やがて世界の終わりに君を撃つ【第二章連載中】

読了目安時間:10分

序.

0.純白・潔白・パンチライン(前編)

 巻き込まれ体質、と言えばここ最近の俺のことだと思う。 「──どうします? 一緒にいた男」 「仕方ねえよ。目撃者は消せって話だ。知られたくない。そういう身元のガキなんだろ」  昏倒してどれだけの時間が経ったのか。今しがた床に放り投げられ、衝撃に目を覚ましたところだ。したたかにぶつけた側頭部と、先刻殴られた後頭部がひどく痛んだ。  頭上で取り交わされる声はよく響いた。屋内。がらんどうの空間。暗闇に順応する桿体細胞。視界に入るシルエットは四つ。 「はあ……そういう、ですか。あー……じゃ、バラして売りますか。最近ブローカーの仲介料エグいんすけどなんとかなるんですかね」 「知るか。てめえのミスだろ。なんとか始末しろ」 「金ないっすよ」 「うるせえな。マツダさんに聞けよ」  なるほど。  どうやら、もクソもない。近くにいる二人の会話は俺を(バラ)すして流す手数料のご相談だ。これは笑えない。相談する声はボリュームを落とし、やがて無声音に切り替わる。聞かれたくない相手、たとえばマツダさんとやらがこの場にいるのか。  やがて暗い視界にわずかな彩度が戻り始める。話しているのは襟足を長く伸ばした金髪とスキンヘッド。金髪には見覚えがあった。()()()だ。少し離れた場所にはスリーピースの男が腕組みして壁に寄りかかっている。一人だけ雰囲気が異なった。あれがマツダと思われた。少なくとも、ブヒブヒ荒い息を吐いている横にデカいツナギではないはずだ。マツダはスマートフォンを握りしめ、ディスプレイの明かりとにらめっこしている。何かを待っている顔。  床はコンクリートの打ちっぱなしで拒むように冷たい。両手首は後ろ手に、足首、大腿とともに拘束されている。柔らかなプラスチック。汎用的な結束バンド。目隠しがされていないのは、もはや()()には不要と判断されたのか。  自分に注意が向けられていないことを確認し、そっと辺りを見回した。  ある一面の窓は目張りされている。ある一面の窓は隣の建物に密接しているのか、奈落の手前の灰色だ。俺は出入り口の対角の壁際に寄せられていて、背後には目張りの窓。結束バンドは案外簡単に外せるし、お守り代わりに、と渡されたフォールディングナイフは今も右のポケットにある。逃げようと思えば逃げられる。かも。しかし愚行だ。何せ、相手もまた武器を持っていて、俺は死ぬ人間としてカウントされている。金髪の実銃(オートマチック)を見た後じゃあ脚もすくむだろ。クソったれ。嫌だ。帰りたい。人の善意を神様はもっと酌量するべきじゃないか? 俺は良いことをしたはずなのに。 「ふ……うぇ……ぐすっ」  幼くか細い泣き声は、俺が目を覚ましたときから断続的に聞こえていた。 「パパぁ。ママ、どこ……帰りたいよぅ。帰りたい……」  俺だって帰りたいよ。ていうか、俺は君に巻き込まれただけなので、今すぐここを去る権利がある。ですよね。お天道様、聞いてます? もう夜だから聞いてない? なるほど、天界はホワイト企業。  誘拐、というヤツだ。  小学生くらいだろうか。小さな女の子が、やはり手足を拘束され、こちらは目隠しもされ、フロアの隅っこに座らされている。椅子は女の子がちょうど入りそうなくらいのスーツケース。運搬用だと察した。  なぜ彼女が誘拐されたのかは想像に難くなかった。素人考えを起こすに容易い容姿。「稀少価値」。女の子は白い。誇張でも暗喩でもなく、女の子は真っ白だった。白いワンピースだけでなく、新雪のような肌も、絹糸のような髪も、そこだけぽっかり色を塗り忘れられたように白い。  はじめ、妖精か幽霊か、幻覚の類かと思った。日没直後の薄暗い緑道。俺は無職生活(わけあってのことなので決して怠惰ではない)最後の土曜日を無為な散歩に費やしていたところだった。一段と冷え込む師走の頃、女の子は季節外れにも白いワンピースに薄手のカーディガンだけでベンチに座っていた。たったひとり、歌を歌っていた。それも、泣きながら。異常事態を悟った。  俺はいっとう真面目な善人であり、一方でことなかれ平和主義でもあるから、一通りの逡巡の挙句彼女に声を掛けた。ミス一。 「あ」と、間抜けな声を声を聞いた。振り向けば俺の来た側と反対方向からまっすぐ、金髪の男が近寄っていた。