アルカディア戦記〜白銀の王スターツ〜

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第57話 スパルタ本土決戦・結

 スパルタ王国本土へ出征する三日前。 「スパルタ国内にいる奴隷身分(ヘイロタイ)たちを一斉に蜂起させる……?」 「最下層の身分である彼等に自由などありません。一生を農業などの生産活動に従事し、集落外への移動も許されない。市民による軍事訓練の一環で、彼等に対する窃盗や殺人などが起こる始末。こんな生活を送るために、畑を耕しているわけではありません。私としては、不満が溜まっている彼等を探して武器と動機を与えておきましたので,あとはこちらが目的地に到着すれば決行されます」  誰もいない暗闇の謁見の間。松明の炎に照らされて、リュカイオンは謎の人物からの提案を聞く。 「なるほど、余の侵攻と同時に一斉蜂起させるわけか。確かにそれなら奴隷身分(ヘイロタイ)を鎮圧するためにスパルタ軍は分散せざるを得なくなり、我々に対処できる兵数を少なくさせるのが貴様の狙いか」 「この方法なら通常侵攻の時より兵が少なくても済みますし、費用も掛らないので兵士の犠牲を抑えられます。戦争を長期間継続できることは、戦争好きな王にとってメリットになることはご推察の通りです」  敵国に侵攻する時、現地住民を扇動して反乱を誘発させることは戦争の定石に則っている。侵攻する際の反乱は、いわば「これからあなたの国に攻めますよ」の意味を含む挨拶代わり。規模の大小はあれど、侵略する国の大半はしかけている。  侵攻軍は反乱軍を戦力に増やせるだけでなく、防衛軍の国力と士気を低下させ、反乱を鎮圧するために軍を割かなければならない状況を、自動的に作り出す事ができる。 「戦争というのはどう工夫しても、あらゆる資源を食い尽くしてしまう。金食い虫という言葉がお似合いの、もっとも原始的かつ暴力的な政治行為よ。傍から見れば野蛮な行いだが、それに見合う報酬を得ることができる魅惑なもの。少ない損害で多くを獲得できれば文句などない」 「しかし肝心な所で失敗すれば瞬く間に国が衰退するのは、改めて伝えるまでもありません。これから侵攻するスパルタに至っては、それなりの被害を覚悟しなければなりません。だからこそ成功すれば、精強な戦士と肥沃な土地を一挙に得ることができます。逆に敗走してしまえば、再び侵攻するのに数年の時間を費やす必要があります」 「貴様に言われずとも理解しておる。今回の戦争に当てはめると、損害は大きいが利益を多く獲得(ハイリスクハイリターン)できて、なおかつ勝算があるからこそ侵略に踏み切ったんだろう? お前が閃いてあいつに提案させれば、二人を知る諸将はすぐに納得するからな」  その人物から繰り出される提案は彼にとって魅力的な内容で、リスクも低く実行に移しやすいもの。しかも万が一失敗しても損害を負うのは敵国の住民で、アーカディア王国は多少の武器を失うだけ。兵士はすぐには調達できないが、武器なら可能だ。 「しかし奴隷身分(ヘイロタイ)を武装蜂起させただけでは、スパルタ王の反応は薄いはずだ。一人で十人分の実力を誇るスパルタ戦士を擁する奴が相手では、(いささ)か力不足は否めない」 「もちろん承知しています。五万人という数は膨大ですが、スパルタ軍からしたら()()()五万人です。鎧袖一触で片付けてしまっても、なんら可笑しくありません。むしろそれが当たり前という認識で捉えるしかないですね」 「それだと火種を()いた意味がないではないか。スパルタ軍は侵攻軍五千と防衛軍五千、それと各地に散らばっている五千人の計一万五千で構成されていると聞く。スパルタ全土で一斉に勃発させたとしても、瞬く間に鎮圧されてしまうだろう」 「王の仰る通りです。侵攻軍と防衛軍は編成してから行軍するため戦力に数える必要はありません。けれども、分散する五千は奴隷身分(ヘイロタイ)を監視するのが任務でしょう。だからこそ、そこに漬け込む隙がある」 「隙だと? むしろ付け入るが隙間がないようにしか見えないが…」 「簡単なことです。私が直接彼等に赴きましょう。そして能力を行使して、彼等を人形にしてみせます」 「……はっ? 人形にする? 貴様はいったい、何を言っているのだ?」  訳がわからないと困惑するリュカイオンを尻目に、その人物は衝撃的な内容を口にする。 