やがて世界の終わりに君を撃つ【第二章完結】

読了目安時間:8分

15.第六支部

 教団への道順を説明する際、『三丁目の角を曲がってください』と後輩くんは言った。  どこの三丁目だと聞けば、どこの三丁目でもいいと言う。俺は釈然としない。というか、後輩くんがその後語ったことについて釈然とすることはひとつもない。結果として、俺はいまだ疑念を抱えたまま街中で乱数調整している。  乱数調整である。 「来た道を二十四歩。また折り返して四十九歩? ケータイ画面を確認……」  ケータイは手持ちのスマートフォンではない。かろうじて内蔵アンテナとなった頃の薄型フィーチャーフォン。連絡用ではないから圏外で、画面を確認するためにはフラップを開く必要がある。  時刻は午後四時十五分。予定通り、目的地に着くのは日没後だろう。  喫茶店にて、後輩くんはこう付け加えた。 『そんな深刻な顔しないでくださいよ。潰すと言っても、出すぎた杭を打つくらいのことです。教団の本体ごと叩きのめせたら一番ですが、今は、まだ』  そんな前置きがあって、後輩くんはフィーチャーフォンを俺によこした。いいですか、と誦じたのは魔法の規則。  一つ、「魔法のフィーチャーフォン」は必ずひとりで使用する。  二つ、「魔法の手順」は日没後に行う。  三つ、教団内部では決して会話をしない。 『これさえ守ればまずクリアできます。ソロ専用、夜限定、NPCガン無視って感じですかね。守っていれば、携帯(それ)に残った魔法が片付けてくれますよ。そして、早ければ早いほどいい』  いわく、教団へたどり着くためのアイテム。いわく、ボスを倒すためのアイテム。フィーチャーフォンはそういうものらしい。たしかに魔法と言ってもいいかもしれない。  しかし、残滓ってなんだ?  このときばかり、後輩くんは面倒そうな顔をした。 『その昔、呪いを魔法と勘違いした連中がいましてね。それはその時代の遺物です。……ある意味、呪われたアイテムです。厄介払いがてら、ボクはそいつを拾いました。悲しいことに、そこからが本気(マジ)の厄介払い……いや悪魔祓いファイトだったんですが』  後輩くんは椅子の背もたれにのけぞり天井を仰いだ。シーリングファンが音もなく旋回していた。 『宗教とは、決して裏切りのない、信心であり、処世訓であり、受け皿であり──すなわちヒトが求めてやまない拠り所というものです。それが健やかな生活のための穏やかな教義であれば、または権力闘争に腐心する政治屋に都合のいいガジェットであれば、ボクらはそれを暗黙のうちに受け入れるでしょう。それはあくまでヒトの営みです。教義はヒトの口が嘯く預言であり、教典はヒトがしたため編纂した書物です。  おわかりですか。そこに神が、超自然的な存在が介入する余地はないんです。宗教とはある個人を起点とした思想への信仰です。特定の脳の電気信号への信奉です。それをヒトは神と言い換え、都合よく高次元の架空存在へと置き換えているにすぎない。ヒトが生み出した、ヒトの思考と情動を鈍化し制御するための装置です。宗教も神もここで完結するべきものなんです。人間の思考の内々で、概念装置として在るだけで。……』  体を起こしたかと思うと、後輩くんはすぐに俯いた。アシンメトリーの前髪が顔を覆う。その表情は伺えない。 『あるとき、概念は概念の枠を逸脱してしまった。神は超自然的な存在として実在するようになった。けっして手が届かないからこそ概念装置として機能していたそれに手が届くようになった。すると、どうなるかわかりますか。難しいことではないでしょう。  ……現実を蝕むようにして徐々に表面化し、ようやく気付いたときには滅ぶか、滅ぼされるかの二択になっていました。ボクはそれを望みません。何度も言う通り、ボクは人類の味方ですから。ボクだって死にたくないんです。死にたくない。死にたくないなあ……』  絞り出すように言った最後の言葉は、彼が口にした中で唯一の本心だったように思う。 『話しすぎましたね。今のは理解して頂かなくても結構です。つーか、忘れてください。その上で決めてください。今日、この日のうちに』  そんな人間らしさも、すぐに見えなくなってしまったけれど。 『先輩、この話に乗りますか?』  乗ったからこそ、俺はひとりで教団に乗り込もうとしている。  閉店中のダイニングバーへ続く階段を降りてから下から五段目で折り返す。そういえば、決まった階を順番通りにエレベーターで移動すると異世界へ行ける、なんて都市伝説があった。それと似たようなことをしている。乱数調整で異世界へ行く。そんなことが叶うなら、この世界はバグだらけだ。  地下から折り返し、俺は奥まった路地に構えた何を売ってるのか怪しいショップの前に立った。地上一階。築六、七十年は堅いペンシルビル。辺りはすでに夜の装い。夕日の朱なんて見えやしない。反政府組織のアジトにでも来てしまったのか。俺は本当にここから生きて帰れるのだろうか。