ある生徒がカウンセラーに語ったことの不正確な記録

ついて行く

『リリ、リリ』  鈴を鳴らしてあの女は歩くのです。  あの女は生徒会活動から逃げました。部活からも逃げています。挙げ句、進学コースの特典である追加授業もからも逃げてるんです。一流の塾講師の受験ノウハウの特別授業が無料で受けられるのに! そんなもったいないことをしているんです。  通常授業が終わると、ほとんどすぐに下校します。行く先は徒歩三分の最寄りバス停です。 『リリ、リリ』  耳に痛い鈴の音を立てて、あの女はまっしぐらにバス停へ行きました。  あの女は友人たちと連んで放課後を楽しむことをしません。帰途に寄り道をすることがないんです。SNS映えするスイーツを買い食いすることも、ショッピングに興じることも、自撮りしながらカラオケをすることも、まったくしないんです。  脇目も振らずに一直線に帰宅してしまう。  なんなんだ! あいつは何を楽しみに生きているんだ! 解らない。俺にはさっぱり解らない。  田舎町の端までの、県境を越えないバス路線だけど、そこそこの需要があるみたいでした。どこのバス停も乗降客がいました。ことに下校の時間には、我が校の生徒も、周辺の別の学校の生徒も乗り合わせるので、酷く混み合います。  人が多く乗ると、バスの狭い空間は酷く暑苦しいんです。芳香剤と化粧品と汗の匂いが混じって猛烈に臭いんです。頭が痛くなります。  各バス停で乗客共が乗ったり降りたりを繰り返しながら進むんですが、その増減をトータルして、三セクの鉄道駅で乗客は三分の二ほどに減っていました。また乗ったり降りたりをがあって、町外れのショッピングモール前で最初の乗客数の三分の一ほどに減って。その残った三分一ほどは終点近くの住宅地あたりまで乗るらしいけど、俺はそこまで乗っていないので詳しいことは解りません。  それで、あの女は、駅を過ぎて、ショッピングモールを通り越し、終点の五つ六つ手前で降車ボタンを押したんです。  同じバス停で数人の客が降りました。あの女は先頭に立って、降りる客たちを引き連れて、降車口に進みました。俺は一番後ろのヤツのその後ろに隠れて付いて行きました。  ああ、そうだ。あの女は料金箱に金を入れませんでした。定期券を提示したのかもしれない? 俺には見えませんでした。  俺がもたつきながら学割運賃を払い終わった頃には、あの女はもう五十メーターも先の道を歩いていました。 『リリ、リリ』  ああ、鈴の音が遠ざかって行ったんです。  あの女は街道を外れた集落に向かいました。  酷い道です。歩道もないんです。側溝の蓋の上を歩かないといけません。  それでも川の手前まではまだ片側一車線でしたよ。幅員減少の標識の先に古い橋があって、拡張工事もできないのか、そこでセンターラインが消えちゃうんです。対面通行の田舎道を、軽自動車とトラックが恐ろしいスピードで行き交います。恐ろしかった。  欄干にすがって橋を渡りました。下をのぞき見ると、細くて深い川の中を大ぶりな石がゴロゴロと転がり流れていました。大雨の後でもなかったのに。  そんな急流だってのに、護岸はコンクリートじゃないんです。石垣ですよ。自然石が適当に組み上げられているやつです。  俺の家の近くのど田舎にこびり付くように残っている、江戸時代になってから建てられたっていう古くさい城跡の石垣だって、成型した石を規則正しく積み上げてあるってのに。あの石垣はさらにざっと二百年は古くさい。  橋を渡りきって、川に沿って走る国道……何号線なのか知りませんけど、そこを渡ったその先の山裾に集落がありました。絵に描いたみたいな農村です。古くさい工法の石垣で土台を固めた上に立つ古くさい家々と、古くさい工法の石垣で仕切られた棚田と、鬱蒼とした森が見えました。  気に掛かったのは、家々の玄関先にはやたらと、ずんぐりとしたサボテンの鉢植えが並んでいることぐらいです。