「長らく伝えていませんでしたが、私は神器使い(デバイサー)です」 「何だと…? まさかお前()神器を所有しているというのか!」 「はい。私の保有能力は、任意で対象を魅了させて傀儡にすることです。この力ならば戦わずに、スパルタ戦士を無力化させる事が可能です。むしろ私の奴隷にして戦力を増やすこともできます」 「なるほど、確かにそれなら非力な貴様でも奴らと渡り合えるな。だが結局一人でスパルタに潜入することになるぞ? いくら操る力があったとしても、スパルタ戦士を相手に至近距離だと何もできまい」  神器に秘められる能力は千差万別だが、発動するには一呼吸置く必要がある。敵が遠くにいる時はそれでもいいが、間近にいる場合だと隙だらけで阻止されるのがオチだ。数少ない神器使い(デバイサー)だからといって敵を侮ると、あっさり敗北することもある。 「それは承知の上です。けれども襲撃されるリスクを差し引いても、スパルタ戦士を従えるメリットはあまりにも大きいです。彼等ほどの強さなら、奴隷身分(ヘイロタイ)よりも頼もしい戦力となるはずです」 「よかろう。ならば引き続きスパルタ国内で工作活動を進めよ。決して余以外に露見するでないぞ。それが例えあいつらであっても、一切の正体を隠し通せ」 「分かりました。二人と一緒にいられないのは心苦しいですが、うまく隠しておきます。それと確認として、侵略時の進軍経路をお教え頂いてもよろしいですか?」 「よかろう。越境したらそのまま目的地の集落レリダスを訪問し、そこで貴様が申した人物と計画の最終調整を行った後に、王都スパルタに進軍する、だったか。当然だがスパルタ軍との決戦は避けられまい」 「いくら敵の侵攻軍が不在でも、精強無比な防衛軍五千が待ち受けていることは確定でしょう。開戦した後の結果は、王とニュクティモス王子の手腕に掛かっています。私にできることはここまでですので、後は皆さんの奮戦に期待するしかありません」 「貴様とてあいつのもとに馳せ参じるのだろう? なら他人事(ひとごと)でもなかろうに」 「それもそうでした。見習い軍師として、一日でも早く皆さんとの交流を深めていきたいです。戦術分野は不得手なので、周囲の人々からたくさん勉強させて頂く気持ちで戦争に身を投じる覚悟です」 「殊勝な心掛けよ。その有り余る才能を、息子のために存分に発揮させてくれ。あいつは臣下を従える才能はあるが、如何せん視野が狭くなりがちなのでな」 「ふふ、ご安心ください。王の頼みがなくても、私は自ら()()()()の目指すべき野望のために力を尽くす所存です」 「ならば余が言うべきことは何もない。宰相の義娘である貴様と、ペルサキス軍務官の嫡子。二人が一緒ならば、あいつはいずれ余を超える人物となるだろう……」 「それは、一体どういう意味ですか…?」 「直に分かる。話は以上だ。三日後の早朝に軍議を開く。内容を簡略にまとめてスターツに提言させろ。軍議後、速やかに侵攻を開始する」 「承知しました(イ・ペイリスィ・サス)」  彼の言う息子が誰であるのか、少女――リーフィルが聞き返す必要はなかった。非公式の会談は以上だとばかりに、玉座から起立したリュカイオンは睡魔を鎮めようと、寝室に向けて足を速めた。リーフィルもまた一礼し、踵を返して謁見の間を後にする。  主が不在となった謁見の間は、松明の炎が存在感を表すように、独りでに揺らめいでいた。  ◇◇◇◇◇◇◇ 「奴隷身分(ヘイロタイ)どもが反乱を起こしただと?」 「はいっ。報告によると、国内で一斉に蜂起したとの知らせが入りました。その数およそ五万に上ると思われます」  アーカディア王国とスパルタ王国による、本軍同士の決戦。互いに初めて矛を交えるこの戦争の状況は、一人のスパルタ戦士の報告を機に大きく動こうとしていた。 「多すぎるな……分散させている五千人の戦士はどうした!? あいつらなら不審な輩を連行したり殺したりするのは容易いだろ!」 「誰一人確認できませんでした! 神々の気紛れなのかは不明ですが、死体も見つかりません!」 「そんな馬鹿な話があるか! 彼等は誇り高きラケダイモン人! 野生の狼やクマの群れを瞬殺できる、最強のスパルタ戦士だぞ!? 死体はともかく、迷子による失踪者は一人もおらんわ!」  伝令による急報を聞いたニカンドロスは、自軍右翼の最前線から後退して報告を聴き取ることに集中している。