アルカディア戦記〜白銀の王スターツ〜

読了目安時間:9分

スパルタ軍右翼編です。

第30話 重装騎兵と女将軍

 アーカディア軍とスパルタ軍の激戦地から南に位置する平野。そこには五個に分離された白い塊が集結していた。 「五分間休憩し、すぐに二回目の突撃に移る!全員揃っているな?」 「当然だ!」 「もちろんです」 「はっ!揃いました!」 「早く奴らを刈りましょう!」  将軍の中でも最年長のレイスの号令に、口々に諸将が返答する。先程までスパルタ陣営を蹂躙し、多大な戦果を挙げていた彼らは衰えを見せない戦意を意気揚々に掲げる。 「焦るなゲリュオネウス。我々は一旦休憩を挟んだ後、スパルタ軍に突撃する。馬は特にメリハリをつける必要があるからな」 「しょうがねえな! その代わり先頭は譲ってくださいよ」 「…分かった。君に任せよう」  敵を刈りつくしたいゲリュオネウスは今か今かと待ち侘びるも、焦りにも似た逸る気持ちをレイスに指摘され宥められる。それでも不服そうな表情を変えないゲリュオネウスは、騎兵隊の先頭のポジションを確保する条件でようやく納得した。  今すぐにでも修復された陣形を突き崩したいが、それは簡単なことではない。騎兵隊による突撃は、投擲された武器のように徐々に勢いを失い落下する。この兵法はどの軍隊にも当てはまることで、強力な騎馬軍団を有する国家とて例外ではない。スパルタ陣営を突破しても失速することなく突撃を続行してしまったら、密集陣形(ファランクス)内部で勢いが止まり、たちまち袋叩きに合っていただろう。 (それにしても、一回の突撃だけで貴重な騎兵をここまで失おうとは...)  五人の将がそれぞれ敢行した騎兵突撃は成功し、スパルタ軍に損害を被る結果を収めることとなった。けれども合流した重装騎兵は五百を下回っており、決して全員が無傷で帰還したわけではなかった。  集結した重装騎兵の数は四四二。始めにいた五百からおよそ一割も喪失してしまい、騎兵隊の被害もスパルタ軍と五十歩百歩だ。今後の軍事行動を実施するためにも、騎兵はできるだけ温存しておきたいのが将軍の間に伝わる本音だ。  このことから、レイスは二回目の突撃前に重装騎兵の再編を迫られた。戦争は山場を迎え、一瞬の油断が敗走に導く緊迫した状況が続く。  しかし仮にスパルタ軍に勝利することで、念願の半島統一に大きく近づくことができる。ならばこそ損害を最小限に抑えたまま戦争を終結させるのが将としての責務。 「レイス将軍。騎兵隊の編成が整いました。いつでも出撃できます」  部下の報告を聞き、諸将の前に立ち、次第に死地へと身を置く覚悟を決める。  集結した騎兵隊の陣容を詳細にすると、楔形の前方にいるのが立候補したゲリュオネウス。後ろに位置する二カ所の頂点にはクリュサオルとアルス。中央にレオン。そして最後尾にはレイス。  上官の得物と同種の武装をする麾下の騎兵が、それぞれの周辺に控えている。 「準備は整った! 目標、スパルタ軍右翼! 引き続き(くさび)形の陣形を組め!」  数分の休息は騎馬の疲労を回復するのに十分な時間だった。突撃直後は萎れていた印象を持っていたが、たちまち精悍さを取り戻す。鼻息を荒くし暴れ足りないと騎乗者にアピールする。  上官の命令に従い陣形を構成する。上から眺めると『△』に見えるそれは、超攻撃型の特徴を持つ陣形だ。三角形の頂点、先頭には名乗りを上げたゲリュオネウスが、獲物を狙う肉食動物の如く獰猛な表情をしている。瞳を爛々と輝かせ、口元に笑みを浮かべている姿に後ろの騎兵は、醸し出される威圧的な雰囲気に呑みこまれまいと一定の距離を取った。  ゲリュオネウスは楔形の陣形があらかた整ったのを見計らい、後方で指揮を執るレイスに合図を送る。 「将軍! いつでも行けますぜ!」 「了解した。騎兵突撃第二弾を敢行する! この攻勢を持ってスパルタ軍に引導を渡してやれ!」 「「「おう!」」」  下知が発せられ、それぞれの馬体の腹を蹴る。前から順番にではなく、一つの生物のように前進する。  一千八百近い馬蹄が、薄く生い茂る草原に反響する。草が揺れる音を遮るものはなく、静かに霧散する。  