アルカディア戦記〜白銀の王スターツ〜

読了目安時間:11分

スパルタ軍の若き戦士レオニダス回です。

第29話 勇猛なる若き戦士

 突然の奇襲と予想外な状況に、スパルタ軍左翼の後方は混沌としていた。 「寝返った奴らはもはや戦士にあらず! 敵もろとも討ち果たせ!」 「これしきの事で支配されるスパルタ戦士などおらぬわ! いつ通りに武功を挙げよ!」  最前線で指揮を執るアルカメネスとアリムネストスは、動揺する自軍へ命令を下す。数刻前まで肩を並べて戦った同胞とまさか敵対するとは思わず、二人は檄を飛ばすが表情に陰りが出ていた。  急速に接近した軽装騎兵から放たれる銀矢によって仲間が討ち取られていく中、レオニダスは耐え凌ぐ。先ほどまで密集陣形(ファランクス)の最前線で武功を挙げていたが、解散して走った時に付近の敵を交戦したため遅れて最後尾になっていた。  再度密集陣形(ファランクス)を組んで矢を防ぐが、騎射の技術が優れているのか、盾と盾の間隙を縫うように貫通していく。  スパルタ戦士は兜と盾以外の防具を装着していない。臙脂色のマントの内側は裸体で、誰もが彫刻美のように鍛え上げられた肉体を披露している。どのような過酷な環境に適応するようにという理由から装備していないが、隙間を掻い潜った矢は無防備な彼らの胴体に突き刺さる。  刺さった深さが浅い者もいれば、不幸にも臓器に到達した人もいる。わずかではあるが、戦死した人もいる。冥府への片道切符を掴まされないように、レオニダスは自分に飛来する矢を盾で防いだり、隙あらば槍で払ったりした。 「ぐっ! 矢の勢いが収まらない! それに同胞と戦うことになろうとは…」 「無駄に考えるな! あれは同胞ではない! 同胞を騙った敵のスパイと思えばいい!」 「けどこの強さは間違いなく、同胞でなければ繰り出せないはずだ! 騎馬しか取り柄のないアルカディア人が、歩兵でも強いなんてことはありえない!」 「それはお主の知見が狭いだけじゃ! 世界は、我々が知らないことの方が多すぎるくらいにな! ならば乗馬に優れるアルカディア人の武勇が劣っているはずなどなかろう!」 「そういうことにするよ!」  初老に差し掛かる年長者ラトスと二人組(デュオ)を組むと、軽口を叩きながら迫りくる傀儡(スパルタ)戦士を刺殺、薙ぎ払い、吹き飛ばす。  ラトスとレオニダスは薄々気づいているが、傀儡戦士の正体はスパルタ戦士である。空から糸が垂れているように俯く彼らだが、標的を定めると覚束ない足取りから一変、獲物を狙う獰猛な表情へと豹変する。  時折刺突した槍が盾に弾かれその隙に別方向から狙われるも、隣にいたラトスが凶刃を盾で受け止める。突き刺した敵の槍は勢い余ったせいで抜けにくくなるも、無防備な状態を逃さずに腰の短剣で喉を抉る。  ラトスはそれを瞬殺すると続けざまに槍を弾かれた戦士を突き立てる。心臓に刺した槍を抜くと勢いよく噴きあがる鮮血が地面を赤く染める。 「後方に控えた同胞たち、よくぞ防いでくれた! 反転して奇襲部隊を葬れ!」  敵の第一波を抑え込んだ直後に、本来いるはずのない人物がやってきた。 「アルカメネス様だ!」 「おお! ということは前線の敵は片づけられたのか!」 「背後からでないと仕掛けられない惰弱な敵を、今ここで一掃しましょうぞ!」  スパルタ王族の強さは戦士たちの間では周知のとおり。自分たちを率いるに相応しい御方だからこそ、どんな命令でも順守している。 「前線は副官に任せている! 奇襲してきた騎兵はおよそ五百だが、見たところ軽装で突破力はない! まずは陣形を維持しておけ!」 「「「はっ!」」」 「ラトス、レオニダス! お前たちに重要な任務を与える! (しば)しこっちにこい!」 「「了解!」」 「いよいよ例の二人組(デュオ)が解き放たれるぞ!」 「ああ! 戦闘の幅を広めてくれたラトスと、今年成人したばかりの期待の新星レオニダス! この二人なら成し遂げてくれるさ!」  今年成人したスパルタ戦士は数百人いるが、レオニダスはその中でも抜群の強さを秘めており、特に武芸がずば抜けている。剣のような刀剣武器や槍といった長柄武器みたいな、技巧が必要な武器を難なくこなす実力を持つ。  それに加えて二人組(デュオ)を組んでいるラトスは全身を余すことなく使う体術に優れ、近接戦闘の間合いの取り方や駆け引きなど一種の心理戦を組み合わせながら戦うので、敵からすると倒しにくい。  ラトスのような駆け引きや人間の心理を利用するような頭脳戦を、スパルタ社会は当初受け入れなかった。