烏合の衆がいくらいようとニカンドロスの敵ではないが、内容を聞いている最中だと鬱陶しく感じるようになってきたからだ。  しかし煩わしい展開は、まだ続いていた。 「右翼側面より軽装騎兵が接近! 矢による援護射撃が狙いのようです!」 「羊飼い風情が、俺に同じ手が通用しないことを忘れたか! 陽炎(カタフニア)! 白光(フェンガリ)!」  黄金色に剣身を輝かせる波状剣(フランベルジュ)を両手で構え、地面と平行に切り裂く。先程と同様に、アーカディア騎兵の進路を予測してその前方に、長剣を突き出したニカンドロスの残像を()()顕現させる。直前にに凄まじい光量を発生させることで、一瞬目眩しになりより効果が見込める。  彼の予想通り、アーカディア騎兵は突然視界を奪われて混乱し、落馬によって絶命した者が数十名。馬の胴体にしがみついて生存したものの、残存が向ける切先に恐怖を感じた馬が動かなくなり、事実上無力化した者が数百名。ニカンドロスに追いつかれ、武功の糧となった者が約百名。  アーカディア軍主力の一角である軽装騎兵を、ニカンドロスはたった一人で相手取ったのだ。光で目が眩んでしまえば、お得意の騎射戦術は意味を成さなくなる。しかも武装の関係で白兵戦は大の苦手。  故にアーカディア騎兵が勝てる理由はどこにもなく、一方的にやられただけで本陣へ後退した。一千いた部隊は、八百に減少していたのだ。  歩兵のみで構成されるスパルタ軍にとって、ニカンドロスのこの快挙は天をも衝く勢いで喜ぶ戦果だ。小柄な歩兵からしたら、速く走る騎兵の存在は巨人の如く。自分より大きい存在に恐怖を抱くのは、太古の昔から続く原始的な心理現象。それは狼やクマで見慣れたスパルタ戦士であっても、例外ではない。  言葉通りに鎧袖一触して一息つこうとするニカンドロスのもとに、新たな獲物を知らせる声が聞こえるのに時間は掛からなかった。 「報告、報告! 王はどちらへ⁉︎」 「今度はどうしたぁ⁉︎」 「敵の増援が我が軍の中央及び左翼と交戦! 兵種は重装歩兵(ホプリテス)、その数五百!」 「奴等め、痺れを切らして予備兵を投入してきたか。羊飼いの弱兵如き、何人いようが変わらないんだよ! 全軍そのまま迎撃せよ!」  急ぎの知らせが舞い込んだ事で、安息を得ていた彼の機嫌を損ねてしまう。敵の数が大した事がないと知った途端に、怒鳴り散らすような声で吠えた。奴隷身分(ヘイロタイ)の反乱に乗じて攻勢を強めるアーカディア軍の姿勢にイライラするニカンドロスも、攻勢を続ける構えを崩さない。  だけどその勢いは衰えることを知らなかった。 「なんだこいつらは⁉︎ 意外と粘り強いぞ!」 「槍捌きが、動きが、構えが、何もかも俺らと似ている…?」 「なぜ羊飼いの弱兵如きにそんな動きが⁉︎ 歩兵の練度と体力が低すぎて、俺たちについていけないはずだろ!」 「いや待てよ。仮に俺たちと同類なら、あれが絶対にあるはずだ」  敵陣後方から繰り出された重装歩兵(ホプリテス)と交戦するスパルタ戦士だが、彼等の想像以上に手練れな様子でまたもや膠着状態となった。体格や武装、足捌きなどが鏡合わせのように動いており、非常に戦いにくいことこの上ない。まるで同胞と戦っている感覚に見舞われる。  この時、一部のスパルタ戦士は無意識に直感が働いていた。自分が知っている存在と戦っていることに疑問を抱いた者たちは、刹那の間に思案して敵の武装を注意深く観察する。敵本来の兵士とスパルタ戦士(自分たち)の違いを探ろうと。兜、槍、そして―― 「見えたぞ! お前の言った通りだ! 増援が装備する丸型盾(ホプロン)に、()()Λ()()()()()()()()()()!」 「そんなまさか…嘘だろ…」 「あの五百の兵は、アーカディア兵ではなく我らの同胞だというのか…!」 「馬鹿な! あり得ない! どうやってあいつらを味方に引き込んだのだ!」  衝撃的な事実が発覚した直後、彼等から様々な反応が返ってきた。唖然、驚愕、動揺、怒号など、自分たちにとってありえない出来事が立て続けに起きている。理屈が分からず、理解が追いつかず、イライラだけが募って声に怒気を孕ませる。だがその声に説得力はなく、言葉の所々が震えて聞こえてしまっている。  二個の陣形がぶつかり合っている混戦の中に、対峙するように向かい合う二人の人間がいた。 「おい! お前たち聞こえるか! 俺だ! 一緒に共同生活送った俺だ!」 「…………」  スパルタ軍の戦士が呼びかけるも、アーカディア軍の兵士は無反応。