前世が交通課員で、その前世が銭形平次(仮)だったことに40歳半ばで分かった霊感のある盗犯刑事。その捜査活動について報告する。

読了目安時間:8分

第22話 カチコミの通報

 刑部は電車内で帰宅の波にもまれつつ、亀有署へと移動した。到着時間は午後七時三十分過ぎだ。  着いて真っ直ぐ二階に上がり、組織犯罪対策課のドアをくぐる。 「相変わらず、組対(ソタイ)はどこも組の事務所みたいだな。これじゃ、どっちが本物か分かりゃしねえ」  小さく呟いて、課内を見回す。課長と羊野以外はいない。  刑部は、まず筋を通すため、課長のデスクに向かった。刑部の目から見ても、詐欺師くさい外見だ。 「捜査三課見当たり班の刑部です。お世話になります」  威儀を正して腰を折り、敬礼をした。 「ご苦労さん。羊野から話は聞いたよ。しかし、放火殺人の被疑者(マルギ)を探すのに、うちで役立つかな」  課長は気さくな口調だった。 「ちょっと調べてみたら、野郎はここいらの生まれらしくて。それと昔〝シュガー〟を開店するにあたり、()()の力を借りたそうなんですよ」  言って、刑部は頬を人差し指でなぞった。 「ほう。どこの組だい?」 「イワシです」  刑部は短く答えた。 「イワシ組か。昔、新宿のフッコ会に吸収された組だな。ここのイナダ組のシマに手を出して失敗し、立ち直れなくなった」 「はい。で、イナダの組長は古株ですから、少し伝手(つて)があるかな、と思いまして」  刑部は考えるふうに言った。 「刑部、フッコ会のネタが目的なら、新宿署に直接行けばよかったんじゃないのか?」 「俺、新宿署の組対と仲悪いんですよ。いえ、一課や生活安全課(セイアン)ともですね。あいつら、自分たちだけが最前線にいると勘違いして──」 「そうか」  組織犯罪対策課長は刑部を遮り、苦笑った。 「じゃ、羊野、刑部の世話を頼むぞ」  組織犯罪対策課長はスーツの上着を肩にかけ、組織犯罪対策課から出て行った。 「久しぶりに聞きましたよ。先輩の新宿署嫌い」  係員のデスクに座っている羊野は、キーボード打っている手を止めた。 「こればっかりはどうにもな」  刑部は息を吐いて、羊野に向き直る。  羊野は、刑部より恰幅が良いオールバックの中年だ。(のり)の利いた濃緑色のスーツを着用し、ピンク色のワイシャツ着込んでいる。ネクタイに至っては、観世音菩薩の柄だ。立派な口ひげを生やした厳つい顔には、色付きの眼鏡を掛けている。  相変わらず、本物よりも本物らしい雰囲気を醸し出してやがる。  刑部は心の中で思わず苦笑した。 「先輩、また俺のこと本物っぽいって思いましたね」 「分かったか」 「その苦笑いを見ればね」  羊野も苦笑し、空いてる隣の椅子を刑部に勧めた。 「それにしてもです。よく三課の上が許可しましたね」 「課長も班長も、事情を説明すれば一応の理解はしてくれるからな」 「そんな上司は、そうそういませんよ」 「だから、ごくたまに勝手に動く奴がいる。成功、失敗関係なくな。だがよ……」  言って、刑部は椅子に座る。 「上司がどんな奴であろうとも、動く前にうかがい立てるくらいしなきゃいかんだろう。捜査に信念を持ってるんだったら尚更な」  刑部は話を区切り喉を湿らせると、また話し出す。 「俺らはデカだ。そのデカがよ、毎日顔を合わせる上司くらい説得できなくてどうする。それくらいできなきゃ、見ず知らずの被疑者を落とせるわけないだろう。俺らの仕事は喋って、口車に乗せてナンボだぞ」 「確かに」  羊野は頷いた。 「ただただ上に反発して一匹狼を気取っている奴なんざ、自分の口下手を棚に上げて、刑事の資質がないのを虚勢で隠しているだけさ」  刑部は、低い声音で嫌味を言った。 「でも先輩、今一人じゃないですか」  羊野はボソっと呟いた。 「今は羊野が相棒だ。それにシンは、スノボで両脚骨折しちまって入院中なんだよ」 「まったく、ああ言えばこう言う」  羊野は呆れたように肩をすくめた。 「事実だ。それと、口が達者なのはお前もだろうが」 「まあ、そうなんですがね」  刑部と羊野は笑い合った。 「で、先輩。まずは何から手をつけるんです?」  羊野は興味深そうに訊ねた。 「イワシとイナダの抗争時の資料だな。イワシが生きてた頃のネタから手繰(たぐ)れるかもしれん」 「抗争ってほどには発展しませんでしたがね」  言って羊野は、課の奥にある資料室へ入る。そこからぶ厚いファイルを三冊、取り出してきた。  刑部はファイルを受けとり、閲覧する。  刑部が資料を閲覧している間、羊野は自分の仕事を始めた。  警察の仕事、特に刑事・交通・生活安全といったいわゆる専務員は、事件起訴のため八割方デスクワークに忙殺される。暴力団と相対する組織犯罪対策課も、ご多分に漏れない。  ──刑部が資料を閉じ、羊野が仕事を終える頃になると、課の壁掛け時計の針は午後十時近くになっていた。 「ふむ、時代はランパブが流行っていた頃か。イナダのシマに了解なしで勝手にランパブを出店したと」 「イワシ組は強引でしたからね」  羊野は鼻で笑った。 「まあ、イナダはブリ会の直参(じきさん)だから、イワシに勝ち目はなかったな」 「ええ。