両手は膨らんだポケットの中、マスクにサングラス。不審者代表選手権エントリーの方でしょうか。そんな奴が小さな女の子に近付くとなれば事件の臭いが立ち昇る。であれば、我が身かわいさのために俺はそこで何も見なかったことにしてその場を立ち去るべきだった。なのに、 「逃げよう」  俺は女の子の手を引いて走り出した。選択ミスその二。ご愁傷様と言ってくれ。  現在がこんな有様であるからして、逃走劇の結果はお察しの通りだ。誘拐犯は金髪ひとりではなく、俺は逃げ回っているうちに背後から殴られて気を失った。逃げている途中、何人か通行人とすれ違ったが、誰も気に留めちゃくれない。東京は冷たいね。 「──ったく。ガキだけで良かったんだよ。律儀に連れてくることなかっただろ」  スキンヘッドが俺に振り向いた。俺はまだ意識を失っているフリをする。鳩尾に衝撃。息が止まった。薄目を開けた先に革靴の爪先。 「デカい図体しやがって」 「その割にめっちゃ軽かったっスけどね」 「ンなこたどうでもいいんだよ」  まったくだ。人のコンプレックスを刺激しないでほしい。  不意に低く呻るような音を聞いた。マツダがスマートフォンを耳に当てる。電話がかかってきたようだ。 「──ああ。もう着いている。傷ひとつないさ。お姫様はご機嫌に歌っているよ。感極まって涙声でね。……了解。三十分後に。それまでにラッピングを済ませておこう。道中の無事を祈るよ」  薄ら寒いテノールは虚言ばかりの代議士を思わせた。嫌な圧力を持っている。反社会的。()()()と関わってからというもの、俺の人生はドロー・フォーを引いてばかりだ。元はといえば無職になったのもあの人のせいだし、その後の再就職活動はことごとく妨害されてとうとう第二新卒のカードも切れた。あの人に関わったせいで俺の人生はめちゃくちゃだ。そのめちゃくちゃな人生が、明後日、晴れて元のレールに戻ろうとしていた。それがなぜ今、自分の臓器の値付けが頭上で交わされるのを聞いているのか。  やっぱり神様はいないのだ。  ときに、神様は都合の良いときしか存在しないが、あの人はちゃんと現実に存在している。皮肉にも、それだけが頼みだ。つまり、やるしかねえな、ということ。 「──あの」  俺は横倒しになったまま声を上げた。思った以上に掠れている。 「これって、俺は関係ないですよね。俺のことは、解放してくれないでしょうか」  仕掛けた俺の声に、頭上で飛び交っていた会話がぴたりと止んだ。金髪とスキンヘッドのみならず、荒い呼吸を繰り返しているツナギの男も、スリーピースのマツダでさえも俺を見る。 「あのー……誰にも、何も言わないんで……今日のことは、本当に──ッ」  息が止まった。鳩尾に痛烈な一撃。今度は金髪のスニーカー。 「バカ言え」  馬鹿を言っているのは承知の上だ。しかしその馬鹿が必要なのだ。  ジンクスってあるだろ? 「お前、面白いな。この状態で口きけンの。肝据わってるじゃねえか」  スキンヘッドが髭面でニヤニヤ笑った。小悪党の面。 「でもなあ、兄ちゃん、金髪(こいつ)が単純バカでなあ。ほんとは置いてきてもよかったんだけどね、ここまで来ちゃったから。ね」  小声で「マツダさんに知られちゃったからなあ」と付け足すスキンヘッド。ちょっと同情するような物言いだったが、ちらりと袖から覗いた和彫を見て、その同情の無意味を察する。 「……堅気の人間ひとりを何事もなく消す労力と、俺を捌く金って見合いますかね。前者の分の金が依頼人(クライアント)から支払われるとは限らないんでしょう」  金髪のスニーカーが再び鳩尾を蹴り付けた。続けざまに蹴ろうとする金髪をスキンヘッドが制し、屈んで俺の顔を覗き込む。 「兄ちゃん、盗み聞きは良くないねえ。起きたらおはようさんって言ってくれなきゃ」 「もう夜なのでおそようですけどね」  カツン、と少し離れた場所で革靴が床を叩く音が鳴る。マツダだ。羽織ったジャケットの裾を揺らしてこちらに向かってくる。革靴の音。ツナギの荒い息。女の子の嗚咽。そこに混ざる不規則な呼吸音。俺の口から出る音だった。  なにも、俺は窮地大好きマゾヒストってわけじゃない。痛いも苦しいも恐ろしいも大嫌いだ。しかし、舞台を進めるには狂言回しが必要なものだからさ。 「──見合うどころかお釣りがいくらでも」  薄ら寒いテノールが怜悧に反響した。 