全く聞こえていないかのような反応に、戦士はめげずにもう一度声を掛ける。 「らしくないぞお前! あの時からしつこいほど、スパルタ王に忠誠と敬意を捧げていたんだろ⁉︎ ならばなぜ王と敵対する!」 「…………」 「お前は敵に脅されて従うタマじゃねぇだろ! 俺の知るお前は、武芸一筋でここまで這い上がった、純粋で向上心溢れる魅力的な漢だということを!」 「…………」  何度も語り掛けるが、やはり無反応。必死な形相で声を大にして問い詰める戦士に対し、終始無言でハイライトのない瞳で見つめ続ける兵士。意識も自我もすでになく、ただ何者かに操られるだけの人形となった彼の成れの果て。 「そこまで口を閉ざすのなら、強引に開かせてやるよ! 覚悟しやがれ!」 「…………」  無言で何も言わない兵士に対し、我慢の限界とばかりに槍を構えて距離を縮める戦士。いつまで閉口しているのだ、早く目を覚ましてあの日のように語らおうぜ! と久方ぶりに再開した友人のようにふるまう戦士に、無口な兵士は口を閉ざしたまま槍を正面で構える。意識は無くても、目の前の敵と戦う本能はまだ残されているようだ。  二人を含めた前線の状況を伝令の報告と共に照らすニカンドロスのもとに、また新たな情報が入ってきた。 「ニカンドロス様! 敵の歩兵に同胞の姿を確認できました! 間違いなくΛ(ラムダ)印が見えます!」 「やはりそうか…あの強さなら納得するしかない。しかしどのようにしてああなった…?」  いまだに膠着状態が続く前線に投入されたアーカディア軍の予備兵五百。当初スパルタ軍は自分たちが優勢だったので陣形を押しまくっていたが、たった五百の増援によって暗雲が立ち込めてきた。五百の兵士は我先と前へ前へと進むことをに躊躇はなかった。覚悟以前に、感情の大半がなくなったため恐怖する事がないのだ。  槍が付き刺して来たら柄を掴んで折る。槍を弾き返すと懐に潜って曲刀で切断する。横薙ぎで周囲に群がる人々を跪かせる。少し離れた敵には槍を投擲して胴体を穿つ。大柄な敵には下段回し蹴り(ローキック)で体勢を崩して曲刀で一閃する。  流れるように作業感覚で死体の山を築き上げる彼等の姿を見て、ニカンドロスはうーんとない頭を捻らせる。  なぜ敵は我が軍を容易く無力化できた? 何者かに操られたとしか思えないが、それにしては数が少ない気がする。分散していた戦士は五千人で、今この場にいるのはたったの五百。一割しかいないのだが、どうしてここまで数が減った? というか操った奴は密入国後に何をしたんだ? 反乱を起こすために奴隷身分(ヘイロタイ)の集落を訪問すると、例の能力で駒を増やす。ここまでは良い。  その後に…と続けて思考を渦に潜ろうとした瞬間、脳内に何かが走った。 「っ!? そうか…そういうことだったのか…!」 「ニカンドロス様? いったいどういう意味でしょうか?」  謎が解けたとばかりに一人で喜ぶニカンドロスに、周囲にいた戦士は何事かと思いながら彼に聞く。 「我がスパルタ軍は、アギスの侵攻軍、俺たちの防衛軍、そして全土に分散するその他の軍、この三種類に分かれているだろう? どうやら敵は奴隷身分(ヘイロタイ)を反乱させるために、予めその他五千のスパルタ戦士を、なんらかの方法で無力化したようだ」 「どうやって無力化するのでしょう? 広範囲に散らばっているとはいえ、他国の兵士より遅れを取るとは思えませんが」 「推測になるのだが……洗脳や魅了といった、人間の精神に干渉して人形にするかもな。そうでなければ、一つの死体もないまま消えたことに納得がいかない。奴らが軟弱だったと結論付けるのは良いが、如何(いかん)せん都合が良すぎる」  スパルタ戦士の強さは、ギリシア世界の誰しもが知る事実。それ故戦士の中でもピンキリはあるが、他国の兵士より体力や練度が高いことは共通している。都合が良すぎると断定するのは当然の反応だ。 「なるほど。確かにそれなら、五千人のスパルタ戦士が消えたことに信憑性が湧いてきますな。一つお聞きしますが、五千人も洗脳できるのでしょうか? できたとしても、目立ちすぎて我々に見つかりやすくなる愚を、態々敵が犯しますか?」 「確かに一理あるな。俺ならそこに一工夫入れるさ。少数ずつ連れながら、我々に不満を抱く奴隷身分(ヘイロタイ)の集落を訪問する。途中、襲撃する同胞に対しては、用意していた人形をぶつけて戦わせる。