咲夜。人の寿命が見える私と、来年までに死ぬ彼の話。

Part.20『説得』

 夕食後私は自室に戻ると、ベッドの上に腰を下ろして、読み止しの小説から栞を抜いて開いた。  ここ数日執筆の進まない文化祭用の小説に、何か参考になれば、と購入してきた新刊だった。  ページを捲り、読み進めていく。たいして読みもしないうちに、自分とプロの作家は違うと痛感させられる。  独特の文章。  比喩や文字の連なり。  何気ない情景描写の中にまで垣間見える、斬新な表現。  自分の作風と違うのは当然としても、これまで読んできたどの小説とも、微妙に異なっているように感じられた。  顔を上げてふう、と溜め息をつく。  ちょっとレベルの高い作品を選び過ぎただろうか。過ぎたるは猶及ばざるが如し、とでもいうべきか、益々混乱を深めていた。自分が目指すべき作風が、余計に見えなくなっていた。  前途多難だ。そんなことを考えている時、チャットアプリの着信音が鳴った。  誰だろう、とスマホを拾い上げる。 明日香【それで、明日は何時?】 咲夜 【十四時、彼女が何時も向かう公園で説得してみる。明日香ちゃんは、アパートから二人が出るところを確認してくれると嬉しい】 明日香【了解。じゃあ、少し早めの時間に出て、真っ直ぐアパートに向かうね】 京  【本当に明日で大丈夫なのか? なにか勝算でもあるの?】 咲夜 【勝算は正直微妙……。でも、色々な可能性を考えた結果、死因はほぼ自殺で間違いないと思うんだよね。そうなってくると、予定を遅らせる理由がない。待てば待つほど、状況が悪くなっていく気がする】 京  【それはまあ、確かに。善は急げか】  その時階下から、「風呂が沸いたから入りなさい」と言う母親の声が聞こえてくる。私は「わかった」と返事をすると、次のメッセージを打った。 咲夜 【親に呼ばれたので、お風呂行ってきます】 明日香【いってらっしゃい】 京  【後でこっそりと、エロい写真送ってね】 咲夜 【グループチャットでこっそりも何もないでしょう?】 京  【え、こっそりなら送ってくれるの?】 咲夜 【死んで下さい。そもそも、私の裸でエロくなるわけないでしょう?】  普段通りの遣り取りに忍び笑いを漏らすと、私はスマホを手放した。部屋の隅に準備しておいた、着替え用の下着とパジャマを手に取り立ち上がる。  部屋を出ようと背を向けた時、もう一度だけスマホが着信を知らせた。何、と疑問に思いながらメッセージを表示させる。 明日香【なるよ】 京  【なるよ】 「あんたらは……」  本気なの、と思った。  湯船に身体を深く沈めると、ふう、と心地良い溜め息を吐き出す。吐いた息は、直ぐに立ち込める湯気と交じり合って消えた。温かさが全身に染み渡るにつれて、自然と心も落ち着いてくる。  水面に目を落とすと、細い髪の毛が数本絡み合うようにして漂っていた。  私の髪の毛は細くて切れやすいので、ちょっと強めにブラッシングしたりシャンプーで洗った後などに、不安を煽るように抜け落ち死んでいくのだ。  瞼を閉じて顔を揉む。そして、明日のことに考えを巡らしていった。  いよいよ明日、高橋三枝子さんを説得すると決めた。  頭の中で、二人の行動パターンを復習してみる。彼女らはアパートを出た後、大きい通りに抜けると、北東の方角にある本牧山頂公園(ほんもくさんちょうこうえん)を目指す。そこの散歩道を半周ほどまわった後で、同じルートを辿って帰路に着く。  接触を試みる場所は、高台にある散歩道の中央付近を選定した。  私達三人に加えて娘の梓さんも呼んでいるため、広い場所が望ましいのが理由の一つ目。二つ目は、自宅アパートに押しかけて万が一警戒心を抱かせてしまった場合、施錠して閉じこもられると手も足も出せなくなるからだ。  チャンスは恐らく一度きり。失敗は許されない。  彼女達が、何時どんな方法で死ぬのかは、最早大した問題ではない。自殺しようという考えそのものを改めさせない事には、二人を救い出す手立てはないのだから。  三枝子さんは、私の声に耳を傾けてくれるだろうか。成功のカギは、先日声掛けをした梓さんが来てくれるかどうかに、大きく左右されるだろう。  考えるほどに、不安が尽きなくなっていく。  それなのに、不思議な安心感に包まれていた。大丈夫だと思えるようになっていた。私の『寿命が見える』という能力を理解し、受け入れ、行動を共にしてくれる仲間が今は居るから。  * * *  翌日の天候は、生憎の曇天。  厚い雲が太陽を覆い隠し、私の胸中に渦巻く不安を煽るように、一筋の光も射しこまない。  