聖欲闘技 ~セイント&バイオレンス~

洗礼

 極西諸島を代表する楽器であるホルンの音色が響く。民謡『芥子の花』を忠実に演奏したその音楽は聖欲闘技の入場曲としては異質だったが、スミレーはその選曲もリーフルらしいと感じた。  彼女と知り合ってまだ丸二日も経っていないのに、何を知った気になっているのだろう、という自嘲もしないではないけれど。世界を旅した彼女が各地の文化に敬意を払いながらも、語る言葉の端々に生まれ育った故郷を想う気持ちが篭っていることはスミレーにも確かに感じられていた。  爆炎を伴うような派手な演出もない。薄暗くなった礼拝堂の中、まばゆいスポットライトにその歩みを照らされながら彼女は一歩一歩を踏みしめるように祭壇へと向かう。  6万4000人の観客の視線に臆した様子もない。  ぐっ、とロープを掴む腕に力がこもれば、スレンダーな体に()っしりと詰まった筋肉が固い力瘤を生む。大型モニターにその姿がアップで映し出されれば、参列者たちの口々から「おぉ……」とため息にも似た声が漏れた。  真っ直ぐに切り揃えられた白銀の髪の隙間を縫って顔突き出すように長く伸びた耳は華奢にして知的なエルフの証。にもかかわらず、鍛え抜かれたその肉体は、硬く靭やかな筋肉を磨き余計な贅肉をカッティングした宝石の様な輝きを見せている。  ライトグリーンのレオタードタイプの衣装は、腹部や背面を中心に生地の大部分がシースルーの素材で作られ、彼女の美しい広背筋、綺羅星の如くに居並ぶシックスパックの一つ一つを妖しく飾り立てていた。  手首と足首に巻いた、極西諸島の伝統的な編み模様を組み込んだリストバンドとアンクレットが、彼女の意識が四肢の隅々にまで及んでいることを示している。 『さァァァぁあああああ、栄光のサンタアメノニアの聖欲闘技に遂にっ!!!! 知性と誇りの体現者たるエルフの少女が参戦だァァァアアアア!!!!  第一ミサ(オープニングマッチ)の青ポスト! 新春を告げる今日の日の、誰より最初に栄光の祭壇へと上がるのはッ!! 誰より誇り高きエルフの血脈だッッ!!!! 極西諸島出身ッ!!!! 本日洗礼(デビュー)!!!!  リーフルッッッ!!!! 今堂々と祭壇に上がったァァァァアアアあああ!!!!!』 『エルフの娘はね、地方には勿論いるんですけど、えっと、こちらでは初めてですわよね?』 『はいッ! あらゆる種族に門戸を開くこのサンタアメノニア礼拝堂三万年の歴史にあって! エルフの参戦はこれが初となりますッ!!!』 『ハーフエルフの娘ならねぇ、居たんですが。純エルフは徒手空拳を好まない、なんて言われてきましたが、えぇ、時代ですわね』   ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★  ――ふぅゥゥゥゥゥ、と、スミレーは入場口の前で長く深い息を吐く。  大丈夫、大丈夫です。  堂々たるリーフルの入場を見せつけられて、心の中に小さく芽生えてくる不安の芽。それを一つ一つ、根本近くを(つま)んで、丁寧に、丁寧に()んでいくイメージをする。  弱気であるとか気の迷いであるとか、そうした邪念の一切は聖欲闘技のご法度だ。自分は強い。誰にも負けない。何も悩むことはない。  胸を張り、堂々と、歩を進めることがこの闘いでどれ程の意味を持つか。スミレーは今日祭壇に上がる新人(ルーキー)たちの中で、誰よりそのことを実感として知り、感じ続けてきたのだ。  手本になってあげなくちゃあ、いけないよね。  それくらいの気構えで、丁度いい。 「スミレーさん、5秒後から曲、来ます」 「わかりました」  流れる曲は極東諸島はトミヤコの教会で使っていたものと同じ、ザ・イモニーズの『ブシドウ』。  彼方から鳴り響く雷鳴の如くに徐々に大きさを増していく太鼓のイントロが否応なくスミレーの魂を戦場へと掻き立てる。この曲をバックにスポットライトの中へと飛び出す、その瞬間にスミレーの中の迷いの全てがかき消えていくような気さえした。 『さァァアアア、ここで登場するは半鬼の聖闘技者!!!! 極東諸島はトミヤコ、伝統と神秘の都で暴れに暴れた若き戦士が今ッ! サンタアメノニアへと殴り込みッ!!!!!  聖欲闘技はオツムの出来じゃ決まりゃしないと、戦士の意地を見せつけるのかッ!!!!! 半鬼の若侍、スミレーッ!!!!!!』 『トミヤコね、いい街ですよ。あそこのミサは皆ね、聖欲強くてお気に入りです』 『そぉーですかッ!!! アズモノウヅメ様好みのミサを展開してくれるのかッ!!!! 一息に祭壇へと駆け寄って、今――高々飛んだァ!!!!』  駆け抜けた勢いのまま大地を蹴ってロープを飛び越し、片膝着いて祭壇の中央へとダダンッ! と力強く着地する。  衝撃でぐにっ、と胸に食い込む布地の痛みが心地良い。 「スミレーッ!!!」 「負けんじゃねーわよーッ!!!」 「――っ、二人とも来てるの!?」  未だ歓声も少ない新人同士のミサだからこそ、耳に届いた微かな声。  