人形が勝利するに越したことはないが、負けて戦死しても新しい人形を調達できるからプラマイゼロ。いや前より強い人形だから、むしろプラスになるんじゃね?」 「っ…………」  スパルタ戦士は今さらながら聞いたことを後悔した。こんな行為は悪魔の所業だ。人間の倫理観からあまりにもかけ離れている。少なくともこの世に実在してはいけない。平気で人の命を弄ぶ敵の策略に、戦士の一部は(おぞ)ましい程に恐怖が湧いた者もいる。 「本当に、この方法で五千人も葬ったのですか…? 我々に感づかれることなく、粛々と」 「確証はないがな。だが奴らが相手なら、侵略前にしても可笑しくはない。知恵比べだと我々は確実に負ける。これだけは確かだと俺は断言できる。ならこのくらいのこと、優秀な敵が閃かない訳がない」 「そうでしたか……となると、ここから正念場となるでしょう。総力戦のため、敵も我らも消耗しています。なればこそ、一瞬の判断が勝敗を左右するでしょう」 「我らの状況を確認すると、前門のアーカディア軍、後方の反乱軍か。どちらも片手間で処理できるが、どうも嫌な予感がしてならない。けれど勝つためには、目の前の敵を打ち砕くしかない」  いくら量より質を重視するスパルタ戦士でも、無尽蔵の体力がある訳ではない。長時間肉体を酷使すると動きが鈍くなるのは、人間である以上は避けられない定め。(たゆ)まぬ鍛錬を続けて忠誠心と忍耐力の高いスパルタ軍は、同胞を決して見捨てない。 「王よ! 俺もお供します! 俺達を手こずらせる強い敵は大歓迎! 主君を守り、強敵と戦える! これぞ一石二鳥に他なりません!」 「前も後ろも敵だらけ。勝機を見出せるかも分からない。だからこそ、血沸き肉躍るこの展開を待っていたんだ!」  ニカンドロスの周囲にしたスパルタ戦士が、一人、二人と決意表明をする。今まで自分たちを脅かす人や勢力を体験してこなかったが、国家存亡を懸けた此度の決戦を通じて、スパルタ軍の目的が全員に共有されて一つとなった。さらには、戦士は全員例外なく闘争を好む。自分より強い奴がいるだと? なら早速挑んでくる! とばかりに挑戦し続けている。 「よぉし! 全軍総攻撃! 我らが武威を、アーカディア王国に、ギリシア世界に示すのだ!」 「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ‼」」」」」  広大な戦場一帯に響き渡る(とき)の声。近くにいた戦士から、前線にいる部隊にまで伝播する。何度目なのか数え忘れるほどに突撃を敢行するスパルタ軍。臙脂色の外套(マント)を強風ではためかせながら、眼前の敵を討つべく足を進める。  膠着が続く最前線が大きく動こうとした時、右翼後方にいたニカンドロスの元に一人の戦士がやってきた。 「伝令! 敵の騎兵が接近中! 真っ直ぐこちらに向かってきます!」 「何? その騎兵は先程の部隊と同じか?」 「数は五百と少ないですが、馬、武装ともに同じです!」  ニカンドロスが敵陣の左翼後方を迂回して、直接本陣を叩こうと向かってくる騎兵の姿を捉える。この決戦で、彼は二度も軽装騎兵によって翻弄された。一度目は開戦直後に戦場中央を横断して、流鏑馬(やぶさめ)の要領で騎射したこと。二度目は敵軍左翼に大攻勢を仕掛けた後に、さらに外側から覆い被さるように矢の雨を降らせたこと。  そして今回で三度目の投入は、直接総大将を討つために手札を切ったのだ。 「そう何度もやられてたまるかよ…! 陽炎(カタフニア)! 白光(フェンガリ)!」  二度目と同じタイミングで、アーカディア騎兵の前方に自らの残像を三体顕現させた。馬の習性を利用した、長剣の先端を突きつける形にした彼の方法だが、すでに看破されていたのか何事もなかったかのように避けて通過する。  と思ったら、総大将(ニカンドロス)の姿を視認するとその周囲をぐるぐると回りながら、好きなように矢を浴びせる。威力の高い直射が次々と斉射されて、運が悪く丸形盾(ホプロン)の隙間を縫って命中した戦士もいる。倒れる者もいる。絶命する者もいる。三百六十度、全てに槍と丸形盾(ホプロン)を向けて待ち構える円形陣。攻撃力皆無で防御のみの陣形だが、軍隊の弱点である側背面を突かれる恐れは一切ない。  スパルタ軍の攻撃が届かないことを悟った騎兵は、調子に乗り始めて手出しをしないスパルタ軍を嘲笑する。 「へっ! まだ同じ方法で俺らと対峙しようってか? あめぇんだよ脳筋どもが!」 