身震いしそうなほど肌寒い風が吹きぬける中、私と今泉先輩の二人は、本牧山頂公園の散歩道に居た。  高橋さん親子がアパートを出たという連絡が、明日香ちゃんから届いてから既に十分。私の予測では、もう間もなく二人の姿が見えてくるはずだ。  ジョギングをしている男性や犬の散歩をしている女性の姿に紛れ、自転車を漕いでる女の子の姿が見えてきた。 「ごめん、遅くなった」  私達の側に自転車を急停車させ、明日香ちゃんが言った。 「あれ、梓さんは?」  明日香ちゃんの質問に、先輩が首を横に振る。 「残念ながら、まだ来てないね。まだ、というか、そもそも来ないのかもしれないけど」  行き交う人の姿に目を向けながら、先輩の顔が失望の色に染まる。 「しょうがないよ。来てくれたら儲けもの、くらいに考えてたし」  相槌を挟む私も、落胆の色を隠せない。実の娘が来てくれたなら、どんなに心強かっただろうか。 「そっか」一方で明日香ちゃんは淡々と答えた。「あと十分くらいで見えてくる?」 「たぶんね」  私も先輩に倣って、散歩道を歩く人の姿に目を配る。もっとも、車椅子を押して歩く二人の姿は目立つため、万が一にも見逃すとは思えないが。  散歩道の脇に設置された石造りのベンチに腰を下ろして、二人の到着を待ち続ける。不意に肌寒さを感じると、制服の上から着ていたパーカーの前を閉じ、裾をぎゅっと握り締めた。  そのまま暫くの間、誰も口を開かなかった。  続く沈黙が、不安と心細さを加速させる。  五分。  十分。  十二分。 「ねえ」「なあ」  明日香ちゃんと先輩の声が同時に上がった。 「流石にオカしくないか」  明日香ちゃんが譲ったことで、二の句は先輩だけが紡いだ。  確かにおかしい。私はスマホを取り出して、時刻を確認した。  明日香ちゃんから二人がアパートを出た連絡を貰ってからもう二十五分。私の見立てよりも、到着は五分以上遅れていた。寄り道をしているだけだろうか。そう思いたいのに、不安だけがかきたてられる。 「うん、確かにちょっと遅い。でも、もう少し待ってみようよ──」 「それでいいの?」  被せられた声にハッとすると、先輩が食い入るように私の顔を覗きこんでいた。顔、近いです……。 「でも、待つ以外にないじゃないですか」 「例えば、二人が自殺するのが今日だとしたら?」 「え?」 「加護は、二人が自殺を決意するのが、()()()()()()という根拠はあるの?」  今日、死ぬ? 先輩の言葉に戦慄が走ると、背筋がぞくりと冷え込んだ。 「根拠なんて、ある訳ないです……まさか? え、どうすればいいのかな?」  天地が引っ繰り返るような感覚。足元が覚束なくなってしゃがみ込んだ私の肩に、先輩がそっと手を置いた。 「落ち着け加護。仮にそうだとしても、俺たちは三人いるんだ。手分けして捜せばまだ間に合う」 「横浜市中区(なかく)にある橋」  明日香ちゃんがスマホの画面をタップしながら、口を挟んでくる。 「なに、それ」 「自殺の多い場所を調べてる。ホントはこんなの、調べたくないけど……」  整った眉根を寄せつつも、尚も検索を続ける彼女。 「そっか……、この本牧公園も結構スポットあるみたいね。満坂口の階段の上、上りきった所にある広場の茂み、林道、本牧神社口。うわあ、多すぎてこれは絞り込めない」 「中区か、ちょっと遠いな……。でも、彼女らがタクシーを利用すれば、あるいは」シャツの裾を捲り腕時計を確認しながら先輩が言った。「今日だと断定はできないが、可能性は潰した方がいい。じゃあ、その橋は俺がバスを利用して向かってみる。元々俺だけ歩きなんだし、その方がいいだろう」  彼の言葉に、うん、と明日香ちゃんが肯いた。 「じゃあ私は、今スマホで確認した情報を頼りに、公園内を探し回ってみるね。まっかせてー、こう見えても脚力には自信あるからさ」  自転車に跨りながら、明日香ちゃんが不安を吹き飛ばすように拳を握る。 「それと、咲夜」 「あ、うん」 「咲夜は急いで高橋さんのアパートに戻ってみて。彼女らの散歩コース、把握してるんでしょ? 行き違いにならないよう、コースを逆に辿るようにしてさ」 「分かった」  私が自転車に跨ったのを確認してから、今泉先輩が総括した。 「んじゃ、高橋さんらが見付かったら必ず連絡入れる事。それと結果はどうであれ、十六時迄には各自一報を入れる事。おーけー?」 「りょーかい!」「分かりました」  私と明日香ちゃんの返事を合図に、三人は別々の方角に走り始めた。

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