聖欲闘技 ~セイント&バイオレンス~

出会えば尊し

 突然にピィ・エミナの口から飛び出した、同期食事会のお誘いである。  ホントは師匠と何か良いもの(高い肉とか)食べに行こうかなんて話もあったのだが、こんな機会は見過ごせない。  念の為に師匠に許可を尋ねると、快く送り出してもらえた――というか、行かなかったらぶん殴ると半ギレ気味に言われてしまった。 「聖闘技者同士のコネクション、ましてや同期の絆なんてのは何より最優先だ。  言われなくても分かってんだろうけどな」  勿論、そうだ。それはスミレー自身、極東諸島に居た頃から十分に肌で感じたことだったし、それを知っていたからこそ、このサンタアメノニアでは何より先んじて、尊敬する破壊者(ザ・クラッシャー)イヴの下を訪ねたのである。  本質的には実力主義の世界である聖欲闘技だ。しかし、だからこそ、祭壇の上と下とではまるきり同じようには生きられない。  イヴはそのことを他の誰より知っているだろう。  彼女自身の生来の凶暴性と、己の魅せ方・売り出し方に徹底的に拘るインテリジェンスを同居させた破壊者(ザ・クラッシャー)としての生き様は安々と真似できるものではない。  彼女が祭壇の下でも誰彼構わず破壊し尽くすようなただの狂人であったなら、彼女は彼女を害したいという多数の『欲』に押し潰されて、決して長くは生きられない。 「祭壇に上がる時、アタシは心の中で『破壊者(ザ・クラッシャー)』の仮面を被る。モラルは無し。リスペクトも無し。  残虐な手と有効な手、二つの手段が取れるなら、その二つよりもっと残虐で有効で、会場中がヒートするようなアイディアを捻り出す。そんな人間になりきるんだ」  以前に聖闘技者としての心構えの話をしていた時、スミレーとの議論が存外に楽しかったのか、そんな深いところまで語ってくれたことがある。 「そして、祭壇から降りる時。  アタシはちょいと売り込みの上手いクレバーな戦術家で、実は案外人当たりの良いところもある――そんなサバけた『イヴお姉さん』の仮面を被る」 「『破壊者(ザ・クラッシャー)』の仮面を脱ぐんじゃ、ないんですか』」 「ないんだな」  期待通りの答えが返ってきた、というようにニヤリと笑ったその顔をはっきりと覚えている。 『イヴお姉さん』の浮かべる笑顔は、素直なスミレーの気質を好ましく思ってくれていると確信できるような朗らかさがあった。 「今のアタシは今の自分が、自分自身の本性だと思ってる。  だが、祭壇に上がっている時は、『破壊者(ザ・クラッシャー)』の自分が本物なんだ。  仮面を被ったその瞬間、仮面は本物の素顔になるんだよ」  偽物の仮面から生まれた欲望で闘い続けることができるほど、聖欲闘技は甘くはない。  目の前の相手を本気で叩き伏せ、なんなれば殺してしまっても構わない。万が一にも負けてもいいなどと思ったならその時点で、文字通り、女神はもう微笑まない。何としても、絶対に敵を倒して勝つ。その意思が、欲望こそが聖闘技者の力となる。  しかし、いずれ生涯のライバルとなるだろう相手と、殺意だけを抱えて長く隣り合う時間を過ごすような人生を送りたいとも思えない。少なくともそう断言できる程度にはスミレーは人と、人との関わり合いを愛することのできる半鬼であったから、イヴの言葉はそれからのスミレーの大きな指針の一つとなって、胸の奥に刻み込まれているのだった。  そんなわけで、ライバルとなる謎多き同期相手からさり気なくその素性(例えば、彼女たちが得意とするそれぞれのファイトスタイル――そんなことさえ、スミレーは知らない!)を探り出してやろうという思惑と、純粋に彼女らとお近づきになりたいという二つの心を相反させることなく同居させて、スミレーは意気揚々と食事会のお誘いに乗ったのである。  スミレー以外の他二人のルーキー――リーフルとサフランにも、ピィは既に連絡を付けているという。  スミレーにだけ連絡が行っていなかったのは直前まで居所が掴めなかったからだそうで、ファイトスタイルやら何やらも割れてるスミレーは最悪見つからなくても「ま、いっか★」という思惑であったらしい。ひどい。寂しい。  もっとも、スミレーは自身がイヴの下に身を寄せていることを公開していなかったから、捕まらなかったのはしょうがないだろう。偶然に控室で出会えたのは本当にラッキーだった。  ピィ・エミナもアマリエとは同居しているそうで、先刻アマリエ自身が口走っていたとおり、彼女の胃袋をガッチリと掴み込んですっかり馴染みきっているそうだ。 