「白兵戦最強たるスパルタ様に、真正面から挑む馬鹿などいないわ!」 「たまには俺たち目掛けて突撃したらどうだ? 案内くらいしてやってもいいぞ?」  手加減なしの嘲弄と挑発を浴びせ続ける。自身に対する実力と誇りを持つ彼等にとっては、耐え難い屈辱であろう。矜持を汚されて黙ってはいられないだろう。敬意を抱く王を侮辱されて我慢できないだろう。  けれども彼等の王(ニカンドロス)は一切怒ることなく、淡々と次の言葉を述べる。 「そうだな。ならお望み通り、違う動きを見せてやろう。構わないなお前たち?」 「「「はっ!」」」  円形陣に立て籠もるスパルタ軍はアーカディア騎兵を撃退すべく、接近してくるのを待ち侘びた。近づくにつれて視界いっぱいに映る軽装騎兵の姿に慣れたとはいえ、大きさゆえの迫力感と威圧感は変わらない。  亀のように一切動かない敵陣を眺める隊長は、先程と同じ軍なのかを疑いたくなるような陣形を見て侮っていた。 「スパルタ戦士といえども、我々の騎兵戦術には臆したか! こんな奴らにやられた俺たちは、非常に恥ずかしいばかりだ!」  拍子抜けだった。どのくらい強いのか体感したかったのに、来てみれば甲羅の如く引き籠ったままではないか。奴らはこんなに弱かったっけ? いや、そんなことはどうでもいい。  意識を切り替えるべく、ネガティブな感情を振り払うように首を左右に振った。視界は正面、目線は敵陣の中心、獲物は橙色の男。狙いを定めると、麾下の兵士に号令する。 「全騎進め! 射程外攻撃(アウトレンジ)戦法で穿ち続け――」 「今だ! 全ての槍を投擲しろ!」  騎兵隊長が言い終わるのを待たずに、スパルタ陣営から無数の槍が飛来した。曇りがかる虚空を放物線で描く光景は、見る人が見れば迫力満点な戦争の風物詩。観客がいれば盛り上がること間違いなし。  だか逆にやられる側からすれば、たまったものではない。 「な…何だ突然⁉︎ 全騎後退! 後退ぃ!」  自分たちにめがけてくる槍など想定外で、慌てて手綱を握り方向転換を図る。走行中の馬は急転換できないため、敵陣から逸れるように少しずつ流れていく。  しかし運命は残酷だった。空から降り注ぐ貫徹槍は、吸い込まれるようにアーカディア騎兵を穿つ。鋭利な先端で胴体を抉られた馬は、悲鳴と共に横に倒れる。馬同様に槍で食い込まれたり、落馬した衝撃で天界へと旅立った兵士。  騎兵部隊から阿鼻叫喚が絶えず、喧騒な戦場に甲高い悲鳴が加わった。 「当たらなくてもいい! 騎手か馬に命中すれば、後は勝手に自滅するだけだ!」  槍の発射源であるスパルタ陣営では、円形陣の中心にいるニカンドロスが矢継ぎ早に指示を下す。高速で移動する騎兵に投擲物を命中させるのは本来至難の技だが、それをスパルタ戦士は難なくこなしている。 「よっしゃ! 敵の何割かに刺さったぞ!」 「想像以上に命中したな。それほど容易く狙いやすいのか?」  撃退されて沈みゆく敵を見て喜ぶスパルタ戦士。陣形を保っていたアーカディア騎兵は見る影もなく壊滅し、生存したのはたったの数十騎。彼等と対峙したアーカディア騎兵五百は、一度交戦しただけでかなりの損害を出してしまった。 「よし! しばらく騎兵は出撃しないだろう! 今のうちに敵本陣を――」  騎兵を多く撃退したスパルタ軍の誰もが、此度の決戦の勝利を確信した時だった。 「敵は油断してるぞ! 全軍突撃! 狙うはニカンドロスの首ただ一つ!」 「うわぁ!? 敵の奇襲だ!」 「なっ…!? いったいどこから…!」  スパルタ軍の()()から、自軍のものではない歓声が響き渡った。突然の出来事で驚愕したニカンドロスは咄嗟に振り向くと、またもや騎兵の姿が目に入った。ただし先程の騎兵とは全く異なっている。  騎手は無論、馬にまで甲冑が着用されている。白銀に煌めく重装騎兵は、天界から遣われた神聖なる軍団の如く。中でも先頭を駆ける者の姿は他と大きく異なっていた。両手両脚に白い毛皮の籠手を装着し、すれ違いざまにスパルタ戦士を一撃で葬る。白い毛皮と疾走する姿が相まって、平野を駆け抜ける狼を彷彿させられる。  柔らかく澄んでいる桔梗(ききょう)色の瞳が、獲物を逃さないとばかりに狙いを定めている。 (恐らくあいつがスパルタ王ニカンドロスに違いない)  一方のスパルタ王も、重装騎兵の先頭を疾駆する人物を見て内心呟く。 (先頭にいる白髪の奴が、アーカディア王リュカイオンだな)  二国の王が互いに顔を見合せて戦闘態勢を取った、最初で最後の瞬間だった。片や籠手を装着して殴打する、アーカディア王リュカイオン・ジ・アーカディア。片や黄金色に輝く波状剣(フランベルジュ)を装備して正面で構える、スパルタ王ニカンドロス・エウリュポン・スパルテ。  彼我の距離は徐々に短くなっていく。重装騎兵の前進は止まらず、しかもニカンドロスも道を譲らないままその場に踏み留まる。軽装騎兵より遅いとはいえ、歩兵よりダントツに速い重装騎兵はスパルタ軍との距離を、瞬く間に縮めていく。  両者は互いに得物を構え、獰猛な瞳で獲物の隙を窺う。目には見えない、周囲の者にも分からない、二人の戦いはすでに始まっている。  その後二人の王は交錯し、干戈を交えると――――  ◇◇◇◇◇◇◇ 「はぁ、はぁ、はぁ……勝った……のか……?」  全身を使って呼吸するのは、アーカディア王国の第一王子ニュクティモス・トゥ・アーカディア。身に纏うキトン、紫のヒマティオンともにボロボロにしながらも、彼の表情はどこか明るかった。口角が上がっており、目尻が下がっているのがその証拠。  エウロタス川支流で交戦している、アーカディア王国とスパルタ王国の別動隊同士による会戦。ニュクティモス率いるアーカディア軍は。スパルタ王女デスピナ・エウリュポン・スパルテ率いるスパルタ軍と対峙していた。  戦争は激戦となり、お互い総力を結集してぶつけて熾烈を極めた。槍が、矢が、石が飛び交わない時はなかった。歓声の声が鳴り止む気配はなかった。両軍ともに丸型盾(ホプロン)は目立つように変形し、兜は盛大に破損し、武具も修復不可能なくらいだった。 「ニュクティモス様……やりましたぞ……! 我が軍の……勝利です……!」 「そうか……そうか……! あのスパルタ軍に、勝ったのだな…!」 「周囲をご覧ください! 今戦場に立っているのは、どちらだと思いますか!」  側近のポイアスとフィロスが、ニュクティモスに勝利の報告をする。勝利と言っても、生存した別動隊の数は二千いるかいないかだった。開戦前まで五千いたことを鑑みると、半数以上の損害が生じている計算となる。  侵攻前に反乱を起こし、奇襲をするために分散させて自軍の有利を作った。終始戦争の主導権を握り、スパルタ軍を翻弄し続けて全力を出される行動を妨害した。常に自軍の間合いを意識して攻撃を仕掛けた。アーカディア軍別動隊はギリシア最強の陸軍を相手取るために、考えうる限りの経験と知恵を絞り切った。スパルタ軍別動隊の壊滅という、最善の成果を叩きだしたのであった。  それでもなお、最強の名は伊達ではなく少なからずの犠牲を強いられた、ということだ。 「皆の者聞けぇい! 此度の戦争は……我が軍の勝利だ! 勝鬨を挙げろぉ!」 「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ‼」」」」」  ペロプスの合図で、大地が震えるほどの大歓声を上げるアーカディア兵。最強を撃破し、その名を冠することができた彼等の胸中を察するまでもない。軍全体が大手柄を挙げたのだ。大金星だ。 「やりましたなニュクティモス様! この調子でスパルタの王都に向かいましょうぞ!」 「今なら兵たちの指揮も絶好調です! 我が軍が勝利したことは、直に伝わりましょう。王都を占領し、そこから北上して本軍と合流するのです!」 「待ってくれ。兵たちは激戦で突かれているだろう? 今はしばらく休ませるべきだ」 「士気が上がったことで、疲労は感じにくくなっております!」 「休ませるのは王都を占領してからでも遅くはありません!」  別動隊はアーカディア軍の勝利で幕を閉じるも、本軍はただ今決戦の最中。彼等が王都を占領してスパルタ本軍の後背を突くことができれば、本土決戦はアーカディア王国の全面的な勝利となる。有終の美を飾ることができる。  ニュクティモスとしては、激戦を制した兵士たちを休ませたい気持ちがあった。しかし熱弁を繰り返す側近二人を止めることができず、最終的に折れた形となる。  軍の再編成と少しの休息を行い、王都の東側を流れるエウロタス川本流に脚を進めようとした時――  ――ニュクティモスと側近の三人の目線が、()()()()()形となって落馬した。その後別動隊の姿を見た者はおらず、両軍の屍の上に立っている者は、赤銅色の大鎌を持つ少女が佇んでいた。

