これで終わりじゃないよね?

読了目安時間:7分

エピソード:17 / 19

尽きることのない疑問

 教室で待っていると言っていた神川を迎えに、俺は三組へ向かった。  誰かと一緒に帰ること自体久しぶりのことだ。男子ならまだしも、女子と一緒に帰るのはいつぶりだろう?なので帰りの道中に何を話せばいいのか見当がつかない。  しかしこれはチャンス。神川と会話することの出来る絶好のチャンスだ。神川に関して言えば、聞きたいことがいっぱいある。きっと、時間があっという間に過ぎてしまうに違いない――。    三組の中を覗き込むように見てみると、左奥。ちょうど俺のいる反対側の入り口の真ん前に神川が座っていた。 保健室で会った時とは違い、彼女は白いブラウスにスカートというスタンダードな制服姿に身を包んでいた。ブレザーを肩に掛け、机に置いた鞄を枕にして突っ伏すような体勢を取っていた。  教室内にはすでに人がほとんど残っておらず、教卓を囲んで雑談をしている生徒が数名と、まばらに残って勉強をしている生徒がいるだけだった。  俺は反対側の入り口に回り、後ろからポンッ! と神川の肩を軽く叩いて声を掛けた。 「神川っ、来たよ」  ただ、後ろから軽く肩を叩き、呼ぶ――。  こんな些細な行為だろうと、彼女にとっては十分吃驚に値するものだったらしい。神川は話しかけた俺でさえも、思わず一歩後ずさってしまう程の勢いでバッと立ち上がった。この時、彼女が肩に掛けていたブレザーがするりと床に落ちた。 「おっと! ――迎えに来たよ、驚いた?」 「た、高月くん!?」  俺のほうを向き、目をぱちくりさせている神川。口が軽く開いたままの間抜けな表情だったが、それがどことなく可愛らしく思える。  そして、先程まで比較的静穏だった教室内にいきなり大きい声が響き渡ったので、居合わせていたクラスの連中が一斉にこっち側に顔を向けた。でも、どうせ一瞬だけ気を向けたらまたすぐに各々の話に戻るだろうと思っていたが、何やら連中はこちらをチラチラ見ながらヒソヒソ話を始めた……ように感じる。 「もう、ビックリさせないでよね! それに亜希って呼んでって言ったでしょ?」  腕を組み、仁王立ちで若干むくれながら真正面から言ってくる神川……じゃなくて亜希。思わずたじろぎそうになるくらいの威圧感を放っている。 「そ、そうだったね。ごめんごめん」  ――ここでふと気付いたのだが、一瞬見えた亜希の白いシャツの背中が若干黒ずんでいるのが気になった。 「まあいいや。高月くん、行こっ」  亜希は床に落ちたブレザーを拾い、豪快に埃を振り払う動作を見せて着用した。埃とともに、亜希の香りが俺の鼻を通る。――美術室で初めて会ったときと同じ匂いがした。  そして鞄を手に取ると、颯爽と教室から出て行く。俺もそれに続いた。  廊下に出ると、亜希は真っ直ぐ、俺を待たずにズンズンと人混みをかきわけ、生徒玄関へ向かっていく。俺は比較的大股で、歩くのも早いほうだが亜希はそれよりも一歩早いペースで歩いていく。歩くというか早足と呼ぶのが相応しいかもしれない。その後ろ姿はどこか急いでいるようも見受けられる。一緒に並んで歩くのが嫌なのかな? 「……確か亜希の家って学校から近いんだよね?」  生徒玄関で指定靴を履き替えながら亜希に尋ねた。すでに靴を履き替え終わっていた亜希は、腰に手を当てて言った。 「そうね。大通り方面とは逆方向なんだけど、学校を回って少し行くと消防駐在所があるでしょ? あそこの近く」 「あー、あの辺りね。それじゃホント歩いて15分くらいなんだ」 「うん。でもさ、真っ直ぐ帰るんじゃつまらないし、ちょっと遠回りしていかない?」 「良いよ。どっか寄ってこうか」  亜希がどんな思惑を持って俺との帰宅を望んだのかは知らないが、そのまま自宅へ直行というのも寂しいものだ。俺も色々話したいし、大通りのアーケードでもふらついてみるか……。  俺たちは手を繋ぐわけでもなく、かと言って、二〜三メートルくらい大きな距離を取るわけでもなく、微妙な距離を保ったまま玄関を後にした。  今日も夕焼けが綺麗だった。  揺らめく炎のように空に映える赤橙色。風景を色付けるそれは、一日を通して得た充足感を引き出し、際立たせてくれる。例え嫌なことや辛いことがあったとしても、この暖かな空を見ているだけで気分が落ち着く。気温もそんなに低いものではなく、上着を脱いでも心地良い具合だ。窮屈な学校が終わり、とてもゆったりした時間が流れて行く……。 「あのさ、亜希。いきなりこんなこと聞くのもどうかと思うけどさ、学校…………楽しい?」  後ろ手に鞄を持ち、前方で一歩一歩ゆっくりと歩を進める亜希に聞いた。 