良くも悪くも脳筋集団の彼らは、戦闘で頭を使う機会がほとんどなく、戦場で小細工を弄するのは弱者のすることだと浸透していたからだ。  この状況が続けば戦闘の幅が広がらず、いずれ対策を打たれてしまうことを危惧したラトスは、自ら体術を習得して当時二人組(デュオ)を組んでいたスパルタ戦士と一騎打ちした。相手は未成年だが、技巧派戦士として名の知れた人で筋力や体力では到底敵わないだろう。事実一騎打ちに群がる野次馬のほとんどが未成年の戦士が勝つだろうと確信していた。  しかし一騎打ちの結果に相手はもちろん野次馬の予想を裏切った。ラトスの足捌きと動作の緩急に翻弄され、未成年の戦士は本来の技量で槍を振るうも躱すか弾かれてしまう。薙ぎ払いやしなりを利用した叩き付ける動作を繰り出すも、悉くいなして懐に強烈な一撃を入れられる。  さらに追い打ちをかけるように中段蹴り(ミドルキック)を繰り出し、無防備な腹部に命中する。未成年の戦士よりも小柄でそこまで筋肉質には見えないラトスの一撃は非常に重く、思い切り吹き飛ばされてしまう。  それ以降ラトスの体術を習得する者は後を絶えず、数週間は休まる日が訪れなかった。ひたすら目の前の敵を撃破するしか頭になかった戦士たちは、個人差はあれど体術や駆け引きといった頭脳戦を習得することに成功した。スパルタ王国初の武術の誕生である。  この武術の習得は未成年の間で急速に広がり、先まで一騎打ちをした未成年の戦士、レオニダスも例外ではない。同世代より実力のある彼もラトスに師事し、およそ二か月経過する頃にはスパルタ戦士でも断トツの強さを誇るようになった。まさに脳筋に知恵である。 『すごいな若人! 何処までも高みを目指す獰猛な瞳、貪欲に武術を吸収する向上心の高さ。 儂はそんなお主を気に入った! 是非とも二人組(デュオ)を組まないか?』  レオニダスの急速な成長と飛躍に注目したラトスは二人組(デュオ)組まないかと提案する。  デュオとは若者と年長者が組む二人組の通称だ。体力と持久力に優れるが精神が未熟で直情的な若者を、経験豊富で物事を俯瞰(ふかん)的に眺めて諭すが体力や持久力に乏しい年長者。  互いの長所を伸ばしつつも短所を打ち消す理想的な二人組(デュオ)は、軍隊の編成ではかなり画期的なものだった。当時のスパルタ王は即採用しスパルタ軍を根本から再編成することで、より柔軟性に富んだ戦術を可能とした。 『師匠と組めるなんて光栄です。喜んでお引き受けしましょう』  師と仰ぐラトスの申し出を断る理由などなく、レオニダスはすぐに承諾した。後にスパルタ最強と呼称される二人組(デュオ)の誕生である。  彼らの他にも複数の二人組(デュオ)密集陣形(ファランクス)の前に出て散兵戦術にて傀儡戦士と衝突する。実力や技量が互角で同胞なので手の内は筒抜けているため、スパルタ戦士が傀儡戦士を撃破するのに掛かる時間は倍になる。  彼らは同胞を寝返らせた敵の正体が、自分たちより遥かに年下であることを知らない。敵はどのくらいいるのか、操られている人は他にもいるのかと、スパルタ軍内で不安が蔓延している。  しかし刻一刻と戦況が変わりゆく戦場では、不安が解消されるまで待つわけがない。恍惚(こうこつ)でだらしない表情を浮かべる傀儡戦士の頭蓋を叩きつけて地に墜とし気絶させる者もいれば、容赦なく槍で穿ち絶命させる者もいる。油断したり情けを掛ける者は、たちまち傀儡の餌食となった。  軽装騎兵、スパルタ戦士双方の視界から傀儡戦士の姿を視認できなくなったのは、両軍が激突してから一時間近くが経過した時だった。 「もう人形はいなくなったの? では皆さんの出番です。迂回しながら騎乗斉射して下さい」 「それでは隊列が薄くなり虚を衝かれやすくなります。一度背を向けながら騎射し、油断させた隙に敵陣の左側を迂回して本陣に後退すべきと具申します」  早々に後退してスターツに会いたいリーフィルは距離を短めにした作戦を伝えるが、それを遮ったのはタナオスだ。リーフィルの表情が一瞬曇るが、紡がれるタナオスの言葉にその意図を感じた。 「スターツ様と合流したいのは私とて同じです。ですが軍師とはいついかなる状況でも俯瞰的な視点を崩してはなりません。遥か東の言葉で『急がば回れ』があります。ここはひとまず確実な策を取るべきです」 「…分かりました。騎兵運用に詳しいタナオスさんの案に異論ありません。そのように手配してください」 「承知しました」  一時的とはいえ味方にした傀儡戦士の壊滅に、スパルタ戦士を操ったリーフィルは指示を下す。  軽装騎兵は待ち構える彼らを一瞥するや否や、突如反転した。