聖欲闘技 ~セイント&バイオレンス~

オープニングマッチ

入場前

 サンタアメノニア礼拝堂のバックヤードが大わらわの様相を呈するのは、特段何かのトラブルがあったというわけではなく、いつものことだった。  今宵も世界各地から訪れた参列者たちを満員御礼6万4000人迎え入れ、彼女らを席へとスムーズに誘導し、その一方でミサのための祭壇の準備をすすめ、各々の聖闘技者たちの入場演出の細かなリクエストに応えたり突っぱねたり。売店もとい授与所に並べる商品もとい授与品に、売上もとい寄付金の管理。  人手は幾らあっても足りず、というか、ありすぎればそれはそれで混乱し。大いにわちゃわちゃとしながらも、第一級のプロである彼女ら裏方の人間は、結局今日も最後には完璧なミサの運行をこなしてみせてくれるのである。  喧騒の中で聖闘技者たちは、それぞれのやり方でミサに向けての集中力を高めていく。  完治魔法(リザレクション)はミサの前後に使用されるから、直前まで疲労困憊満身創痍の有様であっても基本的には何ら支障はない。だが、完治魔法(リザレクション)は飽くまで不調を正して心身を快調な状態へと導く魔法に過ぎない。  ミサへと臨む聖闘技者たちが求めるのは、より洗練され尖鋭化された鋭敏な精神状態であり、そのために様々な自分なりのルーティンを用意したり、直前まで体を動かし続けて勘というやつを研ぎ澄ませたりするのだ。 「と、いうわけで、見て下さい、師匠!!  おニューですよ、おニュー!!」 「前の方のがアタシ好みだ」 「うぇー!!」  そんな中でスミレーはと言えば、サンタアメノニアでのデビューのために新たに卸した闘技衣装を着て大いにご満悦であった。  黄色地に黒の模様の入った虎縞柄のスリングショットはスミレーの極東諸島時代からのトレードマークだ。  やや小柄ながらむっちりと豊満なその肉付きを殊更強調するような、スリングショットスタイルの衣装がスミレーのお気に入り。  今回サンタアメノニアでのデビューにあたり、それまでの、身体の前面でVの字を描き肩に引っ掛けるタイプのものからデザインを一新。首元のチョーカーからハの字になるように胸に引っ掛け、背中でクロスさせて鼠径部へと至るタイプのものへと変更したのである。また、生地の幅も少し狭くした。  このタイプの衣装は締め付けが緩いと成立しない。胸や鼠径部に衣装が食い込むくらいギュッ、とキツく絞り上げ、身体の敏感な部分に特に強く圧力を掛けられるその感触が、スミレーにとっては闘いに臨むルーティンになっていると言えなくもなかった。 「てめェが第一試合(オープニングマッチ)に選ばれてる理由、わかってんだろうなァ」 「私だけが、新人(ルーキー)の中で聖欲闘技の経験者だから、ですよね」 「おゥ。初っ端から無様晒して客冷めさせるようなコトはしねェだろって期待されてるってことだ。期待にゃァどうしたい?」 「応えたいです」 「そうだ。その欲だ。それでいい」  言うべきことは言った、という顔だった。  師匠としてのやるべきことは全てすませた、と胸を張っているように見えた。  ――だからスミレーは、あの日から胸の中に留め置いていたことを、本当に直前になってから、ぽろりと零す。 「あの――師匠」 「なんだァ」 「師匠はその、ミサの中で――聖欲使わなかったことって、ありますか」 「()ェ」  イヴはハッキリと言い切った。 「一度も?」 「一度もだ――公式では、だけどな」 「裏ミサの時は違った、ってこと……ですか?」  破壊者(ザ・クラッシャー)イヴの異色の経歴は誰もが知る所だ。彼女はストリートで行われる非公式の聖欲闘技――通称裏ミサあがりの本物のアウトローなのだ。  アズモノウヅメの教会で正式に開かれるミサと裏ミサとの最大の違いはかかる加護の強さにある。アズモノウヅメの信仰のある地では、大なり小なり、欲望を満たすための行為には女神の加護が齎される。が、教会と単なる路上とではその加護の強さは大きく変わってくる。 「路上じゃ欲の強さは大したアドバンテージにならねェ。単純に力が強くて技が鋭い奴が勝つ。ガタイのでかいヤツは問答無用でクソ強ェ。  それじゃつまんねェから、体重別で分けたり――ひでェときはハンディだって二対一でなんてこともあったな。  