「何でそんなこと聞くの?」  振り返ることなく返事をする亜希。 「俺さ、学校に通うことに意味があるのかな? って思うんだ」 「ふぅん、それはどうして?」 「毎日同じことの繰り返し。朝起きて学校行くだろ? そして授業聞いたり、クラスの奴らと他愛の無い話をしたり……。時間になったらあとはそそくさと帰るだけ。何でこんなことしてんだろう、何の意味があるんだろうってずっと疑問なんだ」 「うーん。考えてみれば確かに同じことの繰り返しだよね……」 「学校だけじゃない。何で俺は生きてんだろうな……っていうのも良く思う。亜希は思ったりしない? 何のために生きてんだろうって」  亜希は俺の問いかけに対して、穏やかに答えた。 「あたしも思うよ。生きるって何だろうって。あたしなんか必要とされてない、いなくなっても何の問題もないんだ、とかね」 「へえ、亜希もそんなこと思ったりするんだね。意外だなぁ」 「……そうかな?」 「ああ。俺からしたら、亜希は悩み事とかあってもへっちゃらだってタイプに見えるな。そんな卑屈なこと考えないで、いつも明るくて笑顔、周りに元気を振りまいてて……。みんなに好かれてるイメージがある。まあ俺と亜希と会ったのってホント最近のことじゃない? でも俺はそう感じるよ」  ――亜希と出会ったのはごく最近、昨日のことなのだ。しかし美術室で彼女と出会った時のインパクトは、俺にとって少なからず衝撃を与えたのかもしれない。  もう遠い出来事のように感じるが、全てを知る者と称する人物が目の前に現れた瞬間、その時点で俺と亜希の出会いは決まっていたことなのかもしれない。いや、全てを知る者が俺の望みを叶えるために神川亜希という存在に引き合わせてくれたのかもしれない。それだけでなく、亜希と出会うことによっていつもと変わらない日常に変化が起きるかもしれないという期待、変わらない毎日に変化を加えたいという願望。これらが相まって、俺は亜希に惹かれているのかもしれない――。 「高月くんがそう思ってくれてること。とっても嬉しいな……。高月くんと一緒なら、ずっとそんなあたしで居られるかな……」  亜希は急に立ち止まって淑やかに言った。夕日に照らされた向こう側。亜希は今どんな表情をしているのだろう。 「ねえ高月くん……」  亜希が振り返ると、一瞬夕日が目に射さり、目の前がぼやけた。 「何事も意味が無いとダメなのかな?」 「えっ?」  呟くように俺に問いかけてくる亜希。何故か、俺は亜希に返す言葉を見繕っていた。何を言われても答えられるように……。 「生きる意味を一生懸命考える。考えて考えて、必死に悩み抜いたとしても答えが出るわけじゃないよね? 例え答えが出たとしても、それは自分なりの答え。気休めだと思うの。でも一時しのぎの気休めだとしても、それを糧にして毎日を送っていけばそれが立派な答え、生きる理由や意味になるんじゃないかな?」 「……それはそうかもしれないけど、結局は自分なりの答えじゃないか。そんな自分なりの理由、意味合いじゃなくて、それとは違った唯一のものがあると思う」 「決まっているただ一つの答えがあるってこと?」  そう言うと、亜希は俺のほうを向いたまま後進し始める。 「ああ。例えば、指で一、二、三……と数えていく。すると、五の時点で指は五本ある。これに間違いがあるとは思えない。試しに自分の指で数えてみると良いよ。間違いなく指は五本あるはずだ。だから、手に指は五本ある。が唯一の答えになるんじゃないか?」 「うーん、そうかな? 事故とかで指を無くしちゃった人は三本とか四本までしか数えられないかもよ? そしたら答えは違ってくると思うな」 「まあそれは……」 「それにそんなこと言ったら何で指は五本あるのかなって気にならない? 五本ある意味は何? 五本あるってどういうこと? そもそも指って何? ってまた考えちゃうよ」 「確かにな……」  俺は言葉に詰まってしまった。物事の理由や意味を挙げていくときりが無い。人に言って聞かされることで、そのことが嫌でも理解出来たからだ。 「高月くん。じゃあさ、あたしが高月くんの生きる理由になっちゃおうか?」  頭の中でクエスチョンマークが迷走している中、亜希が不意に突拍子のないことを言い出した。 「……亜希が俺の生きる理由に?」 「そっ。良い考えだと思わない? あたしは高月くんのことを生きる理由にしたいな」  亜希は両手を広げ、クルッと一回転してみせた。――サラッと、とんでもないことを言ってくれる。  これを受け、またしても俺は言葉に詰まり、しばらく二人の間に沈黙が訪れた。時間は午後五時過ぎ。もう帰ったほうが良いかな?

