アルカディア戦記〜白銀の王スターツ〜

読了目安時間:8分

序章2 第二節 【回想編】スパルタ攻防戦

第47話 死闘を渇望する王

 リーフィルが考案しスターツが軍議の場にて提言した、アーカディア王国とエリスピア皇国による二カ国の共同作戦。誰もが目を疑ったこの戦略は、国運を掛けているだけあって大規模でなおかつ軍議終了直後に始動することとなった。  アーカディア軍は王都を策源地に設定すると四方向に出兵した。  半島西岸に沿うのはエリスピア軍五千、その東半分を占めるメッセニア地方に第二王子スターツ率いるアーカディア軍五千の二個軍団がピュロス王国に侵攻する。  主力を南西と南東に向けるため、無防備となる東部を埋める形で派兵するのは、第三王子エラトス率いるアーカディア軍一千。半島の覇権をめぐり争っているミュケナイ王国からの侵攻に備えるためだ。  そして、メッセニア地方に出征したことで手薄となった半島南部ラコニア地方。そこを治めるスパルタ王国に侵攻するのは二個軍団だ。しかしこちらは二個ともアーカディア軍で構成されており、各五千、計一万の兵が充てられている。  総数一万六千の兵たち(輜重(しちょう)部隊を除く戦闘員)が四方面作戦で使用される全兵力である。補給を行う輜重部隊は王都を基点に最大三日間の食糧を運搬する。  二個軍団はスパルタ王国の王都を攻略するためエウロタス川上流で分岐した。本軍はタイゲトス山脈とエウロタス川に挟まれた土地を南下し、別動隊は川を渡河するとパルノン山脈に沿いながら本軍よりやや遅れて進軍する。  辛うじて整備されている道路を進むアーカディア軍。道幅のぎりぎりまで満遍(まんべん)なく広げる兵士は意気揚々と行軍している。表情は明るく瞳は日光が反射して輝き足取りは心なしか軽い。彼等の心情を表しているかの如く空は青く澄んでいる。  彼等はすでに理解していた。この戦争に勝利すれば、ギリシア最強の名を欲しいままにしているスパルタ王国を滅ぼすことができるのだと。そしてそれは半島の大半を掌握することに繋がり、アーカディア王国の覇道を大きく飛躍させる。その結果もたらされる繁栄という名の甘い蜜を享受することができることを。  我らの王こそ数多の軍勢に勝利する軍神! 広大な土地を次々と併合し、王国に繁栄をもたらす覇者! 成長し続ける王国の黄金期を築き上げる名君!  人間と欲望は良くも悪くも切っても切り離せない関係なのだ。王は積極的に戦争を仕掛けて成功すれば文字通りすべてを手に入れることができ、兵士は参加し勝利すれば戦利品のお零れに預かれる。これぞギブアンドテイク、これぞ主従関係の根底。これぞ本来の人間関係。  さすれば人類は繁栄を謳歌し、さらなる発展が約束されるのだから。  ◇◇◇◇◇◇◇  本軍を率いていたのは老いを感じさせる白髪の壮年だった。 「まさか余の代でスパルタを攻略することになろうとはな…」  髪と同色の軍馬に(またが)るのは、アーカディア王国第二代国王リュカイオン・ジ・アーカディア。此度(こたび)のスパルタ王国侵攻の総司令官を務めることとなった彼は、この状況を感慨深く思っていた。  いつかは最強を誇るスパルタと一戦交えたいと思っていた。しかし優秀な息子が掲げた戦略のおかげでぶっつけ本番で侵攻してしまう結果となる。これは運命か、それとも破滅を意味するのか。運命や破滅と言った抽象的な占いなど、リュカイオンには分からなかった。いや、栄達に溢れた未来を考えるより、今から来るべき侵攻戦を大いに楽しみにしていたため考えていないだけだ。 「相手は全力ではないが、せっかくスターツが用意してくれた晴れ舞台だ。力の全てを絞り切り勝利するまで!」  これまで数多の戦場を勝利に導いたリュカイオン。だがここまでの勝利に彼はあまり満足していなかった。何故なら敵が弱すぎて話にならなかったからだ。敵が強ければ強いほど、闘争心溢れる彼の心は満足するとともに血沸き肉躍る感覚に見舞われる。 (あと何年生きれるか分からない余へのサプライズというわけか。全く素直ではないなスターツは。それならそうと予め教えてくれても良かっただろうに。なに、それではサプライズにならないと。ふん…つまらんことを)  つまるところ、彼は自分より強い軍勢と戦いたいのだ。心身ともに満足する地は戦場しか存在しない。神経を研ぎ澄まし五感、第六感をフルに働かせて全身全霊を用いて対峙して敵を制する。肉体の強さと鋼の精神を持って、全ての面で敵を屈服させる。  まだ見ぬ強敵との出会いが、自信をさらなる高みに導いてくれる。  肉食動物を彷彿とさせる獰猛な微笑みを浮かべるリュカイオン。戦争こそが一生涯の生き甲斐。どのくらい兵士、物資、資金が掛かろうと、領土が存在する限りこれを占領し支配するのは覇者としてのあるべき姿。 「儂もそう感じております。かの国と戦う前に逝なくなるかと思いましたが……長生きはするものですな」  王の意気込みに応えたのは側近のペロプス。