アルカディア戦記〜白銀の王スターツ〜

読了目安時間:6分

スパルタ侵攻軍別動隊の回です。

第48話 仁徳に満ちた温和な王子

 ラコニア地方に侵攻したアーカディア軍一万は、スパルタ王国の王都を攻略するためエウロタス川上流で分岐した。本軍がそのまま南下したのに対し、別動隊は川を渡河し終えると突然行軍の足を止める。  別動隊を率いていたのは穏やかな表情を浮かべる金髪の青年だった。 「進軍停止。小休息をとった後すぐに出立する」 「承りました王子! 全軍止まれ!」  栗毛の馬に跨り指示を下している人こそ、王に次ぐ血統を受け継ぐ男。次期国王の有力候補の一角とも目されており、すなわちそれは王位に最も近い人物である。  アーカディア王国第一王子ニュクティモス・トゥ・アーカディアが、別動隊を率いる青年の名だ。  戦士と見間違うかのような偉丈夫で面構えも(たくま)しい。父譲りの厳つい顔付きが目立ってきたのが、本人にとって秘かなコンプレックスでもある。幼少の頃より乗馬と鍛錬に明け暮れ、時には都市に溶け込んで知り合った平民たちと親睦を深めたりした。  ふとしたことがきっかけで王子とバレて騒動に発展するのはかねてよりのお約束だ。けれどもその成果によって王の子女の中で最も親しみやすい王子として名が知れ渡っており、(ちまた)では『仁徳王子』の名称で広がっている都市も存在する。厳つい外見とは裏腹に性格は温厚篤実で滅多に怒らないので、人付き合いに加えておきたい人ランキングがあるのなら上位に入るのは間違いない。  第二王子スターツほどカリスマ性に魅かれるわけではない。第三王子エラトスほど野心に満ち溢れていない。だが自身の器と能力、性格を客観的に分析でき身の程を弁えているので、伝統を保持し年齢を重んじる保守派からの支持が厚い。  ニュクティモスが他二人の王子より優れているのは人間関係の調整と味方を増やす才能、無暗に敵を増やさない、感情を制御できていることなど、対人関係における能力が大半だった。和を以て(とうと)しとなす。これこそニュクティモスが掲げる座右の銘で、彼を知る者だったらひたすら地道にコツコツと努力する彼の性格が窺える。 「さて、今日はどんな人の会話を聴こうかな…」 「ニュクティモス様。王族であろう御方が平気で下々に混ざるのは危険です。少しはご自重くださいませ。平民の会話は我々が代わりに聞いておきますので、御身はこの場でお待ちくださいませ」  大半が平民で構成されている兵士に、自ら率先して交流する行動は戦場でも変わらない。そんなスタンスを取るニュクティモスだが、そうはさせないと主の行動を制止する者も当然いる。  常日頃から傍に控えるこの男、ポイアスもその一人だ。 「それでは意味がないんだよ。私が直接平民と親睦を深めることで、彼等の本音を引き出すことができる。雲の上の存在である私たちが率先することに価値があると、私はそう思っている」  本人がするのと代理がするのとでは全く状況が変わってくる。特に地位や権力のある人ほどその影響は顕著になる。代理となると彼等の考え方や思想、やり方などを十二分に汲み取らないと、どんな名案だろうと素直に首を縦には振らないものだ。  彼等は総じて自尊心が高くプライドの高い生物であるがゆえに、素直に地位や身分の低い者からの意見を素直に聞き入れることができない。それがどんなに最善の案や合理性のある決断であろうとも、他者の有能さに嫉妬してしまうあまりに掴むべき機会を逃してしまう。  身分が高い人というのは、王族や貴族、将軍、宰相などが該当する。第一王子ともなれば王国で二番目に偉いと目されて、取り入る人たちからの美辞麗句を嫌というほど聞かされる。周囲からひたすら持ち上げられ、いつしかそれが当たり前の感覚になると自尊心の高い人物の出来上がり。「俺はすごいんだ!」「貴様らとは違うんだよ!」などなど、自らを過信して相手を軽んじるようになる。 「ならば聞こうポイアス。国を成すのは誰だ? 戦争で直接戦うのは誰だ? すでに存じているだろう君たちに言うまでもないだろう。彼等無くして国家は存在せず、安寧と平和は訪れない。