前世が交通課員で、その前世が銭形平次(仮)だったことに40歳半ばで分かった霊感のある盗犯刑事。その捜査活動について報告する。

読了目安時間:5分

第12話 白銀の女子高生

 カレンダーが三月も終わりに差しかかった頃の午後六時過ぎ。城銀樹璃亜(しろがねじゅりあ)は、葛飾柴又の参道を歩いていた。  東京では先日、桜の開花宣言が為されたばかりだ。世に、うららかな春が訪れたのだ。  だがしかし、今日に限って言えば吹く風は頬に冷たい。そのため、満開は例年に比べて遅いとの予報が出ている。夏になれば苦しみ悶えるような暑さの首都といえども、乾燥した肌寒さは、まだ少しだけ居残る季節である。  桜の開花宣言も相まって、ここいら近辺の人通りは冬季に比べて格段に多くなった。が、日の暮れた今現在は、昼日中(ひるひなか)のにぎわいが薄れつつある。多くの店がシャッターを降ろしつつある最中だ。樹璃亜が贔屓(ひいき)にしている草団子屋も。  ふと、桜の花びらが一輪、前進するの樹璃亜の鼻先を舞った。  樹璃亜は立ち止まって、それを右手で素早く掴み取る。そののち掌を開いて、(しわ)のない花弁を見た。 「わたしと同じであぶれ者だね、お前は。よし、仲間になってあげる」  言って樹璃亜は、柔らかい動作で花びらをセーラー服──台東区にある私立京永高等学校の女子制服の胸ポケットに入れた。  樹璃亜はそのまま、歩みを再開する。  目的地は、参道の先にある栄京寺(えいきょうじ)という仏閣だ。無双を誇る武勇と雷の守護神、帝釈天を本尊としており、かつて皆に親しまれた邦画にも頻繁に登場する場所である。  樹璃亜はその邦画が大好きであり、高校一年生ながらシリーズ全てを視聴している。最早、オタクと言っていい。  樹璃亜は、皆の記憶に焼きついているであろう山門に到着した。山門の前には一人の小太りな男がいる。竹箒(たけぼうき)を使って清掃に勤しんでいた。  下駄と駱駝(らくだ)色のスラックスを履き、襟無しの白シャツに腹巻き巻いて、その上に厚手の半纏(はんてん)を羽織っている。首からは御守りをぶら下げた寺男だ。 「平助は、ホント〝源の字〟そっくりだね」  寺男の名を呟いた樹璃亜は、既視感を覚えた。見た目がもじゃもじゃのパーマに口髭を蓄えた姿だから、余計にその度合いが強い。  平助が掃除を続けていると、塾帰りであろう小学生と思しき男児三人が、山門の前を通りかかった。男児たちはやにわに、 「やーい、掃除の平助ー。掃除しかできない平助ー」  とはやし立てた。  平助は「むっ」と唸り、顔を上げた。  だが、時既に遅し。小学生たちは、緩慢な動作の平助を尻目に、あっという間に走り去ってしまった。  小学生たちの後ろ姿を呆けた目で追う平助。数秒後、我を取り戻したのか、両手で己の頬をぴしゃりと叩いた。そのせいで平助は、間抜けにも竹箒を取り落とす。 「しまった」  言いながら竹箒を拾う姿は、見る人によっては苛立ちを覚えるかもしれない。が、樹璃亜は、そう思わない。 「いけねえ、いけねえ。この程度でイライラしちゃいけねえ。大和尚様のように心を広く持たねえと。でも、姉貴みたいにキリッとしてきびきび動けたら、馬鹿にされずにすむのになあ」  平助はべらんめえ口調で、己を戒める言葉を発した。 「せめて今の気持ちだけでも切り替えねえと」  平助は一心不乱に竹箒を操る。  しばらくすると春らしい一陣の風が、平助のギョロ目に砂埃(すなぼこり)を運んできた。平助は、「わっ」と声を上げ目を瞑る。 