アルカディア戦記〜白銀の王スターツ〜

読了目安時間:7分

第20話 アルカメネスの受難

「何とか乗り越えたか...」  スパルタ軍左翼を率いるアルカメネスは、敵の重装騎兵によって瓦解した陣形を整えようと奔走する副官を見ながら呟く。左翼はアーカディア軍の将軍クリュサオルによって列の奥深くまで崩されてしまい、およそ三分の一が戦死してしまうという大損害を被った。  騎馬突撃によって陣形は崩壊したが、ただで転ばないのがスパルタ戦士。部下に指示を送った後、戻ってきた副官がアルカメネスにある提案をした。 「アルカメネス様、我々左翼の被害は甚大です。一度体勢を立て直し、右翼と連携を取りながら敵の密集陣形(ファランクス)」を挟み撃ちにしましょう」 「俺も同じ考えだ。だが、このまま突撃してもバラバラになり、陣形の意味などない。おそらく右翼も同じ考えだろう、向こうから伝令が来るまで待機せよ」 「承知しました。左翼の再編を急がせます」 「頼りにしてるぞ? アリムネストスよ」 「はっ。全力を持ってご期待に応えましょう」  そう指示すると、アリムネストスと呼ばれた副官は一礼して急ぐように再び陣営に戻っていった。その光景を眺めながら、アルカメネスは戦場中央で激しい戦闘を展開する二人のうち、敵方の少年に視線を移す。 (父上は中央で総大将らしき少年と一騎打ちを始めたが、彼は何者なんだ?)  身なりから敵軍を率いる総大将だと把握するも、アルカメネスを含む戦士が敵国の王子だということに気づいていない。速さに乗せた斬撃がテレクロスに接近するごとに、少年ごと吹き飛ばす重い一撃を食らわせる。そんな戦況を五合、十合と数えながら少年の武装に着目すると、ある素朴な疑問が浮かび上がった。 (彼は神器を持っていないのか? にも関わらず長く父上と()り合えているとは、素の実力は我々スパルタ戦士にも劣らないな)  多種多様に存在する神器だが、一つ共通点が存在している。明らかに特徴的な外装が施されていることだ。神器の名称や外見を知らない人が見ても、いかにも希少で強力そうな物だと判断できる代物だ。しかし少年が装備しているのは、今使用している白銀に輝く剣だけ。  それが、どんなに不利な状態でも、使い方次第で一瞬のうちに勝敗が決まる神器を所有する相手に善戦していた。おそらく父が遊び半分で子供の駄々を受け止めている気分かもしれないが、敵わない相手に何度も立ち向かうのは並大抵のことではない。 (そういえば父も、身体能力ではスパルタ戦士の中でも平凡だったな)  テレクロスを倒そうと何度でも挑む少年を見続けていたアルカメネスは、本国にいた頃を追憶する。  神器を所持したばかりの父が、国内で最強クラスの戦士と決闘していたのを見たことがあった。超常の力を秘める神器は、スパルタで最強の戦士が持つに相応しいという理由で父に反抗していたことが理由だが、アルカメネスも当時はそう思っていた。戦士は棒術、盾の運用法、体術など武術においてテレクロスをも上回る実力を持ち、まさに最強クラスの一角を担うに値する。  もちろん父が勝つと思っていた俺だが、彼の戦士の実力も耳にしていたので正直不安だった。万が一父が敗れるようなことがあれば、王の威厳が無くなり最悪王家は潰されていただろう。ところが、その心配は杞憂に終わった。  怒涛の勢いで襲い掛かる槍捌きに対し、父は最初から神器の能力を開放し、槍ごと戦士の武装を全て破壊していたのだ。一瞬で戦闘不能になった彼は非常に狼狽(ろうばい)し、二度と父に反抗せず当初とは思えないほどの従順ぶりを発揮した。  戦士としての才能、素質、過程、工夫、経験が、圧倒的な力を秘める神器の前には、悉く役に立たない。 (俺だったら終始押されて戦死するかもしれない。だからこそ惜しい人材よ。神器のない彼に、父を倒す方法など存在しないから)  それなのに、なぜ俺は彼を見ていると心がワクワクするのだろう。声に出して応援したいのだろうか。()()()()()()()()()()()。  心に残る表現しづらいしこりを口にしようとしたが、彼の下に駆け付けた兵によって不発に終わった。 「アルカメネス様! 右翼の準備が整ったとのことです!」 「よしっ! 敵の側面に向けて突撃せよ!」  一糸乱れぬ動きで『コ』の字の形に整えると、両翼の縦陣を突出させてアーカディア軍密集陣形(ファランクス)の側面に到着し、両翼を包囲する陣形を構成する。  