アルカディア戦記〜白銀の王スターツ〜

読了目安時間:10分

第23話 アクリタスの意地

 ピュロス王国の王族で『灰壁』の異名を持つアリストデモス・ピュロス。彼は非常に真面目な性格で、国家への忠誠心が高いメッセニア人だ。  彼はピュロス王国の西方、古都ピュロスの地で生まれた。他の男の子と変わらない、いたって普通の子供だった。  父親は、先王アンディオコスの弟であるアンドロクレス。そのため先王の実子で現国王のエウパエスとは従兄弟で、親戚関係でもある。  本来王族の兄弟は王位継承権を持ち、次期国王の座を争い内乱を引き起こすほどの存在だ。これは君主を戴く国家なら必ず起こりうる運命だ。  しかしアンディオコスとアンドロクレスは、王族の宿痾(しゅくあ)ともいえる継承権争いを引き起こさなかった。同じ母親を持ち価値観が似ていたこともあるが、兄弟で王位継承を巡り争う必要がないほど法整備が整っていたからだ。  その法制度を『男子優先長子継承制』という。継承権は男女にあるが、基本的には男子を優先する制度をいう。  その影響で宮廷内部は殺伐さとは無縁な上に、兄弟仲は良好で協力しやすい環境に恵まれた。おかげで国家運営を容易に行うことができて安定した。  アンドロクレスとその妻は王国の高官で多忙のため、日常のお世話は邸宅で働く女や子供の奴隷がしていた。  ピュロス王国のみならず、ギリシア地域のほとんどには奴隷が存在する。ある程度稼いで裕福な平民や、職場の労働力確保のために所有した職人など、一般の民衆の間でも奴隷所有が広がっていた。しかしそれはほんの一部に過ぎず、大多数は王宮が所有していた。  後世の哲学者アリストテレスは、奴隷のことを「生命ある道具」と述べた。所有された奴隷は労働に服させるが、決して劣悪な環境で酷使したわけではなかった。むしろ待遇は良く、主人の中からは保有する土地や財産を任せられる奴隷もいた。  道具を使い潰してしまったら貴重な労働力が減り、それが噂で広まり新たに所有しにくくなるリスクを把握していた証拠である。  アリストデモスは六歳になるとエウパエスの推薦で、故郷から遠く離れた王都ステニクラルスの公立学校に入学した。友人をつくり、勉学に励み、運動においても人一倍に喰いついた。真面目に文武両道を目指した結果、友人は二桁でき、成績は上の下、運動能力は自分の想像以上に磨きがかった。  全ては、次期国王である従兄(エウパエス)に仕えピュロス王国の繁栄に貢献するためだった。  ◇◇◇◇◇◇◇ 「アリストデモス様、今よろしいですか? 一つ気になる点がありまして...」 「どうしたんだ?」  混凝土(コンクリート)城の奥に陣取るアリストデモスの元に一人の兵士が駆け付ける。急報を告げに来たわけではなく、城内の様子を巡回して不審に思った点があったので、それを知らせに来た。 「さっきまで騒がしかった城壁が変に静かです。迎撃準備が整ったかと思い確認しましたが、()()()()()()()()()」 「......はっ?」  言われてみれば、城壁の方向から伝播してきた喧騒(けんそう)がいきなり聞こえなくなった。てっきり兵士の言う通りかと思っていたアリストデモスだが、それにしては静かすぎる。  戦場が荒れる前触れのように、不気味な静寂さが城内を覆いつくす。  刹那、それを(つんざ)くような声が聞こえてきた。 「伝令! 伝令! 一大事です! アリストデモス様は何処にいらっしゃいますか!?」 「ここだ! ついに敵が攻めてきたのか!」 「いえ! 城壁の兵たちの消息を掴みました!」 「まことか! それで今どこにいるんだ?」 「そ、それは......」 「どうした、早く教えてくれ!兵たちはどこにいるんだ!?」  アリストデモスは消えた兵士たちが見つかって安堵していたが、何故か伝令兵が複雑な表情を浮かべていた。残酷な真実を告げることに抵抗するように、口を閉ざす伝令兵に切羽詰まった焦り声で急かした。  観念したのか、報告する伝令兵が紡いだ内容に、周囲の者たちは耳を疑った。 「......はい。いつの間にか城外におり、()()()()()()()()()()()()()()()」 「はぁ!? 一体どうなっているんだ!」 「分かりません! 全員目が焦点に合っておらず、しかも頬を赤らめながらこちらに接近中!」 「どこの発情期だ! アクリタスにはこのことを伝えたのか⁉︎」 「はっ! ここに来る前に報告した直後、すぐに迎撃に向かいました!」 「分かった。それにしてもあいつら...!」  