魔力適性ゼロの勇者候補生

読了目安時間:9分

エピソード:55 / 58

第五十一話 金色を侵食せし十字架

   兄との邂逅(かいこう)により、集合時間に遅れかけたティアであったが、無事時間通りに父の部屋に到着した。  コンコン、と部屋の扉を叩き返事が来ないことを確認して、 「失礼します」  入室した。  ティアの部屋と変わらない大きな部屋でありながら、酷く綺麗な内装だった。  ガラス張りの窓は翼を生やした天使が空から降りてくる絵が施されている。  部屋の壺や杯は全て聖遺物と呼ばれる、神が人間に渡した道具のレプリカだ。  それ以外はベッドのみの、簡易的な寝室。  その部屋の窓際に、ひっそりと陽光を浴びながら、まるで光合成をする樹木のようにこの国の王は座っていた。 「王。私めの為にお時間を作っていただき、まこと、感謝致します」  親子の関係でありながら、両拳をつけ、深々と頭を下げる礼法を欠かさないティア。  その言葉遣い、佇まい共にいつものティアとは似ても似つかない、厳格な姿勢だった。 「この度は、魔術正教勇者育成機関総支部。通称、勇者学園で起きた事件について、お聞きしたい事があり、馳せ参じました」  身動ぐこともない。  肉親が帰ってきたと言うのにも関わらず、ティアの父親、ゼール・ブライトハイライトは窓の外を見つめたまま、振り向こうとすらしなかった。 「魔術正教の信徒が良からぬ道具で人々を惑わせている、と……詳細は省きますがこの一件、王は関与されているのではないでしょうか」 「…………」 「私の見解としましては、他の六王族(セクター)の勇者の道を阻害する為、我が“神の庭”が送り込んだ罠と、見ておりますが」  言うべきことは言った。  訊きたいことを訊いた。  しかし、それでも王は振り向くことはない。  半ばティアの予想通りの反応だった。  いつも父親は自分を毛嫌いし、嫌悪し、突き放してきた。  だからと言って兄を溺愛したわけでもない。  父にとって子供とは権力を得るための象徴に過ぎず、母親は子を生み出すだけの存在。  子も母も愛する対象ではなく、自身が更なる高みへ昇る道具でしか無いのだ。  母親が死んだ時も、父親は涙一つ流すことはなかった。  泣いた姿を決して見せない兄でさえ、思わず涙を零したと言うのに。  父親は葬儀に顔を見せただけで、それからの生活に何の支障も無く、話題に上がることもなかった。  だからティアもこの国を嫌いになった。  向き合おうとせず、虐めも暴力もいつか神が救ってくれると、責任を擦りつける無責任な民たちに。  子を愛さない父親に。  何より、それに対抗する術を持たない自分に。 「何か、言ってください……父上」  思春期、だからかもしれない。  或いは呼びかけに応じた父親へ、若干の嬉しさと期待を感じた自分への怒りかもしれない。  どちらにせよ、ティアか父親の目の前で、父と呼んだのは数年ぶりの話だった。 「何故何も答えてはくれないのですか!」 「…………」 「ぼくが、貴方にとって忌むべき子供とは理解しています。嫌っていることも重々承知です! ですが、貴方の意図が分からない! ぼくと待ち合わせをして尚口を開かないその理由が!」  激昂する。  目尻に滴を溜め、腹から声を出す。  勇者候補生に選ばれたことで認められたものだと勘違いした。  話し合いに応じてくれたことに喜んでしまった。  その自分があまりにも惨めで、八つ当たり気味に怒鳴りつける。 「お前は」  初めて、父の口が開いた。  相変わらずこちらは見ない。  しかし、雲間から射す光をみるようにティアは瞠目する。  感情をぶつけて初めて父が答えたのだ。  嬉々とした感情が込み上がる。  だが、 「昔からそうだ」  続く言葉は呆れるような声だった。 「誰よりも天稟(てんぴん)に恵まれながら、女だった。勇者候補生に送り出し、勇者への道を志したかと思えば、私の計画の邪魔をする。上げて落とすのが上手い……生まれながらの詐欺師だ」 「何を……言って」 「お前に掛けた資産は莫大だ。態々、敵対する国に力を借りてまで、お前を英雄にしようとした。