無駄な抗争を起こせば、こっちに目をつけられるだけですからね」 「そうだな」 「で、トップのブリ会とフッコ会が話し合って、イワシ組が手を引いた。そこで大人しくしていればいいものを、その後イワシ組は歌舞伎町で外国マフィアとドンパチやって、負けた。生き残った連中はフッコ会に拾われた」  羊野の説明に、刑部は頷いた。資料にも記載されているのだ。 「ただし、一人だけイナダに入った野郎がいるな」  刑部は羊野の細い目を見る。 「はい。今の若頭、組長の息子ですよ。親に反発して対抗勢力に入って、結局は戻り、親の(すね)をかじる形になった」 「実はな、こいつと被疑者に接点があるのさ。どら息子がまだイワシにいた頃だ。佐藤勝己経営時代のシュガーが、赤字でにっちもさっちもいかなくなった時、借金の肩代わりをしている。被疑者もその頃、葛飾区内に住んでいた」 「へえ、それは初耳だ」  羊野は感心したように声を上げた。 「浦和署の捜査本部(ソウホン)で捜査してたんだよ。ただし、どら息子は放火殺人の発生当時は関わり合いがなくてな。アリバイもしっかりある」 「じゃあ、どうしてここに?」 「そのどら息子が潜伏先の情報を知っているんじゃないか、と思ってな。もしくは、直接世話したか」 「ふむふむ。じゃあ、オレ顔見知りですから、明日にでも行って訊きだしてみますよ」 「なあ羊野、俺も直接訊きたい。同行させてくれるか」 「もちろん、いいですよ」  刑部の頼みを羊野は快諾した。 「恩に着るよ。で羊野、管内の情勢はどうだ?」  目的のめどがついた刑部は、気分転換に訊ねた。 「普段どおりですかね。忙しいのはいつものことです」  羊野は腕を組む。 「所轄はどこも一緒だな」  刑部は大きく息を吐いた。本店はもちろん、所轄も常時、猫の手を借りたい実情はよく知っている。今の亀有署は、大きいヤマを抱えていないだけなのだ。抱えたとしたら、羊野は多忙を極め、首が回らなくなる。 「喋ったら喉乾きましたね。先輩、コーヒー飲みますか?」 「おう、ありがとさん」  刑部は羊野の淹れたブラックを一口飲む。今日は色々動いたせいか、異様なくらいに旨い。 「羊野よ、樹璃亜、城銀樹璃亜はどうしてる?」  刑部は、訊ねながら眉間に(しわ)を寄せた。 「最近は大人しいですよ。何だかんだ言って、あいつも、もうじき高校二年生ですからね。落ち着いてきたんでしょうよ」 「そうか、大人しいか。それは何よりだ」  険しい顔から一転、刑部は微笑んだ。 「ところで羊野、煙草はやめたのか?」  刑部は、愛煙家であるはずの羊野から煙草の匂いが漂っていないのに気づいた。 「はい。値上げ値上げの上、体もきつくなってきましてね。良い機会ですから、きっぱり。でも、その分口が寂しくなるもんですから、また太りましてね」  言って羊野は豪快に笑い、コーヒーを一口飲んだ。 「先輩みたいに、最初からやらなきゃよかったかな」 「まあ、そのおかげで、俺はカミさんには嫌われずに済んだ」 「……そうでしたね」  羊野は寂しそうに応じた。  刑部の妻は、羊野を弟のように可愛がっていたのだ。羊野の方が刑部の妻より年上なのだが。  可愛がったのは羊野だけではない。鎌ヶ谷信二も澤田石静音も、刑部の妻の前では、まるで仲の良い兄弟か姉妹のようだった。  課内に沈黙が漂う。その沈黙を破るように、羊野の携帯が震えた。 「もしもし、どうしたあ」  羊野は鷹揚(おうよう)に話す。 「変な奴だけじゃ分からんぞ──」  羊野は携帯を耳から離し、眺めた。電話が切れたようだ。 「何があった?」  刑部は緊張感をもって訊ねた。 「イナダ組の若いモンからです。事務所に変な奴が来たと」 「カチコミか? 相手は?」  刑部の緊張の度合いが増した。マル暴刑事の携帯にかけてくる電話なんぞ、ろくなものでないだろうから。 「うーん……それがどうもおかしいんですよ。銃声どころか、殴打の音も怒鳴り声も聞こえないですし、最後の言葉が『あっちい』でしたから」  羊野は唸った。 「『あっちい』か……」  刑部は胸騒ぎを覚えた。この胸騒ぎ、連続の金庫破りとか、何県にも跨る広域窃盗が発生した時のように覚えるものではない。どちらかといえば、一昔前の子供がタチの悪い悪戯(いたずら)をして、大ごとになる寸前の感覚に近い。 「……羊野、お前さん大体予測はついてるんだろう?」 「先輩こそ」 「まあな」  刑部は神妙な面持ちで羊野に頷いた。 「応援は……呼ばない方がいいぞ。全員、叩きのめされる可能性がある」  刑部は声をひそめた。 「二次遭難みたいなもんですね」  羊野は、首を縦に振った。 「それでも、場所はやくざの事務所だ」  刑部は呟いた。 「ええ。万が一があります。防弾装備だけはしていきましょう。先輩、拳銃(チャカ)持っていますよね?」  刑部は無言で頷いた。背広の下のホルスターには、回転式拳銃ニューナンブを携行している。 「了解です。行きましょう」  言って、羊野は席を立った。刑部もすっくと立つ。  刑部と羊野は亀有署の裏口から出る。闇に紛れるようにして、覆面パトカーがある駐車場に向かった。

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