前世が交通課員で、その前世が銭形平次(仮)だったことに40歳半ばで分かった霊感のある盗犯刑事。その捜査活動について報告する。

読了目安時間:5分

第27話 雷(いかずち)と炎 その3

「──その傷は、警察に殴られたものですね」  亀有署にて逮捕拘留中の被疑者──そのうちの一人、樹璃亜に殴打された男と接見した男性弁護士は訊ねた。  被疑者は(かぶり)を振って言う。はちきれんばかりの笑顔の子供に、銃把で何度も殴られた、と。 「そんなことあるわけないでしょう。刑事にそう供述しろと言われたんですね」  弁護士は即座に否定した。実際に言っていなかったとしても、取調べ官に対する忖度の可能性だってあるとの見解だったらしい。  弁護士の言葉に、被疑者はまた頭を振る。 「だったら、僕が警察の実況見分の立ち会い人になりましょう。善意の第三者としてね。警察の嘘を暴いて見せます。あなたの罪を軽くする材料になるかもしれない」  弁護士は職務を忠実に果たそうとした。警察が立ち会いを拒否したなら、そこから崩していけばいい。誰が見ても当然の仕事ぶりという自負があったそうだ。  この実況見分は、異例中の異例である。  だが、警察側は弁護士が立会人として名乗り出たのを気にもとめなかった。 「意外ですね。断るかと思っていました」  亀有署の刑事一課を訪れた弁護士はいぶかしみ、刑事一課長に言った。 「いやね、断る理由がどこにもないのですよ。虚偽の事実などありませんからね。こちらとしては、事実を粛々と見分すればいいだけなんです」  刑事一課長は穏やかに言った。 「そうですか。化けの皮がはがれないといいですね」  刑事一課長の自信満々を予想していた弁護士。肩透かしを食らった気分なので、嫌味の一つでも言ってやらないと気が済まなかったのだという。 「弁護士さん、あの子には気をつけて下さい。私たちをいぶかしんでいるあなたには、それだけしか言えません。何を言っても信じてくれないでしょうから」  刑事一課長の言葉に、弁護士はますますいぶかんだそうだ。  後日、弁護士及び、樹璃亜の保護者である祖父立ち会いの下、亀有署の講堂を現場に見立てて、証拠保全のための被害者実況見分が行われた。被疑者立ち合いは別途行う。  現場そのものを使わなかったのは、樹璃亜の記憶がフラッシュバックを起こし、パニックになるおそれを考慮してのことだ。  樹璃亜は、 「ぜんぜんこわくないよ」  と言ったが、そこは幼児であるから鵜呑みにできない。やはり大事をとるしかなかった。  見分の場には、現場の状況再現を補助するため、羊野とSITの隊員が数名いた。  入院中の刑部は、特に羊野に対して、 「樹璃亜から目を離すなよ。何をしでかすか分からんからな」  と忠告をした。 「では城銀さん。ありのままをして下さい。あなたのような小さい子供に、大人へ大怪我を負わせる力なんてあるはずがない。ここにいるかいないか分かりませんが、警察の誰かが逮捕行為にかこつけて、彼を痛めつけた事実の証明になります」  開始前、弁護士が声高に宣言した。 「ふーん。おじちゃん、わたしにできないとおもう?」  言って樹璃亜は弁護士を一瞥(いちべつ)した。のち、木製の模擬拳銃を(もてあそ)びながら講堂内走り始めた。  見分補助の大柄な女性刑事が、 「返しなさい樹璃亜ちゃん!」  と追いかける。が、すばしっこいため捕まえられない。  混沌とした光景を見た羊野は、頭を抱えた。嫌な予感ばかりがつのったそうだ。 「当たり前でしょう、城銀さん」  言った弁護士の直近に、いつの間にかにこにこ顔の樹璃亜が立っていた。  弁護士は、しゃがんで樹璃亜と視線を同じ高さにする。  樹璃亜は、何の前触れもなく模擬拳銃の銃把で弁護士の頬を殴りつけた。  樹璃亜本人はかなり力を抜いていたらしい。が、弁護士は壁近くまで吹っ飛ばされてしまった。  羊野をはじめ、全員が目を剥いた。  怪我の程度は後日判明する。当たり所がよかったせいで、弁護士は頬が張れ奥歯が折れただけで済んだ。  弁護士は、突然の出来事に目を白黒させていた。 「しまった」 「樹璃亜! なんてことしやがる!」  呟いた羊野は、叫んだ祖父とともに樹璃亜を抑えにかかる。  それより早く、樹璃亜は弁護士の元に駆け寄った。 「できたよ。うそついていないことわかった? おじちゃん」  樹璃亜は一瞬だけ、幼児とは思えない苛烈さで弁護士を睨みつけた。