「ブローカーの手数料を引いて、失踪の足取りと不運な事故を偽装して、君の大事な友人やご家族を安心させるためにお巡りさんから報告させるにしたって、ちゃんと利益が出る。知ってるかな。海の向こうでは人間より臓器の値段のほうが高いんだ。日本人の、それも若い成人男性となれば」  マツダが懐に手を入れる。俺は肘を立てて上体を起こした。マツダが気の短い人間でないことを願った。 「我々も仕事なんだ。君がその子に接触しなければ我々も余計な手間をかけずに済んだ。なに、よくあることだ。お互い運が悪かった」 「運が悪いで済みますか? これ」  平静を装っているとは言い難い。俺の正気は限界が近かった。マツダは気の長い方ではないらしい。直上から、俺の脳天に押し付けられた金属の筒。銃口でなければ何なんだ。まさかジッポじゃないもんな。  ジンクスとは縁起の悪い言い伝えだ。科学的根拠のない経験則。教訓。習慣。最近じゃその意味は汎用化されて、縁起の良いことも含むらしい。転じて、こうすればこうなる、という因果法則。そして俺には固有のジンクスがある。今風にユニーク・スキルとか言えばいいか? 冗談でもないが、正気でもない。俺の正気なんて、とっくにあの人の異常性に喰われてしまったんだし。 「──たとえばこんな話はどうだろう」  息を吸う。呼気は喉を震わせた。  「ある日、俺は無職生活(ニート)最後の土曜日に散歩をしている。俺は親にも友人にも報告を済ませ、自分がようやく社会の一員として復帰することを実感していたところだ。良識ある社会人として、俺は迷子に手を差し伸べる。しかし、俺は不運にも非合法組織の誘拐犯罪に巻き込まれ、見知らぬ場所で死を宣告される。リーダーの男に銃口を突きつけられ、にっちもさっちも行かなくなった頃、気まぐれからまず誘拐された女の子が狙われる。リーダーはクスリのやりすぎだったんだ」  自己紹介かよ、などと言っていた男たちの空気がさっと変わる。氷のように冷たく、ヤスリのようにざらついている。それでも俺は掠れた声を止めない。床の一点を見つめて言葉を吐き連ねる。  充満する殺気に、いいぞ、と俺は心の中で歓声を上げた。いいわけない。 「それも、ついぞ数ヶ月前に流行った合成麻薬〈白兎〉。そのヤバさが知れ渡った今でも、そいつを捨てられなかったんだ。で、部下たちは凶行を止めようとするが、その銃はトカレフだ。安全装置なんてついちゃいない。一発目が目張りの窓に穴を開ける。二発目が女の子の耳をかすめる。男は女の子とトカレフの間に立った。子どもを守るための善意の行動だ。三発目の銃弾は、とうとう男の頭を撃ち抜いた。続けざまに撃たれた弾は女の子の目を打ち抜き、結局、誘拐した二人とも絶命するんだ。 男は死体になって金にもならないし、女の子も死んでるから依頼人(クライアント)からの報酬金もゼロ。誰も幸せにならない、まったく運のない最低な悲劇だ」  息を深く吸う。細く、長く吐く。この間隙の恐ろしさったらない。俺はなんでこんなことをしているんだろう。必要だから。です。死際に、覆すための〈悲劇のあらすじ〉が。たぶん。本当に? 命のかかったジンクスの検証実験はやったことがないからわからないんだけどさ。  脳天の圧がすっと軽くなる。視界の端に映り込む物騒な黒。ストライプのスラックスが揺れた。 「なんだ。君は堅気じゃなかったのか。白兎なんて懐かしい名前を出す」 「はあ? 一般人だって知ってますよ。インターネットの伝播力は半端ないんで」 「──命知らずの長広舌。死際のペシミストか。君みたいな男の子の噂を聞いたことがあるね」マツダがすっと目を細める。薄い唇が動く。「黒い悪魔を呼ぶ死神なんだって。面白い作り話だろう」 「な──なんの厨二病ですかそれ。俺はただの善良な市民ですよ。みなさんと違って」 「そうか」  一拍置いて、マツダの右手が緩やかに上がる。銃口と見つめ合う。 「言いたいことはそれだけかな」  まあ、このくらいでいいだろう。  俺は返事を口にしない。今回もジンクスが成り立つのならそろそろだ。不成立なら潔く死ぬしかないが、決まってそんな気はしないのだ。  こんなどん詰まりのどんでん返しなんて、デウス・エクス・マキナくらいしか為しえないだろう。だが残念、神は機械仕掛けですらいないのだ。ただ、神はいないがあの人は神に等しい異常性を持って現実に存在している。  次の瞬間、窓の目張りのベニヤ板が爆発した。

