咲夜。人の寿命が見える私と、来年までに死ぬ彼の話。

Part.16『捜索』

 例えるならばそれは、心の奥底に潜む澱み、とでもいうべきものだろうか。  普段は私の胸の内、その最も深いところで、ただ静かに暗褐色の水面を揺らしているのみだ。  しかし、私の心が揺れ動いた時、若しくは強い衝撃を受けた時、突如として目覚め強い存在感を放ち、私の心をゆっくりと蝕み始める。  忌々しいこの能力が存在し続ける限り、それは繰り返されていくであろう、葛藤。心の闇。  * * *  次の日から、寿命一年の女性捜しが始まる。  ただし、相手の名前も住所もわからないという状況。効率が悪いと認識しながらも、街を歩き、往来を行き交う人の寿命を見ながら、地道に捜していくしか方法がない。  加えて、私達には思ったよりも時間がなかった。八月の最終週に控えた文化祭の準備も、並行して進めなくてはならないのだから。先ずは部活動をしっかりとこなした上で、空き時間を利用していく他なかった。  私は悩んだ末に、明日香ちゃんも捜索メンバーに引き入れた。  先輩や女性二人の寿命の話を伝えると、彼女は驚いた表情を浮かべたが、直ぐに冷静になって耳を傾けてくれた。やはり、私の『事情』を知っている人間だと話が早い。  捜索範囲は、できるだけ絞った。   ただ闇雲に動き回ったとしても、如何にも効率が悪い。前回二人を見失った路地と周辺を重点的に捜し、次第に範囲を広げていくつもりだった。  そして今日も放課後を迎えると、三人で捜索活動を始めた。  ──かごめ、かごめ。籠の中の鳥は。  歩行者用信号機が青に変わる。信号が青に変わると、街も、人の流れも一斉に動き出す。  今こうしている間にも、刻一刻と時間が失われていることを認識すると、自然と手のひらも汗ばんでくる。寿命一年の二人を捜して、注意深く街角に目を配っていた。  右左に視線を彷徨わせていると、先輩が不思議そうな顔で尋ねてきた。 「寿命が見えてるんだったらさ、それを最大限利用して捜せないのか?」 「もちろん、最終的な確認は寿命でしますよ。残念ながら、顔は全くといってよいレベルでわかりませんしね」 「いや、そういう事じゃなくて、高い場所──それこそ展望台のような場所から見下ろせば、一発でわかるんじゃないのか?」 「無理ですよ」と私は首を横に振る。「第一に、視界に姿が見えてないとダメです。それに距離が離れてしまうと、見える寿命も相応に小さくなります。肉眼で見えない距離だと、結局は寿命を識別できません」  視力検査をイメージすると、分かり易いだろうか。寿命の数字はそこまで大きく見えてるわけでもないので、数十メートルも離れてしまうと、結局読み取れなくなってしまう。加えて私は、あまり視力も良くない。 「意外と不便なんだな」  先輩が溜め息混じりに呟きを落とす。 「すいませんね……漫画みたいな超能力じゃなくて」 「でもさあ、見かけた場所はわかってるんでしょ?」  明日香ちゃんが頭の後ろで両手を組みながら、すれ違う人の顔をちらちらと眺める。目が合ったと勘違いした男性が、ちらりと彼女に視線を送った。流石は美少女の目力。 「うん、それこそこの辺り……って先輩?」  気がつくと、隣に居たはずの先輩の姿はなくなっていた。  足を止めて振り返ると、喫茶店のショーウィンドウの前に佇んでいる彼の姿が見える。「どうしたんですか? 足並みを乱さないでください」と半ば呆れながら戻り先輩の視線の先を目で追うと、どうやらフルーツパフェの食品サンプルに、目を奪われているようだった。 「加護、俺のやりたいこと見つかったかも」 「は? なんですか、藪から棒に。まさか……」 「そのまさかだ。俺は一度で良いから、スイーツを腹いっぱい食べてみたかったんだ」 「……バカなんですか?」  今度こそ呆れて肩を竦めた私達を置き去りにして、先輩は喫茶店の中に踏み入って行った。 「――ちょっと」  私と明日香ちゃんは顔を見合わせると、渋々彼の後を追いかけた。  夕暮れ時迫る時間帯。喫茶店の中は客の姿もまばらだった。  店内にはカウンター席の他に、ボックス席が三つある。私達は、観葉植物の鉢が置かれてある、一番奥のボックス席に陣取った。  フルーツの載ったパフェを三つとブレンドコーヒーを注文した後に、私は先輩に「本気なんですか?」と念のため確認を取る。  先輩は「勿論だ」と自信たっぷりに肯いた。 「やれやれです」  諦めて天井を見上げると、寄り掛かった椅子の背凭れが軋みを上げた。  ややあって、注文していたパフェがテーブルの中央に三つ居並ぶ。 「ごゆっくり」  女性の店員は頭を下げると、怪訝な目を向けることもなく、そのまま立ち去って行った。まあ、誰が何個食べるか彼女は知らないのだから、それも当然だろうか。  そのうちの一つを、明日香ちゃんが頬を緩めて(つい)ばんだ。