この事実は頭の悪い私ですら知っていることさ」  けれどもニュクティモスの場合、上記の性格に当てはまらない。王族という最高位に近い身分にいながらも、目線は常に平民と一緒の高さを維持している。己の無力さを知って弁え、他人より一歩下がったところからゆっくりと歩いていく。「自分が自分が」と先頭に立つことはないが、後ろから人々を押し上げて全員の力を引き出すことに優れている。  スターツが先頭に立って導く才能に優れるなら、ニュクティモスは背後から見守り一人一人の力を引き出させる才能に優れる。 「申し訳ありません。差し出がましいことを」 「いいさ。私では気づかなかっただろう欠点を主張してくれたことには感謝している。この調子で私を支えてくれ」 「承知しました(イ・ペイリスィ・サス)」  そんな主だからこそポイアスは主に忠誠を誓う。背筋を伸ばして姿勢を正し、胸に手を当てたまま一礼する。自分たちの能力を引き出す環境を用意してくれる主に、競い合うように切磋琢磨する有能な同僚たち。自分にしかない能力を披露して認めてくれれば、周囲からの称賛と主から委任される権限が大きくなる。躍進するための向上心を保つことができ、さらなるやりがいを得ることができる。  得意なことが増えて満足のいく成果を出せる。これほどまでに有能な人材にとって恵まれた環境が、()()()()()()()()()()()()()。  一礼を解いたポイアスは自信に満ちた瞳を主に向けて進言する。 「そろそろ出立しましょう。本軍の方も作戦地に到着している頃合いです。我々も軍議で言われていた作戦地を目指しましょう」 「そうするか。全軍に行軍再開を伝えてくれ」 「ははっ」  ポイアスは現場指揮官を統括する将軍のため、総大将の命令を周知させるために本陣を後にした。一人だけぽつんと騎乗する結果となった彼は、吹きつける微風のからっ風を受けながら独白する。 「やっぱりスターツはすごいよ。本来なら後数年は必要だというスパルタとの決戦。他国に出征しているとはいえ、大胆不敵に電撃戦を平気で仕掛けようとする考えなんて私には思いつかんな。しかもここまで戦略的なことを閃いた弟がまだ十歳とは…」  スターツが、自分の次に生まれた異母弟が幼少の頃は、自分は何をしていたんだろう。両親からしてみれば初めての子供、周囲の大人から見れば初めての王子だったこともあり、過剰なまでに期待されていた。  数多の戦争で勝利を掴み続ける軍神の息子。王国に栄誉と繁栄をもたらしている名君の息子。ニュクティモスはそんな周囲の過大な期待を一身に背負いながら幼少期を過ごしてきた。政治や経済、軍事といった知能は人並みだったが、武勇は高名な将軍に師事したことで達人級。腰が低く誰とでも分け隔てなく接したことで、『仁徳王子』として王宮の文武官や平民関係なく人気を集めるに至った。  人気が最も高かった時期は、彼が十三歳の頃だった。それを異母弟(スターツ)は僅か六歳で異母兄(ニュクティモス)の人気・支持を上回る。知能が同年代よりも高かったスターツは王都の学校に入学するも、数か月後に同盟国の学校に留学することになる。だがこの留学によってスターツの才能は開花し、見違えるように成長したスターツを王宮の文武官や平民の半数以上が支持した。  地道に信頼を積み重ねるニュクティモスを頼れる王子と例えるなら、才能と魅力を纏うスターツはカリスマ王子だ。 「ここまで出来過ぎた弟を持つと私の立つ瀬がないな…。地道に努力した過程をすっ飛ばして才能とカリスマによって、いつの間にか人望が逆転しているし。弟は私に『仁徳では敵わない』と称したが、全能ではないと自覚する彼だからこそ――――  ――――()()()()()()()()()()()()()()()」  長兄たるニュクティモスの口から発せられた衝撃的な言葉は、強く吹きつけた風によって消えていった。

次回は視点が変わります。アーカディア軍の侵攻を聞いたスパルタ本土の戦士は、どのような対応を取るのか?

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