陰陽洲~和風VRMMORPG、闇鍋仕立て~

読了目安時間:8分

其の三

◆ 『越後のちりめん丼屋』  飲食店ではない。  マレビトが運営する布系装備―――衣服などを主に取り扱う店だ。  鴻臚館の東側にある商業区画、東市。その一角に構えられた大店である。  ちなみに、かつてセキが利用していた店はなくなっていた。ちょっと悲しい。 「わあ―――」  店に足を踏み入れたツカサが、目を輝かせる。  店内には、桜色、藤色、若草色―――色とりどりの反物や小袖、(ひとえ)(うちき)といった着物が展示されていた。  それらが織りなす華やかな雰囲気は、足を踏み入れた者を一瞬で虜にする魅力があった。  ただし。  そっとセキが商品をタップすると、値段や性能を表示するウィンドウが出現する。 (当然だけど、高い……)  それらの華やかな装束は、当然のようにお高いのだ。  その値段におよび腰になりながら、セキは店内をぐるりと見回す。 (よかった。男物もちゃんとあるな)  店の一角に直垂(ひたたれ)(かみしも)、羽織などが並んでいるのを見つけて、セキはほっと息をついた。  どうやら、男性用の装備もしっかり取り扱っているようだ。 「ところで、どうして新しい服を買うんですか?」 「ん?」  桜の模様があしらわれた小袖に目を奪われながら、ツカサがこちらへと問う。 「うん。いま着ている服って、防御力がほとんどないんだよ」 「防御力」  初期装備の防御力は、皆無に等しい。  ぶっちゃけ、裸と大差ないのだと彼は伝えた。 「はだ……それで、新しいのに替える必要があると」 「そういうこと」  わずかに赤くなったツカサが、なるほどと呟く。  話をしながら、彼女は軽くタップした小袖の値段を確認し、ぎょっとした表情を浮かべた。  何かを言いたげにこちらを見る彼女に、セキはそっと首を横に振る。 「…………」  彼女は、無言で一つうなずくと、すすっと小袖から離れ、気分を変えるように店内を見回し始めた。  その視線が、セキが見ていた一角で止まる。  ぽつりと呟いた。 「……浅葱の、だんだら羽織」 「流石はマレビト印の店。時代の違いなんて何のその、だな」  有名な新選組の羽織だ。  マレビトが作成するものに関しては、何でもありなのだとセキは説明する。  一応和装縛りはあるようだが、時代に関しては本当に節操がない。  と、声がかかった。 「いらっしゃい」  声に振り返れば、そこには一人の老爺が立っていた。  黄土色の半着(はんぎ)の上から、紫暗の陣羽織を羽織り、薄墨色の野袴を穿いている。  黄土色の頭巾で包む白髪頭と真白の顎髭が、とても綺麗に整えられている。  上品な好々爺といったその出で立ちに、ツカサがパチパチと瞬きをする。 「……黄門さま」 「いやいや。私は、この『越後のちりめん丼屋』の隠居です。  せがれが長い旅行に出てしまったので、こうして店に駆り出されておりますが」 「いや。長い旅行は、ご隠居の役割では……?」 「ほっほっほ。それで、何をお探しかな?」  セキの突っ込みに、ひとしきり上品な笑い声を上げると、黄門様はこちらの服装をちらりと一瞥する。 「どうやら、こちらに来たばかりで、色々と不慣れな御様子。何か、ご要望があれば相談に乗りますぞ?」 「あ~、とりあえず、こっちの娘は白衣と緋袴、それと千早なんかが欲しいなと」 「なるほど。お武家様は?」 「俺は、鎧直垂あたりを揃えられたら嬉しいですが……財布との相談ですかね」 「ほっほっほ。正直で結構」  あまり持ち合わせがない、と告げるセキに、黄門様は目を細めて笑った。 ◆  傍らから聞こえてくる鼻歌に、セキはチラリと視線を向ける。  隣を歩く少女は、新しく買った衣裳にご満悦な様子だった。  新たに購入した千早(ちはや)に手を触れては、ニコニコと微笑んでいる。 「よかったですね。欲しいものが買えて」 「おかげで素寒貧だけどな」  こちらの紺地の鎧直垂を見て「格好いいです」とうなずくツカサ。  それに、「ありがとう」と返しながら、セキは内心でため息をついた。  思うのは、今の状況。 (……不味いよな)  金がなくなったことが、ではない。  性能を考えると、黄門様はかなりの値引きをしてくれている。  素寒貧になりはしたものの、非常に良い買い物をしたと言えるだろう。    だから、セキが眉をひそめる理由は、大幅な値引きの理由として彼が口にした言葉だ。 『新人のお客さまは、久しぶり(・・・・)だから』  今日、鴻臚館で再会した時に垣間見たツカサの表情が脳裏を過る。    ―――ようやく知り合いに会えたと、安堵した笑顔。  『陰陽洲』に復帰してから、セキは、ツカサ以外の新規らしきマレビトを見ていない。  彼女と一緒に挑んだ『はじめてのお使い』の最中はもちろん、解散した後―――現実時間で朝四時まで続けた錆落とし(ブランク解消)の時間も含めて、である。 (変なタイミングで始めたせいだろうけど……)  新参のマレビトはロクに見当たらず、目に入るのは自分よりずっと強そうな者達ばかり。  そんな状況では、ツカサが「一緒に遊ぼう」と声を掛けられるのが、セキくらいだったとしてもおかしくはない。  もしも昨日―――そして今日も出会わなかったら、この少女は一人きりでこのゲームを遊んでいたのだろうか。  それを、楽しめたのだろうか。  ツカサが楽しそうに笑う姿を見ると、何となくそんなことを考えてしまうのだ。 (お父さんかよ)  いつから自分はツカサの保護者になったのかと、内心で自嘲する。  