コメント

コメント投稿

スタンプ投稿


このエピソードには、
まだコメントがありません。

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • 車葬人

    車から人に、伝えたいメッセージ届けます。

    18,300

    0


    2023年7月30日更新

    とある地方都市の郊外にある自動車解体所。 両親の仕事の都合上、祖父母と暮らす高校3年生の沙菜は、バイト代欲しさに、特殊能力を使って祖父の解体所を手伝う。 そこにやって来たクルマ達の最期を看取り、残された前オーナーの痕跡から、その車達の在りし日の姿が見えてきてしまう特殊な能力を通じて紡ぎ出される在りし日のドラマの数々を『車葬』を通じて残された人たちへと伝えていく語り部 沙菜とのちょっと切なくも温かい物語。 「カクヨム」「小説家になろう」にも連載しています。

    読了目安時間:10時間56分

    この作品を読む

  • 【第二章 開始!】ユリア・ジークリンデ (2) 〜星の聲 薄明の瞳〜

    星は道しるべとなり、夜明けを導く。

    35,600

    0


    2023年9月23日更新

    【※ご注意】 この小説は、第一部『ユリア・ジークリンデ (1) 〜遥かなる亡国姫〜』の続編となる物語です。 ヴァルブルクの事件のあと、ユリアたちは、ヒルデブラント王国軍の極秘部隊に任命された。 それは、警察組織では対処できない、あるいは世間から隠したほうがいいと思われる事件を担当する組織である。その中でも独立した特務チームとして活動を始めることになった。 ユリアたちが任務で向かうことになった国は『アヴァル』と呼ばれる小国。この国には、聖杯と呼ばれる神聖なものがどこかに眠っているとされている。 そして、その聖杯と思しきものが、つい最近になって地下遺跡の中で発見されたという。 しかし、発見した調査隊の隊員たちによると、それは伝説や伝承とは似ても似つかない呪いの遺物であった。隊員が聖杯に触れると、聖杯は遺跡を破壊し、触れた者の精神に異常をきたしてしまった。聖杯が人を拒んだがゆえに、調査隊は遺物の回収を諦めたようだ。その後、再び聖杯の存在を確認にいくと、それは忽然と姿を消していた。 残されたのは謎のみ。ユリアたちは、この謎を追うことになった。 聖杯は沈黙する。 しかし、誰にも聞こえることのない声を上げていた。その声は『死神』を呼び、そして『死神』は、ユリアと出会ってしまう。 はたして、これらの謎は何に繋がっているのだろう──。 『ユリア・ジークリンデ』 第二部、開幕。

    読了目安時間:4時間21分

    この作品を読む

  • 異能都市の吸血鬼と魔女

    東京で怪物たちが戦う話です

    7,500

    40


    2023年9月23日更新

    10年前に起きた厄災によってそれまでの常識はすべて崩れ落ちた。 現在、仮初めの平穏を取り戻した東京には異能を持つ人間が何人もいる。 魔女、千堂寺柘榴。吸血鬼、箒木篝。彼女たちはそんな東京でも最強と言われる力を持っている。 そんな最強に、謎の能力者たちの影が忍び寄る。 能力者たちのそれぞれの思惑によって、東京で再び戦乱の渦が巻き起ころうとしていた──

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり
    • 性的表現あり

    読了目安時間:1時間45分

    この作品を読む

  • ビースト・ゴースト

    小学生三人が学校の七不思議を調べるお話。

    42,450

    57


    2023年9月23日更新

    小学五年生の子ども達とタヌキの妖怪とが、学校に伝わる七不思議を調べるお話です。 4月8日から毎週土曜日に一話ずつ更新して参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。

    読了目安時間:1時間37分

    この作品を読む

読者のおすすめ作品

もっと見る

  • Dual World War

    希望の光を継ぐ……その先にあるものは?