見回せば、遠く三階席の西の端に数カ月ぶりの顔が見える。  レオ。アカラメ。遠くトミヤコの地で幾度となく闘いあったライバルたち――遠隔幻影投影術具(テレヴィジョン)で見てくれるとは言っていたが、この天空の浮島サンタアメノニアに来るための旅費の蓄えなんてありゃしない、と笑っていたその日のことを今でも昨日のことのように思い出せるのに。 「トミヤコの友人か」 「――はい」  リーフルが祭壇中央まで歩み寄り、手を差し出していた。  ミサ開始前のシェイクハンド――師匠である破壊者(ザ・クラッシャー)イヴなどは勿論やらないが、スミレーは当然、力強くその手を握り返す。 「やっぱり、愛されているんだね、スミレーは」 「はい、まぁ、どちらかと言うと」 「謙遜もしないか」 「友達は多い方だと思ってますから」  立ち上がり、握手したその手に、更に左手を重ねて包み込む。 「リーフルさんも、その一人ですよ」 「うん。私もキミのことは気に入っているよ、スミレー」  リーフルもまた、空いた手をその上に重ねた。  そのまま、スミレーにその端正な顔を近づける。長いまつげがスミレーの肌に触れそうになるまで。  エメラルドの眼光は、至近距離からスミレーの決意を穿つ槍の穂先となって煌めいた。 「だが、今日はキミを愛さない」 「でも、私はあなたを愛します」  二人は握りあった手を、断ち切るように離す。  互いが互いに背を向けて、各々のポストへと戻っていく。  魔導音(ブザー)が鳴った。   ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★  アズモノウヅメの加護が齎す強力な肉体強化作用は、人体の持つ力を何十倍にも強化し、特に加護下における運動能力は人の常識を遥かに超えるアクションを可能とする。  聖欲闘技の祭壇が実に直径20mにも及ぶ巨大な造りとなっているのはそのためであり、互いが相敵する10mの距離など、この強化された肉体では互いに一歩二歩と踏み込む程度の間合いでしかないのだ。  だからこそ、初撃・初速の鋭さが序盤戦の鍵となる。  立ち上がりの一撃こそは、スミレーの自慢の一つだった。  低く構えた姿勢から繰り出される、地を這うとも形容された猛烈なブチかまし――あるいはタックル。  状況に合わせて打撃にも組み付きにも切り替えられるこの一撃を起点に数え上げた白星は両の指でも足りはしない。  当然、対策は練られていた。  だが、それは今日に始まったことではない。様々な対策を取られ、そのカウンターに頭を捻る。そんな日々を繰り返して来た数年の実績が、リーフルに向けても通用する。付け焼き刃の対策で破られるほどやわな技ではないという自信がある。 (――飛んだ)  リーフルは鍛え抜かれたその足を、前に進むためではなく、高く高く飛び上がるために使った。カモシカの様な、という表現があるが、カモシカでさえ己の身長の何倍も飛び上がることはできないだろうが、彼女はそれをした。  高く飛び、頭上の有利を取る戦術。  そのパターンは、経験がある。  低い姿勢で突っ込んでいく自分の頭を越え、背後を取るパターン。あるいは直接自分を踏み潰しに掛かるパターン。どちらも既に受けたことがあり、そのどちらも既に打破したことがある。  スミレーは迷わず、駆け抜けるその足を速めた。  リーフルが立っていた赤のポストの脇をすり抜け、片腕で最下段ロープを掴みながら、場外へと飛び出してしまう。柔軟性に飛んだロープがぐぐにっ、と大きく弛んで運動エネルギーを弾性の中に保存する。 (落ちてきた所を――()つ)  すぅ、と息を吐きながら、祭壇の上へと視線を移す。  相手の着地点と自身の距離、どれほどの速さがロープに蓄積され、どれほどの間合いまでどの程度の威力で届くのか。様々なロープの張り具合と距離との組み合わせを何百通りも何百回も確かめ、肌でその感覚を身に着けたのだ。  何処に居ても、確実に射ち抜く。  すぅ、と目を細めて見つめたその先。  祭壇の上空に、リーフルの姿は無かった。 「――嘘でしょう。  中継記録どころか、幻影記録(ヴィデオ)も無いはずですよ、これ」  この破り方を披露した闘いは一度きり――二年前、極東諸島内の地方遠征での休憩前のミサで、レオの初撃をこの方法で打ち破ったその時だけだ。  スミレーだけが聖闘技者としての経験があり、事前の研究先として最も資料を当たれる相手だったとしても、スミレーにこのカウンターへのカウンターがあることを調べるのは決して容易ではなかったはずだ。 「すまないね、スミレー」  冷徹な声は真上から聞こえた。 「その日のミサ、私も参列(観戦)してたんだ」  あらゆる武術の知識を求めて四大陸五諸島(世界中)を巡ってきたリーフルの言葉が、上空から膝とともに落ちてきた。

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