俺らも続けとばかりに中央の陣も前進するが、スターツとテレクロスが繰り広げる一騎打ちの迫力が強すぎて近づけず、その場で二の足を踏むに留まる。 「このまま一気に押し潰せ! 我らの勝利は目前だ!」 「「「おおおおおっ!」」」  圧力を掛けるべく、縦陣の後ろ半分を解散させてスパルタ戦士が一斉に走る。左側面から矢を降らせる軽装騎兵に向かったり、一直線に前方の左側に駆け付けたり。四散しているため一見規則性がないように思われるが、相手を油断させるための力技であり、地力に優れるスパルタ軍にしかできない戦術だ。  バラバラに動く彼らだったが、最終的には左側に整然と布陣し、一瞬で密集陣形(ファランクス)の陣形に戻った。新たな横陣は進軍方向から見て、縦六十七、横十二列で兵数八百四。対してアーカディア軍密集陣形(ファランクス)は、縦七、横十五列で兵数百五。  数の多さが勝敗を左右する陣形同士のぶつかり合いにおいて、およそ七倍以上の圧倒的兵力差を誇るスパルタ軍。  歩兵一人一人の実力高い密集陣形(ファランクス)は、側面に突撃を仕掛けられ方向転換に手間取るアーカディア軍など敵ではない。  敵の体制が整う前に勝負を決めるのは至極当然のことで、隙間のない生物の如く衝突した。  丸形盾(ホプロン)丸形盾(ホプロン)がぶつかり合い発生する金属が擦れた鈍い音。押して押されの一進一退を繰り返す力業。二列目の兵たちが丸形盾(ホプロン)と甲冑の間隙を狙い、拭うように刺突する。内臓まで達して地面に倒れる負傷者。刹那、集団によって踏まれ人間だったものは肉塊と化す。肉塊のほとんどはアーカディア軍の兵士だったもので、現在進行形でその割合を増やしつつある。  密集陣形(ファランクス)同士のぶつかり合いの結果は、火を見るよりも明らかだった。  練度が低く体制を整えきれないアーカディア軍はさらに数を減らすことになるも、前後からの包囲を受けていないので辛うじて全滅を免れる。両翼のみとはいえ包囲し、一方的に殺戮したことでスパルタ軍による意趣返しは成功に終わった。  戦況はアーカディア軍の劣勢で、密集陣形(ファランクス)の縦も残り五つとなった時にそれはきた。  包囲する軽装騎兵とは()()()から、白銀に光る鋭利な弾丸が射出しスパルタ戦士の背中を貫く。中心を射られた者はこと切れたように倒れ、前方にいた者も急激に感じた背中の重さに反応しきれずその下敷きとなる。ドミノ倒しのように連鎖的に倒れ逝くそれは、軍事が生み出した芸術の産物であった。  自軍が続々と戦闘不能になる現象を目の当たりにしたアリムネストスは、神の奇跡が起きたかのような錯覚を感じずにはいられなかった。目を奪われてしまうその光景を脳裏に焼き付けようとするが、既の所で思い留まり首を勢いよく振り眉間に皺を寄せながら怒鳴った。 「なんだ!? いったい何が起こっている!」 「アリムネストス様! 後方から敵襲です! 兵種は軽装騎兵、その数およそ五百!」 「軽装騎兵なら今も包囲しているだろ! そちらで随時対処しろと言わなかったか!」 「いえ、包囲している軽装騎兵とは別の騎兵なのですが...」 「ならば返り討ちにすればいいだけの話! 何をもたもたしとるか!?」 「もちろん我々も迎撃しています! しかし...」  報告する兵が途中で(ども)りアリムネストスの怒りを買うも、兵が恐る恐る後ろを振り向いたのに気づき釣られるように目線を移すと、とんでもないことが起こっていた。 「おい...あいつらは何をしているのだ!? ()()()()()()()()()()()()とか、ふざけるのもいい加減にしろ!」 「非常に言葉にしにくいのですが、何と言いますか...」  アリムネストスと兵が意味不明な行動をとる戦士たちを眺めていた。見たところ生きてはいる。外傷もなし。ただ糸の切れた人形のように、踏ん張っている脚以外の力が全て抜けていた。 「ぁ......ぁ」  耳を傾けて聞くと、細く漏れる声が聞こえる。よく観察してみると、頬は朱色に上気し、瞳は正面とは別の方向を向いて焦点を合わせていない。生体(ゾンビ)とも言えない生体(人形)が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。  見覚えのない症状を発する彼らを見て、兵は推測したある原因を口にした。 「おそらく、操られています」 「…は?」  それを聞いたアリムネストスは、思わず疑問を抱くほかなかった。

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