スパルタ軍から見ると背を向けている騎兵隊の姿に、彼らは大小さまざまな反応を示す。 「おい、奴ら背を向けてるぞ!」 「きっと俺たちへの奇襲に失敗したから撤退するんだろう」 「とすると、追撃を掛けるチャンスが到来ということか!」 「いや待て、アルカメネス様は陣形を維持したままとおっしゃってたぞ」 「ならこのまま敵が逃げるのを眺めているだけでいいのか!」 「俺に言うなよ。文句なら上に言ってくれ」  追撃すべしと現状維持すべしの二つに意見が割れているが、共通することは敵が後退している事実のみ。 「最前線で構える二人組(デュオ)たちよ! 今が追撃を仕掛ける好機だ! アキレウスの如き神速で騎兵隊を撃破しろ!」 「「「よっしゃあ!」」」  チャンスと見たアルカメネスはすぐさま追撃の号令を出し、軍内でも特に二人組(デュオ)の士気が急上昇した。獰猛な肉食動物のように獲物を捉えるスパルタ戦士の狙いは言うまでもなく、騎兵隊に定まる。  足腰に力を入れて駆けだした彼らは、一瞬にして密集陣形(ファランクス)から剥がれていく。厳格なまでに鍛え上がられた肉体は想像以上に軽く、限界までに筋肉や脂肪がそぎ落とされているため走力が非常に高い。もちろん騎馬には敵わないが、それでも一般の兵よりも圧倒的に速い彼らとの間隔は容易に引き剥がされるものではない。 「リーフィル様の想定通りですね。全軍斉射開始!」  だがその速さは、全力で駆け抜けている場合にのみ適用される。戦線から離脱する最中に、騎兵隊は一斉に背後を振り返った姿勢で追撃してきたスパルタ戦士らに騎射を浴びせる。 「ぬう…まさか後退中に矢を射るとは」 「これでは矢に気を取られて全速力で追撃できないぞ!」 「何で敵は馬上を振り返ったまま矢を射掛けれるんだ!?」  この突然の一撃離脱戦法(ヒットアンドアウェイ)にスパルタ戦士は狼狽し、特に若人を始めとする戦士は騎兵隊のあり得ない戦法に驚嘆した。 「馬上で繰り出されるあのような射法を聞いたことはあったが…ここまで鮮麗されているとは…!」 「騎兵というのは皆ああいう戦法を繰り出せるのか!?」 「いや…よほど技量のある射手でなければできない芸当だ」  しかも騎兵隊の逃げ足には、どこか余裕が見えた。いくら全員の身体能力がずば抜けて高くても、所詮は歩兵の域を脱しない。騎兵の速さに歩兵が追いつくはずもないので余裕が生まれて当然だ。おまけに縦と槍で矢を受け切ると反動で減速せざるを得ない。ただでさえ距離が縮まらないのに減速してしまったら、どう足掻いても追いつくことは不可能だ。  騎兵隊の騎射を名付けるとすれば、騎乗背面射法(スキティアンショット)。約百五十年前に黒海北部で興隆し、今なお勢力を拡大し続ける遊牧国家(スキタイ)の名を冠する戦術だ。  追跡するスパルタ戦士に着かず離れずの距離感を維持しつつ、時折振り返りながら騎射を浴びせ続ける。両者の速度差は隔絶としているのは明確だった。 「これでは追い付けん! やむを得ん、全員撤退せよ!」  追撃しているこちら側が逆に被害を拡大していると判断したラトスは号令し、急停止して背後に転進した。  スパルタ戦士は、せっかくの好機を活かせないどころか一方的にやられたまま終わったことに悔しんだ。 「いくら武功を上げたかったが…またの機会に取っておくか」  追撃した戦士たちの先頭に立っていたレオニダスも、抱いていた感情は同様だった。悔しいが、未だ戦場にいることにハッとすると瞬時に頭を切り替える。  当初騎兵隊に追撃を仕掛けたときと同様の速度で、速やかに密集陣形(ファランクス)を組んでいる位置まで後退していく。  その直後だった。 「――――ッ!? なんだ今のは!?」  青く澄みきった空はいつの間にか黒雲が覆いつくし、刹那の黄白(おうびゃく)が天上を照らす。数秒後には人々の耳を(つんざ)く轟音が戦場全体に伝播する。鼓膜が破れそうになるくらいの雷鳴は、普通なら自然現象の類だと認識する。  しかしそれを肯定するにはあまりにも不自然だった。 「一瞬だけが黄白の閃光が地上を迸ったような気が……」  レオニダスの瞳には、光線が激戦地である戦場中央へ一直線に向かっていく光景を捉えた。そこはスパルタ軍とアーカディア軍の本隊が衝突している激戦地であり――――  ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

いつの間にか10万文字超えてました。まだまだ物語は進みますので、乞うご期待!

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