思出怪談

影鬼

出先で出会った人にこんな話を聞いた。 その人の田舎には影鬼というのがいたという。 影鬼は人を攫う恐ろしい妖怪で村はずれの誰も使っていない小屋の近くに住んでいるということだった。 村の人間はその小屋には滅多に近寄らない。特に午前中は絶対に行ってはいけないことになっていたそうだ。 「でも私、どうして午前中はダメなのかわかってなかったんです」 あるとき小屋の近くに珍しい蝶がいるという話を聞いたその人は影鬼のことなどすっかり忘れてその小屋の近くまで行ってしまった。それも午前中にである。 虫取り網を持って蝶を探していると日が昇るにつれて影が小さくなってくる。 影鬼は人を攫うときその人の影を踏むと伝えられている。だから影鬼に出会ったら何か大きな物の影に入って自分の影を隠さねばならない。 「あ、だから午前中はダメなのか」 そのとき誰かの視線を感じた。 見ると草むらの方に誰かが立っている。 黒い子供であった。 黒いというのは日焼けをしているとか黒い服を着ているということではない。その子供は本来ならば日の光が当たっている部分までが陰になっていて全体が黒っぽくなっていたのである。そして地面に伸びているはずの影がない。 一目見て普通の人間ではない。あれが影鬼だと確信したそうである。 影に隠れなきゃ。 そう思って小屋の方まで走っていくと小屋の影の中に自分の影をすっぽり隠した。 しかし、今は午前中である。日が登りきれば小屋の影は消えてしまうのだ。 影鬼は小屋の影の端までやってきてじっとこちらの様子を伺っている。 影鬼はおそらく日が当たっているところにしか存在できないのだ。だから午後ならば、もし影鬼に出会ったとしても影の中に隠れて夜まで待てばいい。 だが午前中の影鬼からは逃げられない。 どうしよう。どうしよう。 困り果てていると不意に当たりがフッと暗くなった。 太陽に雲がかかったのだ。 影鬼を見るとその姿は消えてはいなかったがなんだかすごく薄くなっている。 今なら逃げられるかもしれない。 そう考え意を決して走り出した。走りながらちらちらと後ろを振り返ると影鬼はその場で動かずじっとしている。 小屋から遠く離れると影鬼はもう追ってこなかった。 そうしてその人はどうにかことなきを得たということである。 今もその小屋はあるという。

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


読者のおすすめ作品

もっと見る

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る