それに、と思う。 (その場合でも、何だかんだで知り合い作って、楽しくやっているだろう)  丁寧な物腰ではあるが、わりと前のめりで男前な性格の彼女だ。  何だかんだ言っても、ちょっとしたきっかけがあれば、するりと人の輪の中に入っていくだろう。 「……実は、俺が邪魔になってる可能性も」 「それはないと思うでござるよ」 「――――ッ!?」  ポロリと零れ落ちた呟きに応えが返ってくる。  セキは弾かれたように背後を振り返った。 「おおぅ。驚かせて申し訳ござらぬ」 「忍者!?」  思わず刀に手を掛けたセキに、敵意はないと、背後にいた男が両手を上げた。  その姿を見て、ツカサが目を丸くしている。  真っ黒な装束に、口元を覆う長い赤マフラー。  直剣を背負い、腰には革製の雑嚢を括りつけている。中に入っているのは、苦無や手裏剣を始めとした忍具だろうか。  明るい中で、やたらと目を引くその男は、紛うことなき忍者であった。  しかも――― (気配を捉えにくい)  目の前にいるはずなのに、瞬き一つで見失ってしまいそうな不安感がある。  隠形系特技の効果か、影絵のような印象を抱かせる男は、「失敗したでござるな」とバツが悪そうに頬を掻く。  その様を見て、セキは刀から手を離した。 「いや。こちらこそ、過剰反応して申し訳ない」 「いやいや。気配を消したまま、背後から話しかけた(それがし)が悪うござる」  お互いにペコペコと頭を下げ合った後、忍者がコホンと咳払いを一つ。 「……失礼つかまつった。(それがし)のことは、兵蔵(へいぞう)と呼び捨てにしていただければ幸いにござる。今日は、お二方に仕事の依頼をしに参ったでござるよ」  ―――どうか力を貸して欲しい。    忍者。兵蔵はそう続けて、改めて頭を下げた。 ◆  からくり武者。 「……また、時代錯誤な」 「ロボットってことですか?」  平安京、鴻臚館。  その食堂において、忍者の口から飛び出した単語に、セキは揚げ菓子に伸ばしていた手を止めた。  色々とデタラメである。  胡乱な目を向ける彼の隣では、ツカサが面白そうだと目を輝かせている。  真逆な反応を見せる二人に、兵蔵は一つ頷いて、説明を続けた。 「何でも、外法師が式神とからくり仕掛けを用いて拵えた代物らしいでござる。  それが、昼夜を問わず嵐山を徘徊しては、松尾神社や法輪寺の参拝者を襲うといった狼藉を働いているそうで―――」 「それを何とかして欲しいと、討伐依頼があった?」 「ご推察のとおりでござる。とはいえ、(それがし)一人では力不足。  それで、お二方にご助力を願ったと、そういう次第でござるよ」 「……ええと、でも」    ツカサが困惑したように表情を曇らせた。 「わたし、昨日このゲーム始めたばかりなので、そんなに強くないですよ?」 「俺もツカサも、嵐山どころか右京にさえ足を踏み入れてないんだが」  兵蔵が口にした嵐山は、平安京の外―――西に流れる桂川を渡った先だ。  少し北に進めば、貴族の別荘地でもある嵯峨野を経て、鳥辺野と並び恐れられる風葬地―――化野へと通じている。  言うまでもなく、出現する厄災の強さは、鴻臚館周辺とは比較にならない。  そんな場所で、新参マレビト二人が何の役に立つのかと、セキはツカサの言葉を引き継いだ。 「お二方の懸念はごもっとも。ただ、これから動けば、夜になる前には片が付きましょう。  帰りは、松尾神社の【道標】が使えるので一瞬で戻れるでござるし」 「からくり武者以外の敵に出くわす可能性は低い、と」 「そのとおり。また、実力についても、お二方ならば十分と見ているでござるよ」 「どうしてですか?」  今日出会ったばかりなのに。そう首を傾げるツカサの言葉に、忍者は首を振った。 「お二方は、あの『はじめてのお使い(クソチュートリアル)』から生還されたでござろう?」 「……何でそう思う?」 「昨日、お二方が【縮地】で戻って来られたところを見申した。  あれは死に戻りではなかったと、(それがし)は考えているでござる」 「確かに、そうですけど」 (そういえば、屋根の上に忍者が立っていたな)  ツカサが頷く横で、セキの脳裏に昨日の鴻臚館の様子が蘇る。  そんな彼等に、兵蔵は、夜の鳥辺野を移動できるのなら、力量的には問題ないと続けた。  その言葉に、セキは反論する。 「嵐山に出てくるような厄災だと、俺とツカサではキャラスペック的に無理があるだろ。  あの地域は、特技、装備共に備えた中堅層が挑む場所だと思うが」 「それが、件の武者は若干特殊でござってな。中堅層の方々にお力添えを頼むとオーバーキルになるのでござる」  ぶっちゃけると、弱い。嵐山に出現する他の厄災に比べると、その脅威は一段も二段も落ちる。  このため、助っ人役は中堅以上のマレビトにとって、役不足となるのだそうだ。  それを良しとして、諸先輩方に寄生紛いの助力を頼むのは、流石に自分が情けないと兵蔵は苦笑する。 「(それがし)もまだまだ未熟。お二方より些少は経験があるものの、力量的には初心者に毛が生えた程度でござる。  何とかご助勢をお頼みできないでござるか?」 (力量の下りは絶対嘘だろうが……)  セキは隣の少女へと目を向ける。  ツカサの方も、兵蔵の言葉を全面的に信じている様子は無かった。  しかし、彼の話にある『からくり武者』には興味津々なようで、好奇心を隠せていない。 「……行ってみるか?」 「はい! 行ってみたいです」  そういうことになった。