私は猫舌を発動させてちびちびとコーヒーを啜りながら、目を細めて残り二つのパフェにスプーンを突っ込んだ先輩の顔を眺める。本当にそれ、二つとも一人で食べる気なんですかね?  途中でギブアップしても責任は取りませんよ? 私、甘いものわりと苦手なんで。  あ、眉間に皺が寄った。  おそらくは、キーンとなっているに違いない。欲張るからですよ。だから訊いたじゃないですか、「本気なんですか?」って。 「先輩って、甘いものが好きだったんですね」  相容れない嗜好だ、と思いながら訊いてみる。 「そうなんだよ。でもさあ、男が甘い物を一人で食べてたら、気持ち悪いとか先入観を持たれるでしょ? だからなかなか食べる機会がないんだよね」 「そうですね。先入観でイメージを作られると、覆すのが面倒ですしね」  それはよく分かる。私も勝手に作られるイメージで、多々苦労してきた身だから。 「先入観と言えば。何か、先輩に対するイメージが変わりました」  この喫茶店は通りに面して大きなガラス窓がある。外界に向けてた顔を戻して、明日香ちゃんが会話に参加してくる。 「そう?」  先輩は口をもごもごと動かしながら、疑問の言葉を吐き出した。  食べるか話すかどっちかにしなさいよ、という突っ込みを、言わずに飲み込む。 「もっと無口で、かつクールな人なんだと、勝手に思い込んでました」 「まあね」と先輩は彼女の言葉を笑い飛ばした。「初対面だと、そんな感じに振る舞うからね」 「振る舞う?」 「そう。俺は小説を書いている人間だからかもしれないけど、物静かなイメージを持たれるんだよ。だからさ、俺の方から周囲の印象に寄せてるっていうか」  明日香ちゃんが目を丸くした。 「それで謎が解けました。だから最初のイメージと変わって見えるんですね。なんだか……私と似てるかもです」 「夢乃もなんかあるの?」 「そうですよ」  言いながら彼女は、カフェオレを追加オーダーした。甘い物は別腹に入るのだろうか。彼女の細身の、それでいてしなやかなラインを描く体躯を恨めしげに見つめる。 「なんとなく、お(しと)やかなお嬢様のイメージを勝手に持たれるんです。本当は全然違うのに」  不満気に下唇を突き出した愛らしい横顔を見ながら、「そうだろうな」と私も思う。  明日香ちゃんは、それこそなんとなく──裕福な家の生まれで、物腰の柔らかいお嬢様で、かつ、物静かな印象を持たれがちだ。しかし実際の彼女は、むしろ真逆といえるもの。見た目と違って歯に衣着(きぬき)せぬ物言いをするタイプだし、家も決して裕福じゃない。彼女なりに大きな苦労を抱えていることを、私は知っていた。 「ああ、分かる」  と先輩は仰々しく頷いた。片付けた一個目のパフェを脇に除けながら。……恐ろしい胃袋ですね。 「夢乃って、イメージほどお淑やかでもないし、優雅でもないよね」 「フォローになってませんけど」  彼女は不満そうに、スプーンをピっと先輩の方に向けた。 「まあでも、仰る通りです。私は言いたいことを我慢して腹に溜め込む性質(たち)ではありませんし、色眼鏡を掛けて見られるのもお世辞を言われるのも嫌いです。だからハッキリ言ってもらった方が、よっぽど気が楽ですね」  再びスプーンでパフェを掬いながら、明日香ちゃんは花のように笑った。  先輩は彼女に笑みを返すと、会話を切り上げ窓の外に視線を向けた。通りを行き交う人の波に、視線を走らせている。  その時だった。コーヒーカップを口に付けたままボーっとしていた私の肩を、先輩が叩いた。 「ふえ、どうしたんですか?」 「加護。あれ──」  先程まで物憂げだった先輩の顔は引き締まり、目を見開いていた。彼が指差す方向に注意を向けて、私も同様に息を飲んだ。  喫茶店の前の車道。その対向車線側の歩道に、車椅子に乗せた老婦人を押して歩く、中年女性の姿が見えた。私にははっきりと分かる。寿命一年の彼女らだ。 「ビンゴ?」と潜めた声で彼が尋ねてくる。「はい、ビンゴです」と私は首肯した。  そして、同時に気がついた。 「もしかして喫茶店に入ったのは、この場所で張り込みをする為の時間作りだったんですか?」 「まあ、半分は正解」先輩は、はにかむように笑った。  すいませんでした。本気でバカなのかと疑ってました。実際のところ、もう少し要領の良い方法が有りそうなもんですが、取り敢えず今は、心の中で謝罪をしておきます。 「ええと、お金……」  財布を探しながら立ち上がった私を、明日香ちゃんが片手で制した。 「会計なら良いよ、私と今泉先輩で済ませておくから。咲夜は構わず二人を追いかけて」  キッパリと淀みなく言い切る口調。彼女の気遣いを感じ取ると、私は「ごめん」と頭を下げた。  急いで喫茶店を飛び出すと、二人の姿を目で確認してから駆け出した。

14話の最後に加筆修正を入れました。

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