    1,878,821

    23,354


    2023年9月20日更新

    もし今日生きる世界が明日に繋がらないとしたら……あなたならどうしますか? 平坦で窮屈な毎日がガラリと様変わりして人知れず悦びます? あるいは、充実した日々を何の脈絡もなく奪われて涙します? この青年、ごく普通の高校生:水奈 亮(17)は現在まさにそんな状況下に置かれている。 『昨日』と同じような『今日』を過ごし、『今日』に似た『明日』を迎える、そう信じていたのに…… ◇◇◇ 『昨日』に通じるようで通じない世界。突如襲来した謎の存在:外来生物により既存の秩序・規則が崩壊し、人類は新たなる国家・制度・価値観のもとに生まれ変わろうとしていた。それは日本とて例外ではなく、実質的な首都:東京と人口の約60%という尊い犠牲を払いつつも、新たなる首都:神奈川県新都小田原のもとで立ち直りをみせていた。 しかし、そんな日々をまたしても危機が襲う。5年前に世界の理を強制的に変えた存在、外来生物が首都近くの海域:日本のEEZ域内に侵入したのだ。 突然の出来事。『昨日』とは全く異なる状況から逃れることも戸惑うことすらも許されず、ごく普通の高校生は『昨日』とは少し違う親友と全く異なる幼馴染らとともに、迫り狂う『滅亡の再来』に対し特殊装甲ARMAで挑む! それが人類に与えられた【最後の希望】だと告げられて…… ◇◇◇ 現代世界に似た世界を舞台にしたSF長編作品。異世界転移を基本ベースにしつつ、ロボットアクションに、政治的な駆け引きに、早熟で未熟な恋愛劇にと、自身が好きな要素を「これでもか!」と加えています。登場人物が割と多めですが、主役・準主役以外にもスポットライトは当てるつもり。毎回いろんなことを調べながら記しているので更新は週1程度ですが、どうぞ最後までお付き合いませ♪ 【ジャンル別ランキング日間1位獲得】(2023.06.21) 【ジャンル別ランキング週間1位獲得】(2023.02.07) 【ジャンル別ランキング月間1位獲得】(2022.10.15) 【ジャンル別ランキング年間3位獲得】(2023.06.21) 【総合ランキング日間1位獲得】(2022.09.28) 【総応援数2,000件到達】(2023.06.25) ※日頃よりのご支援・ご愛顧ありがとうございます(*'ω'*) ※表紙イラストは伊勢周様作(掲載許可取得済)(2022.10.29)

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり
    • 性的表現あり

    読了目安時間:9時間3分

    この作品を読む

  • ライブ配信!異世界転移!?

    ライブ配信者に巻き起こる体験を是非!!

    173,940

    6,500


    2023年9月23日更新

    ライブ配信をしている「ライバー」主人公「クロノ」に突然巻き起こる体験を皆様配信を見ている気分でお読みいただけたら幸いです! 是非お楽しみくださいませ!

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:3時間47分

    この作品を読む

  • 少女は魔剣と共に楽園を目指す

    少女の長き旅路、ここに完結。

    250,588

    628


    2023年9月22日更新

    ❲その少女、後の世でも語られる❳ 辺境に隔絶された村で育った少女ミラリア。剣の腕は立つのにちょっぴりお馬鹿な問題児。 育ての親である魔女と義理の兄を含む村の人達からも小馬鹿にされ、外界のことなど知らずに育っていた。 それでも夢見るのは、村の外に広がる世界。何処かにあると言われる楽園の存在。 未知なる神秘に思いをはせ、いつしかミラリアは世界へ羽ばたくこととなる。 そこで知ることになるのは、自分が何故外の世界を知ることができなかったのかということ。自分が本当は何をどうしたかったのかということ。 まだまだ幼い少女が体験するのは、まだ見ぬ世界との邂逅。苦しい道ではあれど、手にした魔剣と共にその願いのため前へと進む。 ――この物語はそんな少女による冒険譚にして、成長の記録である。 ※2023/5/10 第3回HJ大賞にて、一次選考を突破しました。 ※2023/6/14 なんで二次選考も突破したの!? ※2023/7/24 最終選考で見事に落選しましたぁぁああ!! ※2023/9/22 完結しました!

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:40時間15分

    この作品を読む

  • 本気でバドミントン~恋になんて現を抜かしません!

    美少女×部活の青春コメディ♡恋愛要素あり

    77,380

    5,736


    2023年7月16日更新

    もう二度とバドはやらない。 そう誓ってバド部がない睦月高校に入学した、一ノ瀬綾海(いちのせあやみ)だったが、登校初日からバド部の立ち上げメンバーになってしまい――? お馬鹿で変態みのあるメンバーだけれど、みんなバドが好き!美少女がわちゃわちゃと切磋琢磨しながら繰り広げる、青春コメディです。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。 睦月高校女子の挿絵はPicrewの「テイク式女キャラメーカー」様、 セバスチャンの挿絵はPicrewの「ストイックな男メーカー」様、 サラサラくんの挿絵はPicrewの「はりねず版男子メーカー」様からです。

    • 性的表現あり

    読了目安時間:1時間31分

    この作品を読む