ある生徒がカウンセラーに語ったことの不正確な記録

絵馬堂

 俺があたりを見回していると、不意に、太鼓と鈴と音が聞こえました。 『テケテン、リンリン、テケテケ、リリリン』  音がどこから聞こえるのか、すぐには解りませんでした。あちこちから聞こえた気がするし、一つの方向からだけ聞こえたような気もしたんです。  ああ、そうだ。拝殿の左手を見たときに、音が一番はっきり聞こえたんだった。 『テケテン、リンリン、テケテケ、リリリン』  俺は音がした方向に行きました。  そっちには、小さくて古くさいお堂があったんです。  朱色の格子戸がぴったりと閉まっていました。  格子の隙間からのぞき込むと、暗がりに無数の絵馬が掛けられているのが見えました。  絵馬堂でした。  新しい白っぽいものから、黒ずんで文字も解らなくなったような物まで、お堂の中にたっぷりと絵馬が納められていたんです。 『テケテン、リンリン、テケテケ、リリリン』  音は確かにそのお堂の中から聞こえはした。間違いありません。俺は顔を格子戸に当てて、耳を澄まし、目を見開いて、中を確認しようとしました。  それで、ようやっと見えたんですけど、見えた途端に、気分が悪くなりました。  どの絵馬にも、人間の体の一部が描かれていたんです。  手、足、頭、首、肩、背中、腰、耳、目玉、鼻、歯、頭骨、肋骨、腕骨、脚骨、背骨、腰骨、乳房、男性女性の外性器・内性器、尻の穴、肺、肝臓、腎臓、腸、脳、心臓。  妙にリアルな絵でした。その部位を絵馬に貼り付けたみたいな、不気味で、目が離せない絵です。  じっと見ていたら、 『テケテン、リンリン、テケテケ、リリリン』  ああ、音は背中の方から聞こえたんだ! さっきまで確かに絵馬堂の中から聞こえたのに!  驚きました。振り向いたんです。  人がいました。  白い着物の、浅葱の袴を穿いた、大きなボールのように太った中年男がいました。  どこかで見たような顔だと思いました。  はい。あの女に似ていたんです。  あの女の頭を坊主にして、目尻と口元の皺を刻ませて、もっと太らせて、年を取らせて、男にしたら、きっとこういう顔になります。  丸い中年男は薄く笑って、俺に、 「どこかお悪いところがありますか」  と訊いたんです。  意味がわかりませんでした。俺が黙っていると丸い中年男は、 「この神社では、絵馬に自分の怪我や病気のある箇所を描いて奉納して、傷病平癒の祈願をする習わしがある」  といったことを、説明しました。  だから絵馬堂をのぞき込んでいる俺も、そういう希望があってのことだと思われてしまったんでしょう。  俺はもう一度絵馬堂を覗きました。  手、足、頭、首、肩、背中、腰、耳、目玉、鼻、歯、頭骨、肋骨、腕骨、脚骨、背骨、腰骨、乳房、男性女性の外性器・内性器、尻の穴、肺、肝臓、腎臓、腸、脳、心臓。  薄暗い絵馬堂の中は、怪我と病気と人体パーツのカタログのようでした。  なんでも、絵馬を奉納すると「(いち)(ふる)(がみ)さま」とかいうのが、 「そこに描かれた悪い部分を喰って、取り除いてくださる」  ……んだそうです。 「絵馬の絵の中で、一番多いのは男性器ですよ」  と中年男は笑いながら言いました。  昔の、つまり幕藩体制下のこの村にあった遊郭は、外側の藩の役人には取り締ることがなかったんですよ。いってみれば別の国ですからね。  村の中で起きたことの処理は村の役人の仕事です。村民の自治と、村内にいる領主の家来の侍の……代官の役目って事です。でも代官たちの仕事は、年貢を正確に取り立てることですから。それ以外のことは、年貢の徴収に問題がなければ、取り締まらなかったっていうんです。適度に遊び場があった方が人間は良く働くから、遊郭や博打場は、むしろあった方がいいらしい。それで取り締まりはしなくて、結局瀆神(とくしん)的な遊び場はとても盛況だったそうです。ああ、馬鹿馬鹿しい。  それはつまり、性病に(かか)る人間が多くなるっていうことじゃないですか。  ともかく、その病気平癒のために、病気の部分を絵馬に描いて納める物が多かったというわけです。  村の中の者の人々だけではなかったそうです。外から来る者も、その部位を描いた絵馬を納めに来たんです。  そればかりか、村にも藩にも関係のない、山一つ超えた隣の藩の人間が、この神社がその方面の病気に利益があると伝え聞いて、わざわざ参拝と奉納に来たという記録が、神社に残されているようでした。  ほんとうに馬鹿馬鹿しい話なんですけど、病気平癒を祈願に来たその連中が、当然のように、帰る前に村の遊郭で遊んで逝ったらしいんですよ。これじゃ病気の伝染が収まるはずがない。  ああ人間は愚かだ。  そもそも無駄な遊興(あそび)をしなければ、ああいった病気には罹らないんです。罹っても正しい治療をすれば治るわけですよ。  迷信深い時代だったから医者じゃなくて神に頼ったというのは理解できます。でもそのあとに病気の原因になるようなことをわざわざしてゆくなんて……。そんな莫迦が存在したことが莫迦らしいとは思いませんか。 「人間というのはそういう(つじ)(つま)の合わない物なんですよ」  と中年男は笑いました。俺に、進学しないと言ったときのあの女の顔と同じ笑顔でした。見下されている気分になりました。  その顔で、丸い中年男はまた、 「どこかお悪いところがありますか」  と訊くのです。小さな白木の絵馬が差し出して。  いいえ、全くナニも書かれていないというのではないんです。赤文字で祈願と書いてあるその下に緑色の丸が描かかれていて、()()()神の朱印が()されていました。 「その丸の中に、自分の治したい部位を描き込んでください」  と、中年男は言いました。  (いら)つきました。なんで、莫迦な人間たちと俺とを同列に扱うんだ! 「悪いところなんかありません!」  と答えて、絵馬を突き返しました。  もし俺の体にどこか悪いところがあったとしても、神頼みなんて不確定な事を、俺は絶対しません。  丸い中年男は怪訝そうな、残念そうな、あの女にそっくりな表情(かお)をしたのですが、 「それは結構なことですね」  といって、絵馬をしまい込みました。

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  • シド(アニスと不機嫌な魔法使い)

    坂崎文明

    ♡1,000pt 2020年10月27日 2時38分

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    良き哉 良き哉

    坂崎文明

    2020年10月27日 2時38分

    シド(アニスと不機嫌な魔法使い)
  • とら

    神光寺かをり

    2020年10月27日 13時47分

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    ありがとうございます!

    神光寺かをり

    2020年10月27日 13時47分

    とら
  • 花とロボット

    機人レンジ

    ♡100pt 2020年10月4日 6時25分

    やっぱり語り手の人はずいぶんかたくなというか、常にイライラしてるような印象を受けます。この邂逅の果てに待ち受ける彼の運命がどんなものか、知るのが楽しみになってきますね。

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    機人レンジ

    2020年10月4日 6時25分

    花とロボット
  • とら

    神光寺かをり

    2020年10月4日 9時31分

    おそらく「自分の思ったとおりに事が運ばない(成績が頭打ちとか、人望がないとか、もしかしたら直前の模試の結果が悪かったとか)」のが気に入らないんじゃないでしょうかね>生徒会長氏 そうやって芽生えた、人の心の中の暗黒が、本物の暗黒を引き寄せるんです……。

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    神光寺かをり

    2020年10月4日 9時31分

    とら

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