「なんだよぅ。おいら、何も悪い事してねじゃねえかよ。どうしてこんな目にあうんだい。泣きっ面に蜂とはこのことかよぉ。帝釈天様ぁ、少しは御利益くれてもいいだろよ」  平助は、涙が一粒こぼれる目を(こす)る。 「ふぃー、やっととれたあ」 「大丈夫?」  樹璃亜は平助の間近まで歩み、やや腰を折って顔を覗いた。 「あっ、樹璃亜の姉貴、こんばんは」 「やあ、こんばんは平助。毎日ご苦労様」  樹璃亜は至極落ち着いた声で、年下である自分を「姉貴」と呼ぶ平助を(ねぎら)った。 「どうしたんです、姉貴? もう夜更けですよ」  平助が不思議そうに訊ねる。 「……じいちゃんと喧嘩した」  樹璃亜は頬を膨らませ、口を尖らせた。思い出すと、腹が立つ。 「またですかい」  平助は呆れたように息を吐いた。 「またってなんだ、またって」  樹璃亜は不満を声に出した。 「だって、姉貴のプチ家出はいつものことじゃあないですか」 「そんなこと、平助にはどうでもいいじゃないの」 「どうでもよくねえです。姉貴はあっしと違って未成年ですよ。今、大和尚様に伝えてきますんで。しばしお待ちを」  平助は小走りで境内へ入っていった。それから、しばらくの時を置いて戻ってきた。 「大和尚様と和尚様、二人とも談話室でお待ちです」 「そう」  樹璃亜は頷いて、平助に見送られながら立派な山門をくぐろうとした。  すると、再び小学生男児三人が寺の入り口に近づいてきた。しかし、今回は平助を馬鹿にするような真似はしなかった。否、できないのであろう。樹璃亜がいるから。 「げっ、ギン子」  男児たちは揃いの言葉で呻き、その場に立ち尽くしてしまった。  男児たちの呻き声を聞いた樹璃亜は、振り向いて腕組みをし、仁王立ちする。 「ギン子じゃない。わたしの名前は樹璃亜、城銀樹璃亜だ。もう夜だぞ。さっさと家に帰れ! クソガキどもめ!」  樹璃亜は、ギロリと男児たちを見据える。自分のことをクソガキだとは、爪の先程も思っていない。  樹璃亜に見据えられた男児たちは瞬く間に涙目となり、すたこらさっさと回れ右をした。平助は馬鹿にできても樹璃亜は恐いのだろう。  樹璃亜は満足したように頷くと、踵を返し山門をくぐる。動作が素早いため、平助のお辞儀が遅れてしまった。  平助の視線を背中に受ける樹璃亜。  樹璃亜は、かの寺男──墨田平助(すみだへいすけ)が好ましい。異性としてどうこうと言うわけではなく、人とは違う見た目をしている自分に対して、忌憚(きたん)なく接してくれる朴訥(ぼくとつ)さが好きなのだ。更に、事情を知らない周囲から、その朴訥さを毎日毎日馬鹿にされてもめげない心には一目すら置いている。人間であると分かっているが、忠犬のような純粋さがあるので、もじゃもじゃ頭をくしゃくしゃに撫でてやりたくもなる。 「平助は、誰が何と言おうといいやつだ」  早春の月光を浴びる樹璃亜は、真っ直ぐ前を向いて境内の石畳を颯爽と歩く。またもや風が吹き、腰まで届きそうな長い髪をなびかせた。前髪が視界に入る。  その髪の毛、加えて眉毛や睫毛(まつげ)までもが月の光を受けて煌めく白銀だ。白髪と違って、明らかに艶と腰のある樹璃亜の体毛である。  街歩く女性のように意図的に染めているわけではない。子供の頃黒色だったものが、ある事件ののち変化した地毛なのだ。  樹璃亜が男児たちから、「ギン子」と呼ばれたゆえんである。

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