Borrowed Heart ~あの日に借りたものを、いつか君に返すまで~

読了目安時間:5分

エピソード:17 / 106

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「はぁー……。ひぃー……。ふぅー……。へぇー……。ほぉー……」 「……おい。その気の抜けた声を止めろ。何だ? 疲れたのか? それとも、だれてるのか?」  ドリアードであるリリーとアリーの願いを聞き入れたリールとラッドはアレンという人間の元へ急いでいた。しかし、その道中にリールから緊張感のない声が漏れ続けるためラッドが注意する。だが、リールは頬を膨らませて反論する。 「別に疲れてないけどー……。でも、話が違うじゃないのよー!」 「何が?」  意味がわからず眉を(ひそ)めるラッドにリールは前方を歩いているリリーとアリーに聞こえないよう耳打ちする。 「だってさー。あの二人はすぐに着くって言ってたじゃん。それなのに……、もう五時間は歩いてるのよ? 何これ? 新手の死の行軍(デスマーチ)か何か?」 「……何だ。そんなことか、くだらん。たかが、五時間程度で……」 「ぶー。神獣には長く感じないかもしれないけど……。人間にとっては結構な時間よ?」 「まぁ、そうだろうな……。だが、それを言うならあいつらも同じだろう?」 「うん?」  理解できない様子で首を傾げるリールへラッドが面倒そうに説明する。 「お前なぁ……。精霊魔導師のくせに精霊のことをあんまり知らないのか?」 「失礼な! これでも精霊魔導師よ! 精霊のことなら何でもこいよ!」 「……じゃあ、理解しろ。あいつら、ドリアードも神獣と大差はない。人間と違い長い時を生きる。だから、あいつらにとって五時間程度は大した時間じゃないんだ」 「あー……。そういうことねー……。じゃあ、もしかして……まだ歩くのー……?」 「知らん。目的地を知っているのはあいつらだけだ。……まぁ、それなりには歩いたし……。一応は聞いておくか」    すぐに到着するというリリーとアリーの言葉を鵜呑みにして正確な場所を聞いていなかったことを反省したラッドが確認をとりにいく。一方のリールはやけ酒だと言わんばかりに酒を呷る。少しすると若干困惑した様子のラッドがリールの元へ戻ってくる。ラッドの表情からリールは察する。 「その表情からすると……まだ歩くんでしょー……。はぁー……」  説明されなくとも理解しているという空気感を出すリール。しかし、問題はもっと根本的な部分にあった。表情の冴えないラッドが説明する。 「まぁ、歩くのは正解だが……」 「うん? 何? どったの?」 「……あいつら、どうやら時間や距離というものを数値化できないらしい」 「……どういうこと……?」    小難しいラッドの説明を聞いても理解できないリールは首を傾げる。そのため、具体的に説明する。 「つまりだ。一日を時間で換算すれば二十四時間だろう?」 「そうね」 「一キロをメートル換算にすれば千メートルになるな?」 「うん」  至極当然なことを丁寧に説明するラッドの真意が読みとれないリールは素直に質問に答える。 「ところがだ。例えば、あいつらに一日はどれぐらいだと聞くと朝が来てからまた朝を迎えたらと答える。目的地についても、あそこだとか、そこだとか抽象的な説明しかできない」 「あー。なるほどねー」  ようやくリールも本質を理解する。そもそも精霊は自然と共に生きる者、時間に追われることのない悠久の時を生きる存在だ。そのため、基本的に人間のような考え方はしない。獣人にしろ、神獣にしろ、知識ある者が人間と同じで物事を数値化するのは便利と感じているからに過ぎない。あらゆる事象を数値化しようとするのは、人間種族特有の考え方なのだ。  納得したリールだが、ある懸念が頭に浮かぶ。 「……うん? でも、それって結局のところ目的地までの時間も距離もわからないってこと?」 「いや、あいつらの話を聞いて大体の距離を目算できた」 「そうなんだ。良かったー……。正直に言うとゴールがわからないと余計に疲れちゃうのよねー。それで? あと、どれぐらいなのー?」    何気ない質問に少し間を置いたラッドが重い口を開く。 「……そうだな。今の速度なら休まずに歩いたと仮定して()()()時間程だな……」 「……はい……?」  ラッドの声は耳に届いている。  つまり、内容は聞こえていた。  しかし、頭が理解を拒んでいた。  そのため、リールは聞き返したのだが……。  ラッドの答えは変わらない。 「だから、三十六時間だ。まぁ、別に休まずに歩く必要もないのだろうが……。あいつらはアレンとかいう人間を気にして早く帰りたが――」 「えぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」  話の途中でリールが大声を上げるが、そうなると予想していたラッドは瞬時に耳を塞ぎ事無きを得る。しかし、離れていたリリーとアリーの方が大声に驚いて目を丸くしている。 「……うるさい。耳元で大声を上げるな……」 「いやいやいやいやいやいや……。三十六時間って……。どこがすぐ着くのよ!」 「俺に文句を言うな。だから、言っただろう。あいつらと人間じゃあ時間の感覚が違うと」 「そういうレベル!? ……というか、あの子達……。そんな遠くから歩いて来たの?」  驚きを込めたリールの疑問だが、ラッドは即座に首を横に振る。 「いいや。話を聞いたら、俺達の所へは地中を移動して来たらしい。そうすれば三十分程度で着くそうだ」 「……はい……?」 「まぁ、言いたいことはわかる。じゃあ、何で地中を移動しないと言いたいんだろうが……。どうやら人間が地中を移動できないということぐらいは知識として持っていたようだ。まぁ、……精霊魔導師であるお前なら問題ないんだが……。そこのところはよく理解していないらしい。それで、どうする? このまま歩くか? それとも大地の精霊に頼んで地中を移動するか? もしくは、風の精霊に頼んで空から行くか?」  色々な情報が頭に入ったリールは、何かを悟ったように長い髪をかきあげる。 「そうね。ここまで歩いてきたんだし……。最後まで歩くわ――何て……言うわけないでしょうー! リリーちゃん! アリーちゃん! 集合よー! もー! 空を飛んで行くわよー!」 「……だろうな」  五時間も無駄に歩かされ自暴自棄(やけくそ)気味に喚くリールの力で、四人は目的へ到着する。

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