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  • とら

    九十九清輔

    ♡500pt 2021年6月6日 17時54分

    お店が開けるMMOシステム、やはり楽しそうだなあと、お店を運営してるプレイヤーは、わざわざ水戸黄門的お爺さんなキャラメイクで参加しているのは、気合入ってるなあと思う次第>< そして例の忍者と合流して、なかなか友好的な感じで良いなあと。しかし新規プレイヤーの参入は少ないんですねえ;

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    九十九清輔

    2021年6月6日 17時54分

    とら
  • 真田幸村

    鉢棲金魚

    2021年6月8日 1時13分

    ありがとうございます。内装から何から全部自分でカスタム出来るので、結構楽しいだろうなと思う今日この頃です。プレイヤーの参入に関しては、ゲーム全体では同時接続者数を維持できており、それなりに新人がいるのですが、京以外の場所を舞台とするコンテンツの方に流れている感じデス。

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    鉢棲金魚

    2021年6月8日 1時13分

    真田幸村
  • ドワーフ親父

    上原友里

    ♡500pt 2020年7月18日 14時11分

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    キマシタワーッ

    上原友里

    2020年7月18日 14時11分

    ドワーフ親父
  • 真田幸村

    鉢棲金魚

    2020年7月18日 14時17分

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    あら~~~っ!

    鉢棲金魚

    2020年7月18日 14時17分

    真田幸村
  • かぼのべら

    桜乱捕り

    ♡200pt 2019年7月13日 21時48分

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    応援しています

    桜乱捕り

    2019年7月13日 21時48分

    かぼのべら
  • 真田幸村

    鉢棲金魚

    2019年7月14日 0時44分

    ありがとうございます。引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

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    鉢棲金魚

    2019年7月14日 0時44分

    真田幸村

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