すぐさま、にこにこ顔に戻る。  弁護士は、頬をおさえたまま、こくりと頷くのみだった。 「──樹璃亜のやつ、やってしまったんです。いえ、オレの監督不行き届きでした。こんなに早く、先輩の忠告が現実になるとは思いもしませんでした……」  翌日、羊野は病室の刑部の前で、深々と溜め息を吐いた。  もちろん、傷害の現行犯であるから樹璃亜は補導され、児童相談所へ通告された。実況見分も延期された。  祖父は弁護士に頭を下げ、治療費と慰謝料を払う羽目になった。  弁護士は、それ以上要求も追及もしなかった。しばらくの期間、子供の声を聞くと身震いしてしまう症状に見舞われたらしい。睡眠中の夢に笑顔の銀髪の女児が出てきて、追いかけ回されることさえあったという。  被害者供述調書に押印する際弁護士は、亀有署の刑事一課強行犯の犬塚忍という男から、 「相手は子供ですが、いわれのない暴力です。あの子に何か伝えることはありますか?」  と訊ねられたらしい。 「もう二度と会いたくない。それだけです」  弁護士は歯を震わせながら呟いたそうだ。  一連の出来事を、刑部は病院のベッドで羊野から聞かされた。溜め息ばかりが口から出る。  傍らにいた刑部の妻は、 「やんちゃな子だこと。ねえ、宏一郎さん」  と微笑んで、皮を剥きフォークで刺した林檎の欠片を刑部の口に運んだ。  刑部は、やや硬く甘酸っぱいそれを咀嚼(そしゃく)し飲み込むと、 「しかしだ、いくらなんでも度が過ぎるだろう。それが年端もいかない子供でもだよ」  と言って、片手で額を抱えた。顔もしかめる。入院当初よりはマシになったが、体を動かすと傷口がうずくのだ。 「宏一郎さん、だからって見守らないわけにはいかないわよ。年端(としは)もいかない子供なんですもの」  刑部の妻は微笑みをやめた。夫を見つめる眼差しは真摯だった。 「そうだな」  刑部は、鼻で息を吐きつつ頷いた。樹璃亜に関しては腹をくくるしかない。 「洋くんもお願いね。叱るだけではいけないわよ。他人の家のことだけど、城銀さんちと協力しないと」 「じゃないと歯止めが利かなくなるのは目に見えているからな。羊野、これは根気がいるぞ」 「そりゃあ、もう」  羊野は大きく頷いた。  刑部には、羊野が自分同様、覚悟を決めたように見えた。

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  • ブルーマーメイド

    優月 朔風

    ビビッと ♡1,000pt 2021年5月12日 10時29分

    《「宏一郎さん、だからって見守らないわけにはいかないわよ。年端(としは)もいかない子供なんですもの」》にビビッとしました!

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    優月 朔風

    2021年5月12日 10時29分

    ブルーマーメイド
  • チンチラちゃん

    砂乃路傍

    2021年5月12日 12時37分

    ビビッとありがとうございますm(__)m 刑部の奥さんは作中屈指の人格者です。でも、いい人とって長生きできないんですよね……。

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    砂乃路傍

    2021年5月12日 12時37分

    チンチラちゃん
  • メタルひよこ

    新藤悟

    ♡500pt 2021年3月7日 6時08分

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    筆文字「控えめに言って最高」

    新藤悟

    2021年3月7日 6時08分

    メタルひよこ
  • チンチラちゃん

    砂乃路傍

    2021年3月7日 12時35分

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    感謝感激雨あられ

    砂乃路傍

    2021年3月7日 12時35分

    チンチラちゃん

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