「ちなみに今日はね、先生にはちゃあんとポトフ作って置いておいたから、大丈夫★  サプライズの『大勝利おめでとう!』の飾り付けは自分で剥がしてもらわないとだけど★」 「サプライズの悪い面が出てます!」 「敗者に付き纏うのは、敗れし者の哀しき運命――厳しい世界よね★  でも大丈夫、この経験がもっと先生を強くする★」 「物事をポジティブに捉えるのが上手すぎませんか?」  他愛もない掛け合いを楽しみながら二人は賑やかな繁華街の石畳を並んで歩く。  天空の浮島サンタアメノニアは島全体がアズモノウヅメを奉る巨大な聖地であり、そこは彼女の敬虔な信徒らの住まいであると同時に、多くの在野の信徒を迎える観光都市としての側面もある。  島中央の礼拝堂のことを――イヴがミサの参列者たちを『客』と呼んだように――満員御礼で6万人を超える人々を収容する一大興行施設とみなした時。その周辺を取り囲むように、様々な飲食・宿泊・娯楽の施設が立ち並ぶことになるのは自然なことと言えた。  言うなれば、お祭りの時に(やしろ)の周りに出店や市が立つことの、より大きく恒常的なバージョンの話である。  ピィが予約を入れていたのもそんな幾らもあるお店の一つであり、6万4000の本日の参列者たちの街へと繰り出す波に乗って、二人はそこへと向かっていた。  もう二人の同期、リーフルとサフラン=フォン=レスディンとは、各々現地合流の予定である。 「ピィさんの言ってたお店、この辺りですよね、多分。  私、あんまりこっちの方来たことなかったなぁ」 「んー、実を言うとピィも普段はあんまりこっちは来ないかな★  一人だとほら、どうせならHできるお店の方行くじゃない?★」 「ですよねーっ」  HというのはHolyの頭文字に由来する言葉で、聖欲を発散する行為そのものや、聖欲を大いにそそられるアレコレに対して使われるスラングの一種だ。  聖欲闘技を存分に楽しんだ直後の参列者たちの多くも考えることは同じであるようで、多くはHなサービスありありの通称ピンクエリアと呼ばれる区画に向かうから、食事オンリーのお店が立ち並ぶこの辺りの区画は、そちらに比べれば少しばかり空いている。  とは言っても、飽くまで比較すれば、の話であって、聖欲闘技が終わったばかりのこの時間はやはり道もお店もどこも大変な混み様であることに変わりはない。  勿論ピィも下見はして来ていたのだろうが、この時間の人混みの中、彼女の小さな背丈では周囲のあちこちが他人の背中に隠されてしまっていて、何処か足取りは不安げだ。  彼女から聞いたお店周りの光景を捜そうとスミレーも辺りをキョロキョロと見回すものだから、 「これ、私たちも傍目には、観光できてる人と大差ないですよね」 「ホントそれ★ ザ・おのぼりさんよねー★ オーラゼロって感じ★」  なんて言って、笑い合う。  ピィが聖欲闘技用のあの衣装を着たまま出てきていればオーラとやらもあっただろうが、勿論今は着替えている。  もっとも、見た目の印象はさほど変わらない。大きな露出を抑えただけで、ピンクと白、フリルとリボンに支配された少女趣味は一貫していて、彼女の思い描く自分の理想の姿というものをこれでもかと主張している。  白い綿(めん)のシャツにロングジーンズというラフな姿のスミレーがそんな彼女の横に並ぶと、なんだか気合いの入れ込みようがチグハグな、噛み合わないカップルのデートシーンのようだった。 「そうだ、はぐれないように手でも(つな)――ッ!?」  そう、声を掛けようとしたスミレーの腕が不意に引かれた。  ピィにではない。彼女の立つ側とは反対の腕を掴まれ、ぐいッと。  瞬間、スミレーの体は反射的に動く。  拳を開いて手の平を大地に対して水平に。腕を引かれた側に肘を押し込むようにしながら横薙いで振りほどこうとすると、相手は掴む腕を持ち替えて、滑らせるようにして肘を下へと押し込もうとする。  素人の動きではない。  即座に反撃が選択肢に加わる。体に掛けられた勢いのまま体を反転させて相手に背を向ける格好になると、そのまま相手の顔面に向けて後頭部を叩きつけながら、カカトで相手の足の甲を踏みつけ―― 「すとぉーっぷッ!!!」  横合いからそんな声が掛けられるのと同時に、後ろ頭にピターッ! と伸びてきた手が添えられた。  三人目の手の主は、腕を掴んでいた相手の隣に立っていた女性である。  ふわふわと軽い感じのカールした明るい茶色の髪を遊ばせた、セミロングながらボリューミーなヘアスタイルがまず目を引く。