前世が交通課員で、その前世が銭形平次(仮)だったことに40歳半ばで分かった霊感のある盗犯刑事。その捜査活動について報告する。

読了目安時間:8分

第44話 四人だけの慰労会

 佐藤勝己は逮捕後、フッコ会の構成員に手懐けられた覚せい剤の売人であることが判明した。デリンジャーも護身用にと渡された物だった。  オカマの振りが堂に入っていたのは、フッコ会構成員がケツモチしている別の店のママから仕込まれたものだった。当然、隠れ(みの)にするためである。ここまで徹底したからこそ、一年以上逃げおおせたのだろう。  佐藤勝己が使っていた、加藤正親という氏名・年齢・本籍地等が書かれた身分証明や、捜索差押えで見つかった戸籍謄本の写し。これは、全てフッコ会がニンベン師 (偽造職人)に無理矢理作らせた精巧な偽物だった。また、喫煙パイプも同様だった。  このニンベン師は公文書偽造で新宿署が逮捕。佐藤勝己には同行使詐欺が追加された。ただし、ニンベン師は形の上で初犯になるので、不起訴・起訴猶予・執行猶予、このいずれかになる可能性が高い。  おそらく、まだまだフッコに使われるはずだ。処分が決まったら当たってみよう。良い協力者になりそうだ。  佐藤勝己が起訴された日、刑部は歌舞伎町のタイ料理店で夕食を食べながら心の内で呟いた。四人掛けのテーブルで、羊野と平沙希とともに会食している最中である。  ここにいるのは、先日交わしたウィラトンとの約束を果たすためと、イナダ組関連で受けた羊野への借りを返すためだ。今宵(こよい)の飲食代は、全て刑部持ちである。 「──なるほど、ベテランの売人だったか。フッコも大事にするわけだ。つきあいが長いようだからな」  刑部は、飛び入り参加の犬塚から話を聞いて頷いた。  その犬塚は、旨い料理を旨そうに口へと運んでいる。  犬塚の反応どおり、ウィラトンが運んでくる料理は、何もかもが旨い。  その中でもグリーンカレーは、辛さとコクとまろやかさが絶妙なハーモニーを奏でている。刑部が今飲んでいるサトウキビとタイ米を使ったリカーベースの琥珀色カクテル、〝リン・カム・ラム・コーン〟もフルーティで喉ごしが良い。 「カミさんもここに来させたかったな」  刑部は、三人に聞かれないよう呟いた。 「佐藤夫妻は、シュガーを譲られた際、ヤクの売り(バイ)に勘づいて反発したそうです。マスターと佐藤勝己の師弟関係にヒビが入り始めたのはそこからだ、と。無理もない話だ。マスターは真摯な男でしたから」  羊野は神妙な面持ちで言った。料理を盛んに口へ運びながら、ウイスキーのロックを舐めるように飲んでいる。 「佐藤勝己、()()どころではないですね」  平沙希は、生ビールを大ジョッキでグビグビ飲み干した。頬がやや上気しているだけで、けろりとしている。実はもう九杯目なのに。 「ああ。猛毒だな」  刑部は平沙希に同意した。  しかし毎度思うんだが、これじゃあ〝金の赤楝蛇(やまかがし)〟じゃなくて〝うわばみ〟だな。いくら飲んでも酔う気配がまるでない。  刑部は、更に生ビールを追加する平沙希を見て呆れた。  それでも口には出さない。ピッチャーで飲まないし、酒癖が悪くない分、マシだと考えている。  近頃多いのだ。酒乱癖がある警察官が泥酔した場面を撮影され処分を食らう世にも情けない案件、いわゆる〝非違行為(ヒイコウイ)〟が。 「ところで刑部さん、〝ザラメ〟で佐藤勝己の身体的特徴の一つ、撫で肩を言及しなかったのはどうしてですか?」  平沙希はジョッキから手を離して、あらたまったように訊ねた。 「『撫で肩なんてそこらじゅうにいるだろうが』なんて対象者(マルタイ)に言われたら、そこから先の質問に支障をきたします。職務質問(バンかけ)はリズムも大事なんですよ」 「職質は、対象者の粗を見抜いていく第一歩だからな。一歩目から(つまづ)いたら、相手のペースになる恐れがある。主導権は常に握っていないといけない」  羊野と犬塚は順に言った。  先に言われてしまった刑部は肩をすくめた。  平沙希は納得したように頷く。 「それにしてもです。銃口を向けられたあの時は、本当に殺されるかと思いました。刑部さんが五円玉を投げないで、尚かつ逮捕術の達人でなかったら、私、どうなっていたことか」  平沙希は頬を上気させたまま言った。ただ、声には薄ら寒さが(にじ)んでいた。 「平、相勤者が刑部で良かったな」 「ええ。ホントに」  平沙希は息を吐き、犬塚に頷いた。 「刑部先輩は、捜査一課代表で逮捕術大会の団体戦に出た時、機動隊の連中をハイキックだけで五人抜きしたことありますからね。今はスタミナが続かないでしょうけど」  羊野はウイスキーをちびりと飲んだ。 「さすがに五人抜きは無理だな」  刑部は苦笑う。 「SATにスカウトされたって、風の噂で聞きましたけど?」  平沙希は刑部に訊ねた。  SATは、警備部の対テロ特殊部隊である。戦闘力はSITより高いと位置づけられている上に有名で、混同や同一視されることが多い。もちろん、SITがSATと勘違いされるのだ。 