騎兵隊は速度を上げていき、速歩(はやあし)から駈歩(かけあし)に歩法を変える。蹄の音は次第に増し、戦場全体を覆い尽くす。  一つの塊と化した騎兵隊は、獲物を狙う狩人の如くスパルタ軍右翼に接近する。彼らは密集陣形(ファランクス)を敷き、騎兵隊の襲撃に備えていた。 「レイス将軍! 向こうはすでに陣形を敷いておりますぜ!」 「構うな! 狙うは赤髪の指揮官ただ一人! 有象無象な奴らは無視しろ! ゲリュオネウスに続けぇッ!」  残存した四四二騎がスパルタ右翼に突進する。急速に接近する騎兵隊を前にしても、微動だにせず盾を構え壁を作り、隙間から貫徹槍を突き出す体勢を取る。緊迫した状況が戦士間にはしり、重い雰囲気に額から汗が(にじ)み出る。  それでもなお、彼らが持ち場を離れずに留まるのは―――― 「陣形を維持しろ! 獣一匹入る隙間を作るな! 姫様を守るため、私達でこの場を死守するのだ!」  毅然とした声がスパルタ軍に浸透した。体を張る屈強な男衆に交じり、若い女が彼らを鼓舞する。一見浮いているようだが、彼女の指示に文句を溢す者はいない。  艶のある黒い髪と瞳が、彼女の意志の固さを醸し出すと同時に魅力を際立たせる。一般人のような華奢で愛くるしい存在ではないが、砂埃が付着した姿をしてもなお、彼女の輝きは顕在で一枚の絵画にもなる。  スパルタの将軍で、名をキュニスカという。 「来るよ! 長く続いたこの饗宴、私達の勝利で幕を閉じろ!」  男勝りな性格は、声量にいい影響を及ぼしていた。彼女の言葉は男衆を奮い立たせ、狂戦士のように戦争を楽しもうと笑みを浮かべさせる。貫徹槍の長さは三キュビット(約一.四メートル)あり、築かれた槍衾に騎兵が突進していけば、何もしてもらえないまま串刺しになる戦法だ。  騎兵隊の歩法が襲歩(しゅうほ)となり、全速力で力走する。隊列を維持したまま敵の密集陣形(ファランクス)と激突しそうになる。 「突っ込むぞ! 衝撃で振り落とされるなよ! さあ狩りを始めよう!」  だがゲリュオネウスは、槍衾(やりぶすま)の存在がないかのように委細構わず戦鎌(ウォーサイズ)を振るった。  未開拓な土地に生い茂る雑草を一掃するように、丸形盾(ホプロン)と貫徹槍の壁を取り除く。真っ二つに割れる盾と根元から断たれる槍。  一瞬で武装を失った戦士は、数多の騎馬が突撃すると蹴散らされるほかなかった。戦士の中には拳で騎馬を殴打したり、拳が潰れれば強靭な顎で無防備な馬に噛みついた。様々な理由から、重装騎兵の装甲は前方にしか施されていないのだ。  瀕死の状態で自分たちを蹂躙した敵に報復することに成功はしても、続々と襲来する騎兵に踏まれて戦死する。自らの命と引き換えに、騎兵の命ともいえる軍馬を喰いちぎる。噛まれた馬は盛大な(うめ)き声を上げ、突然の出来事に驚いた騎手は落馬してしまう。無事な者もいれば、骨折して戦闘不能になった者もいる。最悪絶命してしまう者もいた。 「怯むな! 指揮官を討てば俺たちの勝利だ! 一気呵成に攻め立てよ!」  ゲリュオネウスが道を切り開き、後続の騎兵が突破口を拡大させる。密集陣形(ファランクス)が崩壊したスパルタ軍は狼狽えるも、それは一瞬のことだった。骨のある敵と戦えて嬉々とした表情を浮かべ、怒涛の勢いで陣形の奥深くまで突入する銀翼鉄騎(ペガソス・カタフラクト)を包囲しようと行動に移す。  これ以上傷口が広がるのを阻止せんとする戦士だったが、もはや手遅れだった。 「止めを刺すぞ! 最後まで油断するな! 徹底的に蹂躙せよ!」 「スパルタとの戦いに終止符を打とう! 王子の戦果を華々しくするためにも、ここでご退場願おうか!」  決壊した陣形の最前列に、楔形の最後尾にいた二人が到達した。黄金の戦斧(バトルアックス)を駆使して馬を狙う戦士を砕き飛ばすクリュサオルと、薙刀(グレイブ)を使用し胴体や首を薙ぎ払うアルス。  速度を緩めることはなく、ひたすら敵の指揮官に向けて猛進していた。 「これ以上奥に進ませるな! 場に留まり持ち堪えろ! 我々スパルタに、撤退と逃走の二文字はない! 