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


読者のおすすめ作品

もっと見る

  • 静心にて、花の散るらむ: 歌姫による戦争継続のメソッド

    とてもやさしい終わりを作ろう。

    33,500

    0


    2021年6月18日更新

    二〇八八年六月十二日——「歌姫」が戦場に現れたこの日を境にして、世界は確実に変わってしまった。圧倒的な戦闘力を有する「歌姫」たちは、たったの二人で戦争を変えてしまった。当時私は八歳だったけど、その時に聞こえた「歌」に得体の知れない恐怖を感じたのを覚えている。 「歌姫」のことはその前から知っていた。あの人たちは私たちにとって絶対的なアイドルだったから。だから、まさかその二人が、あんな巨大な——「戦艦」に乗っていると知った時には、本当に言葉を失った。 時は過ぎ、私が十五の時、軍の人たちが私の住んでいた施設にやってきた。そして士官学校の「歌姫養成科」を案内された。その時にはすでに、私の「歌姫」としての能力は発現していたらしい。軍の人たちは何らかの方法でそれを知って、だからわざわざ訪ねてきたのだ。同期のみんなもそうだって――。 そして同時に、その頃には、この忌々しい「歌姫計画」が――戦争継続のメソッドが、動き始めていたのだろうと思う。歌姫計画――セイレネス・シーケンス。多くの人を狂わせる歌。当事者である私たちですら、その流れには抗えなかったんだ……。 ----- 作者注:途中で使われているイラストは全て作者(=一式鍵)が描いたものです。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:4時間23分

    この作品を読む

  • 電気と魔法 −電気工事士の異世界サバイバル−

    世界を救えって、俺、電気工事士だぞ!?

    275,500

    560


    2021年6月18日更新

    「始元の大魔導師を召喚したから、世界を救え」なんて言われても、俺、電気工事士だぞ。 えっ、報酬は金100キロ!? 滅びの足音が近づき、それを防ごうとする人々の善意は虚しく消費されてしまう世界。 そんな中で、現代を生きる電気工事士の技術は、この世界を救えるのだろうか? 「カクヨム金のたまご」で紹介頂きました。 扉絵は、カフカ@AUC(@Kavka_AUC)様にいただきました。ありがとうございます。

    読了目安時間:23時間52分

    この作品を読む

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • マギア・アトラス 最高火力の魔女の物語

    ロシア民話×異能バトル×百合×VRMMO

    50,000

    0


    2021年6月18日更新

    金髪碧眼、スラヴ系の外見を持つ少女、夜木ワシリーサ華蓮。誰が見ても認める美少女かつイロモノマスコットの正体は退魔組織の一員として戦う魔女だった。魔女として、同じ学校に通う超能力者の後輩と出会い、不死身の怪物と邂逅し、華蓮は気が付く。自分が幼馴染みの魔女に恋をしていることに。姉とも言える女性に恋をしていることに。 自分が恋をしていいのかと迷う華蓮は気が付かない。鈍感だから気が付かない。自分と彼女が両片思い状態にあることに。もう何年もさりげないアプローチを受けているということに――! *以前、スープカレー名義で同タイトルで掲載していた作品です。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり
    • 性的表現あり

    読了目安時間:13時間18分

    この作品を読む

  • 魔王の花嫁

    剣と魔法、時々ロリコン、時々ぼくっ娘

    10,700

    0


    2021年6月18日更新

    魔族を三百年ぶりに統一した魔族の王クアトロ。平時の退屈さに嫌気がさしたクアトロは配下の魔導師と堕天使を伴って、人族の国にある冒険者ギルドへと向かう。孤児院からの依頼を受けたクアトロは、そこに訪れていた薄幸の帝国皇女アストリアと出会う。薄幸の少女アストリアを救うべく、魔族の王が動き出す。剣と魔法、時々ロリコン、時々ぼくっ娘の冒険譚。 【他サイト重複掲載】

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:5時間7分

    この作品を読む