護衛するように側に控える彼は、これから待ち受ける決戦に向けてしみじみしながら呟く彼の言葉に思う所があり、同様に主張を述べる。リュカイオンよりも三つ上だからこそ、スパルタと戦えなくなるかもしれないと懸念していた。 「貴様もそう思うか。奇遇だな、余もそう感じて仕方がない。半島一歴史の浅い国が、半島のみならずギリシア最強の国に挑む。これほどまでに心から熱く望んでいたことがあろうか! 否! 余の生涯を追憶してもそれはなかった! それも今日で終わり。武勇と規律がずば抜けてた敵とようやく巡り合える。全力ではないのは惜しまれるが、これも国家のため仕方がない。だからこそ――」  右手の拳に力を込めながら熱弁するリュカイオンを、ペロプスは所々頷きつつも黙って拝聴している。立てた板に水を流すと滞りなく流れるように、スラスラと発せられる無数の言葉。脳内で言葉が生まれた瞬間に効率よく組み立て口から放出される、この一連の流れが途切れることなく続くリュカイオンのはまるで各地を旅する吟遊詩人のようだ。 「また始まったよ、王の演説会」 「会話を止めてないのによくあれだけのことを話せるよな」 「俺だったらどこかで引っ掛かりそう…ペロプスさんだったらできます?」 「儂も無理じゃな。まずネタが思い浮かばん、それと言葉の組み立て方もいまいち分からん」 「「「確かに! それは言えてる!」」」 「じゃろう? というわけでそろそろ正気に戻してくる。いつまでも熱弁されてしまっては、兵たちの士気にも影響が出てしまう」  ある者は呆れながらも耳を傾ける。別の者は呆れを通り越して感心する。またある者は自分と比較してそれが無意味だと悟る。ペロプスに限らず他の側近たちは皆知っている。一度語りだすと周囲が見えなくなり配慮が足りなくなるのがリュカイオンの悪い癖だと。その一方で彼の弁論は頭にストンと入り込みやすく、三十分かけて理解する内容をたったの数分で納得してしまうことも。  リュカイオン・ジ・アーカディアは話し上手だが、決して聞き上手ではない。  熱弁を振るうのが自国の領土内だったら、側近たちは何も言わずにしゃべらせただろう。しかしここは敵地、それもリュカイオン本人が待ち望んでいたスパルタとの決戦。いつまでも滔々と演説をしていいわけがない。 「――ということがあって余がこの場にいるのは、総じてあやつのおかげでもあるのだ。奴がいなければ余は生きていなかったと言っても良いだろう! 故に余は――」 「リュカイオン様‼」 「うおぉッ!? いきなりどうした! ……何だペロプスか。驚かせやがって」 「申し訳ありません。しかしここは敵地、それも王が長年待望していた決戦が直に差し迫っておりますぞ。そろそろ私語を慎んでくだされ」  恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべながら話し続けるリュカイオンに終止符を打ったのは、彼の耳元で叫んだペロプスだった。気付かれないように接近して隙を見ながら大声で叫んだ直後、彼は突然聞こえた音量にびっくり仰天して騎乗しながら体ごと飛び跳ねた。幸い地面に激突することなく馬上での着地に成功するが、絶叫の元凶を見るや否や視線を動かして睨みつけた。  空腹のまま獲物を狙う獰猛な獣を彷彿とさせるも、そこは長年付き従ったことで慣れているペロプス。流れるように謝罪した後、王が望んでいた言葉を向けてから注意を促す。短気で傲慢だからこそ、いきなり注意されるとプライドが傷つき平気で斬首もあり得る。  そこでペロプスはリュカイオンの演説を辞めさせる場合や諫言する時に謝罪→耳障りのいい言葉→注意の順番で話しかける。途中一時的に激怒したり睨まれることはあるが、怯むことなく最後までたどり着くと短気な人でも冷静になり、自然と鎮静化するのだ。  それを証拠に、ペロプスが制止したことでリュカイオンは正気に戻り周囲にいる側近たちに話しかける。先程までと異なり相手の目を見ながら語りかけていた。 「……はッ!? なあ皆。また俺は話し続けてしまったのか?」 「「「「気持ちよさそうに語っておられました」」」」 「……さてと、そろそろ軍議で説明されていた目的地に到着するはずだ。全軍警戒しながら進軍を続けよ。気を抜くことは許さぬ!」 「逃げましたな」 「逃げ仰せたな」 「皆さん、逃げること自体恥ずべきことではありませんよ」 「聞こえているぞお前ら! 此度の決戦を制するために馬車馬の如く扱き使ってやるから覚悟しとけよ!」 「「「「承知致しました(イ・ペイリスィ・サス)‼」」」」  アーカディア本軍とスパルタとの決戦は、刻一刻と迫っていた。

本来なら王と第一王子の回を一話で終わらせておきたかったのですが、長くなりましたので二話に分けることにしました。

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