「SITがSATの下みたいな言い方するなよ」  SITはSATよりも捜査力に長けている──持論がある刑部は、平沙希をたしなめた。 「すみません」  平沙希は悪戯(いたずら)娘のようにちろっと舌を出した。  羊野と犬塚は黙って酒を飲む。誰も平沙希の質問に答えない。  考えているのは同じってわけか。俺ら、三人ともSITに在籍していたわけだしな。  思う刑部も真相を答えない。  噂どおり打診を受けたのは事実だ。SITもSATも秘匿部隊だから内密に。  だが、これを公にしてしまえば、刑部は刑事部を裏切るような気がしてならない。実際は首を縦に振っていなくても、二心ありと誰にも疑念を抱かれたくない。あくまで、刑事部のデカでありたいのだ。  刑事部と警備部──全国どこでも仲がよろしくないのは、この際関係ない。 「体はたるんでも、伝家の宝刀は()びついていなかった、ってことだな。平にとっちゃ命の恩人、さながら王子様か」  犬塚は、平沙希の質問をなかったことでもするかのように、嫌みったらしい口調で言った。  歌舞伎町交番での仕返しかよ。  刑部は犬塚を見据える。  犬塚は反応を示さない。  平沙希はといえば片手で頬杖をつき、まんざらでもなさそうに微笑んでいる。 「王子様、ですか。オレには山賊の頭領にしか見えませんけどね」  羊野が哄笑すると、 「お前が言うか」  と刑部と犬塚は同時に言った。 「これはすんません」  羊野は首をすくめた。平沙希はカラカラと笑った。 「で、犬塚よ。こっちの動き、フッコに洩らした野郎はどこのどいつだ?」  刑部は食事の手を止め、声をひそめた。 「一課にはいない。断言できる。そんな暇はないからな」  犬塚は焼酎の水割りをあおった。平沙希は、旨そうに十杯目を飲んでいる。  刑部は犬塚に頷いた。  確かにそうだ。刑事一課はどこの署でも多忙である。しっかり仕事をしていれば、余計なことをする暇もないのが現実だ。あくまで、しっかり仕事をしていれば、であるが。 「一に組織犯罪対策課(ソタイ)、二に生活安全課(セイアン)。フッコと最も繋がりがあるのはこの二つの課だ。それ以上調べたければ、自分の手でやるんだな」  言って、犬塚は焼酎の水割りをあおる。 「ただし、あんたら三人とも、これから新宿署に赴任する可能性はある。それだけは忘れないことだ」  犬塚は低い声で言った。 「上等だ」  刑部は鼻で笑った。犬塚は刑部にとり合わなかった。 「新宿署は、まるで伏魔殿ですね。本店よりも危ない気がします」  平沙希は十杯目を軽々飲み干してから息を吐き、小さく呟いた。 「都庁を含めて、街自体がそうですからね。闇に(うごめ)くっていう言葉がこれほどピッタリな街もありません。赴任当初はそうでなくても、朱に交われば赤くなるってもんですよ。検視官、これからはお気をつけて」  羊野は、他人事のようにベラベラ喋った。  犬塚は無言で羊野に頷いた。ひょっとすると本音は、早く他の署に異動したいのかもしれない。 「にしてもですよ、話を聞く限り、今回の捕り物は興味深かった。オレも無理して、犬塚先輩みたいに応援捜査行けばよかったかな。情報の断片は掴んでたから」  ウイスキーを舐めた羊野はぼやいた。 「羊野よ、管轄外の亀有署じゃ難しいだろ。お前んとこの署長は堅物だしな」  刑部はリン・カム・ラム・コーンを一口飲んだ。 「だな。おまけに()()()()だ。今更遅い。動くんなら早もっとく動け。〝豹の行動〟は盗犯だけじゃなく刑事全般にあてはまるぞ、羊野」  犬塚はグラスを空にした。  羊野は、すかさずウィラトンに焼酎の水割りの追加と新しい料理を注文した。 「そうですよ。私と刑部さんは本店だから幾分自由が利いたわけで。それもかなり無理を通してるんです。犬塚さんだって通常業務に忙殺される中を無理したんですよ。羊野さんは、今回樹璃亜ちゃん以外に無理してないじゃないですか」  言って、平沙希は十一杯目頼んだ。  どいつもこいつも、人の金だと思って勝手に注文しやがる。まあ、今回は警視庁組だけの慰労会みたいなものだから、悪くない出費だがな。  刑部は、口に出さず苦笑った。  浦和署捜査本部は解散時、刑部たちを呼ばなかったのだ。当然、(ねぎら)いもない。ひょっとしたら新宿署と何かあって、「これだから警視庁は……」となったのかもしれない。  羊野は、刑部・犬塚・平沙希を見た上で、「はいはい」といい加減な返事をした。そのいい加減な返事をする前に、僅かに口が動いたことを刑部は見逃さない。  大方、「樹璃亜相手だからその無理が命がけ」とでも言おうとして思いとどまったんだろう。ここには、犬塚もいるわけだしな。  刑部の知る羊野は、見た目の割に気遣いの男である。昔から変わらない。 「ヒツジノサン、マイペンライ」  刑部が後輩の気質を再確認する中、ウィラトンが新しい肉料理、〝サバイ・サバイ〟を人数分運んできた。 「わぁ、待ってました。美味しそう」  平沙希は無邪気な子供のように手を叩いて、普段は〝ジト目〟と言われている瞳を輝かせた。

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