本土決戦はこれで終了です。いかがでしたでしょうか。 初めて4話立て続けに公開しましたが、40000文字は流石に辛いです…

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  • 総応援ポイント1,600,000,&PV180,000達成感謝!!! 【最高成績】 総合月間1位 ジャンル月間1位 総合年間3位 ジャンル年間1位 総合累計9位 ジャンル累計6位 ちょっとエッチなハーレムもの! どんどん増えていくヒロイン達は最新話現在では全63人! 推しヒロインをコメントに書いて、貴方の推しを絵でも見よう!好きなヒロインがいれば遠慮なくコメントしてください! 戦乱の世が続く異世界にて、各国は戦争に勝利する為に一人ずつ異世界から勇者を召喚するが、職業と転生特典はガチャで決まる!? 最弱の職業と転生特典を引いた勇者は、努力とチート嫁達の力で成り上がる! ポイントは無くて良いので既読感覚でコメント/スタンプ/ビビッとしてくれると嬉しいです。更新通知が飛ぶのでブックマークはお忘れなく! 作:氏家 慷 絵(キャラ別) アル、メイ、マオ、アイリス、カルラ、ミース、パンドラ、クール、クレア、リぜ、リーナ、ロキ担当:Masamune マーリン、カスミ担当: 紅白法師 エリザベート担当: のーとん シロ、レン、サク担当:ドブロッキィ ロゴ、表紙制作 イラスト専門ライトアーツ

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり
    • 性的表現あり

    読了目安時間:69時間55分

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  • なにぶんわがままなものでして(旧題:わがままでごめんあそばせ)

    わがままだって突き通せば幸福になるのです

    91,800

    230


    2021年6月13日更新

    シシリアは五歳の時にこの世界が前世で読んだ小説の物とそっくりな世界であり、自分はその中に登場する悪役令嬢出ることに気が付いた。 幼い頃から婚約させられる第二王子を異母妹に奪われた挙句に失意に飲まれたまま修道院に移され、そのまま自害するという未来を思い出し、シシリアはそんなこと許されないと決意をする。 そして幸せになるにはどうすればいいか考えた末、第二王子と婚約をしなければいいのだということに思い至り、親に強請って夜会に連れて行ってもらい、婚姻相手を探すことに。 そこで目に入ったのが大叔父であるルツァンドだった。 年の差なんてなんてその、猛烈にアタックをして思わぬ見方をつけて無事に婚約にこぎつけたシシリア。 けれども彼女の本来の目的は婚約ではなく婚姻。 そうして迎えた六歳の誕生日、シシリアはルツァンドと婚姻届けを正式に提出した。 わがまま娘として評判のシシリアは婚姻しても相変わらず自分の意志を押し通し、自分が幸せになる為の努力を惜しまない。 そしてその周囲の人々はそんなシシリアに巻き込まれて人生を変えていく。 優しく厳しく、いっそ残酷なまでに自分の道を歩いていくシシリアの愛は、未来は何処へ向かっているのだろうか。 そしてそんな彼女が選んだ最期とはどういうものなのか。 シシリアの真の願い、そして最期の結末に気が付いている者は、それが羨ましいとうっとりと囁く。 貴族として生まれたシシリアの選ぶ道は難しいものだけれども、だからこそやりがいがあるのだとシシリアは笑う。 死ぬまで永遠に終わらないいたちごっこでも、シシリアは自分の幸せの邪魔をする物を絶対に許さず、邪魔な者は徹底的に排除する。 ※わがままでごめんあそばせの改稿版(「冷たい指先に触れる唇」まではほぼ変わりませんが名前や口調、表現が多少変わります) 以降は別物になります

    読了目安時間:7時間7分

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  • おてんば姫さま!結婚拒否ですわ!

    ふざけた作品です。悪しからず。

    0

    未参加


    2021年6月13日更新

    むかーし、むかし!! あるところに「おてんば姫」がおりました。 姫の名は”蛍姫”。 彼女はの好きな事は、木登りとご飯。 名前にそぐわぬ、その素行に父上母上は悩むどころか 笑って許してしまう始末。 しかし、このおてんばな行動にも理由があったのです。 まぁ、その理由が大変間抜けなものでして、皆様よければ 最後までお読みくださることをおススメします。

    読了目安時間:2分

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  • 地の瑞獣

    三国志演義ベースのファンタジー

    500

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    2021年6月13日更新

    三国志演義ベースのファンタジー

    • 暴力描写あり

    読了目安時間:1時間14分

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