しかしその努力も無駄に終わり、お前は人ですら無い化け物へと変容した。そんな子供を愛せと、お前は目で訴えるがどうだ? 愛せるか? 親の期待を裏切り続ける化け物と、期待すら持てない平凡な息子を。お前は、それでも、愛せというのか?」 「……あ」  振り向いた父の姿は酷く、痩せこけた姿だった。  栄養失調を感じさせる身体。  ストレスからか目の下にクマも出来ている。  金の髪も変色し、白髪寸前だ。  唯一、天に輝く星色の瞳だけが父の偉大さを感じさせる要素だった。  たった一ヶ月。  たった一ヶ月の間に何があったと言うのか。  少なくとも、自分が出ていく時は至って健康体。骨と皮だけの老人のような姿ではなかった。  父親を前にしているのに、老人を相手にしているような錯覚さえ覚える。  そんな変わった父親に対して、ティアは声を出すことを忘れていた。 「お前はいつでも私の期待を裏切った。兄はいつでも私の期待にまで登れなかった。母は意味もなく頓死(とんし)した。なんとも無駄な人生だ」 「なぜ……そのような姿に」 「知らん。知らないがどうだろうな。私もそろそろ神の身元へと向かう時が来たのかもしれない。それも構わん。だがな」  初めて優しい眼で父は言う。 「お前だけはこの手で葬ることが出来なかったよ」 「葬る……」 「この失敗作を、後世に残さない為にと、何度も考えた。考えて考えて、しかし出来なかった。私も人の子だ。例え化け物だとしても、この手で殺す行為に踏み入るには、並大抵の勇気では熟せない」  父親の自白は衝撃だった。  憎まれていると、嫌われていると考えてはいたけれど、まさか殺意を抱かれているとは考えなかったからだ。  ──だが父さんならやりかねない。  心の中で、自身の疑問を自身の過去によって肯定した。  この身にした仕打ちを考えれば、父親が自分を殺そうとしても何ら不思議はない。  寧ろ今まで踏みとどまれていたことが不思議だ。  そう、ティアは考えて。  ふと疑問に思った。  なぜその話を今ここでするのか。  本題から大きく逸れている。  というのも、最初に線路を脱線した原因は、ティアの怒号ではあったが。  それにしてもおかしな独白だった。  だから、父の目を見て困惑する。  金色の瞳に映る十字架。  父親の瞳にはそんな紋様は無かったはずなのに。  いったいどうして、と。  不穏な気配を感じた時、答えを言うようにゼールが言った。 「だがそれも──終わりだ」  部屋の扉が開かれて大勢の信徒が乗り込んで来た。  視認と同時、魔術を行使しようとしたティアの腕を一人の信徒が掴んだ。 「──ま、魔術が!?」  ニヤリと笑う白金の髪の男。  他の信徒とは違い、相当な使い手である事はティアにも察することができた。  それ以上に厄介なのは、相手の魔法。  本当に魔法魔術を封じるものであれば手が出せないが──── 「お嬢!」「ティア様!」  主人の異常を察し、現れるのは対の番犬だ。  白金の腕に噛み付こうと歯牙を光らせ、突撃する。 「────ッ」  咄嗟に腕を離し白金は距離を取った。  ティアの盾になるように、二体の狼が威嚇する。  蒼炎渦巻き現れた、片目眼帯の青い狼が。  紅炎渦巻き現れた、しなやかな身体の赤い狼が。  紅狼(ゲリ)蒼狼(フレキ)。  ティアを守る、最大の守護神(ガーディアン)である。 「貴方の魔法は、召喚系……特に自我意識を持つ召喚獣には効かないようですね」 「……そうか、そこの獣は自らの魔素(マナ)で顕現したのか。厄介なものだ、召喚獣」 「もちろん、貴方の手から離れた今はぼくから魔素(マナ)を供給しています。何人で囲もうと、意味は無いですよ」  自らの横で唸る狼と共に、手のひらに電光を発生させて威嚇する。  ティアの魔力適性の数値を知る者であれば、ティアの魔術を受けたらどうなるかは想像に難く無い。  ティアをぐるりと囲む数十人の信徒達も、身体を震わせて後退る。 「お嬢。死人を一人も出さないというのは厳しいぜ。この場は何人か殺す覚悟じゃねぇと」 「ダメです。ぼくはもう、人を殺さないと決めたんだ。だからこの場も、誰一人死なせちゃいけない」 「ティア様。