伝令兵の報告を聞いたアリストデモスは、拳を強く握りながら怒りに震えていた。ただでさえメッセニア戦争で総勢二万の大軍をほとんど失った上に、王国西部を防衛するために援軍として向かわねばならない。  一刻も早く急がねばならないのに、アーカディア王国が彼らを待ち伏せする。加えて自軍の半分が敵に寝返るという最悪な状況を迎えた。  真面目な性格として知られるアリストデモスは、かなりの几帳面で少しでも計画通りにいかないとイライラする人物だ。援軍に向かうという当初の計画が、敵の猛攻や味方の自滅によって兵数を減らしてしまい、すでに援軍としての体を成さなくなっていた。  目的を果たせずにいた彼のイライラは、頂点に達しようとしていた。 (スパルタ軍の強さは想定外! 隣国の介入は予想外! アーカディア軍の強さは規格外! 我が軍の脆さは論外! どれもこれも、俺の計画を妨げる者どもめ...!)  基本に忠実で型にはまった戦術を駆使し、初の防衛戦の指揮を執ったアリストデモス。基本であるので致命的なミスを犯すことはなく、自軍に明確な指示を下して士気を維持することができた。初陣にしては上々の成果だ。  だがそれは、基本という枠からはみ出さなければの話。  さらに彼の性格が几帳面であることも災いした。戦略と戦術に則り立てた計画が思い通りにいかないことは、戦場ではよくあること。その現実を突きつけられても柔軟に解決し、戦争を継続させることが名将たる所以だ。  トラブルが起こりそうな内容を含めて、計画書を作成しなければならない。大幅な時間が掛かり、作業量も多くなり、何より指揮官は常に平常心を保たなければ威厳が損なわれる。  彼の指揮官としての才能は、可もなく不可もなかった。大失敗したわけではないが、大成功を収めたわけでもない。基本にこだわり過ぎた意固地さが、几帳面さが、戦術の幅を狭めていたことを最期まで分からなかった。  ◇◇◇◇◇◇◇  城内に無数の足音が響き渡る。声を発することなく駆ける彼らの後ろを、リーフィルは歩いていた。 「正面の敵は任せるわね。徹底的に蹴散らして」 「「「はっ」」」  正門を難なく突破したリーフィルは、麾下に加えた傀儡、否――傀儡戦士(マリオネッタ)に命令を下す。彼女の号令に従い、正面の部隊に突撃した。  前から、左右から。三方向から無秩序に特攻する彼らは、かつての同僚を手にかける行為に抵抗はなかった。魅了され操り人形の彼らに心はなく、すでに死兵と化していた。  自分が傷つくことを厭わない死兵は、対峙する側からすれば非常に厄介だ。いくら攻撃が当たっても怯まずに殺しに来る彼らを相手にすれば多大な被害を被るからだ。  傀儡戦士(マリオネッタ)が繰り出す猛攻を耐え凌ぐアクリタスだが、本来ならば死兵と戦うことは愚の骨頂。将軍として経験豊富な彼がそんなことを理解してないわけではなかったが、王族を守るために迎撃するしか方法がなかった。  ピュロス軍の砦は、四方を混凝土(コンクリート)の壁で囲まれている鉄壁の城塞。城門は一カ所しかないので、守りやすく攻めにくいのが最大の特徴だ。攻守ともに一方向しか戦力を投入できず、大軍を揃えても全員が戦闘に参加させることができない。  しかし、一度均衡が崩れて城内に雪崩れ込んでしまえば、もはや戦闘どころではない。一カ所しかない城門が仇となり、脱出できずに戦死または降伏するしかなくなる。  故にアクリタスはその場に踏み留まり、次々と迫りくる死兵を迎え撃った。 「ぐぅ...厄介だな。人形になるだけでここまで強いのか!」  本人も、虚ろな瞳で襲い掛かる死兵を自慢の槍で刺殺する。一人、二人、三人と、兵士が取りこぼした敵を一人残らず蹴散らす。正面から飛び掛かる敵には槍を横に構えて防御し、後退した直後に風穴を開ける。左右から襲撃する敵は自ら後退し、二人めがけて薙ぎ払う。  その後も刺突、薙ぎ払い、叩き付けなど棒術の基本ともいえる型で死兵を冥土に送り込む。十人を撃破したところで、ピュロス兵が歓声を上げた。 「アクリタス将軍が一気に十人も討ち取ったぞ!」 「俺たちはまだまだやれる! 裏切り者どもに容赦はするな!」 「祖国に反旗を翻した意味、その身に刻んでやる!」  齢四十六とは思えない槍捌きを見せることで、劣勢に陥っている味方を鼓舞する。突然の同士討ちで戦意が低かった味方は、上官である将軍の勇姿を見て奮い立たないわけがなかった。  戦意を取り戻したピュロス兵は果敢(かかん)に死兵と斬り結ぶ。