特別ルールだっつって聖欲オンリーマッチをすることもあったが、でなけりゃ、乳揉む余裕も無かったよ」  過去を語るイヴの視線は上を向いている。背の高い彼女を見下ろす巨人は今この場には居ない。誰よりも高いところから更に上を見上げて独りごちるように過去を語る彼女の瞳に何が映っているのか、覗き込める者は居なかった。 「物好きな客も居たな、裏ミサの方が好みだとかいう。闘いに聖欲を混ぜ込むのは無粋だとか言ってよォ」 「やっぱりそういう人もいるんですね」 「あァん?」  スミレーの頭の中に浮かんだその物好きな客はリーフルの顔をしていた。  彼女は、聖欲闘技に聖欲を持ち込むことを望んでいない。痛めつけ合いの中に悦ばせ合いが混ざることを期待していない。  聖闘技者は、闘いも、聖欲も、同じくらい持ち合わせていて当然だとスミレーは思っていた。だからこそ、闘いとHが、一つの場で混ざり合うエキサイティングなミサが出来るのだと。 「相手が――気持ちよくなりたくなんてない、と思ったら……もし、そんな欲が相手の中を満たしていたら――ミサは、裏ミサと同じ様に、なってしまうんでしょうか?」  スミレーは、リーフルのことが好きだ。  その知識と知恵を尊敬している。目指す目標のために世界を旅するその生き様に憧れもする。人となりも気に入っている。顔はもう、文句なんてつけようがない。筋肉質で少し薄い体付きだって最高だ。  闘って、倒したいと思う。抱きしめて、気持ちよくさせたいと思う。  けれど彼女は倒されることは勿論、愛されることだって望んではいないのだろう。  そんな闘いは、ただ、お互いを潰し合うだけの凄惨なものになってしまうんじゃないか。自分が愛した聖欲闘技ではなく、もっと別の哀しい何かに―― 「ぶげゥ」  ばちぃん――!!  と、音が響いたのは、両の平手がしこたま強く、スミレーのほっぺたを思い切りに挟み込んだからである。 「ん――ちゅっ♡ じゅぶっ、むっ、ん……じゅるるるるるっ♡」 「んっ、んむぅーッ!? じゅっ、ちゅむ、んッ♡ んんー――ッッ♡♡♡」 「――ぶハァ!」  むにぃ、と押し潰されて突き出したヒョットコみたいな唇を奪われ、口内を極まった舌技で蹂躙されて。ぷしゃっ、とスミレーは簡単に一吹きさせられてしまった。  引くつく体が倒れ込みそうになるのを、未だ挟んだままの両の手の平に無理矢理に支えられている。虚ろになった眼差しを、イヴの目が真正面から覗き込んだ。 「――てめェが何悩んでるのかなんざ、興味ねェがな。  聖闘技者のくせにアタリマエのこと忘れてるみてェだから、これだけはハッキリ言っといてやる。  いいか。欲ってのはワガママだ。客の期待に応えたいのは、客のためじゃねェ。客を喜ばせると自分(アタシ)が気持ちいいからだ。  目の前の相手ぶっ倒すと自分(アタシ)がスッキリする。敵を感じさせりゃあ自分(アタシ)が満足するんだ。  これはアタシだけの話じゃねェ。アタシとお前だけの話でもねェ。聖闘技者に限ったわけでも勿論ねェ。  世界中の全ての命は、自分(てめェ)自身が気持ちいいから、自分(てめェ)以外と生きてるんだ」  それはイヴの哲学だった。  アズモノウヅメが語る教義とも少し違う。リーフルの信じるものとも当然違うだろう。  スミレーの想う、未だ言葉にはできない、けれど胸の奥で確かに芯となっているそれとも異なっている。  けれど今、スミレーに必要な気構えは、つまりそういうものであったのかもしれなかった。 「わかったか」 「ふぁい!」 「わかったんだな」 「ふぁあい!!」 「なら、勝ってこい」 「はいッ!」  解放されたスミレーは、扉へと向き直る。  ここは、ミサ直前の選手とその関係者だけが入れる控室。壁を挟んだ対の部屋にはリーフルが居るはずだ。  礼拝堂全体に響き渡るような大きな声が響く。 『さぁぁぁァァァァあああああ、いよいよ始まります!! 新春・フレッシュバトルシリーズの第一戦!!!!!!  そのオープニングマッチを飾る、選手たちの入場ですッ!!!!!』

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