とはいえ、この場で被殺魔術を行使するにしても、お父上様に被弾する可能性が──」  紅狼(ゲリ)の発言はもっともであった。  何人かを殺し、逃走に徹するのであれば、全力で扉に向かって魔術を放てばそれで事足りる。  しかし、この場全員を無力化して逃走を図るとなれば、雷を操るティアの魔術では部屋にいる父親に飛び火しないとは限らないのだ。  だが、ティアは躊躇せず手を頭上に翳した。  膨大な魔素(マナ)が収束し、電雷へとなり変わりその姿を見せる。  信徒達が逃げる暇もなく、雷撃は信徒達のみを貫いた。 「────ぼくはこの“神の庭”の姫、ティア・ブライトハイライトです。そのくらいの加減調節出来ずに勇者候補生にはなれません」 「さすがお嬢」「杞憂だったかしら」  ティアの自信ある笑みに思わず狼達も微笑む。  この主人には要らぬ心配だったと。 「だがお嬢が強すぎると、俺らの出番がなくなっちまうなぁ」 「そうね。(わたくし)としてはもう少し、活躍の出番が欲しいところですわ」 「二人とも、気はぬいちゃいけないですよ。まだ敵は、残ってるみたいです」  ティアの雷撃は、父親ゼール以外の全ての信徒を撃ち貫いた。  ただ、一人を除いて。 「ふぅぅぅぅ……驚いた。私の力でも対抗出来ることに」  中腰で、ゆっくり息を吐きながら円を描くように腕を回す白金の髪の男。  かなりの使い手と踏んではいたが、まさか魔術をかき消してくるとまでは思わなかった。  確かに男に向かって雷撃は突き進んだが、あの謎の動きによって雷撃は拡散した。  全く同じ攻撃では結末は変わらないだろう。  ティアは魔素(マナ)を腕に溜め、次弾に備える。  それを見据え、白金の男は首を振った。 「だがそこまでだ。我らが天使よ。貴方が向ける牙は私では無いのだから」 「……何を言って?」 「アルディ(・・・・)。早く事を済まそう。神がお待ちだ」  訝しむティアの言葉を遮って、ゼールが背後から白金を急かす。  その言葉に、ティアは驚愕の色を見せた。 「アルディ(・・・・)? アルディ・フォン・シュラークのことを言っているのですか?」 「だったらどうした?」 「彼はアルディ《・・・・》じゃ無い! アルディをぼくは知ってますが、彼は知らない! 父さんだってアルディは顔見知りのはず……何を言っているんですか!?」  ゼールに必死に訴えるが、父親の表情は変わらなかった。  寧ろ無を貫き、手を翳す。  痩せこけた指に魔素(マナ)が溜まり、術式に変換されていく。 「父さん、やめ────ッ!?」  言葉を出した時にはもう遅い。  首が締め付けられるような痛みに膝から崩れ、首を掻き毟る。  その抵抗は虚しく、首に浮かんだ赤い痣が明滅し、一瞬にしてティアの意識を闇へと葬った。 「貴様らっ!!」 「許さないっ!!」  瞳孔が縦長のスリット状へと変化して、二体の狼は咆哮する。  紅狼(ゲリ)は白金へ。  蒼狼(フレキ)はゼールへと飛びかかる。  例え主人から魔素(マナ)供給が途絶えようと  活動し続けるのが召喚獣だ。  彼らの牙には一寸の迷いもなかった。  それが例え、主人の父親であろうとも。 「獣風情め」  しかし、敵討ちも失敗に終わる。  流れるような手刀は紅狼(ゲリ)の首を刈り取り、鮮血が噴き出す。  ゼールの指先から放たれた雷撃に蒼狼(フレキ)は焼け焦げて倒れた。  二体の狼は光の粒へと消えていく。  それを見送った後、倒れるティアを白金は丁寧に抱きかかえた。 「ここから先は、教戒(きょうかい)の時間だ。では、感謝するぞ。ゼール」 「構わん。これも、神のお導きだ」  白金の男は電撃にやられた信徒を置いて、足早に去っていく。  程なくして大きな爆雷を聞いた城中の信徒達が集まってきた。  彼らを適当に言いくるめ、部屋の掃除をさせながらゼールは窓の外を見上げた。  いつも輝いていた星はもう見えない。 「神よ、私を導きたまえ」  金色の瞳を侵食する十字架が光る。  事態はもう、動き出していた。

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