことで消耗が激しくなり、その隙に狙われたスパルタの王都が陥落したためスパルタ王国は滅亡した。  戦争介入前にリーフィルが唱えた漁夫の利は一応の成功を収めた。しかしスパルタの王都に侵攻した国王リュカイオンと第一王子ニュクティモスが残党によって戦死したことで、完全に占領することは困難と判断したスターツは旧スパルタ王国の王テレクロスと会談を開き条約を結んだ。その内容は次の通りとなった。 ・スパルタ自治領の境界は、旧スパルタ王国の国境とする ・スパルタ自治領の総督は、必ずラケダイモン人から選出する ・スパルタ自治領の総督の任期は五年とする ・スパルタ自治領の政治と経済は自由だが、外交権と軍事権はアーカディア王国に帰属する  後に『メッセニア条約』と名称がつけられ、アーカディア王国の発展に大きく影響したと記録が記されている。  余談だが、会談を終えて総督府が設置された旧王都スパルタに帰還したテレクロスはこう洩らす。 「エリスピアの皇女といいアーカディアの参謀娘といい、他国の子供は優秀な人材が多いな…」  誇り高きラケダイモン人がいかに脳筋であるかを目の当たりにしてしまったテレクロスは、しばらく放心状態が続いていたとか。  第42話 メッセニア条約の挿絵1

ピュロス王国の小ささときたら、まさに都市国家(ポリス)だろw

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