勝利か、あるいは死を持って祖国に貢献しろ!」  これ以上の突破を許さないキュニスカも、戦士たる男衆と同様に密集陣形(ファランクス)を組み直す。後方指揮官としての見栄は捨て、一人の戦士として体勢を整える。凛とした表情から一変、余裕のない焦燥の色が深く刻まれ始めていた。 「スパルタの威信にかけて、敵の騎兵隊を叩き潰せ! どんな敵だろうと、勝つのは我々スパルタに決まっている!」 「「「おおおおおおおおおおおおおおぉ!」」」  軍馬の蹄は丸形盾(ホプロン)で弾いて勢いを逸らし、戦鎌(ウォーサイズ)は先端の刃を下から弾き返す。遅れて襲来した戦斧(バトルアックス)は連携して強烈な一撃を耐え、槍は真正面から防ぎきる。しかしそれでも武装ごと撃破される戦士が一定数おり、損害が少しずつ大きくなっていく。  戦士が流血しながら倒れていく。蹄で内臓が破裂して飛び散った者。長柄武器により無残に欠けた人間の破片。当たり所が悪く頭蓋の中身が霧散する者。日常の鍛錬により死体を見慣れているスパルタ軍に比べて、あまり耐性のないアーカディア軍の一部は逆流物と戦っていた。 「ん? あの女戦士、矢継ぎ早に指示を出しているように見える。もしや指揮官か…!」  戦斧(バトルアックス)を振るい屍の山を築くクリュサオルは、指揮官であるだろう女戦士を視認する。周囲の戦士とは異なった何かを感じる。 「端にいるあの戦士、見るからに強そうね。あれで一介の将軍だとしたら、敵にはどれだけ人材が埋もれているのだろう…」  拡大しつつある突破口を修復するため、キュニスカは絶え間なく戦士を送り込みどうにか阻止しようとする。その時に感じた肩に圧し掛かる重圧に呼吸を荒くし、根源を探ろうと騎兵隊に視線を移す。  正体は早くも発見した。スパルタ軍から見た『▽』陣形の右後方の頂点にいる、黄金色に輝く派手な戦斧(バトルアックス)を所持する騎兵からだった。たまに兜の隙間から零れる金色の髪に、曇りがかった空の色と瞳。大柄な長柄武器を持つに相応しい筋骨隆々な体つきは、自軍の戦士よりも圧巻だ。 「だがこれ以上の狼藉(ろうぜき)は許さない! 覚悟せよ!」 「キュニスカ様無茶です! 一人で挑むのは自殺行為です!」 「どの道一矢報いなければ、スパルタに未来はない!」  灰色の瞳から溢れる威圧に呑まれそうになるも、幼少からの鍛錬による耐性が重圧を弾き飛ばす。味方の制止を振り切り、彼女は一人クリュサオルに特攻する。陣形中央に戦士を集中させたため、スカスカとなった陣容を一気に疾走する。彼女の狙いに気付いた一部の男衆が、それに呼応する。 「俺らも手伝いますぜ! 奴らの騎兵隊に、一度でいいから挑みたかったんだ!」 「女一人で敵に立ち向かう姿を魅せられて何もしないのでは、戦士の名が(すた)るわ!」 「エルネ様のお守りを任せれるのは、同性たるキュニスカ将軍を置いて他に居ませんぜ!」  彼女に加勢する流れは伝播し、一つの生物として形作る。スパルタ軍右翼の中で、二つ目の個体が誕生した瞬間だ。  騎兵隊、特攻隊。  巨大な騎兵の塊に向かう特攻を見たクリュサオルはというと―――― 「()()よ」  重厚さを感じさせない素振りで、接敵した箇所を粉砕する。前衛を丸ごと横に払い、彼らを冥府に送り込む。鎧袖一触の強さを見せつけるクリュサオルとは対照的に、戦争慣れしていない僅かな戦士はその圧に屈してしまうほど。 「さすがスパルタ軍、骨のあるやつが多いな。だが、我が重装騎兵を甘く見るなよ!」  しかしそこはギリシア最強のスパルタ軍。厳格な基準を乗り越えて選ばれた戦士としての矜持を、今こそ敵の騎兵隊に披露する時。 「私はスパルタの将軍キュニスカ! 戦士の誇りにかけて、貴様を討つ!」 「女だろうが手加減はしないぞ! アーカディアの将軍クリュサオル、いざ参る!」  キュニスカが放つ貫徹槍の叩きが、クリュサオルが振るう戦斧(バトルアックス)の薙ぎ払いが、両者を隔てる空間にてぶつかり合う。衝撃の際に生まれた金属音が、波紋のように周辺に拡散した。

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