先程までのおどおどとした姿とは打って変わって、主君を守るために目の前の敵に斬撃を食らわせる。対して敵も死兵という読んで字の如く、斬られても必死に立ち上がり槍投げする。それでようやく力尽くも、急所を当てて油断していたピュロス兵はまんまと槍の餌食となった。  一時は奮起して押し切るも、死兵の激しい攻勢により再び劣勢に陥った。  城内に侵入して十分経過した頃、防戦するアクリタスの下に彼女が来た。 「楽しんでいらっしゃいますね」 「......お前が我々の兵を寝返らせたのか」 「誤解を招くようなことを仰らないでください。私の魅力に抗えない男たちが、私の願いを叶えるために従っているに過ぎませんよ?」  薄ら笑いを浮かべながら、のらりくらりとアクリタスの主張を逸らすリーフィル。同士討ちしている兵士を尻目にやってきた彼女の発言に、アクリタスは我慢の限界を超えた。 「貴様を討ち取れば、ここまでの敗戦は帳消しだ! 同士討ちをさせた罪、その身で(あがな)ってもらおう!」  先程と同様、いや、それ以上の速度で槍の刺突がリーフィルに接近する。ここまで戦争をかき乱し、味方を離反させ、あまつさえそれを手先としてピュロス軍にぶつける卑劣さが、武人としての矜持を持つアクリタスには許せなかった。 「うおおおおおおおおお!」  全身全霊を賭けた刺突が、リーフィルを穿とうと放たれる。空気を貫通するように接近する槍に対して、彼女はその場を動かなかった。瞬きをせず、()()()()()()()()()()()、ただ黙って何かを待つように(たたず)んでいた。  それを合図に、彼女の周囲から五つの黒い影がアクリタスへと殺到する。 「ぐぅ...!? 貴様......どこまで俺を...愚弄するのか...!」 「あなたこそ、いつまで寝言を呟いているの?」  執念の突きは傀儡戦士(マリオネッタ)二人の槍に阻まれ、さらに二人がアクリタスの両脇を交差させるよう串刺しにする。  そして、背後に控えていた一人がトドメとばかりに一突きした。 「ぐっ...がはぁ!」  アクリタスは背中からトゲを刺すような痛みを伴った。身体の三ヶ所を抉られ、胴体に赤黒い線が(つた)う。  吐血して赤く染まった大地に被さるように、彼はうつ伏せに倒れた。大量出血しているせいか顔面の血色が悪くなり、頬が青く変貌していく。  今にも天へ召されようとしていた。 「この人は、戦争を神聖な決闘と勘違いしてるのかしら。なら相当、時代についていけてないわ」  子供らしくない、淡々とした声を発しながら、リーフィルは重傷で倒れるアクリタスを見下ろす。彼に向けられた視線には軽蔑の色が浮かんていた。 「な...んだと...!」 「戦争なんて真正面からしたくないわよ。人も物資も資金も時間も、何もかもが消費しつくしてしまう。その割に、ご褒美は勝敗という無形の結果が記されるだけ。明らかに費用対効果(コストパフォーマンス)が見込めないのに、無駄な力を注ぐわけないじゃない」  なので、とリーフィルの説明は続く。 「領土拡大政策を採るスパルタ軍が侵攻する素振りを見せた時、千載一遇のチャンスだったわ。彼らの侵攻目的が明確だったのも助かった。だって、農作物が豊富にとれる肥沃な土地が隣にあるんだもの。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」 「なぁ...!?」 「こちらも戦力を増強し、両国が疲弊した頃を見計らい一網打尽に制圧すれば儲けもの♪ 最小限の戦力で最大限の成果を得る。これが戦争をする上での前提条件よ!」  自分の描いた戦略通りに進み、年相応の嬉しさが声で表現されているほどにご満悦のリーフィル。敵の絶望する表情が、彼女にとっては認められた証。  喜びのあまり年相応のあどけなさを表すリーフィルの周りは、陽だまりのように温かく穏やかな雰囲気を醸し出していた。  ここが戦場で、目の前に瀕死の敵将がいることを忘れてしまうように。 「...ふん...認めたくは...ない...が! これだけは...言っておこう...」  メッセニア戦争の全貌を聞かされたアクリタス。  彼は黒幕である子供に諭されたことが(かえ)って気に食わなかった。分かりやすい態度でへそを曲げるも、数刻前の覇気はない。 「俺の...負けだ...」  最期は自らの敗北を認め、瞳を閉じて静かに息を引き取った。

また主人公を置いてけぼりにしてしまった…

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