くりくりとした大きな目に、少しそばかすの乗ったこじんまりとした可愛らしい鼻と、大きく開いた口元がつくる表情豊かな愛らしい顔立ち。身長はスミレーと変わりない程度だが、ゆったりと体を包むメイド服の下に隠した体つきは、彼女以上に豊満であるようだった。 「――すまない。声をかけたんだが、素通りしそうだったから、つい」  言葉を続けたのはそのメイドさんではなく、スミレーの腕を掴んだ張本人である。  スミレーの腕を掴んでいた二本の手が離れて、パッ、とその手の持ち主の胸の前で害意はないと示すように広げられた。  スミレーは静かに向き直り、最低限の警戒心はそのままに、不審者改め呼び止める声の小さい人――自分が単に注意不足だっただけという要因も大いにあるだろうけれど――の顔を真正面から見つめ返す。  ――ハッ、とした。 「なになにっ!★? ――あっ、リーフルちゃん★」  隣に立つピィがようやく異変を察して反応する――が、その声はスミレーには聞こえていなかった(やはり注意力が不足している)。  パツン、と几帳面に切りそろえられた、蒼みがかった白銀の髪。切れ長なエメラルドの瞳は星の様に瞬いて、その肌は透き通るに白く滑らか。彼女が知性と美貌の種族、エルフであることの証左となる、長く尖った耳が一際目を引く。  けれど、スミレーが目を奪われたのは、彼女の美貌にばかりではなかった。  極西諸島の伝統的な文様を描いたタンクトップとホットパンツの組み合わせは彼女の体付きをさほど隠さず、けれどその品を奪うこともなく。最小限の布地で最大限に彼女を飾り立てる額縁の役目を完璧に果たしている。  それ以外に彼女の体が主に身にまとうモノは、スラリとしたスレンダーな体つきを覆う、ぐぐっ、と盛り上がるような肉の鎧だ。  余分な脂肪は最小限。体を存分に動かし、十全の力を発揮するために計算され尽くしたその肉体。スマートにしてコンパクトに隆起する肉のシルエット。そこには造形美と機能美の双方を兼ね備えた芸術品のような魅力があった。 「――綺麗な体だ」  そう口にしたのはスミレーではなくリーフルの方だったから、スミレーは自分の内心の言葉を代弁されたような気がしてギョッ、と飛び上がりそうになった。 「先天的に骨太なのか? いや、だが……よく鍛えられている。程よい筋肉と脂肪の乗りだ。映像で見たのより、少しボリュームが付いているか? 理想的だ――羨ましいと思ってしまうが、無い物ねだりは――いや、此処では欲深なのは美徳でもあったか」 「はうっ、あの、ちょっと、あのあの、ちょっとっ」  突然のマシンガントークと共にぺたりぺたりと体中を(まさぐ)るしなやかで力強いお手々。  さしたる前触れもなく体を触ったり触られたりは、スミレーにとって聖的な意味では日常と言えた。が、リーフルの言葉と態度にはそういった要素は見当たらず、ただただ純粋に体造りに対する賛辞と興味だけがそこにある。  だがしかし、スミレーがその肉体への羨望を感じたのは、むしろリーフルに対してであったのだ。ひと目で心奪われるような素晴らしい体の持ち主に何故か自分の体を絶賛されているのだ。  何が何だかわからなくなって、スミレーもぺたりぺたりと(まさぐ)り返した。 「いえっ、いえあの、こちらもとってもお素敵で。この僧帽筋から広背筋なんて、バランス完璧。ううん、脚もいいですねハムストリングス、あっあっ」 「いや、やはり実戦ではスタミナを備えた肉付きが重要だ。腰回りからこの大殿筋に掛けてのラインなど実に素晴らしい」 「おおぉっ、このお腹、凄い、引き締まってますっ。細くて硬くて、とっても密っ。ごつごつの固い腹斜筋っ、これ好きっ♡ すりすりっ♡」 「それに良い下半身だ♡ どっしりとした安定感に柔軟性もありそうだな。脂肪の奥から押し返してくる肉の感触、堪らないぞっ♡」  ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた。  すりすりすりすりすりすりすりすり。  往来で、初対面の少女二人が、出会い頭にお互いの体を撫で回し合いながら相手を褒め合う奇妙な光景。  その様子は収まるどころかむしろエスカレートしていくばかりだ。 「あれも欲、これも欲?」  メイド服の少女が呟く。  そうか、欲か。  欲ならしかたない。 「……出会い頭で喧嘩するよりは、良し!★」  ピィ・エミナは物事をポジティブに捉えるのが上手かった。

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