そんな不安がドアを開けた瞬間に白紙に戻った。 「……──は?」  ドアを開けた先は、どこかで見た間取りのエレベーターホールだった。  強烈な既視感がある。しかし、それをどこで見たのかどうしても思い出せない。俺は動揺してドアから手を離してしまう。何ら問題なかった。茶ばんで傷だらけのドアなどそこにはなかった。俺はエレベーターに乗っていた。エレベーターに乗っているのなら、手押しのドアなどあるはずがない。俺は納得しかけた。いやいやいや。納得できるか。俺は外から一階の路面店に入ったんだぞ。  恐る恐る後ろを振り向くと、同じくこちらを振り向いた人と目が合った。幽霊でも見たような顔をしやがって。俺じゃねえか。すなわち、エレベーターの奥に備え付けられた鏡に自分が映っているだけだった。  そうこうしているうちにエレベーターのドアが閉まりかける。慌てて外に出た。エレベーターは全四基。見覚えがある。ありすぎる。どうして思い出せないのか。  少なくとも、ここはさっき俺が入ったはずのペンシルビルではない。あのビルにエレベーターが四基も設置できるはずもないからだ。やはり、後輩くんが俺に指示した手順は「異世界への行き方」だったのか? 「あら? そこのあなた」  はっとして振り向くと、取り立てて変わったところのない女性が訝しげな顔をしていた。普通の人だ。こんな感じのオフィスビルによくいそうなオフィスカジュアルを着ている。オフィスビル。そうだ。ここはオフィスビルなのだ。オフィステナント。それも、俺に馴染みのある……。 「もう始まっていますよ。それとも、第六支部は初めてですか?」  俺は口を開きかけて、ゆっくりと結び直した。教団内部では会話をしない、というルールを思い出したのだ。  女性はそんな俺に構わず、穏やかに続けた。 「第六は特別ですからね。日本では初めて〈祭壇〉を設置できた場所ですから。日本ではここが唯一、神様と繋がっている支部なんですよ。光栄ですよね。本当ならグラン・エルタに昇格するには長い修行が必要ですけど、ここなら関係ない。早くこの素晴らしさがもっと広まればいいのにって思います」  行きましょうか、と女性は微笑んだ。俺は黙ってその後ろをついていく。 「迷惑な話ですよね。自殺カルトなんて。私たちは死んでなんかいないのに。次の世界へ、イルを滅ぼした後の楽園を目指しているだけなのに。イルに支配されてしまった人々の目を覚ますには、やはり神様の力が必要なのですよね。……神様を見つけるために、私たちグラン・エルタは強い意志をもって捧げなくてはいけません。強い鼓動は命そのもの。命は心臓に宿る」  心臓。 「次の世界へ旅立つためには魂以外は要りませんもの。命を捧げ、残されたからだに啓示を」  滔々と教義を口ずさむ女性は長い三つ編みを揺らし、最後にある扉の前に立ち止まった。真っ白な両開きの扉。上部のプレートには「第五聖堂」とある。 「誰にも会わなくてよかった」  くるりと体を翻し、俺の真正面。落ち着いた雰囲気。新興宗教なんてとても合わなそうな清冽な眼差し。本当にこの人は教団の信者なのだろうかと疑ってしまう。それに、今の発言の意図が謎めいている。しかし、俺にそれを問い質すすべはない。 「私はここで失礼しますね。実は、私は第零支部から出向しているだけなので。ここに入る資格がないのです。急いだほうがいいですよ。もう始まっていますから」  そう念を押して、女性は俺を残して踵を返した。 「…………」  ひどく静かだ。劣化した蛍光灯わずかな振動音だけが聞こえている。この扉の向こうで起きていることを、俺は何ひとつ知らない。というか、この先にきよちゃんがいるのかも定かでない。  後輩くんが教えてくれたのは教団への道順と、ボスの倒し方。ダンジョンの探索はプレイヤーにお任せというわけで。  俺はドアハンドルに手をかけた。ステンレスの冷たさが感覚神経を伝播する。もう、開けるしかなかった。開けるしかないだろ。手に力を入れてドアを押した。コンサートホールのドアを開けるときのような、パッキンの擦れる音がした。  あとから思えば、俺はあからさまに急かされていた。早ければ早いほどいい。急いだほうがいい。もう始まっている。考えるための思考の余白も焦りで埋まっていた。急がないとどうなるのかどんなペナルティがあるのか。知らずに突き進んだ。知らずとも、直感的に悟っていた。嫌な直感だ。往々にして当たるそれだ。それが俺をことさら急かした。そのせいで、俺は少し先の未来を前倒しにしてしまった。  たとえば、きよちゃんが唐突に黒い悪魔(ミソノさん)に興味を示すようなことを言ったこと。  たとえば、後輩くんが俺に「ひとりですか」と尋ねたこと。  たとえば、「魔法」にはひとりで行動する必要があること。  たとえば、告白の動機。  もう少し気に留めていたら、あなたが殺されることはなかったのだろうか。

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