それも全部、花が咲いていたんです。頭の天辺に、くすんだ色の、分厚い花びらが五枚ある花が、一輪ずつ咲いていました。  それ以外は、コンクリートの建物の無い、道がアスファルト舗装されているのが逆に不思議なくらいの、古いド田舎の、なんのことはない集落です。  道は曲がりくねっていました。集落のメインストリートが、斜めに、直角に幾度も折れ曲がっているんです。それでその道に対して、家々が斜めに建っている。  まるきり、古い城下町の食い違い枡形鍵の手そのものでしょう。家が道に対して斜めになっているのは、「城」の側からは見通しよく、「敵」の側からは見通しが悪くなるようにする工夫なんだと思います。  ……城だって? そうだ、まるでこの集落は小さな城下町だ!  俺は引っかかりながら道を進みました。丸い背中を追いかけて。 『リリ、リリ』  ずいぶん先を進んでいるのに、あの女の揺らす鈴の音ははっきり聞こえました。  それで、大きな家が見えました。家の前に細い川があるんです。水は緑色に濁っていました。その護岸も自然石の野良積みでした。しかも丸い石は軒並み苔生していたんです。  俺は知っていました。  この地域は三百年以上昔の幕藩時代に、何代目かの殿様が次男坊に分知した村落なんですよ。次男坊は大名になれない代わりに旗本になって、江戸に暮らしました。領主のくせに領地であるこのあたりには一遍だって来た事がないんですよ。その代わり、江戸では将軍の覚えめでたい幕臣だったそうです。  次の代の殿様――つまり大名になった兄貴の方ですけど、こいつは素行が悪くて、幕府から目を付けられて国替させられたんです。でも、旗本として独立した優秀な次男坊の家系は連座しなくて済みました。それだけ寵愛されてたって事です。  それだから、そこはそいつの領地のまま存続することができたんです。  そんなわけで、よそから赴任してきた新しい殿様と、新生した藩にとっては、この村は治外法権の陸の孤島になりました。  藩が認めていない遊郭(ゆうかく)があったり、藩が厳しく取り締まっていた賭場もありました。藩の警察権が及ばないこの地域では、そういう冒涜(ぼうとく)的な施設が公然と存在していました。あと、藩主と宗派が異なる寺だとか神社だとかが、かえって優遇されてたっていうんです。  時代が変わって、そんな優遇措置なんかはなくなっているはずです。古い考えなんか消えちまってるはずです。  ともかく、川なのか(ほり)なのかよく解らない緑色の水の上に石橋が架かっていて、その手前と奥の長屋門の前に、苔むした石の鳥居が建っていました。  神社だというのは疑いないことです。小さな農村の鎮守とは思えない、やたらと立派な、豪勢な神社でした。  神社に瓦葺きの長屋門は似つかわしくないけど、鳥居があるって事は普通の家じゃナイって事でしょう? 神社以外に考えられませんよ。  あの女は、長屋門の大きく開け放たれた大扉じゃなくて、閉まっている小さな潜戸から入って行きました。大きな背中を丸めて、潜り戸に体を押し込んで、 『リリ、リリ』  と音を立てて行ったんです。  俺は追いかけました。鳥居をくぐって、橋を渡って、もう一つ鳥居をくぐって、開けっぱなしの門扉を抜けて、敷地の中に入りました。  だって神社じゃないですか。門が開いているなら、誰だって入って良い場所なんですよ。信仰の場所って言うのはそういうところでしょう? 遠慮なんかいるもんですか。  大きな拝殿の屋根は茅葺きでした。正面に乾いた(わか)()みたいなものがずるずると下がっているしめ縄が掛けられていました。(へん)(がく)()()()神社とあありました。難読甚だしい名前なので、よく覚えています。  境内には、あの女の姿は見当たりませんでした。

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